第15話 1/2 学生をキナ臭いのに巻き込むのは感心できねぇな……。
学園祭も無事終わり、翌日は片付け。二日後には通常授業に戻ったが、学園内を歩くと皆が俺とプルメリアの事を見ている。
やっぱりど阿呆という剣聖に勝ったのが原因だ。ったく、目立たなくても良いのに目立ってしまった。
プルメリアには偶然勝っただけだけど!
「あんた、一年のルークだろ? 放課後に闘技場で手合わせしてもらいたいんだが、時間は空いているだろうか?」
ほら、俺にもこうやって声がかかる……。
「剣聖に勝ったプルメリアに勝てたら相手してやる。あと俺は論文をまとめるのに忙しいんだ。すまんな」
部室に向かう道すがら、どちらかと言えば近接系の体つきをしている上級生に、こうして声をかけられる。何度も。
そしてプルメリアには悪いけど、名前を出して断っている。魔法理論部と、魔法回路創作同好会で確立させた理論をさっさと清書したいし。
「プルメリアが闘技場にいるから、勝ったら一緒に魔法回路創作同好会の部室に来てくれ」
学園祭が終わってから十日は経つが、通常授業が始まったその日からクラスに腕に自信がある奴が来て、戦ってくれないか? と、授業の合間の休憩時間や放課後に合計で何十人も来た。
だから結構やる気なプルメリアが、放課後に闘技場に出張っている。
「そうか……。あまり女性相手だと気が乗らないんだがな……」
「女性騎士や兵士、女盗賊に殺されたければ勝手に死んでくれ」
「わかってはいるんだが、どうしても……な?」
「俺だってそうだ。けど、女で幼なじみのプルメリアとやり合った。心に区切りをつけろ。じゃなきゃ戦場や旅路で、何十人と女性を殺してない。まずは心を鍛えろ、割り切る事も覚えろ。それがスタートラインだ。まずはクラスメイトの女子を、全力で殴れるくらいになっとけ。それか圧倒的な技量差で無力化だな」
俺はそう言って、話しかけて来た生徒の軽く肩を叩いてから部室に向かったが、その日は結局誰も俺の所に来なかった。
学生の肉体年齢や経験でプルメリアに勝てたら化け物だから、なるべくなら相手にしたくはないけど。
◇
「お前等、職場体験も時期が来た。ヒースは一年は二回目だから知っていると思うが……。ルーク! お前は何年カーネリアンに従軍してたんだ?」
ディル先生が授業終了時のホームルームで、いきなりそんな事を聞いてきた。そういやそんな時期か。
「覚えてません。むしろ覚える気すらないんで、最低期間の二年は確実にいた気はしますが……。その後も何回か呼ばれて、助っ人で三十日とか六十日とかちょこちょこ拘束されてます。日雇い契約みたいなもんだったし、従軍って枠ではなかった様な?」
国内外の色々な施設で認識票を使うと、居場所がばれるくらい性能が良い。だからその街で衛兵が総動員されて、俺を捜して軍に連行される。
他国というか、俺の心は故郷にあるので他の国の軍には協力はしないけど、冒険者ギルドとか、兵士が動員されるヤバい魔物関係だけ協力はしている。
なのにプリンターはないんだよなぁ……。
「そうか。ってな訳で、職場体験は山岳沿いにある国境線の後方にある物資集積所での物資搬入で、その後に最前線の砦に見学に行く。そして雰囲気を少しでも味わってもらいたい。卒業後は、半数が軍に行く傾向が強いしな。冒険者の道を選んだとしても学ぶ事や、有能なヤツは駆り出される事は多いはずだ」
そうなんだよなぁ……。こんなふざけた男子が多い様なクラスでも、国内では一応エリートコースに進めるんだよなぁ……。
なんで試験受かったんだろうか? 答えはわかってる。学科試験も実地試験も合格できたからからなんだ。ただ精神年齢が普通の十五歳から十八歳のノリノリな奴が多いだけだ。
難関校に受かってクラスメイトとふざけて遊んでいる、ノリが良い男子高校生と変わらない年齢だし、それに付き合う俺も俺だけど。
けど授業中はもの凄く真面目で、学ぶ意欲も高く、わからない所があると直ぐ俺に聞きにくる。そこは先生にも聞いてほしいが……。
「出発は休日二日を挟んだ三日後。必要な物は自分の装備一式。食料は出るが、道中は保存食メインだから食べたければ自分で作れ。一学年全員が泊まれる宿なんかないから野営。本来なら移動は徒歩で進軍だが、一応学園から荷馬車が出るから安心しろ」
