第15話 2/2 学生をキナ臭いのに巻き込むのは感心できねぇな……。
「来たぞ! 全員準備しろ!」
あれから三十分ほど待機していたら、先頭集団が奥の方に小さく見えたので、オジキが基地全体に聞こえる様な声で叫んだ。
『投石機が十はあるぞ。気をつけろ』
「敵軍、現地で組み立てた投石機を最低でも十台確認! 全員警戒しろ!」
レイブンが教えてくれたので、俺は叫んで報告をする。プルメリアや二人には聞こえていると思うけど、オジキをはじめとした奴には聞こえていと思うからだ。
「投石機! バリスタ! そっちを優先的に狙え。タイミングはお前等に任せる! 各部隊の隊長が指揮を執れ! 先走りしても良いが、当たらなかったら酒抜きだぞ!」
「「「おうよ!」」」
「死んだら皆が酒飲んでる時に、飲めねぇ悔しい思いさせられねぇから絶対に死ぬんじゃねぇぞ!」
「わかってますぜ!」
「何回オヤジに訓練でドヤされたか覚えてねぇっすわ!」
「そのための訓練だろうが、この税金泥棒が!」
なんか、全体的に良い雰囲気だな。けど軍人ってより体育会系なノリなんだよなぁ。
「騎兵だー! 柵を破る工兵が乗ってるぞ!」
基地の一番高い、国旗の掲げてある場所で見張りをしている兵士が叫んだ。
「っしゃ! 待つってのは暇だからな。いつも以上に大盤振る舞いしてやれよ? 最初は俺が命令すっから、細かい指示は各隊長に従え! 客は好きに動いて良いぞ!」
「「「おうよ!」」」
各自優秀な隊長がいると、こういう時は楽だろうなぁ。上も上で口を挟まないし、信頼もできるだろうし。
「ま、私はもう少し待ちますか」
ですね。地球で言う化学兵器みたいなのを使うアニタさんは、集団にぶち込みますよね?
「好きに動いて良いなら……。よっと」
トニーさんが矢を射ると、騎兵の先頭を駆けている奴が馬から落ちた。
この人は滅茶苦茶狙撃が上手い。かなり引きの重い弓なのに、目視で三百メートル以上の距離を正確に狙う化け物だ。
しかも真っ先に士気が下げられそうな先頭の奴を狙うなんて……。エグいよなぁ。父さんもやれそうだけど。いや、絶対やるな。
「じゃあ、俺も……」
落ちて後続の馬に挽かれた隊長かもしれない奴がいた辺りに矢を打ち込むと、爆炎が上がって両隣と後ろの合計三十騎くらい吹き飛んだ。
「相変わらずエグいですねー。なんで禁呪指定されないのか不思議なくらいです」
「うわ……。お兄ちゃんの攻撃ヤバすぎ……」
トニーさんが目を細めて笑顔のまま言い、プルメリアが片目を細めて少し引いてる感じだ。
「誉め言葉として受け取っておこう。けどアニタさんの攻撃の方がヤバイぞ? ちゃんと見てろよ?」
俺は適当に矢を放ちつつ言い、ドカンドカンと音が聞こえる度に騎兵が吹き飛んでいる。
「おいおい。敵がいつもの十倍なのに、俺達のやる事が普段より少なくなりそうだぞ?」
「楽できて良いじゃねぇっすか! 最悪訓練って事にすりゃ良いんっすよ」
「そりゃそうだ!」
オジキが大声で笑うと兵士達も笑い出した。戦闘が起こってるとは思えない雰囲気だ。
「っしゃ! そろそろ良いだろ。弓兵、一射目一斉掃射!」
オジキが指示を出すと防壁に並んでいた弓兵が矢を射り、騎兵の後ろから綺麗に並んでいる歩兵の上に矢の雨を振らせるが、なんか幕が張っているかの様に反れて地面に突き刺さった。
「たーっ! コレだから魔法使いがいると面倒なんだよ! 多分風で作った矢除けだ。投石機班は敵の投石機を無視して、各自それっぽい者を狙え!」
オジキの声と共に投石機が少し位置を調整している。もう粗方目星はついているんだろう。
「あれだねー。っしょー! うっし!」
