第8話 2/2 その呪い、俺がやりました……
ユニコーンの馬車は城みたいな大きさの教会に来ると、ロータリーになっている正面入り口に止まり、髪を剃っている教会関係者が先導し、奥の方へ案内してくれた。
相変わらず神の像は、剣ををかざしているマッチョで半裸の、良くわからない造形してるけど、どこの国の教会や少数民族の村に行ってもコレだからな。この世界共通ってのは良くわかる。
世界規模で一神教なのは、争いの種が少なくなって良い。
「ここです。大司教様、ルーク様と、婚約中の女性をお連れしました」
「どうぞ。お通し下さい」
頭を剃っている教会関係者がノックをし、そう短く伝えると返事が返ってきた。
婚約中……ねぇ。その方が色々と都合が良いんだろうなぁ。ってかプルメリアは良い笑顔になるな。都合上彼女、お付き合いしている女性って言うより、その方がスマートに事が進むだけだからな?
「では、私はここで失礼します」
そしてドアを開けてくれ、奥の方へ歩いていったので、遠慮なく入室させてもらった。
「お久しぶりです、ルークさん」
そう声をかけてきたのは、くすんだ白髪交じりの緑髪の毛をポニーテールにしている、落ち着いた雰囲気で目つきの優しい五十代くらいの男だ。
「あぁ、久しぶりだな。あー……その、なんだ? 早速本題に入ってくれ」
んー……やべぇ。本名が出てこない。あだ名なら思い出せるんだけど、ここでそれを言うと、絶対に聞き耳を立ててる奴に聞かれたら、こいつのスキャンダルになりかねん。
「やっぱり本名は出てこないみたいですね。ミランです。ルークさんからしてみたら、嫁が奴隷の奴です」
「すまんな。あだ名の方をここで呼んで良いかわからなくて、何となく誤魔化した」
「教会関係者の中では有名ですので、問題ないですよ。奴隷に一目惚れして、買い取って結婚したって」
そうなんだよ。なんか偶然通りかかった奴隷店の前で足を止め、相手の言い値で買い取った、汚らしくて髪を延ばしっぱなしの、敵意むき出しの半野生児みたいな女性を買ったんだよなぁ。
「幸せなら良いんじゃないか?」
「えぇ、凄く幸せです」
ミランはソファの方を手の平で指したので、遠慮なく座らせてもらった。
「婚約中との事ですが、紹介してもらえますか?」
「わかってるんだろう? 同行してたからただの方便だよ。だから――」
「ルークの幼なじみのプルメリアです。私のわがままを聞いてくれ、今年から同じ学校に通わせてもらってます」
俺の言葉を遮り、プルメリアは自己紹介を始めた。結構押しが強いから、主張するところは主張して、こうやって外堀を埋めてくんだよなぁ……。
「そうですか……。デート中でしたか? 申し訳有りませんでした。お詫びは、結婚式の時は私が神父として出ましょう。で、ルークさん。あんた学校何回通ってんすか……」
いきなりミランの口調が変わり、俺と一緒に学校に通っていた頃に戻った。
「あー、五回目くらい? 今回も変わり者と、馬鹿な男子が多くて面白いぞ。なんと今回はゴブリン族が主席だった」
試験が難しく落ちる奴が多いのに、本当馬鹿な事をする男子が多く、その辺の高校と間違えるくらいだ。
「これだから長寿種は……。まぁ、飛竜を倒した者がエルフと聞き、特徴を教えてもらって一発でルークさんとわかり、探させたところどうも学校の寮に入っているとの情報で、張らせていたんです」
サラッと怖い事言うなぁ……。それだけ必死だったって事だろう。
「で、用事って言うのはなんだ? 聞かされてないんだよ」
「その事なんですが……。教会関係者に呪いがかけられている事がわかり、解呪しようと奮闘したのですが、誰も解呪できずに今もその方は苦しんでいます」
ミランは声を落とし、目つきを鋭くして言った。
「教会の威厳にも関わるので、結局今になってしまいましたが……。そこで魔法回路の解析に詳しく、魔法理論も専門家に教えられるくらい教養のあるルークさんに頼ろうという事で、私の古い知り合いと言うことで推薦しました」
「ふむ。そんなにやっかいな呪いなら、さっさとしないとまずいんじゃないか? 死にそうなんじゃ?」
「精神的に疲弊しておりますが、体力は不思議と落ちておりません。ただ、痛みのせいで何もできずに唸りながらうずくまっているので、性格が悪いので良い気味だ。とか、神が与えた罰とも言われています。それと呪いを解析するのに、教会所属の専門家が魔法陣を展開して分析したのですが、どこにも分類されていない未知の文字も確認され、下手にいじれずに現状維持なのです」
「どんだけ酷い呪いなんだ……。そんな未知の文字が入ってるなら、俺でも苦労するかもしれないぞ?」
「駄目だったとしても、誰も文句を言いません。そういう事になっています。なのでちゃっちゃとやって、駄目そうなら言って下さい。専門家より詳しい人がやって駄目だったなら、神の与えた罰という事で処理しますので」
こいつ……意外に酷い奴だな。しかも笑顔で言うなよ。
「よし、案内してくれ」
俺はそう言い、ソファから立ち上がって出入り口の方を親指でさし、さっさと連れて行けとミランに促し、さっきから大人しく待っていたプルメリアも同行した。
「あ゛ぁ……。う゛ぁっ……」
ドアを開ける前から、誰かが変な声を出している。よほど痛いんだろう。どんな呪いをかけられたんだ?
