第14話 リスクがわかった日
ヘイカーがドアノッカーを鳴らすも、クージェンドは出てこなかった。代わりにリゼットが顔を見せる。
「ヘイカー……話は聞いたわ。良かったら入って。クージェンドはもう帰ってしまったけれど」
ヘイカーはお言葉に甘えて入ることにした。元々話をしに来たのだ。追い返されずの入れてもらえてホッとした。
「大丈夫?」
「へ? なにが?」
「その……振られるというのは、心穏やかでいられるものではないでしょう」
リゼットに気遣われ、ヘイカーは苦笑する。クージェンドに振られたところで、別になんともない。
「その……ごめんね」
「なんで謝ってんの?」
「もっと気遣っていればと思って……私の料理を食べに来てくれたのは、クージェンドに会いたかったからでしょう? なのにあなたが来る時はさっさとクージェンドを帰らせてしまって、私の不味い料理を食べさせ……」
「リゼットの料理を不味いなんて言ったこと、ねーって」
ヘイカーが否定すると、リゼットは一瞬驚いたように眉を上げ、それからゆっくりと表情を笑みに変えた。
「久々に、リゼットと呼んでくれたわね」
その顔は、嬉しそうだった。
「ごめん……」
「なぜ謝るの?」
「オレ、リゼットに友達やめるなんて、酷いことを……」
ヘイカーの言葉に、リゼットは首を振った。
「いえ。その前、私がクージェンドに家族の話をさせるような発言をしてしまったから。ヘイカーはそれで気を損ねたのよね? そこまでクージェンドのことを、愛していたのね……」
「や、リゼット、それなんだけど……」
「いいのよ。つらい気持ちはわかる。私は、友人としてヘイカーを支えたい。また……私と友達になってもらえないかしら」
『友達』の言葉に、ヘイカーは安堵した。もう嫌われて元には戻れないと思っていたものが、修復される。またリゼットと友人関係に戻れる。
「うん。なってやるよ。もう一度、友達に」
横柄に言ってみたが、それでもリゼットは女神のような笑みを見せて喜んでくれた。ありがとうの言葉と共に。
***
「で、同性愛者だと思われたまま、ずっとトモダチやってんのか」
あきれたように言うのは、カールである。結局ヘイカーは同性愛者だと勘違いされたままだ。それを否定しようとすれば、リゼットが好きでロレンツォに嫉妬していたことを話さなければならなくなり、必然的に告白しなくてはならないからだ。
告白する勇気のないヘイカーは、否定できぬまま友達を続けるしかなかった。
「しっかしあれから一年だぞ? 下手すりゃ一生友達止まりだぜ?」
「う、うっせーよ。オ、オレは今のままで結構幸せだから、いーんだよ」
「ったく……またロレンツォみたいな奴が現れて、取られっても知らねーぞ」
溜息をつかれてしまったが、カールに言った言葉の通り、ヘイカーは割と幸せだった。
告白して関係が壊れるよりかは、今のままの方がよっぽどいい。ヘイカーは保身に走るタイプである。
カールからチーズの代金を受け取ると、ヘイカーは次にクルーゼ家へと向かった。
最近はチーズの注文がない日も、リゼットの家にお邪魔している。ほぼ毎日、と言っていい。リゼットは必ずヘイカーの分の食事を用意してくれていて、二人は一緒にそれを食べる。
「最近、どう? あなたの運の悪さは」
今日は、そんな会話から始まった。
「上々。毎日厄日っつーか。今日も森のモンスター討伐隊で、先鋒命じられるし」
「戦闘とは関係のないところで、あなただけ毒虫に噛まれたこともあったわね」
「あれはヤバかった。リゼットがいなきゃ、オレ死んでたよ」
「……ねえ、思ったんだけど」
リゼットは真面目な顔でこちらを見ている。いつ見ても、綺麗だ。
「もしかして、それがリスクではないの?」
「リスク?」
ヘイカーは記憶を掘り起こす。確か、この雷の魔法を覚えた時。アンナが、魔法にはリスクがあると言っていた。
「雷の魔法の? どういうリスクだって?」
「だから、その……運が悪くなるリスクよ」
「運、ねぇ……」
ざっくりとした表現に、ヘイカーは首を捻らせる。つまり、具体的にはどうなるリスクなのだろうか。
「先日、魔法部隊のメンバーと、個人面談を行ったでしょう。皆に聞いてみたけれど、やはり雷の魔法を覚えた者だけ、運が悪くなったような気がすると言う者が多かったわ」
「へぇ……」
「ここからは私の勝手な分析に過ぎないけど、聞いて。元々強運の持ち主には、さほど影響はない。そして運の悪さは、相性度に比例していると思う。雷の魔法と相性が高いものほど、運が悪いのよ。それともうひとつ。覚えている魔法の量によって運の悪さが増す。あなたは雷の魔法を、全て使えるわね?」
「あ、ああ、全部使えっけど……」
なんだか嫌な流れの話だ。リゼットの分析が正しければ、雷の魔法と相性が良く、全ての雷魔法を使えるヘイカーは、メチャクチャ運が悪いということになる。確かに一人だけ魔物に狙われて追いかけ回されたこともあるが、それも運の悪さによるものだろうか。
「あまり言いたくはないんだけど……あなたは雷の魔術師の中でも、かなり運が悪いわ」
「……」
事実とはいえ、実際に言葉にされるとヘイカーの気分はずんと重くなった。
「ともかく……私と離れて遠出しなければいけない時は、注意して。私は魔法部隊を管轄しているとはいえ、ずっと見守るわけにはいかないから」
「……うん」
はっと嘆息すると、リゼットが申し訳なさそうに眉を寄せている。
「ごめんなさい、あなたはこの魔法を外せないというのに、嫌な情報ばかりを……」
「い、いや、いいって」
「その、あなたのことが、心配で……」
そう言いながらリゼットは顔を横に向けた。なぜか、その美しい顔を朱に染めながら。
「リゼット……?」
「その、迷惑なら言って」
「へ? なにが? 全然、ありがたいよ」
「そ、そう」
ヘイカーが言うと、リゼットはホッとしている。確かに運の悪さが雷の魔法にあるというのにはショックを受けたが、情報がないよりはあった方がマシである。魔法をつけたままでの対処法もあれば、なお良かったのだが。
魔法を外せない以上、上手く付き合って行くしかないようだ。この先の自分の運命を想像してヘイカーはやはり息を吐いていた。
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