移動にかかる日数は言わないのか……。
この国は隣国との間に山脈があり、一応峰が国境線になっているので、麓から少し離れた平地が最前基地になっていて、物資集積所への移動は馬車で五日程度。最前線基地にはそこから半日か一日。王都からも山は見えるが、大軍で山越えとかないから基本安全だ。国家的な意味でだけど。
何かあれば山沿いに軍隊を向かわせればどうにでもなるだろうし。相手の兵糧的に。
「絶対に尻が痛くなる奴だ……」
「んー。寮の生活に慣れちゃったから、お風呂なし生活に戻るのは厳しそう」
「私アノ日と重なるんだけどぉ……」
「薬でも飲んで遅らせとけよ。購買で格安で売ってるだろ」
「あれって半日くらいめっちゃダルイのよー。あと肌荒れするし。あと男子なんか五日くらいお風呂入らなくても平気でしょ」
んー。恥とかなくなってきてる子が出てきてるなー。これは軍や冒険者になるのには良い傾向だと思う。軍だって男女混成部隊とかあるし、着替えとかは一回遠征に出ちゃえば申し訳程度の区切りくらいしかないから、体拭いたり着替えとかはテント内でする人も多いし。
最悪その辺で着替えてる女性兵士もいたしな。
ちなみに俺は三十日以上、汗を流すだけで過ごしたことがある。石鹸の香りとかでばれるのを防ぐためだ。
体臭がキツすぎてもだめなので、三日に一回掛け湯してからタオルで軽く拭いて湯船に入るだけ。しかも数十秒浸かる程度だ。
作戦行動前からやるから精神的に結構キツかったわー。しかも一回泥水に頭まで浸かってから現地入りするし。
□
「そういやプルメリアは、アノ日とかどうなん?」
部活が終わり、夕食や入浴を済ませて寮に戻ってきて、教室で話に出てたのでなんとなく聞いてみた。
「ん? 生理? 二百八十日から三百日の間かな?」
「せっかく濁してるのに、堂々と言うなよ。気を使った俺が馬鹿みたいじゃん」
ふーむ。これもだいたい周期が十倍か。最悪妊娠期間も十倍の可能性もあるな。
「んっふっふ。私は二百年くらい生きてるから、もうそういうのはとっくに卒業しているのだよ、ルーク君」
なんだよその口調は。眼鏡とかしてたら、絶対にクイッとか上げて言いそうだ。実際ベッドに座りながら足を組んでドヤ顔しているが。
「そうか。それなのに俺の母さんに、直ぐ子供ができる様な事言ったのか?」
「うん。だって直ぐじゃん」
やっぱり長寿種の一年って、大体一ヶ月程度の体感なんだな……。
『人型って大変だよな。万年発情期みたいなもんだし、メスは三十日に一回くらい種付けに適した日があるんだろ?』
「そんな知識どこで覚えてきたんだ? 俺は教えてないよな?」
お前はカラスだし、どうでも良い情報だろう……。
『お前が行商人の護衛してる時に、メスグループがそんな事話してたぞ。獣人系の発情期は三十日に一回くらいだけど、もの凄く激しいとか』
そうだった。こいつは自主的に俺に有益そうな情報収集してるんだった。おかげできな臭い情報とか、裏切りそうな奴とか調べてくれる。こういうどうでも良い情報は言わないけど。
本当カラスって頭良くて付き合いが楽だわ。動物だから怪しまれないし。
ちなみにこの学園の一年生には獣人系はいないので、性欲を押さえる薬うんぬんの話題は出ていない。もちろんどの種族にも効くが、無欲すぎる修行中の聖職者みたいになれるので、教会関係者の位の低い奴らは常飲してるが、目が死んでて怖いんだよね。
『ちなみにお前の評価は、髪型が変なところ以外は満点に近いぞ』
「そういう情報はいらないから……。そういうのは、わかれるか死ぬまで黙っておけよ」
「お兄ちゃんって、もしかして女性避けにその髪型してるの?」
「いや? エルフって、エルフって括りで覚えられる事が多いから、皆に覚えられる様にだ」
この世界の感性では、早すぎて変な髪型扱いだけど。
そんな事を話しながら就寝時間前に日記を書き、特に何事もなく寝たが、お隣さんが……。
あの先生って普段は男勝りで、剣技とかの授業で鬼教官とか言われてるんだけどなぁ……。まさか夜はあんなんだったとは……。
ってかクッ殺せ! って言ってるわ。どんなプレイだよ。相手の男性は魔法系の先生だったな……。マジで何やってんの?