「話をしたエルフを連れてきました。解呪をするので、できるだけお静かに」
入室したら新人かどうかわからないが、法衣に装飾の入っていない聖職者が常に回復魔法を掛けているのか、額に汗をかきながら手先が常に青白く光っているのが見える。
「大司教様ぁ、そのお゛方がお゛知り゛合いのエ゛ルフでず……か、あだだ……」
「無理をしないで、そのままでいてください」
あ……こいつ知ってる。なんか汚職してて、態度も悪く、聖職者らしくない振る舞いで、金に汚くて俺に言いがかりを付け、凄くムカついたから夜中に忍び込んで、そのうち腎臓に小さな結石が生成される呪いと、常に口の中に口内炎が三つできる呪いを掛けた奴だ……。
これってマッチポンプになるのか? え? 俺が簡単に解呪していいの? ムカつくから放置したいんだけど。ってか俺に気が付いてないのか?
うーむ。腎臓の結石ってなったことないからわからないけど、そこまで酷かったのか……。知り合いの知り合いとか、その親がなった話しか聞いてないから、本当どれだけ酷いか今わかったわ。
「ミラン……。ちょっと来てくれ」
俺はミランを呼び、部屋の隅に向かった。これは言っておかないとまずいからだ。
「なんでしょうか?」
「こいつさ、個人的にかなりムカついた奴で、俺が夜中に忍び込んで呪いを掛けた奴なんだよ……」
そして小声で事実を伝え、ちらりと結石で苦しんでいる男を見る。
「このまま放置して良いか?」
「えぇ……何してるんですかルークさん……。確かにこの方の評価は最悪で、人としてどうかしてますが、金儲けの腕だけは良いんですよ。なので組織としては一応必要な人材なんです。申し訳ないですが解呪してもらってもいいですか?」
事実を伝えたミランは、少しだけ引いていた。まぁ、そうなるよな。
「ミランの頼みだから良いけど。けどその後に説法して、改心させろよ? じゃないとお前との縁を切るぞ?」
「わかりました……。多少温厚なルークさんがそこまでする様な奴だっていうのは理解しましたので、必ず改心させます。貴方は理由がない限り、こんな事はしませんからね。よほどの事だったんでしょう。駄目だったら申し訳ありません」
まぁ、本当酷かったとしか言えない。傲慢で俺が偶然手助けする機会があったんだけど、手伝わせてやる、光栄に思えよ。的な感じで金の支払いも直前で十分の一くらいにされたし、その値切った金で酒を飲むは、女を買うは、博打はする。聖職者じゃなかったら、素行の悪い冒険者か、盗賊って言われても納得できるくらいだ。
「まぁ……な……。それなら仕方ない」
俺はそう返事をして、男の寝ているベッドに向かい、腰の辺りに手を当てて魔法陣を展開する。
直径四十センチくらいの輪が、五センチ間隔で十個ほど縦に並んだ。
その中から日本語で、腎臓に小さい結石とかかれた物を見つけ、その上にある魔法陣の間に親指と人差し指を突っ込み、上下に開いて隙間を開けて手の平が入る様にした。
そして日本語の部分を人差し指でなぞるとその部分だけが発光したので、指を弾いて消去し、消去した部分を埋める様に魔法回路の応用で、この世界の文字で正常を意味する言葉で繋げて魔法陣を消した。
面倒だから、体内系の魔法回路の書き換えと言うより、日本語で割り込ませた感じだ。DNAの書き換えの簡易版みたいなノリで、やっちゃったらできただけだ。
上手い奴は、ちょこちょこ呪いの意味の言葉を混ぜて巧妙に隠すんだけど、日本語だしすぐわかるだろって事でやったけど、見た事もない文字だから変に手出しができなかったとは盲点だった。
「これで呪いは消えたが、呪いが元でできた物を破砕する。良いか? 良いなら頭を三回横に振れ」
男は唸りながら頭を横に三回振ったので、判断力はあるようだ。
そして俺は魔法を使うのに直径十センチ程度の魔法陣を作りだし、一個毎にどんどん小さくなる様に縦に一センチ間隔で並べる。これは結石を体外から破壊する装置の応用みたいなもんだ。そして尿路のある辺りに手を当て、異物がどの辺りにあるのか鑑定で大体の場所を調べる。
俺はそれとは別に、体内を見るのにMRIみたいな感じで縦に魔法陣を出して、腰の辺りで手を左右に動かして、輪切り風に鑑定する。そして尿路に結石があるのを確認し、腎臓が腫れていないのを確認した。
結石で尿管は完全に塞がっていないので、腎盂炎じんうえんではないみたいなので処置は楽だ。
俺は結石がある所を指先で差し、一番小さくなった魔法陣をそこに当て、音を利用した衝撃魔法を局部的に当てる。
「体外衝撃波結石破壊術!」
なんとなくそれっぽい事を口に出す。本当は無詠唱で行けるけど、それっぽく呪文名っぽい物を言えば相手も安心するだろう。
そして体内を鑑定してみるが、結石は細かくなっていたので成功だろう。
「終わりだ。水分を多く取り、少し安静にしてれば尿と一緒に出るから」
「あ、ありがとうございます! この恩は一生忘れません!」
尿管に引っかかっていた石がなくなったからか、男は少しマシになったのか声も戻っており、ハキハキと喋っている。
「体内の細い管に石ができていた。それが今回の原因だ。これは人体に起こり得る痛みの中でも、ほぼ最上位になる痛み。よほど恨みが強い人が、痛みを熟知した人物に依頼した呪いだろう。魔法陣には古代文字にもない物が使用されていた」
俺はそれっぽく言うが、改心させるのはミランの仕事だ。まぁ、口内炎は治してないけど。
