第4話 そばまんじゅう

 大晦日、外で静かに雨が降る中、雨の日限定で開店をしている『かふぇ・れいん』の店内では少しずつ年明けの準備が行われていた。


「今日で今年も終わりですね。この一年、色々な事があって、長かったような短かったようなそんな不思議な感じがします」

「私もですよ。今年も様々な方と出会い、様々なお話を聞かせて頂きましたから、お店を開く度に楽しかったです」

「お客さんからすればここに来るのは神社に来て祭神様にお話を聞いてもらうのと同じ感覚ですしね。あ、そういえば……元日と元旦っていう言葉がありますけど、元旦って元日の朝の事なんでしたっけ?」


 夕雨の問いかけに雨月は静かに頷く。


「その通りです。『旦』の字も太陽を表す『日』と地平線を表す『一』を合わせた物で、基本的には元日が年の初めである一月一日、元旦は元日の朝、更に広く言えば元日の午前中を指す言葉だと言えます。ただ、辞典の中には元旦の意味として元日を載せている物もあるようですよ」

「そうなんですね……」

「因みに、他にも時間が関係してくる行内はあって、この前のくりすますいぶも当時の暦では日没が日付の変わり目となっていたので、くりすますいぶは本当はくりすますの夜という事になるので正確には24日の夜、4月にあるえいぷりるふーるもいぎりすでは嘘をついて良いのは午前中までとしているようです」

「思ったよりありますね。因みに、大晦日も何か意味ってあるんですか?」

「はい。夕雨さんもご存じのように大晦日は基本的に12月31日を指しますが、この“晦日”という言葉を不思議に思った事はありませんか?」

「そういえば、中々聞かない言葉ですよね……」

「この晦日というのは旧暦でその月の最終日、月末を指す言葉で、大晦日はその晦日の中でも最後の日なので大晦日というようです。そして『みそか』の『みそ』というのは三十の事で、みそか自体は30日を指します。ただ、月の大小が違う事から29日になる事もあり、新暦になってからは大晦日は12月31日を指す事になっています。

因みに、大晦日の真ん中の字は『つごもり』と読みまして、暗いや見えなくするという意味もありますが、これだけで先程のみそかを意味するので、大きいに晦を合わせて大晦おおつごもりと呼ぶ場合もあるみたいですよ」

「へえー……今まで大晦日は今年最後の日だとしか考えてませんでしたけど、やっぱり暦って私達の生活の中に色々関わってるんですね」

「そうですね。さて、新年をしっかりと迎えるためにもお店をやりながら準備も進めていきましょうか」

「はい」


 雨月の言葉に夕雨が微笑みながら答えていたその時、ドアベルを鳴らしながらドアが開いた。そこには黒い傘を持った龍夜と白い傘を持った少し小柄な黒いポニーテールの少女がおり、龍夜の姿を見た雨月は嬉しそうな顔をする。


「おや、青河さん。いらっしゃいませ」

「あ、どうも。この前は本当にありがとうございました。道を踏み外そうとしたところを止めてもらった上に俺達の思い出のケーキまで再現してもらって……」

「思い出の……ああ、私がいなかった時に来て頂いていたお客様ですね。いない間に強盗未遂が起きていたと聞いて、流石に驚きましたよ」

「本当にすみませんでした。あの後、妹にも怒られまして、必死になって就活に励んだら、採用してもらえるところを見つけられたんです」

「そうでしたか、おめでとうございます」

「ありがとうございます。それで、話をしたら自分も来てみたいというので、今日は妹の龍華も連れてきたんです」

「初めまして、青河龍華です。兄共々本当にお世話になりました」


 傘立てに傘を置いた龍華は静かに頭を下げた後、物珍しそうな様子で店内を見回した。


「それにしても、こんなに雰囲気の良いカフェがあったなんて……ここ、お兄ちゃんのように雨に導かれた人しか来られないんですよね?」

「基本的にはそうですね。ただ、一度縁を結んだ方が誰かをお連れしたいと思った場合は一緒に来る事は出来ますし、その方も一度来てしまえば後日一人だけでも来る事は出来ます」

「来た時点でこことの縁が結ばれたって事になるからね。そういえば、龍華ちゃんは体を壊してるんだよね? 今日は調子が良い日なの?」

「実はこの前のクリスマスケーキのおかげか先日退院出来て、そのお祝いは何が良いかって訊いたらここに連れてきてほしいと言われたんです」

「私からすればお兄ちゃんの就職のお祝いもしたかったので。でも、あんなに良いところがよく見つかったよね? 私もその話を聞いたとき、あまりにもお兄ちゃんに相性が良いところだと思って色々疑っちゃったし……」

