第29話 がとーしょこら
細かい雨が降り、雨を凌ぐ花達が至るところに咲き乱れるある日、雨の日限定で開店をしている『かふぇ・れいん』では時雨間白と雨宮黒羽の二人がカウンター席に座っていた。
「段々暖かくなってきたからか雨も多くなってきましたね」
「だね。そういえば、学校での雨仁君と雨花ちゃんはどう?」
「二人とも大人気です。雨仁君は少しそっけないところがありますけど、成績もよくてなんだかんだでお世話も焼いてくれるので男の子達も嫌ってるわけじゃないですし、雨花ちゃんは男の子達からの人気もありますけど、可愛いって事で女の子達からもいっぱい話しかけられてますよ」
「嫉妬心というのも時には必要みたいだが、相手の良いところを認めて受け入れるのもまた必要だからな。少なくとも、間白のクラスメート達はそういう人間が出来てる奴らが揃ってるんだな」
「うん、自慢のクラスメート達だよ。あ、そういえば……クラスメートっていう場合とクラスメイトっていう場合の二つがあるけど、これってなんでなんだろ?」
間白が首を傾げると、雨月は微笑みながら答えた。
「どちらでも同じ意味にはなりますが、英語の発音の面で考えるならばメイトと読む方が一般的なのだそうです」
「つまり、どちらでも良いけれど、メイトと読んだ方が伝わりやすいという事か」
「そうですね。そしてこのクラスメートという呼び方はいわゆるカタカナ英語と呼ばれる物の一つで、パーセントやエネルギー、マネージャーやバイオリンもカタカナ英語の一つと言えるようです」
「そうなんですね……」
「そして和製英語という物もカタカナ英語の一つであり、英語らしく作った言葉であるために英語圏の方には伝わらないのだそうです。例を挙げると、ランドセルやホッチキス、アルバイトやキーホルダーなどですね」
「あ、たしかマロンもそうですよね。マロン自体は栗を意味するフランス語で、英語だとチェスナットっていうのは聞いた事があります」
夕雨の言葉に間白が驚く。
「えっ、それじゃあマロンケーキっていうと、フランス語と英語が混じってる事になるんですか?」
「うん、厳密にはそうだね。だから、英語で栗のケーキが欲しい時は
「スゴいな……夕雨さん、フランス語まで話せたのか」
「料理や音楽に限定されるけどね。後、栗のケーキとして有名なモンブランもフランス語で白い山を意味していて、フランスとイタリアの国境にあるモン・ブランが由来で、フランスとイタリアだとモンブランは少し違うんだよ。フランスのはドーム型だけどイタリアのは先端が尖ってて、これはその国から見たモン・ブランを意識してるからみたいだよ」
「そういうのもあるんだな……」
「やはり、食べ物や飲み物についての知識は夕雨さんの方が豊富ですね。ふふ、私も負けてはいられませんね」
雨月が口に軽く手を当てながら笑っていたその時、ドアベルを鳴らしながらドアが開き、茶色の傘を持った一人の男性が中へと入ってきた。
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」
「あ……は、はい」
男性は傘を傘立てに置くと、カウンター席の一つに座った。
「はあ……」
「何かお悩みですか?」
「え? ああ、まあね……僕は
「ほう、そうなのですね」
「ああ。だから、そちらの麗しいお嬢さんにも本当なら声をかけたいけれど、今はそれどころじゃないんだ」
進は大きくため息をつく。
「ふむ……よければそのお悩みを話して頂けませんか? 解決まではお約束出来ませんが、話す事で気持ちも落ち着くとは思いますので」
「ですね。ここに来られたという事はそれだけの辛さを抱えてるわけですし」
「というと?」
「ここは押し潰されそうな程に辛い気持ちを抱えた人達が雨によって導かれてくるカフェなんです。まあそういう人達に紹介されて来てくれる人もいますけどね」
「……なるほど。それじゃあ聞いてもらおうか」
進は小さくため息をついてから話を始めた。
