第3話 2/2 入学試験まで暇しなかったよ
筆記試験終了の鐘が鳴り、買った昼食をプルメリアと食べていたが、『終わった。今年も無理そうだ……』とか、『あ゛~』とか昼食を食べるのに最低の音楽が響いていた。
「そんなに難しかった?」
「いや? 全然。むしろ吹き出しそうになったくらいだ」
そんな会話をしていたら、恨めしそうにこっちを見られたけど、前世の義務教育と、こっちの二百年をなめないでもらいたい。
「んじゃ、実技試験会場に行くか」
「うーっす」
部活帰りの、だるそうにしてる男子みたいに言うなよ。ちょっと可愛かったけどさ。
「やっぱり混んでるな」
闘技場の様な施設に行くと、皆がさっさと済ませようとしているのか、思ったより時間がかかっているのかわからないが、もの凄く混んでいた。
壁の外周は直径三百メートルくらいあったはず。そこに全生徒が座っても席が余る観客席があるんだから、最初期の都市計画あたりからこの学校は計画されていたんだと思う。
じゃなきゃこんな大きな闘技場みたいな施設が、後から作れるはずない。無理矢理立ち退きやら土地とか買えば可能だろうが。
「だねー」
「筆記試験と違って、着いた順番だしなぁ」
「近接系が得意なら向かって右、遠距離が得意なら向かって中央、魔法が得意なら向かって左です!」
多分だけど、在校生がそんな事をリピート再生みたいに繰り返している。大変だよなぁ……。
「私は右かな。お兄ちゃんは?」
「どこでも平気だ。むしろ弓を持ってないから右か左になる」
「弓の貸し出しもしてるみたいだよ?」
「癖を把握するのに面倒だ。右でいい」
弘法筆を選ばずとか言うが、弓は別物だと思う。大勢で一斉に放つなら問題ないけど、精密射撃になるとどうにもならん。
とりあえずプルメリアと右の列に並ぶが、近接戦は毎年熟練冒険者が数名呼ばれて、適当に戦って評価を1から10で伝えるだけだしな。その後に試験官が見てた評価も、百点満点で点数が入るだけだし。
魔法や弓は的に放ったり、威力を見るだけだし、冒険者よりは人数を必要としていないが、それでも時間はかかる。
「受験票を提出し、前に出ろ」
近接系の試験は冒険者と戯れている間に、試験官が受験番号を紙に書き、保管しておくだけだからコレも同じだ。
「お? 今度はエルフか。珍しいじゃね……え?」
「久しぶりだな。俺の教えた事は守ってるかビックマウス。卒業後は冒険者になったんだな。卒業生だから呼ばれたのか?」
「せ……先輩……」
こいつは前回の在学中に俺に絡んで来たから、向こうの得意分野の剣術で少し揉んでやった奴だ。大口叩いてた割に大した事なかったから、俺がビックマウスと名付けてからそれが定着したっぽい。
「評価10だ! 俺じゃ勝てねぇ」
「やってみないとわかんねぇだろ? あれから何年経った? お前は成長してないのか? ん? それと試験官が見て点数付けんだから、多少はつき合え」
俺はカランビットナイフを抜き、逆手で構えてファイティングポーズを取った。
「う、うっす! 胸をお借りします!」
ビックマウスは剣を構え、大きく深呼吸をしてから一瞬で距離を詰めて突きを出してきたが、刀身が菱形にしか見えず、相手に向かって直線になる様に出さないとそう見えないので、かなり腕前が上がっているみたいだ。
その突きをカランビットナイフに引っかけて外側に軌道をズラすが、こちらが一歩踏み込む前に離脱して上手く反撃ができない。
「上手くなったな。そのまま踏み込んでたら、手首と脇の下と首で有効打が取れたんだけど」
俺はカランビットナイフを人差し指でクルクルと回し、ニヤニヤとしながら左手で全てのチャクラムを取るのにポーチに手を突っ込む。
「離脱を考えずに、突っ込むからこうなるんだ。相手に避けられたり合わされた事も考えろ。でしたよね? その言葉に何度命を救われたか覚えてねぇすっよ」