防音の魔法とかかけたいけど、寮母さんが使用禁止にしてるんだよなぁ。過去に独身寮の方で、男子生徒を連れ込んでた女性教師の噂があったし、仕方ないと思っている。
◇
「俺達のクラスも出発だぁ……」
「皆さん……張り切って……うっぷ。行きま……しょう」
妙に元気のないディル先生とヨシダ先生だが、どう見ても昨日遅くまで飲んでた様な顔つきだ。
ちなみにムーンシャインはまたお休みだ。だから昨日のうちに蹄を綺麗に切ってやり、ブラッシングとかのコミュニケーションを念入りにしてやった。結構な期間会えなくなるし。
けどレイブン、お前はなんで学園が用意した馬の背中に乗ってるんだ? そのうちどうでも良い世間話になって、俺が苦労するんだからこっちに戻って来なさい。
「あー! ルークがクッション用意してやがる!」
「なんで持ち込んで良いって言ってくれないんだよ! 絶対尻と腰が痛くなるじゃん!」
「持ち物は各自自由だったはずだが?」
「しかもファイアスライムの低反発性で高い奴じゃない!」
「私もあるよー」
プルメリアは立ち上がって笑顔でクッションを前に出すが、ゲル状の低反発なのでお尻の形がクッキリと出ている。
一応布の中に入れてあるが、それでもしっかりと形を保っているので男子がかなり見ている。
「プルメリアちゃん! 戻して! 良いから戻して!」
正面に座っていた女子がクッションをバフバフとやって、元あった場所に納める様に引っ張って戻した。
グッジョブ! 今から男子をムラムラさせたら、この数日間大変なことになる。
□
途中でディル先生とヨシダ先生が荷馬車の外に身を乗り出して虹を作っていたが、まぁそれ以外は特に何事もなく村の外の野営地に付き、班になって野営の準備を皆で始める。
「ルークは今回、自前のテントとか持ってきてないのか?」
「ムーンシャイン……。お供のロバがいないからな。荷物にどうしても制限がかかるんだよ」
「なのにクッションかよ。あたしなんか二回目だけど、初日で後悔してる」
ヒースはため息を吐きながら、槍を抱くように地面にあぐらをかいている。スカートじゃないから良いけどさ。
「長距離を座って移動するのに、クッションは優先順位は俺的に高めだ。普段はムーンシャインがいるから歩きなんだけどな」
焚き火に手を当て、五秒くらい我慢できる位置に鉄製の細い杭を二本刺し、適当に拾った木の棒を通して薄く切ったベーコンを垂らし、火の近くに鍋を置いて干し肉やら調味料、野菜を突っ込む。
「手際良すぎですー」
「慣れだよ、慣れ。今日はやってやるが、明日以降は皆がやってくれよ? 全員料理が怪しいんだから」
「え? 私も?」
プルメリアも少し焦った感じで言っている。
「多少の毒とか気にしないで、ジャガイモの芽を入れる様な子は信用できません! 前科がある以上監視するからな」
「マジっすか……」
「マジっす……」
良い感じでベーコンから油が滴ってきたので、日持ち優先のパンに切り込みを入れ、そこに挟んで全員に配り、スープにも最後に生の香草を入れてからお玉で深皿に入れてやる。
「はー……。マジでルークの料理は、保存食とは思えない美味さになるなぁー」
ヒースはスープを一口飲み、ホッコリとしている。
「物がある時だけな」
「あたしが一回目の一年生の時は、保存食をそのまま食ってたしなー」
「ほかのクラスでもー、料理してるところは少ないですねー」
「食事は士気に直結すると父が言っていた」
「ふむ。そうだよな……。覚えておかないと……」
カルバサがパンをスープで流し込んでから言い、アッシュが独り言の様につぶやいた。
「多少戦費や兵士の維持費が増えても、一回の食事の質は上げた方が良い。最悪暴動も起きる。大昔では戦争奴隷の食事を大麦だかをメインにしてた軍隊がいたが、当時は馬とかの家畜の飼料にもなってたから、俺達は家畜か! ってな。だから多種族混同の場合はひとまとめじゃなく、
「んー。戦争って難しい」
「一日辺りの一人の食費を大銅貨一枚にして、百人で大銀貨一枚、千人でーって。そして軍馬の飼料やら諸々、それが数日。軍隊は生産性はないけど、なけりゃ攻め込まれるし、色々難しいよねー」
よく考えてますねプルメリアさん。さすが数学だか算数のテストで、種族の違う混合部隊の維持費計算してただけあるわ。