プルメリアは鉛球を投げると、戦列歩兵に扮していたであろう魔法使いに当たったのか、拳を握って喜んでいる。
「どんどん行くよー」
そして置いてあった鉛球をどんどん投げ、等間隔で配置されていたであろう魔法使いだと思われる奴が減っている。
そして弓兵の隊長が指示したのか二射目の矢が一斉に放たれて、今度はずいぶんと中っている様だった。
「まだ隠れてるね……。どいつだろう?」
「後方右側。三の七辺りだ!」
一応大ざっぱに四角を九個に分け、さらにそのマスを九個に分けた方法を過去に教えているので、周りの怒号に負けない様に俺も叫んでその辺りに矢を打ち込み、勢いがある少し重い矢だが、少しズレて他の歩兵が数十名ほど吹き飛んだ。
ずいぶんと強力な矢除けの風だな。自由落下中の木の矢ならわかるが、直接狙ったんだぞ?
「んーっしょー! 当たったー。しゃおらーぁ!」
プルメリアが叫びながら鉛球を投げるが、その叫び声はどうかと思うよ? しっかり魔法使いっぽいのに当ててるから良いけど。
そんな事を思っていたが、アニタさんがナニか変な液体と小瓶が入った瓶を括り付けた矢をつがえ、戦列歩兵の前列から中央寄りに射つと、綺麗に円を描く様に人が倒れ、そこに入った兵士も倒れていき、風下の方も少しだけ倒れ始めた。
「な? 俺とは比べものにならないくらいエグいだろ?」
「うわ……ナニあれ?」
「ひ、み、つ、です。死んだ奴はとりあえず幸せかなー? 倒れても生きてる奴は、そのうち血を吐きながらもがき苦しむし、回復魔法でも治せない。そこのルークだけは別だけど」
そんな事を笑顔で言いながら、瓶の括り付けてある矢を射っている。より苦しむ様な武器は云々とか、一応ルールのあった前世の方がまだマシな気もする。
ちなみにあれは毒だけど、強力な神経毒が七割くらいだから有酸素運動中だと、結構早く気絶状態になる。
だから戦闘中は今みたいに即倒れる。脳に心臓と肺とか動けよ! ってな感じの伝達を五倍とか十倍出す様にさせて、無理矢理生かした状態にしてから混合系の有毒物質を解毒をするのが、個人的に編み出した解毒法方だ。
まぁ、混合毒の解析がクソ面倒だったけど、配合量や使った物がが変わってたらまた最初から解析しないと無理だ。救えるのは一人か二人が限界だから、どのみち集団に使われるとどうにもできない。
問題は毒が強いから、脳に心臓動いてとか肺動けって魔法かけるまで三分くらいしか猶予がない。脳に被害が出る限界の五分間、その前に解毒しないと今度は毒素が内蔵系に与える被害が……。マジでヤバい奴なんですってソレ。
「それこそ禁忌でしょう……。エグい毒とか精製しないで下さい」
「コレ高いんだよ? 一発大銀貨三枚近くするんだから、ほいほい作れないって」
頼むから、ヤバい毒の事を笑顔で答えないで下さい。
「高っ! 本当にコストとか考えてくださいよ」
何故かトニーさんも驚いている。今まで作っているところは見てても、材料費は知らなかったんだろうなぁ。
「運営費で出るから良いの。お金使って経済を回そう」
「幸いなのは、二種類の混合ってところだ……な! 近くで揮発性の強い毒とか精製されたら、何かあったら死んじゃう……し!」
柵に張り付いていた工兵を普通の矢で射殺し、多分そろそろ射程に入る投石機に向かって爆発する方の矢を射つ。
「液体の中に入れる薄いガラスも高いんです……よっと」
エルフ組は、なんか世間話しながら矢を射っている様に見えるだろう。俺達の近くの兵士が、変な顔でこっちを見てるし。
ってかどんどん風下側にも被害が出てる……。そろそろ毒の使用は止めさせた方が良いだろうか?