「そうだな。あの頃のお前は猪みたいな突っ込みしてたからなっ!」
俺は下投げでチャクラムを同時に四枚が少し広がる様に投げ、そのまま腕を振り下ろしながら残りの二枚を、縦に広がる様に投げて一気に距離を詰める。
ビックマウスは思ったより広がったチャクラムを、中央の二枚だけたたき落として最小限の動きで最初の四枚をかわし、残りの二枚を返す刃で打ち上げたがもう遅い。
「多少の傷も覚悟しないと駄目だ、とも言ったよな?」
俺は剣の間合いに入り、人差し指に掛けている輪を首に突きつけながら言った。このまま拳を振り抜く様に動かせば、首を掻き切る事が可能の状態だ。
「肉を切らせて骨を絶つ。っすよね? 回復魔法やポーションがあるんだから、死ななきゃ安い……」
「そうだ。そのくらいの覚悟も試験で見せろ」
「呼ばれた試験でそこまでやりたくねぇっすよ。痛いもんは痛いんすから」
「それもそうか……」
俺は勝負が付いたので、突きつけていた腕を引いてその辺に転がったチャクラムを回収した。
「先輩。死にそうな攻撃は禁止って知ってます? 評価下がりますよ?」
「あぁ、知ってる。お前の実力なら避けられると思ったが……。向こうがどう判断するかだな」
俺は試験官の方を見て、どう評価されるかが少し気になったが、試験中の評価なんか教えてくれるはずもないので直ぐに視線をビックマウスに戻した。
「最悪、やりすぎ減点ってところだろうな」
「ならやらなきゃ良いんすよ。本当びっくりしましたよ」
「本当ならここに魔法やら地形やら諸々入るが、近接試験だから手持ちでできる事をやっただけだ。あと俺に近接戦で勝てる様にもう少し精進しろ。長話しても他の受験生に迷惑だから、そろそろ帰るわ。これからも頑張れよ」
「先輩こそ、また学園で問題起こさないで下さいよ」
俺はビックマウスの言葉に手を上げて答えながら、無言で振り向いて出入り口の方に向かって歩くが、プルメリアが他の試験官に呼ばれていたのか、既に試験中だった。
プルメリアは切りかかってきた男の縦切りを、左手の甲で受け流し、直ぐに右手でアイアンクローをしてそのまま宙に浮かせ、相手がギブアップするまで吊っていた。
とりあえず見なかった事にしよう……。ってか素手なのに手の甲で剣をそらすなよ……。
俺はため息を吐きながら、プルメリアが終わるまで出入り口の壁際で待っていたが、こちらに気が付いたのかパタパタと駆け寄ってきた。
「終わったよー。宿に帰ろー」
「そうだな。ってかあの剣をそらした奴は凄かったな。俺じゃ一生できる気がしない」
種族的な違いでな! 普通の種族ならまずやらない。竜族とか蜥蜴とかげ族みたいな、鱗の硬い奴ならやるかもしれないけど。
「お兄ちゃんだって、あの突きをかわすのって凄くない? あの人、他の受験生に突きを使ってなかったじゃん」
「あいつは後輩だからな。何となく読めただけだ。実際危なかったしな」
「けどお兄ちゃんに、近接で負けてるようじゃまだまだだね」
「お前は俺の何を知ってるんだよ……」
俺はため息を吐きながら闘技場を出て、宿屋に戻った。
◇
数日経ち、試験結果が発表される日なので結果を見に行くが、二人とも合格していた。
「やったね!」
「おめでとう。これでプルメリアもここの生徒だ」
「お兄ちゃんもおめでとう」
「ありがとう。けど俺はここで教師もしてたから、受からない方がヤバいけどな」
そんな事を言いながら、合格者が集まる列に行き、入学手続きを済ませるのに順番待ちをするが、受付番号を見た人が手元にあった紙と何度も見比べてから、俺の顔を見た。
「ルーク様ですね? 申し訳ありませんが学園長室まで足を運んでいただけないでしょうか?」
「……断る」
そう言った瞬間に受付の人が笛を鳴らし、学園が雇っている衛兵がぞろぞろと集まってきた。