「街道を整備して進軍に備えさせつつ、人の往来も増やして税金とかなー。攻め込まれた場合は敵にその道が使われるし、考えさせられる。今から行く物資集積所で、どのくらいの荷物があるか確かめるのも……ってか、言い出したのは俺だけど、食事中だしこの話は止めよう」
「そうだな」
政治的な話を止め、とりあえず食事を済ませてテントの中に入り寝転がる。もちろん男女別だ。
「ルークって日記書くんだな」
「筆まめだな」
「そりゃ長生きしてたら、いつ、どこで、何があったか忘れるしな。実家に帰った時とか、この間の剣聖とかの事も書いてある。とりあえずルールを決めて、一日数行程度にまとめる。それで十分だ」
寝転がりながら日記を書いていたら、カルバサとアッシュが不思議そうにのぞき込んできたので、何となくで答える。
「長寿種特有の悩みか。大変だなぁ」
「どのくらい続けてるんだ?」
「旅に出てからだから……。大体五十年分だ」
そう言った瞬間に二人が目元を押さえた。普通の寿命の種族から考えたら、ほぼ一生日記を書いているに近いしな。
「俺はルークの事を尊敬するわ」
「僕もだ。あとルークの日記を読んでみたくなってきた」
「読んで良いぞ? 意図的に内容を誰にも言わなければ」
俺はそう言って日記を渡した。暇つぶしの道具なんかないからな。チェスかリバーシでも持ってくれば良かったわ。
「んー。この日記は今年の春からか」
アッシュが最初のページを開き、そんな事をつぶやいた。
「おい、今すぐ日記を閉じろ! コレ以上読んではいけない!」
カルバサが日記の後ろ側からペラペラとページをめくっていたが、いきなりそんな事を言い出した。
「どうした?」
「プルメリアとの、初めての日が!」
カルバサが続けた言葉に、アッシュが即日記を閉じた。
ちなみに二人の間に日記があるので、変な癖が付かないかの方が心配だ。
「すまん……」
アッシュが本当に申し訳なさそうに言った。
「気にしてない。そういうのも込みで見せたし、書いてある事はある意味事実だしな。日記は人に読まれる事を考えずに書く奴と、読まれても良い様に書いてる奴がいるが、俺は後者だ。本として読まれても良い様に書いてる」
そして俺は日記のページをめくり、プルメリアに襲われた時の部分を指さした。
「マジでありえねぇよ……。実は思春期の男じゃねぇの? ってくらいガツガツしててなぁ。本当に困ったわ」
具体的な内容は書いてないし、別に恥ずかしくないから堂々と見せる。
「襲われたのか……。本当に男みたいだ」
「んー。頻度は少ないけど、戦闘で高ぶってるとか、血を飲みたい衝動で、って感じがするな。あまり数が多くないヴァンパイアの文献になりそうな? でも半分がエルフだし……」
俺が読んで良いと言ったら、興味深そうにアッシュがペラペラとページをめくり、なんか個人的にどうでも良い事をつぶやいている。
プルメリアいわく父親はチャライ感じで、正妻決定戦とか開くくらい各地で女性に手を出してるし、一気に数は増えそうな気もするなぁ。
けど生理の周期とか考えて、絶対狙ってヤらないと子供なんかできない訳で……。意図的に子供を増やそうとしてるのは明確なんだよなぁ。よその家の事情だから言わないけど。
そんな事を思いながら、頭に乗っているレイブンに降りてもらって寝た。
◇
「よし、お前等降りろ。見てわかると思うが、ここが物資集積所だ」
砦なのか防壁なのか、中途半端な広さの土地に壁があり、あまり高さのない建物と木造の倉庫が並んでいる門の前で荷馬車が止まった。
「今担当者が手続きをしているので、しばらくしたら入れると思う。もちろん防壁の外で野営だ。テントを建てられる準備しておけよ」
何回も来ているので知っているが、一応話しだけはきっちり聞いておく。
「あー、明日に物資が届くから道は開けておけよ? 皆はそれの運搬と搬入だ。そして来た馬車に古い方の物資を積み込む。先出し先入れだな。色々本職の奴から説明はあると思うが、大まかな流れはこんなもんだ。んじゃ解散」
相変わらず適当な説明っぽいが、本当にこれだけしかやる事はない。本当に入隊一年目でもできる簡単な作業だ。
「んじゃ、ちょっと挨拶に行ってくる。荷物見ててくれ」
俺は荷物から装備を外し、定位置に装備して、弓に弦を張らずに門に近づいて行く。
「まて! 学生はまだ入れんぞ」
おいおい、手続きが済んだら入れるんじゃないのか? 先生最初から間違ってるぞ? 大丈夫か?