「はい……。そうですか……。ありがとうございました」
男はなんかしょんぼりして、気まずそうに返事をした。思い当たる節が多すぎて、特定はできないんだろう。
「では、自分はこの辺で……」
「ルークさん。ちょっと……」
治療? を終わらせ、プルメリアとアイコンタクトで何となく出ようと呼びかけたが、今度は俺がミランに部屋の隅に呼ばれた。
「あの。解読できない文字が後一つあったんですが、あれは? アレもルークさんの呪いですよね?」
「……まぁ。命に別状はないけど、イライラする程度には地味に嫌な物は残しておいた。アレは絶対に解呪しないぞ?」
「何の呪いなんですか? 教えて下さい。じゃないと、組織として報告しなければいけないのですが」
「口内炎が常に三つできる呪いだ。命に別状はない」
マウスウオッシュみたいに液状回復薬ポーションで口をすすげば翌日に治るし、本当にいやがらせ程度だ。上顎だったり歯茎だったりと場所はランダムだけど。
けど日本語で口内炎って文字が、記号としてばれるな。
「そうですか。確かに命に別状はないですね……。この呪いはルークさんらしい、陰湿な呪いだなぁ。まあ、残りは解呪できなかった。別の者が違う呪いをかけ、そっちの方が複雑だった。と、処理します」
腎臓に小さな結石の方が、日本語としては複雑なんだけどな。
「助かる。んじゃ俺は帰るわ。デートの途中だったからな」
「ありがとうございました」
「あぁ、またな」
ミランは笑顔で握手をしてきたので、俺も笑顔で手を握り返しておいた。次にいつ会えるかわからないが、とりあえずまたと言っておこう。
「じゃ、今度こそ帰れるな」
俺はそう言いながらプルメリアを見て、ドアの方を親指でさすと、プルメリアが笑顔で近寄ってきた。
「あ、出入り口まで送りますよ。ルークさんなら迷う事なく出られると思いますが、部外者が奥をうろついていると騒ぐ者がいますので」
そう言ってミランがドアを開けてくれたので後を付いて歩くが、すれ違う奴が全員立ち止まって、俺達が通り過ぎるまで深々と頭を下げている。
「ミランさんって、本当に偉い方なんですね」
おいプルメリア、こいつの事をなんだと思ってるんだ。
「えぇ、こう見えて偉いんですよ。なので色々と面倒くさい事も多いんです」
「大司教ってなると人前で挨拶したり、祝福とかしないといけないからな。偉くならずに給金だけ上げて欲しいよ」
「本当にソレですよ。妻と小さい家でのんびりと過ごしたかったんですが、妻が聖職者として強大な力を覚醒しまして、私もおまけみたいな感じでどんどん位が上がってしまって……」
ミランはなんかため息を吐いているが、歩く速度は変わっていない。
「んー、もう少し具体的にお願いします」
プルメリアさん? 踏み入っちゃ行けない事もあるんですよ? まぁ、聞いて欲しくて愚痴ったんだと思うけど。
「聖女とまでは言いませんが、千切れた手足を付けられる程度には覚醒しちゃいましてね。その才覚を見いだしたって事で、私は定期的に奴隷市場で十五歳くらいまでの男女を見て回り、教育してた時期があり、なんか全員高位の回復魔法の使い手になっちゃいまして。それで人材発掘と教育を任されて、教会に貢献したって事でどんどん出世しちゃいまして……」
「お前は人に何か教えるのが、もの凄く上手かったからなー」
「ルークさんが上手いって言ったら、嫌味になりますよ」
ミランは足を止め、振り向いて苦笑いをして言っているが、こっちは理論的にごちゃごちゃ言ってるだけなんだけどな。
「俺はある程度基礎知識がある事が前提なんだよ。ゼロから教えるのはそっちの方が上手いし、親しみやすい教え方だ。俺には無理だよ。棲み分けって事で、そっちにはそっちの利点がある。それは性格によるものだ」
「そうですかね? 本当に困っているクラスメイトに、根気よく魔法理論を教えてた人は、今じゃ名のある魔法剣士になって、とある国の都市にある冒険者ギルドの教官をやってますよ?」
ふむ。顔も名前もあだ名も思い出せない。たしかそんな事もあったけど、どうも印象が薄かったし。
「そうか。まぁ、そいつの努力の結果だ。ミランも忙しいだろ? さっさと送り出してくれよ」
別れの挨拶をしてから、廊下を歩きながらずっと話しっぱなしだし、完全に挨拶するタイミングを間違えたわ。
「あぁ、すみません。歳をとると、どうも話が長くなっちゃって」
「ねぇ。今日はデートを止めても良いから、ミランさんと話したら? 会ったの何年ぶりなの?」
なんとなくプルメリアを気遣ったつもりだったが、逆に気を使われてしまった。
確かに四十年くらいは会っていない気がするし、なんとなく別れを惜しんでる感じもする。ここは甘えさせてもらうか……。
「そうか。ありがとな、プルメリア。ミラン、今日の予定は空いてるか? こうして会うのは四十年ぶりくらいだろ?」
「そうですねぇ。実はルークさんの為に数日ほど空けてたんですよ。捕まるかどうかわからなかったので」
ミランは笑顔になり、歩いてきた廊下を送りだそうとしていた速度より、早い歩みで引き返しはじめた。こりゃプルメリアに感謝しないといけないな。
「ミランがいつも世話になってるな」
なんか修道服の裾がボロボロで所々汚れのある、ミランと同じくらいの年齢で、豪快な笑顔の女性がお茶を持って通された部屋に入ってきた。この女性がミランの奥さんだろう。なんか昔見た面影が残っている。