「あ、もしかしたらそれは雨月さんの力かな?」

「雨月さんの力……?」

「ふふっ、普段は主に恋愛の縁結びをしていましたが、他の縁も結ぶ事が出来るので少しだけお力添えをさせて頂きました。さて、それでは好きなお席へどうぞ」


 雨月に促され二人はカウンター席へ着き、龍華はメニューを手に取ってパラパラと見ていたが、ふとあるページで手を止めた。


「そばまんじゅう……?」

「ああ、お蕎麦を打つ時のそば粉を使って作る中にあんこを入れたお饅頭だよ。年越しそばは流石に出せないけど、少しでもそれらしいのって考えてメニューに入れてるんだ」

「そういえば、今日って大晦日だったか。龍華、それにしてみるか?」

「うん。あまり食べた事もないし、こうして目に入ったのも何かの縁だと思うから。それとほっとのほうじ茶にしてみようかな」

「わかった。それじゃあ俺は三色大福とほっとの緑茶でお願いします」

「畏まりました。それでは、夕雨さん」

「はい、雨月さん」


 いつもの要領で二人は頷き合うと、それ以外に言葉を交わさずに作業を始め、その息の合った動きに青河兄妹は目を丸くする。


「す、すごい……お互いの方を見てないのにぶつからずにどんどん作業が進んでいく……!」

「この前は雨月さんだけだったけど、二人揃うとこんな感じになるんだな……」

「ふふ、私達は一心同体ですので」

「これくらい慣れたもんですよ」


 青河兄妹の反応に対して二人は微笑みながら答え、そのまま作業を続けた。そしてしばらくして二人の目の前にはそれぞれ漆塗りの皿に数個載せられたそばまんじゅうと湯呑み茶碗に注がれたほうじ茶、そして同じく漆塗りの皿に載せられた白黄緑の三色の大福と湯呑み茶碗に注がれた緑茶が置かれた。


「そばまんじゅうとほうじ茶、そして三色大福と緑茶、お待たせ致しました」

「わぁ、すごく良い香り……!」

「そうだな。それに大福とそばまんじゅうも形が綺麗で見ているだけでも楽しくなるな」

「私達も普段から自分達で新メニューは試しあっているので、見映えや香りもこだわっているんです」

「さあ、どうぞお召し上がり下さい」

「はい。それじゃあ……」

「「いただきます」」


 青河兄妹は声を揃えて言うと、それぞれそばまんじゅうと大福を一つ手に取って口へと運ぶ。そして一口食べた途端に二人の顔は驚きに満ち溢れた。


「お、美味しい……! 食べているのがお饅頭なのに口の中に蕎麦の味わいがふわりと広がって、中のあんこの甘さも変に甘ったるくないから食べててすごく心地よい感じがする」

「この三色大福も生地がすごくもちもちとしてるし、龍華の言う通りであんこもしっかりと甘いのにくどい感じがしなくてすごく美味しい」

「お兄ちゃんもそばまんじゅう一つ食べてみる?」

「ああ、貰う。龍華も大福一つどうだ?」

「うん、貰うね」


 青河兄妹がそばまんじゅうと大福を一つずつ交換する中、雨月は二人の姿を見ながら優しく微笑む。


「時間的には少し早いですが、これでお二人も年越しそばを食べる事が出来ましたね。年越しそばを大晦日に食べるのには幾つかの説があって、蕎麦が長く細いことから寿命を延ばして家運を伸ばすと言ったものや蕎麦が切れやすいことから一年の苦労や厄災をすっぱりと断ち切って新年を迎えようとする説、昔の金銀細工師が金粉を集める際にそば粉を使っていたことから金運を呼ぶといった物など様々あるそうです」

「それに大福だって大きな福って書くし、お蕎麦の縁起と大きな福を取り入れた二人なら来年は今年よりも絶対に良い年になると思うよ」

「はい。お母さん達はもういないのでお兄ちゃんとの二人三脚で頑張る事にはなりますけど、お兄ちゃんがこれまで頑張ってきてくれた分、私もお兄ちゃんのために何か出来るように頑張ります」

「俺もこうして縁起担ぎが出来たからにはちゃんとまっとうな方法で龍華のために頑張りますよ。雨が導いてくれたこの縁を無駄にしないためにも」

「はい、私達も応援していますよ。そうですよね、夕雨さん?」

「もちろんです。それに、私達だって来年も頑張っていかないとですね、雨月さん」

「はい」


 二人が笑い合いながら言い、外で静かに雨が降る中で店内では四人の楽しげな話し声がしばらく続いた。

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