「すまないが、この方を丁重に学園長室にお連れしてくれ」
「「「了解しました!」」」
おいおいおい、学園生活初日すら始まってないのに目立ちすぎだろ……。ってかプルメリアは身構えるなよ。お前が無茶しそうで怖いんだよ。
「まず理由を言え。学園長室に行け、はいそうですか。で行けるかよ」
仕方がないので、こっちがちょっとだけ折れる事にした。
「こちらは、ルークという受験者が来たら、学園長室に呼んでくれとしか上から言われていない。申し訳ないが、これが私が言える情報の全てだ」
「……そうか。なら断る。それか話のわかる奴を連れてこい」
下に行くほど、情報が少なくなるアレだな。丁重に連れてきてくれって話が、ボコボコになって連れてこられる奴だ。
「お兄ちゃんどうする? ヤっちゃう?」
おいおいおい、なんかイントネーションが殺す方に聞こえたんだけど? お兄ちゃんすぐそんな事言っちゃう妹がいて悲しいわー。
「やめておけ。二度とこの国の学校に通えなくなる。こちらからの提案なんだが、合格したプルメリアも一緒なら行くが?」
「何とも言えないが、妹さんは学園長室に入れるかどうかはわからない」
「かまわん。最悪押し通るし、ここに入学しない。場所は知っているが連れて行ってくれ。ついでに連行する様な感じにするなと、言ってくれないか?」
俺は受付の人にそう言うと、軽く頭を縦に振って衛兵にもう一度指示を出していた。
「てかさー、妹とか言われて喜ぶなよ。なんで一瞬でニコニコしてんだよ」
「妹って言われて嬉しかったからに決まってるじゃん」
「安いなー。直前までぶっ飛ばしそうな雰囲気だったのに」
俺達は衛兵が先導する廊下を歩き、機嫌が良いプルメリアに声を掛けたらそんな答えが返ってきた。なんかこの先お兄ちゃん不安ですよ。色々な意味で。
「ルークをお連れしました」
そして衛兵が重厚なドアをノックし、返事があったので開けてくれたから廊下に立ったまま学園長を見るが、やっぱり知っている顔だった。むしろエルフだから何一つ変わってない。
日常生活で邪魔になりそうなくらいな、膝裏まである綺麗な金髪はそのままだし、顔には皺一つ増えていない。ってか最初に入学した時から何一つ変わってない。
「どうもお久しぶりです。入室してもよろしいでしょうか?」
俺は開いているドアの外から学園長を見ながら言った。一応元上司だし、言葉使いは最初くらい気をつけるに越したことはない。
「お久しぶりですね、ルーク。相変わらず色々と変わらないですねぇ」
「学園長こそ、相変わらず美しいですよ。で、入室してもよろしいでしょうか?」
「えぇ、どうぞ。色々聞きたい事が沢山ありますし、お連れの方もご一緒に」
学園長は俺の事を、呪い殺しそうな目で見ながらニヤリと笑った。
「で、なんで教師としてではなく、生徒として戻ってきたんでしょうか?」
学園長にソファに座る様に促され、お茶が運ばれて来てからめっちゃ良い笑顔で言われた。
「故郷に戻り、幼なじみに旅の事を話したら学校に通いたいと言われたので」
俺はお茶に砂糖をスプーンで一つ入れ、ゆっくりと口を付けた。相変わらず良い茶葉使ってんなぁ。
「そうですか。教師の数が足りないと何度も愚痴っていたのに、面白い生徒がいないからと半ば無理矢理辞め、今度は生徒として戻ってくるとは良い度胸してますよねぇ?」
「そういう性分ですので……。一応半年前から言い、仕事は全て終わらせ、引継が現れた時の為に手引書も残していたんですが?」
ちなみにプルメリアには口を出さない様に言ってあるので、大人しく綺麗な作法でお茶を飲んでいる。このまま王宮のお茶会にいても問題ないくらいだ。普段は肘を付いたり、冷めたらゴクゴク流し込んでるのに。
「そういう事ではないと、聡明な貴方なら理解しているはずですが?」