元野生児っぽい性格はあまり直っていないらしい。年齢的に落ち着いた方が良い気もするが、根本的な物はどうにもならないしな。三つ子の魂がどうのこうのって奴だ。
「いやいや、そんな事はないぞ。別れてから久しぶりに頼られたからまだ一回目だし、気にしないでくれ」
社交辞令だけど、実際にそうだからな。ここじゃ日本人みたいに謙遜するより、正直に言っておかないと。
「そうか? 私も昔に少し世話になったから、会えて良かった」
奥さんはどかりとソファに座り、お茶を飲み始めたが、手に取ったカップに見覚えがあり、ソーサーの裏と共に名前を見たら俺のだった。
「気がつきましたか? ルークさんのですよ」
失敗した……。偽名を使って工房に入って制作に当たるべきだった……。なんで知り合いがこんなにも俺の作品を持ってるんだよ。ってか教会で買ったのか、個人の所有物なのかで気恥ずかしさが変わる。
「お兄ちゃん有名じゃん」
「みたいだな。なんで俺の知り合いは、俺の作品を持ってるんだよ……。今日で自分の作品でお茶を出されたのは二回目だぞ?」
「皆が、ルークさんのお世話になったからでは? なにかしらそう感じているので、このカップは私の知り合いのエルフが作った作品でね、たまにこうして使って思い出すんだよ。と子供や孫に語るんですよ」
ミランが優しく微笑みながらお茶を飲み、なんかホッコリとしている。語ったんだな? 子供や孫に……。
「そうか、孫がいるのか。俺はまだまだだな。もう少し旅をしたい」
「あんたは変わり者だからな。エルフなんてのは、なんかのんびりしてて、あまり危ない事はしないで、安全な場所で定住してるイメージだし」
奥さんがボリボリと食べたクッキーで俺の事を指し、お茶で流し込んでいた。
なんか煎餅とお茶が似合いそうなくらい、サバサバしたおばちゃんになっちゃったなぁ。昔もそうだったけど。
「私の母もそうでしたね。お兄ちゃんの両親もですけど」
「長寿種ってのは、総じてのんびりやってるもんだ。生き急ぐ必要がないしな。そのくせガッツリ技術的な事は、達人の域まで練り上げる変態だ。まぁ、俺もだけど」
自分で作ったティーカップを目を細めて確認し、後期の作品って事を確認した。出回りすぎじゃね?
「そういやこっちの可愛い嬢ちゃんは、ルークのコレか? 浮ついた話がほとんどないのに、お兄ちゃんって呼ばせてるなんて、中々やべぇ趣味だったんだな」
そう言って奥さんは小指を立て、ニヤニヤしてる。内容も酷すぎる。俺にそんな趣味はない。もしミモザさんと付き合ってたとしても、絶対に言わせたくはない。
「私達は幼なじみなんですよ。だからお兄ちゃんなんです」
「お? そうだったのか。だから浮ついた話がなかったんだな。故郷にこんな可愛い子がいるなら、そりゃそう言う話は出ないわ」
ガハハと笑いながらお茶を飲んでいる奥さんの姿は、世話焼きが好きなおばちゃんになっている。本当に聖職者か?
「いや、長寿種がその辺でポンポン相方を作ると子供が長寿になるからな? だから俺は将来を考えて……」
「私の父なんか、その辺で女作りまくりでしたけどね。そのせいでいい加減正妻を決めろって事で、今面白い事になってますけど」
うん。正妻決定戦とか、本当ある意味面白いわ。金を払ってでも見たいし。
「長寿も考え物ですねぇ。だから好みの長寿種を見つけないと子供を作らないと……」
「生理も大体三百日に一回ですし? そうそう妊娠しないんですけどねー」
「エルフが妊娠しにくいとか聞くけど、そういう理由があったのか。いやー私はもうないけど、一年に一回くらいしかないなら楽だな! アレは辛いしなー」
「こらこら二人とも、女性が男性の前でそんな事言うもんじゃありませんよ?」
そういえば、寮に入ってなんとなく調子が悪そうな時がなかったけど、そんな理由があったのか。十倍寿命が長いし成長速度も遅いって事は、そういう周期も十倍なのか。
「そうだな。たしかに少し下品だな。まぁ、この話題はこの辺で……」
俺は一応話題を変えるのに、それっぽい事を言っておく。一応前世の知識はあるが、成長速度で生理周期が延びるのも、ある意味興味深い。
□
「お? もうこんな時間か。あんた、夕方の祈りの時間に間に合わなくなるぞ」
この教会についている鐘が、四時くらいを知らせる為に鳴り、次の鐘で夕方の祈りが始まるので、仕事が終わる時間でもある。
この時期はまだ明るいが、冬になると暗くなったりで手元が見えにくくなり、早めに仕事を切り上げる。
蛍光灯みたいな魔石はその辺で安価で買えるが、この世界の人々はそれを使ってまで、夜間に仕事をするって事はしないが、砦作りみたいな緊急を要する物くらいにしか使わない。
「いやいや。久しぶりなので話し込んじゃいましたね。もの凄く楽しかったです、今日はありがとうございました」
「いや、こっちこそ懐かしくて、色々思い出したよ」
「今日はありがとうございました。なんか家族ぐるみの付き合いみたいで、楽しかったです。結婚したらこういう事が増えるんですかね? はっ! もうコレは、私とお兄ちゃんは実質と家族なのでは?」
「長年一緒だから、半分家族みたいなものだろ。って突っ込みは入れておく。お前は外堀を地味に埋める様な事を、サラッとするなよ」