「頭上に岩! 避けろ!」
誰かが叫び、矢で爆散させようかと思って即上の方を見たら、既にプルメリアが飛び上がっており、精製されてそろそろ落ちてきそうな岩に押す様に蹴りを入れ、城壁の外に落としていた。
質量魔法を発動前に肉体でどうこうするって、ある意味相手の心が折れそうだな。
「防壁を壊したいなら横に飛ばせやおらー! てめーの魔力貧弱なんだよ!」
「そろそろ矢が飛んでくるぞ。防壁の壁に張り付いてしゃがんでろ!」
歓声の上がる中で、プルメリアがドヤ顔で敵軍を可愛い声で挑発していたが、歩兵の後ろの方で弓兵が斜めに向けて弓を構えているので、頭を掴んで下げる様にしてしゃがませる。
「魔法使い! 矢避けの魔法!」
「「「うっす!」」」
なんだ? この基地の魔法使いっていたの? 全員同じ格好だったから、全員肉体系かと思ったわ。多分オジキが考えた偽装なんだろうけど。
けど魔法使いも思考が体育会系寄りだなぁ。筋肉もかなり付いてる奴もいるし。
そんな事を防壁のくぼみから鏡を使って覗いて見たが、矢がこちらに届く前に全て手前で落ちている。
流石最前線を守る基地なだけあって、皆が優秀だな。
「おい! でっけぇ火の玉準備してんぞ! 誰か殺せ!」
部隊の奥の方で魔法使いが魔法を発動させるのに多くの魔力を流し込んでいるのか、目視で三メートルくらいの火の玉が浮いている。質量はないから壁は平気だろうけど、防壁の上にいる俺達が危ない。
しかも壁からバチバチ聞こえているので、頭を出させない様に対人用として小さな石でも飛ばしている可能性もある。
けど、バリスタの前には薄い鉄板があり、担当者が臆することなく位置を調整しており、巨大な矢を射ったので敵陣をのぞき込むと人間に太い矢が刺さっており、今まで作っていた火の玉がその辺に落ちて燃えたまま転がっている奴がいる。
「すっげ……。バリスタで狙撃かよ」
「魔法使いを殺した事で、敵側に被害が出てますね。あんな矢だったら護衛も意味はないでしょう」
トニーさんが顔の半分を出して敵の方を見ていたのか、護衛の事まで言っていた。ずっと肉眼で確認はしていたんだろう。
俺は前世で銃を使って撃ち合っていた経験があるので、こういう時はあまり顔を出さないでいる。狙撃されたら怖いし。
「お兄ちゃん、ちょっと距離測ってー」
プルメリアはしゃがんだまま頭を出さず、鉛球を一発投げた。
「あー。鏡じゃわかりにくいけど……。土煙があれだろ……」
「魔法使いまで奥に十メートル、左に十五メートル」
「あざっーす!」
トニーさんは顔を半分出して見ているので、俺よりも先にプルメリアに答え、もう一度鉛球を投げた。
「命中。頭ではないですが、へその辺りに当たって動かなくなってます。投げる力はそのままで、さらに左に二十メートル」
トニーさんは観測兵の様に淡々とプルメリアに指示を出し、それに従ってプルメリアも鉛球を投げた。
「命中。左右の角度そのまま、奥に十メートル」
トニーさんもプルメリアも優秀すぎない? やってる事がこの世界ではかなり逸脱してるんだけど?