「授業を担当している教師は、十分にいたはずですが? 足りないのは実習系だったと記憶しています。冒険者ギルドへの外注で事足りたはずですが?」
「冒険者には素行の悪い者も多く、生徒に手出しする阿呆が多くて、わざわざ本校の卒業生冒険者を指名してるんですが、遠征していたりランクが不足していたりで色々と大変なんですよ」
「そうでしたか。で、なんで自分を呼んだんですか? まさか教師として教鞭を振るえと?」
「貴方は拘束すれば逃げる質ですので、その様な事は言いません。ただ、生徒に混じってまた勉学に励み、生徒間で問題が起きそうなら事前に解決していただきたいと思いまして……。タダ働きをさせるのも悪いので、一年間の学費免除っていうのはどうでしょう?」
「金には困ってないのでそれは必要ないです。っていうか、言われなくても首突っ込みますけどね」
俺はお茶を飲み、ゆっくりと息を吐いた。学園生活は生徒として普通に? 送れるみたいだし、問題はないか。
「そう言えば、筆記テストの点数がほぼ満点、一つの教科にいたっては白紙だったんですが? なぜですか? 貴方なら全て満点で、主席になれたと思うのですが」
「入学生代表挨拶なんか、面倒でやってられませんよ。なら遊び心があった方が面白いと……。それに主席とまでは行きませんが、成績上位者に対して学費免除とかの、諸々の優遇処置なんかいまだにないので、上位を取る意味なんかないですよ」
「……相変わらずですね。上位クラスに行かないんですか?」
「学年末のテストで、二年生のクラス分けするのにですか? その時で十分ですよ」
「はぁ……。これだから何回も学校に通ってる人は……。ってか教師やら方針の内情まで知ってる人は面倒くさいですね」
学園長は大きなため息を吐き、軽く首を横に振った。面倒な奴が来たなぁ……って感じなんだろうな。
その後はいじめ的な物とか、なんか学園に対して不利益な事を企んでいる奴を、事前に排除するか報告すれば、ちょっとした物をくれるって事で話が済んだ。
最初は金銭的なお礼だったが、この学園にもある部活で有効利用できる物を要求した。
「聞いてて何か言いたい事とか、聞きたい事はあったか?」
俺はお茶を飲んでいたプルメリアに、何となく聞いてみた。
「そうですね……。ルークから基本的に学生は寮生活と聞いておりますが、異性と共に暮らせる特例はありますか?」
んー。なんか丁寧な言葉を言っているプルメリアに、かなりの違和感を感じる。名前で呼ばれたし。
本当に本人か? 容姿と合わさって、本当にどっかの良いところのお嬢さんって感じがするわ。実際父親がアレだから、お嬢様でも通じるんだろうけど。
「特例はありません。この学園の生徒というだけで事件に巻き込まれる場合が偶にあるので、原則学園内の寮で全員生活してもらいます。休日にはある程度自由に外出は可能ですが、門限もありますので、早く帰ってきてもらっています」
「どこかの偉い貴族の様な、従者が必要な方々は?」
「甘ったれんな温室育ちの餓鬼が……。お前の両親や、この国の現国王様も寮暮らしだったんだよ。と言えば何も言いません。いい年齢してんのに、一人で着替えもできねぇなら帰れ。も、追加で。まぁ、お偉いさんには少し広い個室をあてがいますけどね」
そうなんだよなぁ。この学園長って、たまに地が出るんだよなぁ。ってか途中まで火傷顔の、元軍人女性マフィアっぽく言わないでくれ。俺でも怖いわ。
「そうですか、もう聞く事はありません」
やっと諦めたか。宿で散々全寮制で男女別って言ってたのに、学園長に言うとか本当すげぇな。
「ですが、教師用の寮なら別です……」
その言葉に俺は固まった……。そうだった。この学園に夫婦用の二人部屋もあったんだ。
そして口元に運ぼうとしていたティーカップを戻し、眉間を揉みながらため息を吐いた。