「けど、ルークさんもプルメリアさんの事を嫌いではないんでしょ? もう結婚しておいたほうが、色々楽なのでは?」
「そうだそうだ。結婚式はあたし達に任せな。盛大にしてやるぜ?」
「おいおい、二人とも冗談はよしてくれよ。学園に通ってるうちは絶対にしないぞ」
「なら、卒業と共に結婚だな。今年に王都に来たばかりだろ? なら二年後の春辺りの予定は空けておくわ。それまで私達は寿命で死なないだろうから、安心しておけよ」
「ですねぇ。その頃の予定は空けておきましょう。後は……あのルークさんが二年後の春頃に結婚するらしい。って噂も流しておきましょう」
なんで二人とも、俺を結婚させたがるんだ? 別に結婚しなくても、一緒にいれば問題ないだろうに。
「お願いしまーす。大司教様とその奥さんが出るって事は、有名になっちゃいますね」
「そうだな、今までにない結婚式になるぞ。国民はどこの貴族様だ? ってなるな」
「逃げて良いか? 俺はそういうのは嫌いなんだ。小さな教会で、家族と本当に親しい友人で良い」
「あのルークさんが結婚するってなると、国王も出張ると思いますよ? 学園で散々色々知識を教えてくれって事で、毎日の様について回ってたんですから。その後も数回ほど、何かしら関わってるって噂もありますし、小さい教会は無理ですよ」
戦略はもちろん、この国の兵站は少し弱い事を指摘して、鍛冶士の育成や輜重兵の編成とかに少し口出しした程度だ。
元義勇兵として働いてた身としては、兵隊の補給線が切れるのは死を意味する事を知っていたし、無理に戦線を延ばすリスクをかなり話したしな。
その後は噂でそう言うのに力を入れていると聞いてたし、兵站が安定して、輜重兵の育成にも乗り出してたから、俺が言ってた事をそのまま実行したんだろう。
「そうか。その時は諦めるか……。んじゃ、お祈りに間に合わなくなるだろうし、帰らせてもらうか」
「そうだね。じゃ、ごちそうさまでしたー」
俺とプルメリアは立ち上がり、教会の出入り口でミラン夫婦が見送ってくれた。
□
「はぁ。レイブンが俺たちの事を張ってたから、おみやげを買ってかないと、頭をつつかれるな……」
教会から真っ直ぐ学校に続く道を歩き、何となく商店が並ぶ区画に差し掛かったので独り言を呟いた。
「確かにいたねぇ。私が冒険者四人に絡まれてる時に、視界の隅にチラッっと見えたし。部屋で暴れられるのもなんだし、何か買っていくしかないね」
プルメリアが商店や露店を見ながら歩いてるが、肘を折って胸の前でいきなり手を握ったり開いたりを数回繰り返し、指を四本立てて親指で後ろを指したので、俺も長脇差しとカランビットナイフのポーチのボタンを外しておく。
「ちょっとそこの路地に入るか。このまま学園に入っても良いけど苦情が行くし。まぁ、衛兵にバレれば泊まりになるけど」
「んー、初お泊まりがただの喧嘩かぁ。デビューとしては安っぽい理由だね。牢屋に入るなら、もうちょっとどでかい理由で入りたいかな?」
「見つからなければセーフ。まぁ、変な髪型のエルフと、銀髪の女性って目撃情報がでるから後日怒られる。気絶と軽傷だけで良いだろ」
俺達は商店が並ぶ通りから外れて路地に入り、人気がなくなった頃に振り向きながら右手でカランビットナイフを、左手で長脇差しを抜いた。
「自分達から、人気のない場所にはいるとか馬鹿か?」
両手剣を持った男が、既に武器を抜いた状態で十数歩離れて口を開いた。
「いや、知ってて誘い込んだ。寝床まで来られて、闇討ちされても困るし。な?」
俺はカランビットナイフを人差し指でクルクルと回しながら言い、首を傾げながらプルメリアに聞いた。
「まぁねぇ。確かに困るっちゃ困るけど」
プルメリアはブーツのつま先を地面にトントンと叩きつけ、自分なりのベストな状態にしている様だ。
「なめられたらお終い的な職業だけど、冒険者ギルド前でのされたのは完全にそっちの目利きが悪いだろ。格上に喧嘩売ったんだし。止めるなら今だぞ? どうする?」
「うるせぇ! 女は俺がやる! お前等は変なエルフを殺やれ」
「殺しはまずいだろう、殺しは……。変なのは認めるけどさ」
「てめぇを殺した後に、その女は俺達でたっぷりかわいがってやるから安心して死ね」
両手剣を持った男は、俺の方を無視してプルメリアの方に向かって行ってるが、こんな路地で二列になってるのに、俺からの横やりが入らないと思いこんでるのが凄い。
まぁ、乗ってやるけど。
仕方ないので俺は一歩壁の方に移動して、両手剣を持っている奴の陰に隠れて俺の方に向かってくる奴を睨みつけるが、剣を横に構えているので抜かせないみたいだ。
男が間合いを詰めるまで武器を構えているが、一人が飛び上がり、両手剣を持っている男の肩を踏み台にして俺に襲いかかってきた。狭い場所での連携はできるみたいだ。
曲芸師っぽい奴はダガーを突き出しながら俺に飛びかかってきたので、長脇差しでそれを弾き、右手でアッパーをする様にカランビットナイフで手首に引っかけ、振り上げる様にしながら掻き切るが勢いは止まらないので、そのまま手首を軸に半回転して地面に叩きつけられる様に落ちた。
曲芸師っぽいって思ったら、猫族の獣人だったわ。どおりであんな身軽な戦法とってるか納得いったわ。
順番的にはプルメリアに襲いかかる男の方を見ると、両手剣を上段に構えて思い切り振り下ろしたが、それを右足のハイキックで弾き、綺麗な流れで左足の後ろ回し蹴りを胸部に当てて、後ろにいた奴ごと吹き飛ばしていた。