「味方の矢が更に通る様になりました。先ほどから飛んできている魔法も減っていますね。けど魔法使いを予定より多く殺されたからか、必要がなくなったのか、小さい火の玉で柵を燃やす作戦に変わってます。張り付かれる前にどうにかしないと」
トニーさん、なんでこっちをチラチラ見てるんですかね? 俺にやれってか?
俺は一回だけ小さくため息を吐き、手鏡で燃えている柵を確認し、口に屑魔石を数個含んでから無詠唱で、【水球】を飛ばして消火活動を始め、残った魔力で爆発する矢を精製してから、その辺に濁った魔石を全部吐き出した。
「毎回思うけど、凄く器用な事してるわよね。普通は魔石を握ってから集中して、なるべくロスを少なくする様に変換するのに」
「コレができると魔石がある限り矢を作れるので、必死に効率の良い術式や魔法回路を考えましたよ。弓を使う者として両手が空くので便利ですよ。情報は秘匿してますが」
俺は手を上げて防壁の縁に矢を数本置き、魔法が止んでから立ち上がって目に付いた固まっている歩兵に矢を射り、なんか奥の方で手をこっちに向けているので、少し息を吐いて軽く狙い、魔法使いを吹き飛ばした。
「やりますね。本当に貴方が敵じゃなくて良かった」
「翼竜を矢で殺した魔法も見たいわね。城壁も吹き飛ばすという報告書も読んだし、使ってくれないかしら?」
「ダルイので嫌です」
俺は急いでしゃがんでから壁に背を預け、空を鷹みたいに旋回しているレイブンを見る。
上空に風なし。変な動きもなし。殆ど広野だから伏兵とかもなく、正面だけ気にしてれば良いから楽だわ。
「敵が散っているうちに出る! 再編成なんかさせねぇ! 殲滅させるぞ! 跳ね橋を下す準備をしろ! 防衛班だけ残って全員俺に付いてこい!」
「「「おうよ!」」」
オジキがそんな事を叫んでいる。やる事が面倒くさくなったな。だって援護射撃になるし。
「ルーク! 跳ね橋が下りたらでっけぇの一発ぶちかませ。こっちを狙い撃ちしてる奴を吹っ飛ばす勢いでだ! 知ってんだからとぼけんなよ!」
「了解!」
姿は見えないが、俺の名前を叫んでいるのでとりあえず返事はしておく。
しばらく下で馬がどうのこうのとか、整列とか関係ねぇとか、各自遊撃とか聞こえ始めた。
「真似できる物でもないので、サービスですよ。あとは上に首輪とか付けない様に言ってもらえれば。そうそう、報告書は誇張せずに正確に……やっぱり控えめの報告でお願いします」
俺はでっかいため息を吐きながら、胸ポケットから屑魔石の入った袋を取り出し、口の中にザラザラと入れられるだけ入れ、翼竜を倒した時の遮蔽やら魔法陣やらを展開し、爆発力が上がる様に自前の魔力も使って魔法陣の一部を書き換え、込められる魔力を十六倍にしつつ弓に矢をつがえる。
俺には展開している魔法陣が弓の向いている方に伸びているのが見えるが、周りは気にしていないので見えていないだろう。
そして口の中の屑魔石を全て吐き捨てた時に、ガラガラと太い鎖が滑車を通る音がしたので外を覗くと、堀に跳ね橋が下りはじめていた。
「極端に遅れた奴は酒抜きだ、腹に力入れて声を出せ! 行くぞ!」
「「「おうよ!」」」
そろそろ出るみたいだ。まぁ、乱戦での射撃って面倒だしやっちゃいますか。
「全員しゃがんで目をつぶれ! 絶対に落ち着くまで頭を出すなよ! 耳を手で塞いで口を開けろ! さっさとしろ!」
跳ね橋は開き切ってないが、敵の方を見て粗方矢を撃ち込む場所を決め、俺は叫んだ。
狙った所に放った瞬間に壁に背を預ける様にして、口を開けてしゃがむと、一瞬だけ辺りが光ったかと思ったら衝撃波が直ぐに来て、爆音が辺りに響いた。
「クソ、衝撃波の気圧で耳がいてぇ……」
今度から威力を上げて地面に使う場合は、顔全体に空気の膜でも作ろう。
速攻で弓を離して耳を塞げば良いんだけど、一応精密的な物でもあるし、二射目があるかもしれないじゃん?