「中に知り合いがいるかもしれないから、入りたがったんだが……」
「名前は?」
「俺の? 知り合いの?」
「両方だ。そしてそいつに聞いて、本当かどうか確かめる」
「んー。顔を見ないと思い出せないし、配属されてたらって話だからいいわ。お仕事お疲れ様です」
本当はウロウロしながら誰かとすれ違い、向こうが思い出すかどうかなんだけど。
「駄目だった。先生の説明も適当だ」
俺は首を傾げながら軽く両手を広げ、リュックに装備を取り付けて野営の準備を始めた。
「で、誰に挨拶だったんだ?」
「知らん。ウロウロして、向こうが思い出せば良いなー。程度だ」
「そういうのは、挨拶に行くとは言わないぞ? 本当は野営の準備したくないだけだろ?」
「んな事はない。何十年と旅してるから、こんなもん直ぐにできるわ。良いから料理の準備しろよ。今回はアッシュの番だろ?」
「わかってるよ。思いの外鍋の場所がな? 火加減の調整が難しいなコレ……」
「まぁ……がんばれ」
アッシュは鍋の位置を微調整しているが、なんか気に入らないらしい。んなもん火の上に直でドンと置いても良いんだけどさ、なんか応用が利かないんだよなぁ……。
弱火でコトコトじっくり煮るとか、米を炊くって訳でもないんだし。
◇
翌日。朝食を終えて片づけをしていたら、荷馬車が一台やってきた。どう見ても兵糧を運んでいる感じではない。
「学生の皆さーん。行商人ですよー。暇つぶしの道具から、新鮮な野菜でーす。もちろん、現地価格で割高になってますけどねー。あー、あとクッション多めでーす」
なんでかって? 良く知っている声で毎日の様に聞いていたからだ。
「なんでアレがここに……。けどアレの情報網ならありえる……」
俺は壁に寄りかかり、空の方を見てつぶやいた。
こちら側にはちらほらと生徒はいるが、自主練習って形で得意な武器を振ったり、走り込みをしているだけなので比較的静かだ。
「はぁ。そろそろ秋だなぁ……」
雲を見ながら、二羽の小鳥がじゃれ合うように飛んでいるのを眺めつつ、何となく声に出した。
「久しぶりなのに逃げるって、どういう事かしら?」
「会いたくないし、あまり関わりたくないからですよ。ってか察してくださいよ」
防壁の上から女性の声がして、俺は頭を下げて地面を見る。そして情けない声を出して答える。
「師匠に対して、それはないんじゃない?」
「元上官ですよ? 師匠じゃないですよ?」
「あら? そうだったかしら? 誰が毒の生成方法を教えてくれって、私に頼み込んで来たんだったかしら?」
「覚えろと言わんばかりに調合中に呼び出したり、俺の日記の続きにレシピっていう名の落書きしたでしょ。イヤでも覚えますって。ってかボケ始めました?」
「少し物覚えが悪くなったかしら? 誰かが覗き見してる時に、間違えて毒の調合しちゃったし」
「それは確信犯って言うんですよ」
俺は元上官のエルフの女性と一切顔を見ずに会話する。
このエルフは最初に従軍した時の、偵察部隊の上官だ。そしてなぜか俺に望んでない知識を教えてきた。滅茶苦茶役に立ってるけど。
「この後に最前線基地まで行くんでしょ? 隣国が粉をかけようとしてるから、戦闘の覚悟はしておきなさい……。巻き込んで悪いわね」
元上官のエルフの女性は、先ほどまで明るくハキハキした感じで喋っていたが、声のトーンを落として真面目に言ってきた。
「そうですか。気に留めておきます。あと粉をかけるの使い方が違いますよ? 俺が抜けてから隠語だか符丁でも変わりました?」
「あ、そうそう。門の前でクラスメイトがルークの事を探してたわよ?」
説明はしてくれないようだ。粉をかけるって女性にちょっかいをかけるって意味合いだった気がするが、こっちの国が女性で、相手が男性という感じで言っているのであれば、ある程度想像はできるが。
「わかりましたよ……。戻りますって……」
そして顔を上げてから立ち上がり、何事もなかったかの様にして皆の所に戻った。
「どこ行ってたんだ? ある程度時間通りに動くのに、珍しいじゃないか?」
アッシュが少し驚きながら言い、二の腕をバシバシ叩いてきた。
「あぁ、ちょっと防壁を上りたくなってな。反対側の防壁を上ったり下りたりして、進入経路の確認してたわ。後で報告を入れとかないと」
「直ぐばれるような嘘を付くのは、どうかと思うが?」
「じゃあトイレで良いよ。腹痛が酷くて今までかかった」
「じぁあってって何だよ、じゃあって」
そんなやりとりをしつつ、何回も来た事のある砦の中を見学し、物資が届いたので輜重兵の責任者が指揮を執りつつ、倉庫の荷物の入れ替えをして昼食を食べてから最前線基地に向かった。
◇
最前線基地までは走って一日。馬車で半日くらいだけど、物資があって大人数なので途中で一泊し、朝食後一時間くらいで着いた。