そしてプルメリアは走りだし、転がっている奴を踏みつけて足場にして残りの一人の肩に膝を折って跳び乗り、顔を太股で挟み、後方転回ばくてんして背骨や肩甲骨を地面に叩きつけて顔面を殴って鼻もしっかり潰して戦意を削いでいた。
そのままシャイニングウィザードでも、決めるのかと思ったわ。ちなみに両手剣はその辺の壁に突き刺さっている。
「大業を決めるなぁ。残り一人だったからいいけどさ」
俺も両手剣を持った男と一緒に吹き飛んだ男の腰と下着の間にカランビットナイフを突っ込み、ズボンごと紐を切り裂いて片手で押さえないと丸見えになる状態にした。ついでにもう片方も切っておく。
「これなら体重だけで済むから、間違って殺さないし?」
「一応地面に叩きつける時に、力を使って勢い出ちゃうだろ。背骨とか肩甲骨、腰骨は大丈夫か?」
「息してる……ね」
「その後の経過で死ぬ場合もあるだろ? 気をつけてくれよな? それとはしたないから、男相手にはあまりさっきのは使わない方が良いんじゃないか? スカートが短かったら下着が鼻先にくるぞ?」
「男としてはうれしい状況だし、お金取っても良いんじゃない?」
プルメリアは立ち上がり、小銭が入ってそうな革の袋を指先で摘んで持ち上げた。
「罪が重くなるから止めなさい」
「はーい」
そして革の袋を、男の胸の辺りに投げて戻していたので、俺はズボンを切った男の襟を掴んで無理矢理立たせ、カランビットナイフを首に押しつけた。
「おい。あいつは手首を切ったから、筋と太い血管をやっている。早めに処置した方が良い。あの大きい男は胸部を蹴られた衝撃で気絶している。あっちは鼻が折れているから、最悪自分の血で窒息死する。お前が全部介抱するんだ、良いな?」
俺は確認させる様に指をさし、耳元で親切丁寧にネットリとささやくと、両手でズボンを押さえながら首を縦に振っているので、理解している様だ。
「自分達の体面にも関わるだろうから、冒険者ギルドに報告はしないだろうけど、報告するんじゃねぇぞ。手首の奴には、回復魔法やポーションは惜しむなよ? じゃ、俺達は行くから」
そう言って軽く手を上げ、商店のある通りに出ようと思ったらなんかガシャガシャと音がしている。
「お泊まりかもしれないな……」
通りに出る前に止まり、直ぐ衛兵に見せられる様に、なんとなく認識票を服の中から取りだしておく。
「こうなった経緯を素直に話すしかないね」
まぁ、誰かが衛兵を呼んだんだろう。戦闘時間的には二分程度のやり取りだが、この国の衛兵は優秀だ。見回りでその辺を高確率で巡回している。
治安が悪いと、現国王に学生時代に愚痴ってたからな。十数年前から犯罪件数は、王都じゃなくてももの凄く減っていると聞いている。
「たまたま近くを巡回してたんだろうなぁ……」
俺の行動を見ていたプルメリアは、両手を顔の高さに上げて無抵抗をアピールしている。暴れたら面倒くさい事になるとわかっているんだろう。初めてなのに落ち着いてるし、慌てる様子もない。事前に誰かに聞いていたんだろうか? うちの親とか?
「本当この国の衛兵は優秀だねぇ……」
まぁ、俺のせいかもしれないけどな。
「現場はあそこだ。多分報告の二人と四人だ」
路地に入ってきた衛兵に倒れている奴を指さしで伝え、認識票を摘んで軽く見せつける。
「じゅ、準備が良いんだな……」
「あぁ。自慢にならないが、こういう事は慣れている。一応抵抗するつもりはないが、拘束するならしてくれてかまわない」
軽く話していたら次々と衛兵が集まってきたので、結構見回りが多い様だ。
「暴れないなら問題ない。連れて行け」
「「了解!」」
そして衛兵に背中を軽く押され、近くの詰め所まで同行していった。
「ってな訳です」
プルメリアが冒険者ギルド前であった事を説明し終えた。
「じゃあ、その時の私怨で襲ったと?」
「だろうな。殺す気満々だったし」
衛兵は俺の言葉を紙に書き、隣の部屋から認識票と紙を持った別の衛兵が入ってきた。
「認識票の記録の書き写しを持ってきました」
「ずいぶんと時間がかかったな。どうしたんだ?」
「こちらのルークという方が少々……」
二人目の衛兵が認識票をテーブルに置き、紙を全員に見える様に置いた。
「軽犯罪歴が多いな。ほとんどが自衛による喧嘩か……。過去の最高冒険者ギルドランクが9!? 英雄級じゃないか。それに他のギルドのランクも軒並み高い……。なんなんだお前」
「ただの暇なエルフだ。指名依頼がだるいから、最近依頼を受けずに済む様に軽犯罪で下げている」
「そ、そうか。そっちのお嬢ちゃんは冒険者ギルドのランクが1。今年の春に作っただけで、依頼は受けていない。本人を確認するためだけに作った感じか……」
「はい。その方が他の土地に行くのに、面倒が少なくなると教えてもらったので」
プルメリアも真面目に受け答えしているし、多分問題はないだろう。
「んー。品行はいいのか? 盗みのたぐいは一切ないし、喧嘩もほとんどが売られた場合だけか……。今回は向こうが悪いって事だし、人通りも少なく迷惑もかけてない。このまま釈放でいいか?」
衛兵は、もう一人に確認する様に聞いている。
「問題ないのでは? 自衛の為ですし、人通りも避けてますので。問題は売った方ですよ。強請ゆすりや強姦未遂などが多く、素行も悪いみたいです」
