私を抱きとめてくれたのは後輩の女の子でした

トッチー

プロローグ

「あなたの想い、しかと受け止めました。その誇り高き騎士の言葉、私も王女としてでは無く、一人の女性としてその気持ちに答えましょう。私もあなたを愛しているわ、レオン」

 威厳を滲ませつつ、後半は女性らしい柔らかな声を部屋いっぱいに響かせる。手応えは十分だ。

「はい。うんうん、セリフも全部OKですね」

「ありがとうございます」と先生に頭を下げ、お礼の言葉を述べる。

「あとはセリフに合わせた動きですが……まぁ桜木さくらぎさんなら心配していません。主演は決まったようなものでしょう」

「あはは、ありがとうございます」

 苦笑いを浮かべながら再び礼を口にする。そんなにも信頼しきった賛辞はいささか重圧に感じてしまう。ありがたいことは確かだが。

「ではみなさん。今日の活動は終了です。来週には新一年生が入部しますし、月末にはオーディション。各自準備はしっかりとするように」

「「「はーい」」」

 先生が部員に振り返り声をかけると、一斉に返事が返ってくる。この統制と元気なところがうちの演劇部の良いところであり、強豪校たる所以ゆえんなのかもしれない。挨拶、返事は基本中の基本だ。

「解散、気を付けて帰ってください」

「くるみ! 一緒に帰ろ」

「やっぱりくるみの演技スゴかった~」

 先生が解散を呼びかけると、すぐさま友人達が私を囲むように人壁を形成し、城壁防衛、石落としのように口々に賛辞の言葉をくれる。今日は自分でもよくできたと実感できていたので、こんなに褒められるというのは素直に嬉しい。私も一つ一つに対して失礼のないように答え、感謝しながらそれを賜るのだが。

 うーん、悪い気はしないけど、何と言えばいいかな、こういう雰囲気はあまり得意ではない。気まずい?

「くるみ、お菓子食べる?」

「あ、ありがと」

 『褒められる』は喜ばしいことだが『ちやほやされる』となると話は別だ。現状は完全に後者な気がする。

 まぁこのチョコは美味しいけど。

「ふっ、くるみは私が育てたんじゃ。弟子が褒められるほど立派になって鼻が高いぞ」

 そこへ千紗ちさが意味不明なことをほざきながらのっしのっしと偉そうにやってきた。そんな不遜ふそんな態度に、途端に私の周りの視線は彼女に向けられる。

「千紗の変人っぷりが発動した」

「あんたは関係ないでしょ」

「なんやねん、お前」

 その間話の中心ではなくなった私はチョコの包み紙を丸めながらこっそりと一息つく。

 いや〜千紗がヘイトを集めてくれて助かった。そろそろ捌き切れなくなるところだったわ。

 特に彼女らが嫌いという心は欠片もないが、賞賛しまくるという女子特有のキャピキャピ感を普段から身に浴びていれば自ずと思うところはある。その点千紗のこういうさりげない気遣いができる当たり有能さが窺える。分かってくれるのは彼女だけだ。

「だいたいさ〜」さらに上がる非難の声。

「え、私そこまで悪いこと言った?」と戸惑う千紗。

 段々とボコりがエスカレートしてくる。私も周りも最初の言葉をネタだと理解しているが、敢えてガチトーンでいじっているのだろう。見ていて面白いがそろそろ不憫ふびんなので助け船を出すことにする。

「そういえばね、駅前に新しいアイスクリーム屋ができたんだって! 行ってみない?」

「お、いいね~。行こ行こ」

 私がJKが喜びそうな新しい話題をばら撒くと周りは鯉のように群がり食らいついてきた。

「くるみぃ、ありがてぇ」

 アイスについてでごった返す中、千紗がひそひそと言葉をかけてきた。

「千紗もさっきはありがとね。お礼にアイス奢るから」

「お、やったぜ」

「ね、ね、早く行こうよ」

 別の方向からの催促に答えながら先程まで使っていた台本を曲がらないように大切に仕舞う。

「どんな風なのか楽しみだな~。聞いた話だと……」

「え! なにそれヤバーイ! それってさ……」

 カバンを肩にかけ、先生に挨拶をしてから廊下を歩く。その道中もアイスの新店舗で話は尽きなく、いつになく私も周りに合わせてそれに加わる。

 まぁたまにはこんな風にはしゃぐのもいいよね。

 昇降口で下履きに履き替え、観音開きの扉を押し開く。すると風がふわぁっと髪がたなびかせた。

「春だね」

 これなら明日も無事に快晴かな。

 あと少しで一年が経つ。あの頃の私はその後の生活をどう考えていたのだろう。詳しくは覚えていないがきっと大多数と同じように部活と高校生活のことでいっぱいだったと思う。

 当たり前か、未来予知なんてできるわけないし。てかできたとしてもまともに暮らせてないわ。

「おい、くるみ、遅いぞ」

 歩調が遅くなっていた私に千紗が手を振ってきた。それを見て急いでみんなに追いつく。

 より強い風がざわざわと木々を揺らす。桜の花びらと一緒に私の詮無い物思いは春風に攫われていった。

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