「教師同士で、学校内でたまにそういう仲になる場合がありますからねぇ……。生徒と教員だったら別ですが、元々夫婦なら仕方ないですよ。元教師の生徒ですし」
こっちを見ながらねっとり言うなよ。しかも学園長こいつは俺の
「そう見えますか? やだぁ、まだそんな関係じゃないですよー。あ、でもそのうちそうなるんですけどねー」
プルメリアは両手を頬に中てて、ニヤニヤしながらそんな事を言っている。
「否定したい……」
「否定したいだけで、本格的な否定はしないんですね? 私としても恩を売っておきたいですし、さっき言った事を適度にやってくれれば、こちらとして問題ないです」
「さっきも言いましたが、何もしてくれなくても、面白そうな事には首を突っ込むつもりでしたので……」
「では決まりですね。寮は三年間無料にしておきますし、こちらで手続きは済ませておきますので、さっさと荷物を持って寮に入って下さい」
学園長はそんな事を言いながら、指をクイクイとやってきたので、俺はプルメリアの分の入学金もテーブルの上に置いた。
ちなみにこれは、元々プルメリアから預かっていた物だ。なんだかんだで、結構貯えがあるとか言っていたし。
「これは夫婦用の寮の書類です。見せれば入れてくれるでしょう」
「用意が良いですね。落とし所は最初から決めてました?」
「いえ? どこに行っても良い様に、全て内ポケットに……」
学園長はそう言うと、複数の紙やら木製の札まで取り出した。ってか胸の谷間からも出すなよ。そこはポケットじゃねぇし、ほんのり暖かそうだな。
ってかプルメリアは凝視すんな。そして自分の胸元に手を当てるな。
「はぁ……。最初から準備済みですか。この厩舎用の木札もいただきますよ」
胸の谷間にしまってあった奴だ。思った通りほんのり暖かい。木製だから湿ってしわくちゃにならないからって、良い歳して谷間に入れるなよな。確か同僚だった奴の話では、三百歳越えだって話だし。
けど見た目三十歳くらいの女性が、映画とかで谷間から何か出してたりするし、エルフ的にもセーフなのか?
「あら? 馬での移動?」
「荷物持ちとしてロバが……。相棒としてカラスを」
「カラスは頭が良いから、ペットとして認めましょう。何人かペットを飼ってますし、迷い込んだ猫や犬に餌付けしてる生徒もいますからねぇ。では、その様に……」
「ロバは可愛いですよ? むしろロバもペットにしたいくらいです。では失礼します。行くぞ」
未だに胸に手を当てていたプルメリアに声をかけ、俺達は学園長室を出た。
□
「んっふっふ……。まさか一緒に住めるとは思わなかったよー」
宿から荷物を引き払い、ムーンシャインを連れて学園に向かっている時に、プルメリアが笑いながらそんな事を言った。
「その笑い方は止めてくれ。母さんを思い出す」
ったく、一緒に何年住んでたかわからないけど、妙に母さんに似てきてるんだよなぁ。おばさんが旅に出なければ、そのままおっとり系だっただろうに……。
父さんの方に似なくて良かったと思うべきか、父さんに似たら細かい事とか気にしない奴になりそうだし……。おじさんにだけ似なくて助かった? チャラチャラしてたら、軟派な女性になってただろうし。
『近似』
「本当難しい言葉知ってるなお前……」
俺はムーンシャインの首筋を撫で、荷物から岩塩を取り出して食べさせた。もう寮に入るからほぼ必要ないだろうし、なるべく減らしておきたい。
『俺にもくれよ』
「はいはい。お前はクルミな」
そう言ってポケットに手を突っ込み、クルミを二個取り出して握って片方を潰し、中身を口元に運んでやった。
「私は一個でも潰せるよー」
「変な対抗意識出すなよ。プルメリアだったら、まとまったトランプだって引き千切れるだろ?」
どっかの格闘漫画の、可愛い名前の人みたいに。
「あー……うん。やった事ないけど絶対できる」
