2

 「ダメだった」


 部屋に戻って、パパとの交渉決裂をこっそり、ハルカに報告する。


 「そう、だから、」


 コン コン ココン


 「パパだっ。また、あしたね、」


 ノックがして、あわてて電話を切る。


 「入るぞ」


 カチャ、て、控えめな音を立てて、パパが顔を覗かせた。のっそり、半分だけ開けたドアから顔をだしてやっぱり、クマみたいだ。


 「ごはんだ」

 「あ!」


 しまった、夕飯の時間をとっくに過ぎてる!


 あわてていすからとびおりた。




 「フウ、これ運んで?」

 歌うみたいにママがかき混ぜるお鍋からトマトのいい香りがする。

 パパはすでにテーブルについて、鼻をひくひく、羨望の眼差しでママが盛るスープ皿を見つめている。動物園の、クマみたいだ。


 逗子を唸らせた大泥棒、て、ほんとなのかな。


 「食べる前に、フウ、これ、ランドセルに入れちゃって?」

 ママがテーブルにつく前に封筒を渡してきた。

 「まりちゃんに渡して? ヤンくんの、」

 「うん」


 ヤンはぼくのクラスメイトで、学校に寄付されたおさがりのランドセルを使っている。

 それで、じぶんのものを買えるようにママたちが募金を集めていた。きっとそれだ。


 ぼくはその封筒を手にして、ちょっと悲しい気持ちになった。


 「じゃぁん! きょうはパパの好きなボルシチです!」

 夕飯はいつもパパの好きなものだ。ハンバーグとか『スパゲッティ』とか。

 「どぉぞ! たくさん食べてね!」


 世界中のしあわせと平和をかき集めたみたいなパパとママを背に、ぼくは封筒を、リビングに放りだしたままのランドセルに突っ込んだ。


 これは、もう必要なくなるかもしれない…


 「テットリバヤクさ、いっそヤンを盗みだしてほしいんだよ…パパ…」


 たぶん、口にでていた。

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