そう言って衛兵は紙を四枚テーブルに置いた。
「……確かに。本来なら二人とも一晩反省のために入ってもらうところだが、部屋に空きが少ないし釈放だ。あまり無茶はするなよ」
そう言って目の前にいた衛兵が認識票や、俺の持っていた武器を押す様にしてこちらに出してきたので、それを受け取って首にかけた。
「ただ、喧嘩があったという事は記載させてもらうからな。帰って良し!」
「ご迷惑をおかけしました。あと、それが貴方達の仕事ですので」
「ご迷惑をおかけしました」
俺達は立ち上がり、軽く謝罪をしてから詰め所を出た。
「思ってたより高圧的じゃなかった」
「一緒につれてかれた四人が暴れてて、そっちの方が悪いと思ってたからだろ。高圧的な奴は、お前が悪いと決めつける様に話す教育をされてるからな。怖い奴と優しい奴を演じる為だ。その方が優しい奴に色々話すからな」
「ふーん。一晩お泊まりだったら、鉄格子を曲げられるかやりたかったのに」
プルメリアは唇を尖らせ、なんか少しだけ拗ねている。
「見つかったらお泊まりが数日延びるぞ?」
「その前に元に戻すし」
「ゆがむから無理があるだろ……。ま、レイブンとムーンシャインの為に、おみやげ買って帰らないとなー」
『クソエルフ。お前ならあんな奴撒こうと思えば撒けただろ。おみやげはゆで卵の黄身とクルミを沢山!』
そんな事を話していたら俺の頭にレイブンが留まり、罵倒してきた。なんか悪い事をして、詰め所とか牢屋からでてくると直ぐコレだ。
「さっきの奴に学校まで来られると、俺達が怒られるからな。もちろんお泊まりしてもだ。撒いたら撒いたでいつかはどうにかしないといけない。最終的にはお泊まりもなかったし、良かったと思えば運が良い。すみません、そのクルミをザル一つ分と、そっちにある卵を五個下さい」
「あいよ!」
レイブンに説明しながら通りを歩き、目的の物を見かけたのでついでだから買っておく。
「まぁ、悪かったよ」
商品を受け取り、クルミを一個割って頭の上に運ぶと、レイブンはさっさとつつき始めたので、しばらくは大人しくなるだろう。
「悪かったなプルメリア。折角のデートだったのに」
「平気平気。楽しかったから。特に教会でのお茶会は、お兄ちゃんの昔話が聞けて良かったと思うよ」
「……そうか。個人的にあまり知られたくない物もあったけどな」
「今の王様と若い頃に喧嘩して、処刑されそうになったところとか?」
「あれは王侯貴族ジョークだったから。マジでやばかったのは教会だから。あいつ等、俺に世界樹の香り成分を使った、香のレシピを渡さないと火刑にするとか言ってきたんだぞ? 傾いてた運営を、どうにかして戻したかったんだろうけど必死すぎだ。アレは恩しか売れなかったわ……」
「教会って怖いね。あまり関わらないようにしないと……」
「本当だよ。威厳のためなら奴等は裏で何でもやるぞ? まぁ、世界樹の樹液や枝代はなんとかもぎ取ったけど、偉い奴くらいしか本当の事を知らないし、正直末端クラスには顔も利かないしなぁー」
マジで教会は魔窟だよ。神の名の下になんでもやる可能性が多い奴が沢山いるし。
「ま、私が楽しかったから気にしないで」
「あいよ。埋め合わせはまた今度な」
『俺とムーンシャインも連れてけよ』
「デートにならないって。クルミで諦めろ」
『しかたねぇな。リンゴも付けろ』
「はいはい……」
そんな事を喋りながら、俺達は学校へ帰った。
□
寮に着いたら寮母さんが、直ぐに学園長室に行って下さいと言うので、荷物も置かずに向かう事にした。
「問題を起こしたと衛兵から連絡が入りました。訳を聞きましょうか……」
学園長が良い笑顔で、威圧感を放ちながら言ってきた。
「その前に、なぜ知っているのか教えていただいても?」
俺も一応笑顔で返してみる。確かに衛兵のお世話になったけど、お泊まりはしてないし、バレる要素は少ないはずだ。
「ルーク。この名前のエルフを連行もしくは逮捕した場合、いかなる理由であれ報告せよ。そう通達してあります」
俺は額に手を当て天を仰いだ。まさかそんな事になっていたとは……。
「では、順を追って話します」
そして俺は、今日の冒険者ギルドでの事から説明した。
「そうですか。ふむ……、ちょうど三年生の希望者だけの実地試験。偵察任務の試験官を頼みたかったんですよねぇ。受けてくれたら不問にしようと思うんですが……」
「対処に問題はなかったと思いますが? 問題が起きないと衛兵は動きませんし、放置してても先延ばしになるだけで、プルメリアが声をかけられやすい容姿ですし、いつかはこうなる事になるのでは? 休日は出歩くなと言う事ですかねぇ?」
一応反論してみる。出歩く度に、こうなる可能性があるからだ。
「まぁ、その辺は追々詰めていきましょう。避けようとしても向こうからやってきた、降りかかった火の粉を払うための喧嘩程度で、数日ぶち込まれるなら不問……とか。ただ、今回は本当に頼みたかった事なので、ぶっちゃけるなら今回の事を理由にしちゃえと」
「最低だな。俺に何のメリットがあるんだ?」
理由が理由だったので、少しだけ口調が荒くなった。だってどう考えても理不尽だからだ。
「仮想敵国や魔物が集落を作っている場所への偵察任務を想定し、森を歩いてる時に会敵、そして戦闘。そういうの、物凄く得意でしたよね? 過去の成績で歴代最高得点を叩き出し、未だに抜かれてないくらい。しかも軍のマニュアルも作った……」