そう思っていたら前世で良く聞いた、チューンとか、タキューンみたいな古いアニメの銃撃戦みたいな音がしているので、吹き飛んだ小石が音速を超えて飛び散っているんだろう。もちろんこの小石に当たったら最悪死ぬ。簡単に人間の肉なんか突き抜けるし、弾丸の様に尖ってないし柔らかいから、人体への被害は考えたくもない。
「損害報告をしろ!」
「バリスタと投石機が吹っ飛んだ!」
まぁ、仕方ない。
「顔を出してた奴が、衝撃で吹っ飛んで頭打った!」
なんで顔を出してたんだ? 言う事聞けよ。
「光で目がやられたぁーーー! 目がぁーー!」
「俺もだぁー!」
うん。やった俺も悪いけど、オジキも悪いって事にしておこう。まぁ、やりすぎた感はあるけど、あそこまで威力が上がるとは思わなかったわ。
結構な量の不発弾を、まとめて爆破処理したくらいの威力じゃね?
「ルーク、やりすぎ」
「化け物め……」
アニタさん、貴女にはには言われたくなかった。トニーさん、そんな目で俺を見ないで下さい。あと声が低くて怖いです。マジで今ここで刺しそうな雰囲気出さないで欲しい。敵に回る前にここで始末しておくかって考えだけは、絶対に止めてくれよ?
「いやー、お兄ちゃんにはやっぱり勝てないかも……」
「近接戦に持ち込んだら、どうにかなるだろ? それにあんなの使ったら、俺も吹き飛ぶわ」
俺は小石が飛ぶ音がなくなったので立ち上がり、まだキノコ状の土煙の上がる方を見ていたが、そっちの方から敵兵が来る気配はない。
そして土煙が晴れると地面が水滴状にえぐれており、立っている奴はいなかった。
周りからは歓声に混じって怒号が聞こえるが、多分オジキだろう。
『おいクソエルフ。言いたい事は多いが、奥の方にこっちをずっと見ている奴が一固まりいるぞ』
「監視か様子見だな……。多分上に報告する奴だろ」
俺は自前の魔力でもう一度同じ魔法を展開し、弓を構えて視力を強化して奥の方を見ると、確かに馬に跨がって筒の様な物を向けている奴が五人確認できた。
「偵察兵五名。カラスが言っていた通りこちらを見ています。殺しますか?」
一応軍人エルフで元上官のアニタさんに指示を仰ぐ。俺の独断だったら速攻で殺しちゃうけど。
「……殺りなさい。貴方の魔法が詳しく相手に伝わるのはまず――」
アニタさんのが喋っている途中だったが、残っていた爆発する矢をつがえて遠慮なくぶっ放したたら、遠くの方で爆発が確認できる。
「悪いが見てきてくれ。その後に愚痴を聞く」
『あいよ。飯は豪華にしろよ』
「あぁ。わかってる」
レイブンに偵察兵の生死を確認してきてもらう様に頼み、皆の方を見るとトニーさんが目元を押さえて天を仰いでいた。
「やっぱり化け物だ……。あんな遠くまで矢を飛ばすとかあり得ない……」
まぁ、レールガンに近い魔法ですし? 精密射撃はできなくても、範囲で吹き飛ばせるからやったんですよ……。
「まぁ、楽できたから良いんじゃない? ボスが生きてる奴に止めを刺してるわよ? にしても……、どう報告書に書いたものか……。はぁー、今から頭が痛いわー。最悪また国が動く事になるわね……」
アニタさんはこめかみに人差し指を当て、片目を細めて本当に頭痛が出ているって顔だ。
この世界とは別の、科学がかなり発達してる場所から来たから諦めて欲しい。
『動いてはいなかった。頭をつついても、反応はなかったぞ』
「ありがとう。それだけで十分だ。オジキがとどめを刺してくれるだろう。ってかアニタさんの使ったヤツですけど、もう近寄って平気なんですか?」