「さっきも言ったように僕はホストをしている。ホストは一見華やかではあるけど、お客である女性達を楽しませたりまた来てくれたりするように気を遣う必要があるし、トークスキルだって求められる。だから、楽に稼げると思って入ってきた奴もすぐに辞めていったりするよ」
「それだけ難しいお仕事というわけですからね」
「そんな中だったよ。後輩の一人がお客にガチ恋をしてしまったのは。まあ本人がホストを辞めて、その女性にアタックすれば問題はない。ただ、その女性というのが本来は他のホストのお客なんだよ」
「それだとダメなんですか?」
「間接的に仲間のお客を取ったような形になるからね。二人が付き合えば、その女性は中々店には来なくなるだろうから、その女性をお客として楽しませていたホストからすれば面白くないし、その女性が後輩に対して脈があるようにも見えない。だから困っているんだ」
進は表情を暗くしながらメニューをパラパラ捲った。そしてある名前を見つけると、その手を静かに止めた。
「がとーしょこら……」
「はい。お好きなのですか?」
「まあね。昔はそんなに甘いものを食べなかったんだけど、担当しているパティシエのお嬢さんから手作りのガトーショコラを貰ってからガトーショコラはたまに食べたくなるんだ。あとはこうちゃをお願いするよ」
「畏まりました。では、夕雨さん」
「はい、雨月さん」
二人は頷き合うと、作業に取り掛かり始めた。そしてその作業風景に進が驚いていると、雨仁達は話を始めた。
「他のホストのお客に恋をした、か……」
「前に聞いた事があるが、他のホストのお客を取ろうとするのはホスト界隈ではご法度で、それ相応の処罰がくだされるらしいな」
「それなら堺さんがどうにかしたいと思うのも当然だよね」
「はい……その女性を後輩さんのお客さんに出来れば良いんですが、それが難しいんですよね」
「脈無しならそうだ。だからこそ、ソイツが頑張るしかないんだろうな」
雨仁達が話す中、夕雨達は作業を続けた。そしてそれから十数分後、進の前にはガトーショコラと紅茶のカップが置かれた。
「がとーしょこら、そしてこうちゃ。お待たせいたしました」
「表面のチョコがスゴくツヤツヤしていて、生地も見るからにふんわりとしてる……あの子には申し訳ないけど、比べるのも失礼なくらいこのガトーショコラは本当に美味しそうだ」
「ふふ、そのガトーショコラだってしっかりと美味しかったんだと思いますし、思いの強さならそっちの方が上ですよ」
「では、ごゆっくりどうぞ」
「ああ、それじゃあ……いただきます」
進は手を合わせながら言うと、フォークを手にとってガトーショコラを一口切り取り、そのまま口へと運んだ。
「……う、美味い! チョコが甘すぎないけどしっかりと甘くて濃厚で、生地のふんわりとした食感もスゴく心地良い! この紅茶にもしっかりと合うし……はあ、このガトーショコラの虜になってしまいそうだ」
「喜んでいただけたようで何よりです。さて、堺さんのお悩みですが、先程も聞こえていたようにその後輩の方が自分磨きをして、お客様に好かれるようにするしかないと思います」
「自分磨き……やっぱりそうだよな。何もせずに好きになってもらいたいなんて虫が良すぎるし、アイツはまだまだ未熟だから」
「まあ顔がタイプじゃないって言われたら流石にどうしようもないですけどね。でも、その人が少しずつ変わろうとしてる姿を見ている内にっていう事もあり得ますし、私だったらそういう風に努力してる人は嫌いじゃないですよ」
「そうか……よし、俺も手伝ってアイツ改造計画でも立ててみるかな。俺だって大切な後輩の恋路は応援したいし、問題なく恋に邁進出来るようになれば俺だってしっかりと応援出来るしな」
進は嬉しそうな顔で言った。そして雨が降り続ける中、『かふぇ・れいん』の店内では進が美味しそうにガトーショコラを食べ、夕雨が弾くオルガンの音が穏やかな雰囲気を作り出していた。
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