「まぁ、ある意味兵士時代に何となくでやってたからなぁ……。けど好きで歴代最高を出した訳じゃない。普通にしてたらそうなっただけだ」
「そのくらい体に染み着いていると言う事でしょう? 過去に教員経験もあるし、別途給金は払うから、今後頼まれてくれないかしら?」
「公認欠席扱いなら……」
「そのつもりでした。そもそも偵察部隊の希望者なんかそう多くないので、公認欠席扱いにしなくても出席日数や単位的な問題で退学にならないでしょう。授業も出てますし。授業態度は知りませんが」
学園長はお茶を飲みながらニコニコとしている。今回の事がなくても頼むつもりだったなこりゃ。
「ついでにその手の評価ができる職員の、募集もお願いします。一応俺は生徒としてここに来てるので」
学園長がお茶に手を着けたので、俺も口を湿らせる為に一口飲んだ。プルメリアは気にせずに、綺麗な作法で最初から飲んでたけど。
「斥候職は冒険者にはほぼ必須ですし、野良やソロを見つけるのが大変なんですよ。兵士からの引き抜きは、ほぼ無理ですし」
だろうな。敵の接近に気がつくかどうか、ダンジョンでのトラップの有無、鍵の解錠とか。いないと地味に厳しいが、戦闘ではよほど腕が良くないと前衛や後衛に劣る立ち位置になる。
それに兵士の方は暗殺やら潜入、破壊工作とかで汚れ仕事が多いから辞めるのに苦労する。
俺は優秀な人材を育てたら辞めて良いって言われたから、十人ほど育てて辞めさせてもらえたけど、この国の軍事力の諜報技術や破壊工作技術が、飛躍的に延びちゃったけどな。
「ま、それで不問ならいいです。準備もあるので、試験の十日前には教えてくれれば……」
「わかったわ。じゃあそれで」
一応話が付いたので俺はお茶を飲み干し、プルメリアとアイコンタクトをしてから立ち上がり、学園長室を出た。
「お兄ちゃん、なんか凄い事してたみたいだね」
「まぁなぁ。ちょっとそっち方面は得意みたいでな。なんか知らないけどそういう評価だったわ」
義勇兵時代に、チーム全員がローテーションを組んで色々な役割をやってたから、その知識を活かして一人で動いていただけだけどな。むしろ傭兵って言っても良いくらいの練度にはなってたな。
敵の少し小さい防衛拠点の砦を、俺を含む十人で落とした話は今じゃ伝説になっているらしい。
数日昼夜問わず監視して、作戦を立てて夜中に忍び込んで全員殺して、その砦はそのまま使える様にしたってのが大きいらしい。
「私は強襲になっちゃうから、無理っぽい」
「真っ直ぐ進んで門に取り付いて破壊して、強制的に開門しそうだもんな」
「回りくどいの好きじゃないから、多分正解かも」
プルメリアとそんな事を話しながら、俺達は寮に戻った。
□
夕食や入浴を済ませ、なんか精神的に疲れていたのか早めに寝たら、両手の前腕辺りに衝撃があり、急いで目を開けようと思ったら口を押さえつけられ、無理矢理左に頭を振られ首に少しちくりと痛みが走った。
サラサラとした感覚が鼻や目元にあり、闇に目が慣れなくてもそれが髪だという事がわかる。
洗髪剤の良い香りが鼻をくすぐる。状況的に確実にプルメリアなのはわかってはいるが、まさかこんなに強引に寝込みを襲われるとは思っていなかった。
「おぐ、んぐご」
おい、止めろ。と言ったつもりだが、口を押えられているので声が上手く出ず、首から口を放して頭を上げたプルメリアの瞳は暗闇で赤く光っており、目を細めて俺の顔を覗き込んできた。
「ごめんねお兄ちゃん。昼間と夕方のアレで、ちょっと興奮して眠れそうにないの。少しだけだから」
プルメリアはそう言い、もう一度頭を下げて俺の首元に口を近づけ、生暖かい感触が首筋を這っている。
抵抗もできそうにないので、プルメリアが満足するまで力を抜いて好きにさせていたが、なんか頭がぼーっとする。この時点で少しじゃねぇよな?
もしかして、血、飲まれ過ぎてないこれ? 出血多量で死なない? 俺、大丈夫?
そんな事を思っていたらプルメリアが体を起こし、荒い息使いをしながら笑っているのが月明かりでしっかり見えたが、寝ている時に使っている上着を脱ぎ始めている。
「埋め合わせは後でする、って夕方言ってたよね?」
あぁ。二つの意味で食われるわ……これ。
○月××日
今日はプルメリアとデートだったが、冒険者ギルドでプルメリアに絡んだ馬鹿がいたので、対応を任せたら全員気絶状態にしてたので、ミモザさんのところにこの間の毒の代金を支払いに行った。
少し支払いを待っててもらったので、菓子折りを持って行ったらお茶を出された。なんとなく気になったので制作者名を見たら俺だった。知り合いに自分の作品を持たれるのは少し恥ずかしい。
店の前で教会の使いの人がいて、秘密の番号を言われたので馬車に乗って教会まで行くが、奴隷を妻にしたミランが大司教になっていた。そのあと呪いの解呪を頼まれるが、俺が呪いをかけた奴だったが、まぁ解呪してやった。その後に奥さんと一緒にお茶を飲んだが、俺の作品でお茶を出された。なんで知り合いは俺の作品持ってんの?
まぁ、プルメリアの機嫌も悪くないし、まったりお茶しながらデートになったと思おう。
――
最後は日記を書いた後の事なので、書いてない事になってます。
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