「種族的な筋力差もあるんだから」
なんだかんだで、俺は普通の筋力しかない。最悪前世の方が力が強かったくらいだ。この辺は本当にどうしようもない。
「ってか学園長、胸大きかったねー」
「あぁ。何人もアレに目が行って、女性から白い目で見られてる奴が多かったな。生徒も先生も」
「やっぱり胸の大きさは正義だね! 私は揉んでみたかった」
「揉んで魔法で吹き飛ばされた奴もいたな。満足したか? って良い笑顔で言って、そのまま謹慎だ」
「謹慎程度で済むんだ」
「その程度で退学って馬鹿らしいだろ? 校則にないし、学園長の私的な感情で退学させる訳にはいかないしな。ってか手足の骨折でしばらく寝たきり生活か、回復魔法の実験台の二択だし。トイレに一人じゃ行けないって事で、そいつは回復魔法を選んでたな」
俺は何となく聞いていた話を思い出し、最高に馬鹿な生徒の事を語った。
「で、お兄ちゃんはどっちが好きなの?」
「あ? 好きになった人の胸のサイズが好みだ。大きい胸が好き、小さい胸が好き。その事で多少男同士で言い争いになるが、大前提として皆おっぱいが好きってのが共通してる。だから俺は胸は胸としか見てない」
「ふーん。なら小さくてもいいか」
『羽が綺麗なメス』
『健脚』
プルメリアが胸に手を当てて安心していたら、二人? 二匹? が好みを言った。
「その話は興味深いから、後でじっくり聞かせろ」
そう言いつつ学園へ向かった。
□
「どうも。今日からお世話になります」
「……何回かお見かけした事があります。数年前に一回辞めたとお聞きしましたが? 奥さんを連れてまた就職したのですか?」
寮に行き、寮母さんに書類を見せたらそんな事を言われた。
もの凄く若く見えるけど、妖精族のキキーモラと聞いた事がある。なので丁寧に接しておいて損はない。
「いえ。色々あって生徒としてまた入学です」
「そうでしたか。詳しくは聞きませんが、朝食と夕食は独身寮の方と同じ場所なので、後で案内します。昼食は学生食堂で食べて下さい。トイレと風呂は独身寮や学生と共同なので、これも食堂と一緒にご案内します。後はー……夜の声は抑える事ですね。じゃないと私の権限で追い出します」
寮母さんは滅茶苦茶良い笑顔で言ったが、独身寮に入ってた頃とほとんど見た目が変わらない。ただ雰囲気は違うから、姉妹かなにかなんだろうか?
「わかりました。お世話になります。あと、食堂や風呂、トイレなどは知っているので、相方にはこちらで教えておきます」
「そうですか。ではよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
俺とプルメリアは頭を下げ、開いている部屋に案内してもらった。一階の真ん中辺りだった。
「んー。宿の二人部屋を少し大きくした感じ?」
「一応教師用だし、大半を校内で過ごすから本当に寝るだけって感じだ。独り身の教師用もそんなもんだったな」
部屋には服を入れるクローゼットと鍵付きチェスト、ベッドと机と椅子がニセット。後は簡素な食器棚があるだけだ。本当に寝るだけか、採点やら作業するだけな感じがする。独身寮なんかビジネスホテルにユニットバスがない感じにした広さだったけどな。
「制服とかどうする? 一応服装は自由だぞ?」
「その制服って普通の布?」
プルメリアは荷物を下ろし、早速クローゼットのハンガーに予備の服を掛けて吊している。速攻でベッドにダイブするかと思ったが、一応その辺はしっかりしているみたいだ。
「極々一般的な布だ。ついでに言うと、生徒のほとんどが着ていない」
「ならいいや。すぐ破けそうだし、汚れるし」
「その服が万能すぎなだけだ」
俺も荷物をチェストにしまい、弓もその辺に立てかけておく。そして日記帳を机に置き、インクやペン先を確認したり、引き出しに荷物が残ってないかを確認したりする。