なんか知らないが行商人風の元上官も一緒に。
そして荷物を載せた荷馬車が、元上官と旦那約の男と一緒に入っていった。一応顔パスって体で、門番と一緒に演技してたけど、どこまでが演技かわからない。
「よーし。防壁の上に行ったり、見張り台の上に行ったりしても良いし、世話になるかもしれない非番の兵士に話を聞いたりしても良い。戦力も充実してるから、訓練場で手合わせも良いぞ」
今回の職場体験の責任者の先生が全生徒に聞こえる様に言い、とりあえず自由行動になった。
「おい、ルークはどうするんだ?」
ヒースが聞いてきたが、二回目だから俺と一緒でやる事もないんだろう。
「ん? ここの一番偉い人に呼ばれるだろうから、目立つ場所で待機」
「呼ばれるってなんだよ。いかにも決定事項みたいな言い方だな?」
カルバサも不思議そうにしている。
多分だけど元上官がここの責任者に報告し、部下が呼びに来るは――。
「お話中失礼します! 貴方がルークさんと、婚約者のプルメリアさんですね? オヤジがお呼びですので、御同行願いします」
兵士が走って俺の所にやってきて、敬礼をしながらハキハキとした声で言った。
いかにも兵士らしい声のデカさと喋り方だが、生徒の殆どが俺に注目している。
「まず聞かせてくれ、オヤジとは誰だ?」
「はっ! この基地全体を指揮している方です。堅苦しい階級は嫌いだと言い、基地の全員にそう呼ばせております! ちなみに言葉が堅いと嫌な顔をするので、お気を付け下さい!」
「なんでプルメリアもなんだ?」
「その様に言われましたので、自分にはお答えできません!」
そのまま敬礼を崩さず、俺の質問に答えてくれた。そして周りからガヤガヤと声が聞こえ、先生方も怪訝な顔で見ている。
「了解。君に付いて行けば良いんだな? 悪いんだけどー……アッシュ。俺の荷物をわかる所に全て置いておいてくれ。行ってくる……」
俺は誰でも良かったが、班長って事になっているアッシュに頼み、プルメリアと軽く目を合わせるとうなずいたので、兵士について行く事にする。
ってか、全部国にはバレバレなんだな……。
「いってきまーす」
そして緊張感のない声で、プルメリアが皆に挨拶をしている。あえてやっているのかもしれないが……。
「オヤジ、入るけど良いか?」
兵士が重厚そうなドアを叩いた。一番偉い人の部屋に入るとは思えない作法だし、本当に堅苦しいのが苦手なんだな。
「おう!」
そして野太い声で返事が聞こえた。もう声だけで、何となく雰囲気がわかるわー。
ドアを開けるとソファがあり、そこにパツパツの服を着たスキンヘッドのマッチョマンが座っていた。顔を見ると左目部分に縦、鼻に横の切り傷であろう古傷があり、真っ白な歯を出し、獲物を睨みつける様に笑っていた。
めっちゃ怖い……。筋肉質なオッサンかと思ったが、凶器的な怖さがある。
そして元上官と旦那役の男も座ってお茶を飲んでいた。
「お前がルークとプルメリアか。色々と話は聞いている。そして色々と聞いたな?」
「えぇ……。そちらの……。お名前は何でしたっけ?」
元上官と旦那役の男は、会う度に名乗る名前が変わるので忘れた振りをして毎回聞いている。
「ア、ニ、タ。でしょ? 師匠の名前を忘れないで欲しいわね」
「師匠ではなく、元上官です」
今回はアニタね。オーケーオーケー。
ってかアニタさんは、量産型エルフと言っても良いくらいなんかエルフーって感じの容姿なんだよなぁ。髪は腰くらいまでの金髪で、耳が長くて……、目が二つで鼻と口がある。くらいの特徴しかない。俺は声と口調で覚えているが……。
「トニーです。お久しぶりですね」
「お久しぶりです」
こっちのトニーさんは、本当に声も顔も特徴に残らない。
さっきも言ったが、こっちも量産型エルフで、街ですれ違っても、『あ、エルフだ』。程度の認識しかできない。
耳にピアスとか、派手な服とか、特徴のある声とか、ほくろがあるとか、本当に何もない。
物静かであまり発言もしなく、いつも口角を軽く上げて微笑んでいるような、人当たりの良い笑顔だし。
ってか二人とも、印象に残るような物を一切つけていない。敵地に潜入して調査とか諜報もしてたし。
「まぁ座れ。立たれると落ち着かねぇ。ってな訳でぇー、お互い確認も済んだな? 率直に言うとだな、隣のクソ共がちょっかいをかけてくるのなんか日常茶飯事なんだけどよ、今回は規模が十倍くらい違うんだわ。で、ついでだから偶然職場体験でこっちの方に来るルークに、加勢してもらおうと。なんか一緒にいるプルメリアってーのも、剣聖とスデゴロでやり合って勝ってるヤバイ奴とも聞いてる。だから呼んだんだが……。今は学生生活を満喫しているから無理強いはしねぇぞ? 一応二人は学生だしな」
マッチョマンは一応こちらに気を遣っているらしい。怖いのは見た目だけか?