「さっきの爆風で、きっと全部吹き飛んだわよ。そもそも直ぐに散るし、室内で一番効果を発揮するヤツだし」
「なら平気か……。はぁ、この後もの凄く面倒くさいんだろうなぁ。報告義務とか召喚命令を無視して逃げ回りたい……」
「諦めなさい。貴方は国でも、かなり特殊な位置に立ってるんだから」
「だったら巻き込まないで下さいよ。多分ですけど、学園が毎年ここに職場体験しに来てる時期とかぶったから、増援とかしなかったんですよね? 補給基地に来たのは、俺がいるかの確認だった。違いますか? なんで目を逸らすんです?」
アニタさんの方を見て俺の憶測を言うと、目を逸らされたので多分当たっているんだろう。
国はマジで俺を、一個大隊とぶつけても平気な戦力としか見てねぇな?
「いやいや、援軍の要請はしましたよ? 私の鷹が城の伝達係に手紙が渡る様になってますので、多分早ければ今日の夜か明日の朝には後方の詰め所から……」
アニタさんが親指と人差し指で輪っかを作り、口にくわえて指笛を鳴らした。
「カラスみたいに自由奔放って訳にはいかなく、私のは呼ばないと来ないんですよねぇ……。移動速度と偵察を兼ね備えてる、賢い鳥っていません?」
「短命は駄目だなぁ、直ぐに死ぬと悲しいし。横に早いのはツバメだけど、総合的に見てやっぱり鷹ですかねぇ? 荷物運搬とか他の動物に襲われないとか。後は好きずき? オウムは長生きだったような?」
「ネズミとかイタチは良いですよ。城内に入り込めますので。ある程度懐きますし、小さい穴も入れます」
ニコニコとしているトニーさんが舌打ちの様にチッチッと口で音を鳴らすと、どこからともなくネズミが一匹肩に上ってきて、穀物を与えている。小動物が好きなんだろうか?
「どっちも短命だなぁ……。俺はカラスで良いです。プルメリアはコレってのある?」
「前に狼とか手懐けてたけど、犬として飼うには障害が多かったなぁー。けど戦略的に都市部のネズミを全て食料庫とか穀倉地帯に潜り込ませるとか、井戸や上流の川に放って命令を上書きされる前に自殺させれば、半年後には病気や飢えで勝手に滅びるでしょ」
「そう思ってもやらないけどな。どう考えても向こう側のエルフにばれるし、リスクが高い。サラッと恐ろしい事言ってるけど、都市部全域に命令の伝達ができるって事だろ? 絶対に相手にも聞こえるだろ」
「声に出さずに命じれば、ネズミや虫くらいなら言う事聞くけど?」
トニーさんの肩に乗っていたネズミがいきなりプルメリアの服に飛び移り、肩まではい上がって二本足で立ち上がった。
「ね? このまま防壁から跳ぶように命令しても良いけど、トニーさんが折角ご飯あげたんだし、可哀想だからやらないけど……」
プルメリアはネズミを人差し指で撫でると、また跳んでトニーさんの肩に戻っていった。
「これは……。かなりヤバい能力ですね。最悪の場合、本当に国が滅びるまでありますね……」
「滅ぼすのにもっと簡単なのがバッタですね。蝗害って言うんでしたっけ? 共食いされない様に硬くなって、集団で飛び回る。餌がなくなるか冬になるまで消滅しない。燃やしても火がついたまましばらく飛び回る。処理に時間がかかる……。過去に一国どころか、周辺諸国を盛大に巻き込んで滅んだ歴史が……。ね?」
プルメリアの声が少しずつ低くなり、だんだんと真顔になって淡々と話しを続け、最後には指先にテントウ虫を留まらせた。
二人は目つきが鋭くなり、少し警戒している様だ。俺としては冗談だと思うけど、一緒に旅してる間の言動からして、どっちかわからないな。
