第2話「私をお忘れですか?」


「王太子殿下、私をお忘れですか?」


「すまないが記憶にない。

 君のような美しい令嬢を見たら忘れるはずがないのだが……よければ名前を教えてくれないか?」


「王太子殿下、本当に私が誰か分からないのですか?

 殿下には何度もお会いしているのにあんまりですわ」 


王太子殿下は困ったように眉尻を下げた。


「すまない、本当にわからないんだ。

 意地悪しないで教えてくれ」


「ガラン様、こんな女どうでもいいじゃありませんか!

 もう行きましょう!」


ミラ様が王太子殿下の服の裾を引っ張る。


王太子殿下はミラ様を睨み、ミラ様と組んでいた腕を煩わしそうに振り解いた。


王太子殿下、彼女にそんな態度を取ってよろしいのですか?


ミラ様は私との婚約を破棄してまで結ばれたかった、真実の愛のお相手でしょう?


王太子殿下はこれから彼女と結婚して男爵家に婿入りすることになるのですから、ミラ様のことぞんざいに扱わない方がいいですよ。


「王太子殿下とは昨日もお会いしています。

 学園の食堂で」


「えっ……?」


「まだお分かりになりませんか?

 私は髪型と服装を替え眼鏡を外しただけなのですが、七年の婚約期間、殿下は私の何を見ていたのでしょう……?」


王太子殿下は私の顔をじっと見て、何かに気づいたような顔をされた。


「まさか……! アリア……なのか?!」


王太子殿下が確認するかのように言葉を発する。


「うそっ! アリア様なの?!」


ミラ様が信じられないという顔で、目を大きく見開き私を凝視している。


「そうです、私はアリア・エルトマンです。

 気づいていただけて嬉しいですわ」


私は王太子殿下とミラ様の顔を真っ直ぐに見て、ニッコリと微笑んだ。


「嘘だ!

 お前がアリアなはずがない!

 アリアはカラスのように真っ黒い髪に、闇のような漆黒の瞳だった!」


「ガラン様の言うとおりよ!

 アリア様なら老婆のように髪を結い上げ、黒縁のださい眼鏡をかけて、地味な色の時代遅れのドレスを着ているはずよ!

 アリア様が流行りのメイクをして、藤色のおしゃれなドレスを着ているなんてあり得ないわ!」


王太子殿下とミラ様がキャンキャン吠える。


「私が地味な格好をしていたのは全て王妃様からの指示でした。

 髪を黒く染め王家の色である金髪を隠し、同じく瞳の色が黒く見える眼鏡をかけ、王家の色である青い瞳を隠すように命じられていたのです」


私の父は現国王の弟。


父は母と結婚し公爵家に婿入りした。


私と王太子殿下はいとこに当たる。


王家の血を引く私が、王家の色持ちに生まれても何の不思議もない。


「昨日まで私が着ていたドレスも私の趣味ではありませんでした。

 王妃様から殿下の髪の色である黒のドレス、もしくは殿下の瞳の色である茶色のドレスを着るように命じられていたのです」


「母上はなぜアリアにそんな指示を?」


「それは王太子殿下が王家の色である金の髪も青い瞳も、どちらも持って生まれてこなかったからでしょうね」


私の言葉を聞き王太子殿下は青い顔をされた。


王太子殿下はご自身が王家の色持ちでないことにコンプレックスを抱いていましたからね。



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