「俺はかまいませんが……」
空いているソファに座ってからそう言って、プルメリアの方を見る。
「良いですよ。愛国心とかより、故郷に被害が及ぶのは避けたいので」
「だよなぁ! 故郷は大切だもんな! 俺も愛国心はほどほどだけど、故郷は大切だからな。もう滅んじまったから、ここでクソ共をぶっ殺してる訳よ! 親は両方生きてっから気にすんなよ?」
マッチョマンは大声で笑い、さり気なく重い事を言ったと思ったが、両親が生きてるならまだマシか?
「気分で国境線が変わるしなぁ。取った取られたの繰り返しだし」
「だなぁ。子供の頃に故郷を追われてな。それで決めた訳よ。兵士になってぶっ殺してやるって。じゃ、手伝ってくれるって事で進めるぞ? ほかに何かあるか?」
「んー。学校の責任者に俺達の事を伝えるのと、さっさと逃げろ。と言っていただければ」
「わかった。早速動こう。おい! 頼んだぞ?」
「おうよ!」
案内してくれた兵士が返事をし、そのまま走って行った。
「あと言葉が堅い! もっと気さくに頼むぜ」
マッチョマンはなんか悲しそうにしながら片目を細め、頼み込むように言ってきた。本当に堅い言葉使いだと悲しむんだな。ってかその表情も怖いんだよ。止めてくれ。
「はぁ……。じゃあオジキで」
「いいな! ボスぽくて俺には合ってる。気に入った!」
そう言うとオジキはパァッっと笑顔になった。いや、怖いから。
「んー。私はアニキかな? オヤジとかはお父さん以外に使いたくないし」
「ほほう……。綺麗な妹ができて嬉しいぜ! んじゃ出迎えにいこうか。偵察の話だと、あと一時間程度で先頭集団が見えるはずだしな!」
オジキは膝を叩きながら立ち上がり、俺達が立つ前にドアの方に歩き、勢いよくドアを開けて出て行った。
「いつもあんな感じで?」
「えぇ。清々しいくらいに真っ直ぐで良い人ですよ」
トニーさんが笑顔で答え、お茶を飲み干して立ち上がった。
「おい、茶ぁおせぇぞ。今から忙しくなるから、お前が一気飲みしてさっさと準備しろ!」
「無理っすよ、めっちゃ熱いんすよ!」
廊下でそんな声が聞こえたので、俺達も準備をする事にした。
「ルーク! 間に合って良かった!」
中庭に出ると、そんな事をアッシュが言いながらこっちに走ってきた。
「聞いたよ。ちょっとした小競り合いになるんだって? 学生はさっさと逃げろって避難命令が出てる。僕達の組はルークの荷物があるからって、最後に出る事になってね。もう出発ギリギリなんだよ。あぁ、先生が叫んでるから行かないと。二人とも死ぬなよ!」
アッシュはそう言って俺の二の腕を叩き、返事も待たずに走って防壁の外に出て行った。
「その辺に放り投げてくれてても、良かったんだけどな」
「私は二人ともで、一括りにされちゃったけどね」
「まぁ、同性の方が叩きやすいからだろ? アイツはさり気なく女性を触るって事はしないだろ」
俺はリュックを漁り、屑魔石の入った小袋を胸ポケットに入れる。
そしてポケットのリングケースからノンホールピアスを取り出し、耳に付け始める。
「それ、なんかやばそうな雰囲気出てるんだけど。……何?」
プルメリアが普段とは雰囲気の違う、背筋の凍る様な声で聞いてきた。
「自作した、色々能力の底上げ魔法が込めてあるアクセサリー。耳が長いって、このくらいの利点しかないしな。ってか禍々しいデザインはしてないんだけど?」
「半分呪い的な物も入ってるでしょ?」
「よく気が付いたな。元々は呪いの魔石もあるけど、魔法回路を解析して効果を反転させ、効果をプラスにさせた奴もある。実は呪いの方が優秀な部分もあるからな」
そして弓に弦を張り、各種装備を身につけ、リュックを邪魔にならない場所に放り投げる。
「時々、お兄ちゃんが凄く怖いって思う時がある……」
「気にすんな。動物実験は何回もしてるし、何回も身につけてる」
「そうじゃないんだよなぁ……」
プルメリアはつぶやき、目元を押さえて首を振っていた。
言いたい事はわかるさ。けど俺も誤魔化したり知らない振りをしてるだけで、かなりヤバい物だし、この技術があったら常識が崩れる。そうすれば本気になったプルメリアにも、近接戦で勝てるくらいの力も手に入るかもしれない。
「ま、悪い事には使わないし、盗難防止に個人の魔力を感知して、本人以外には効果が出ない事になってる。それに、何が言いたいかは察してるし、色々と対策もしてあるから。とりあえず防壁に上がろう」
他人が変に調べると魔力が暴走して、半径百メートルくらい何もなくなる自爆とか。
「あらー、お洒落ですねー。彫金やら陶芸やら芸術面、魔法の知識に関しても色々やってるって知ってましたけど……。吐き気がするくらいエグいですね」
「普段は身につけてないので、安心して下さい」
防壁に上がると、アニタさんが真っ先に俺の装備にツッコミを入れてきた。わかる人にはわかるんだな……。
トニーさんは目を細め、無言で俺を見ながらかなり警戒している。そんなにヤバい物に見える?