「ここは故郷のある国だから、なるべくだったらやりたくありません。今回は巻き込まれたって形で、ルークの顔もあるのでとりあえず警告で済ませていますが、あまり国同士のいざこざに巻き込まないで下さいね? 学友に被害がなかったから良かったものの、もし相手の進軍速度が早かったら……。学園側の移動速度が遅かったら……。事前に知っていたなら、学園にも連絡もできたはず。次はないですよ? 良いですね?」
プルメリアが目だけ笑ってない笑顔で言うと、テントウ虫が羽を広げ飛んでいき、腕を横に伸ばすと鷹がそこに留まった。多分アニタさんが飼っている奴だろう。ってかコレは相当怒ってるな。
「国家運営や軍人は綺麗事だけじゃ生きてけないんだよ。相手の侵略の情報を掴み、この時期に学園が職場体験するのを知っていたが、ルークという存在がが都合良く在学中だった。これが一番被害が出ず、費用もかからない。説明してる暇もないし、巻き込む形じゃないと緊急性もないから俺が動くかも不明だ。それなりに政治的な思惑や金が動いている以上、物事に決定権がない奴にどうこう言っても仕方ないだろ。いい加減脅すのは止めろ」
俺はプルメリアが出している、黒い火球の熱気に少し目を細めながら手首を掴んだ。どう見ても警告じゃないし。
もの凄く手の甲がヒリヒリ熱いんだけど? 下手したら岩とか溶けそうな温度じゃね? ってか戦闘は本気でやってなかったな? 俺がいなくても、一発で殲滅くらいはできそうな威力が出せそうだ。プルメリアはプルメリアで考えて戦闘してるんだな。
「……申し訳ないと思ってるわ。確かにプルメリアの言う通りだし、ルークの言ってる事も間違ってはいない。利用させてもらったのも、作戦立案や部隊を動かす人に進言したのも確かよ。これだけは言わせて。私だって学生を巻き込む様な事はしたくなかった。でも、机の上で合理的に物事を運ばせる、現場を知らない奴が一定数いるのよ。この案はお勧めはしないと言ったわ」
アニタさんは瓶から生肉のブロックを出し、腕を出すと自分の鷹を誘導して餌を与えている。側面に張ってある魔法陣の描かれてる紙は、冷却用のだな。
「でも上は戦死者を少なくする方法を選んで、私にルークとの接触を命令され、現地で敵の足止めをしろ、可能なら殲滅しろって命令を出したわ」
「そういう事にしておきます。その上とやらには、丁寧な報告をお願いしますね?」
プルメリアが黒い火球を四散させ、笑顔に戻った。
「さーって。お兄ちゃん、どう脅しに行こうか?」
「学園長とか剣聖、その他諸々。最悪同盟国からも英雄とか言われてる奴が来る可能性があるから、俺がアスターに抗議文書いておくわ。プルメリアの言い分は書くけど絶対に動くなよ?」
「悪いけど、国王は殆ど関わってないわよ? 本当に情報を手に入れたのがギリギリだったから、作戦内容の報告書って形で事後報告にするって言ってたし。帰ったらどうなってる事やら……」
「作戦立案した方は、国王とルークが直接繋がりがあるって知らないのでは? むしろ知っている方が少ないんですよねぇ……。知ってたら多分こんな無茶はしませんよ。頭と体が繋がっていれば良いんですが……」
トニーさんが大きなため息を吐いている。この人エルフも反対派だったか。
「ならいっか。そのうちどう処分を下したかの手紙くらいは届くでしょ」
「最悪の場合、直接謝罪に来る事になるなぁ。また学園長に嫌な顔されるわー。あのハゲって国王の割にフットワークが軽いんだよなー」
俺は頭を掻き、これから面倒な事になると思いつつ戦場の方を見る。オジキが一番奥の方にいた偵察の方に向かっているので、確実に処理してくれるんだろう。