「着て欲しいなら着るけど?」
「服装でイメージが変わったりして、好きになったりする事があるが、既に好かれている俺に選択肢はあるか?」
「制服でするとか?」
「非常に魅力的な提案だが、見た目的に学生で通じるプルメリアが着て、何が変わるんだ? そういうのは夜がマンネリ化した夫婦が、学生時代に付き合っていたらって設定でするもんだ。ってかすぐ脱ごうとする奴には必要ないだろ?」
俺の偏見だけどね。
「えー、まだ一回しか脱ごうとしてないじゃん」
「あれは未遂だけど、俺の上に乗って膝で腕を押さえつけて脱ぎかけてたよな?」
「アレはちょっとムラッってきちゃって……」
どうやって脱出したかっていうと、プルメリアの目の前に閃光を発生させて、怯んだ隙に腰を浮かせて重心を崩した後に膝蹴りで退けたさ。
マジで俺の貞操がヤバかったわ。この世界に来てからはまだ童貞だけど、こういうのは順序とかあるじゃん? そういうのはちゃんとしたいし。
「はいはい。とりあえずいらないって事で、採寸は必要ないな。生徒の殆どが私服だし」
受付でもらった書類に、制服不要と書いてその他の項目もきっちり書いていく。
「制服の採寸って必要あるの?」
「ほぼない。ある程度作り貯めしてあるサイズから、渡されるだけだ。貴族なんかはお抱えの仕立屋に、きっちりと作らせるけどな。着るならだけど。ってか制服は存在してるけど、着てる奴は本当に少ないしな」
俺は書類を見返し、特に不備がない事を確認して机に置いてベッドに寝転がった。
「絶対になんかやらされるんだろうなぁ……」
「元教師なのが悪い」
プルメリアもベッドに寝転がり、俺の独り言に答えてくれた。
「実習も手伝わされるだろうなぁ……」
「この学校を卒業した冒険者だし」
「おもしろい奴がいないとやる気が出ないなー」
「祈るしかない」
「そこまで宗教に熱心な訳じゃないしー」
この世界は同一宗教で、国や種族が変わっても同じ神を崇めてるから、宗教戦争なんかは歴史書にはない。
国同士のいざこざで戦争が起きてるだけで、十日に一日は休戦日になり、お互いの国が協力して死者を丁重に埋葬している。お前らなんで戦争してんの? って感じだ。それくらいこの世界の戦争は訳がわからない。
基本的に祈り方が違うだけで宗教に関しては平和だ。
本山のある国の聖地とされてる教会なんか、観光用に整備されてて豪華に見えるが、教皇なんか質素すぎて、いい加減服を新調してくれと色々な人から文句が出てるくらいだ。
私の服にお金を使うなら、孤児院や経営難の教会に回して下さい。ってのは有名な言葉だ。人の目に触れる機会の多い、その下の階級の人の方が豪華な服を仕方なく着ているってくらいだし。
「なら諦めて」
「……うっす」
そんな感じで、入学式までグダグダしていた。
○月××日
王都に付き、プルメリアに試験勉強を教えるが、歴史のテストで長寿種特有の違いが発生した。とりあえず教科書通りにしておけって事にして、続けさせる。
そしてプルメリアが酒場で絡まれたが、ドワーフ流で撃退させていた。アレはヤバイ。
○月××日
試験に合格し、手続きをしていたら学園長に試験に合格していた事がバレていたらしく、学園長室まで呼ばれた。
相変わらず見た目が変わらないエルフ族の女性で、元生徒、元上司として話し合い、何だかんだあって男女別の全寮制なのに、既婚教師用の寮に二人で住む事になった。
ちなみに学園長の名前はシナモンというが、自分からは名乗らないし、生徒も教師も学園長としか呼んでいないので、知っている奴はごく一部だろう。もしプルメリアが学園長を名前で言ったら、この日記を読んでいる事になる。
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