丸の内で就職したら、幽霊物件担当でした。

竹村優希/角川文庫 キャラクター文芸

プロローグ

 人ごみが、怖い。

 横断歩道はぶつかりそうで上手うまく渡れないし、スーツを着たビジネスマンたちは全員同じ顔に見える。

 似たようなビルがひしめきあう景色には色がなく、無機質で、冷たい。

 都会は好きじゃない、と。しんがきみおは、東京駅の改札をサラリーマンたちに押し出されるように出た時、確かにそう思っていた。──けれど。

 ドクンと、心臓が大きな鼓動を打ったのは、わずか五分後のこと。

 それは、スマホの地図を頼りにやってきた「よしはら不動産」の巨大な高層ビルを見上げた瞬間のことだ。体の中で、パチンと何かのスイッチが入ったような感触がした。

 全面真っ黒なガラスで覆われた吉原不動産の本社ビルは、まるうちのビル群たちをまるごと反射している。澪が無機質で嫌いだとけなしたビル群を、すべて飲み込んでしまったかのように。

 首の限界まで見上げれば、視界に入るのはビルが空に突き刺さる光景だけ。まぶしくて目を閉じると、頭にふわっと浮遊感を覚えた。

 ──私、ここに、通う気がする。

 唐突に浮かんだ、不思議な感情。

 人に話せば笑われてしまうかもしれない。現実を見ろと叱られてしまうかもしれない。

 けれどそれは希望なんかではなく、どちらかと言えば予感だった。もっと言えば、人生で初めて感じた、運命だった。


 大学三年の冬。

 周りに流され渋々始めた就職活動で、生まれて初めて訪れた東京・丸の内での出来事。

 嫌いだ苦手だと、できるだけ避けてきた都会の印象すべてを覆すほどのパワーをもってして、澪は吉原不動産の高層ビルに──、ひとれした。

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