「国王をハゲって言えるの貴方くらいよ?」
「国王は禿はげてませんが?」
「アイツの父親と祖父が禿げてたから、多分禿げると思って渾名をハゲにしたんだけど、この間会ったらまだフサフサだったわ。多分もう禿げないだろうな。だから別の渾名にしたんだけど、長く使ってる方が出たわ。ま、作戦立案者の事は任せます。手紙でもなんでも良いので、報告お願いしますよ」
俺は弓から弦を外し、残っていた矢を四散させて伸びをする。
「あーやだやだ。長生きはするもんじゃねぇな。まず学校に通うところから、既に間違えてんだよなー。その後軍に入ったのも間違いだったわー」
「お兄ちゃんなら、普通に街にいても目立ってたと思うけどね」
「まぁ……。否定できないんだけどな? 暇だからって色々手を出したのが間違いだったわー。本当長寿種として死なない様に生きるのって大変だ」
俺はノンホールピアスを外し、リングケースに入れてポケットに戻す。一応戦闘以外は外している事と、魔法的な鍵はしていないのをアピール。
コレで盗まれたりして、どこかが更地になったら面白いんだけどな。
□
戦闘が終わったら滅茶苦茶オジキに怒鳴られた。テメーやりすぎだってな感じだったけど、最終的には助かっただの、楽だったとか言われた。
そしてアニタさんとトニーさんが報告の為に帰るみたいなので、馬車に乗せてもらった。
一応鷹に手紙を付けて飛ばしたらしいが、詳しい報告は早い方が良いとの事。
「空荷だから、夜中には後方の基地に着きますよ」
特に会話がなかったので、トニーさんが先に口を開いた。
「まぁ、何となく知ってます」
特に話題もないので、何となくソレっぽい返しで濁しておく。
「にしても……。アレってどう報告書を書いたら良いのか、頭の中で文章を練っているんですが、書かれたらまずい事ってあります?」
「んー。プルメリアの事か? なんだかんだで、剣聖に勝ったって情報くらいしか広まってないしなぁ。個人での戦闘と戦争で活躍は別物だし、その辺は秘匿しておいてくれ」
「わかりました。確かに色々とまずいですから。それに……色々と隠して生活しているみたいですので……」
「私はかまわないけどね」
「もう二人一組で扱われてるんだろうから、俺の面倒が増える。面白そうな事なら歓迎だけど、戦争なんかモロに国が関わってるし、こういう事になるんだから絶対に黙っててもらいたい」
「私からしたら、コレも面倒事じゃないけどね。最悪逃げればいいんだし」
「そこは考え方の違いだな。俺は今回のは面倒事だ。逃亡生活なんかどこの国にいようと認識票使うとばれるんだし、重い大金持ち歩きながらの移動は面倒の一言だ。街に入る時に確実にばれるから、寒村みたいな所で買い物するしかないしな」
「んー、そんなもんかー」
「そんなもんっす。むしろそんなもんで済ませられる、プルメリアの考えが凄いわ」
馬車に揺られながら、真っ赤になっているプルメリアの瞳を見ながら俺は答えた。
○月××日
職場体験に最前線基地に行く事になったが、侵略に巻き込まれて防衛する事になった。
生徒や先生は避難の為に帰ったので安全だろうが、裏で糸を引いていたのは軍部の奴で、職業体験とかぶってるし、俺が在学中ってのも知ってて巻き込んだ形にされた。元上司とその部下が窓口になっていたが、こいつらは関係ない様だ。
そのうち処分が決まったら手紙で知らせるとか言われたので、とりあえずそれを読んでから抗議するかどうか決める。
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