「でー、敵の情報はあります? こっちは大体五百から六百かな?」
「色々含めた歩兵が五千、騎兵とその見習いが千五百、弓兵が二千、魔法使いが五百、その護衛や輜重兵が千ってところです。全ておおよその数ですが」
トニーさんに声をかけると、腰の短剣に手を当てながら答えてくれた。いくらヤバイ装備だからって、その行動は結構傷つくからな?
「ちょっかいをかけるのには、ちょっと本格的な数だなぁ……。三倍以上の数の敵とはやり合うなっていうけど……。籠られる事前提で来たな? にしても……あの辺境伯は穏便派だった気がするが」
「代替わりして、結構好戦的になってます。税金も軍備にかける予算が増加してますね」
「だからか。表向きは辺境伯の独断で、裏は国から資金が出てそうだな。国王や周辺諸国はどう思ってるんだろうな」
俺は屑魔石を数個手に取り、飛竜退治に使った爆発する矢を作って、防壁の縁にどんどん置いていく。
立てかけてもいいいけど、一応安全の問題もあるからね? 立てた、落としたくらいの衝撃じゃ起爆しないけど。
「それが噂の大隊殺しですか? 見た目は報告書通り普通なんですね。弓は普通じゃないですが」
「大隊殺し? お兄ちゃん……、そんな二つ名が付いてるの?」
「まぁな。あまり言われたくないけど、付いちまった物は仕方ない」
矢を作って濁った屑魔石を堀の方に投げ捨て、残った物で良い感じで握れる鉛の球をプルメリアの前に置いていく。
鉛なんか錬金魔法としてはコストが安いので、屑魔石一個で錬成できるから、大砲代わりになれば良いなと思っている。
「コレを敵に投げてくれ。重くはないか? 握り辛くないか?」
「大丈夫だよー。とりあえず一個……」
そして鉛球を持ったプルメリアが、どれくらいの力で投げたかはしらないが、大体四十五度くらいの角度で飛んでいき、遠くの方で小さな土煙が上がった。
「んー。あの辺りね……。石と違って重心が中央だから投げやすいなー。私も錬金術系の魔法覚えようかな……」
プルメリアは飛んでいった鉛球を見て、なんか恐ろしい事をつぶやいた。
魔力的に低コストで、火薬もなしにあんなに鉛球を飛ばすとか悪夢かな? 防壁とか簡単に瓦礫になるな。
「物理魔法になってるな」
何を言ってるかわからないが、石とか飛ばす魔法もあるし、間違ってはいない。
「重いですね……。これで大体五百歩くらい飛ばすとか化け物ですよ……」
トニーさんがそんな事をつぶやくと、アニタさんに足を踏まれていた。
「女の子に化け物はないでしょ、化け物は。あんた、私にも一回言った事あって、殴られたの忘れたの?」
「申し訳ない。女性に化け物とか言ってしまい……」
「気にしてませんよ? 事実ですし」
そしてトニーさんはプルメリアに謝っていた。俺も気をつけよう……。
そんな会話を少ししていたら、防壁の上の通路幅より少し小さい投石機が用意され、巨大な矢を発射できるバリスタも布を外して準備している。
「飛距離は体で覚えてんな? 一番良い場所で放ってやれ!」
「「「おうよ!」」」
「もう少しで見えるぞ! 全員気張れよ!」
「「「おうよ!」」」
「オヤジもこの前みたいに、単独で出て行かないでくれよ!」
「はん! てめぇらしだいだ! 腑抜けてて張り付かれそうになったら出て行くかんな!」
「クソヤベーエルフがいるから、ギリギリまで出て行かないでくれよ!」
「わかってるよ!」
オジキは笑いながら抜き身の剣を肩に担いでいるが、目だけは笑っておらず、敵が来る方をずっと見ていた。
ってかクソヤベーエルフって誰? 三名ほどいるけど、本当誰?
本当にヤバイのは俺かもしれないけど、残りの二人もかなりヤベーんですよ……。
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