第12話 ユリカと友達同盟②

 下駄箱で下靴に履き替えて、校舎がある丘から下に続くスロープを下る。周囲に生徒たちがいなくなった段階で、舞依が奇声を上げた。


「あーっ! もうっ! 死んじゃうかと思った!」


 両腕を天に上げ、ストレスを発散するという様子で伸びをする舞依。


「でも、さすがだったね、優斗君」


 日奈が称賛の眼差しを向けてきた。


「さすがに鮎美たちのグループで上手くやってる優斗君だけあるって、実感した」


 日奈が凄いねと言いながらにこやかな笑みで俺をねぎらってくれた。


「ユリカがくるとは思ってなかったからとっさの判断だったが。いい具合に転がってくれて助かった」

「ユリカの事を迷惑みたいに言われるのは心外です!」


 ユリカが不平の異を唱えるが、舞衣がフォローしてくれた。


「でも、さすがにクソリア……じゃなくて、桜木君だって私も思った。立ち回りとかクラスに対するセリフとか見習うべき所が多いし、私じゃ百年たってもあの域には達せそうにないって、パニくっている中でも思ってたわ」

「クソリア……ってなんだよ?」

「いいじゃない、それくらい。昔の名残よ。今はそれほどには思ってないから安心して。世話になっていることだし」

「それほどってことは、少しは思ってるってことだよな? まあ確かに、クソリア充と言えばそうだから否定はしないんだが」


 ふふっと、俺は日奈舞依と顔を合わせて笑い合った。


「不満です! ユリカが悪者みたいです! ユリカは舞依さんの伴侶になったので、迎えに行くのは当然です! ユリカは舞依さんのラバーなんです!」


 舞依が、そのユリカにきっとしたにらみ目を向ける。


「突然やってきて、何いい加減なこと言っちゃってるのよっ! 私はユリカをそういう目で見た事はないし、究極目標として『彼氏』を作ることを掲げているんだから、その邪魔はしないで頂戴」

「でもでも!」


 ユリカは舞依に邪険にされても引き下がらない。


「舞依さん。結局私を友達にしてくれたじゃないですかっ! それって、ユリカの献身的な愛が報われた証拠っていうか、舞依さんもユリカのこと、まんざらでもないと思っている証拠っていうか」

「まんざらよっ! 私のこと、エロい目で見ないでっ!」

「それは違います!」


 ユリカは舞依に対して引くどころか、逆に主張してきた。


「ユリカには舞依さんに対する真摯な愛がありますし、エロいのは生物の本能です! 愛のないエロはダメですけど、愛のあるエロは正義です! 舞依さんにそれだけ女性としての魅力があるってことです!」


 どやっ。ワシ、いいこと言った! という顔でふふんと鼻を鳴らすユリカ。舞依が、幻滅する様で「うへぇ」と声をもらす。


「舞依」


 俺が口をはさむ。


「なによっ!」


 舞依がぶっきらぼうに返答してきた。


「まともに話できてるじゃないか」


 俺のセリフに、舞依が「あ!」っと気づいたという様子。続けて「ふふっ」っと、日奈が漏らした声が聞こえた。


「確かに舞依さん、全然普通に話せるじゃないですか。そういう調子で他の子たちにも接すればいいんです。自分から混乱して自爆しているだけで、慣れれば友達も増えてリア充に一直線です。氷姫も人間らしい優しい女の子なんだって話になります」

「この子は特別」


 言った舞依にすぐさまユリカが反応を返す。


「特別! やたっ! 舞依さんの伴侶の地位ゲット!」

「だからそういう意味じゃない!」


 しゃああっと、蛇の様に舞依がユリカを威嚇するが、ユリカの高調した気分は収まらない様子だ。


「もう、ユリカと舞依さんが褥を重ねるのも時間の問題ですね(ハート)」

「重ねないから。未来永劫。私の初めては『彼氏』だから」

「『彼氏』さんか……」


 日奈が再び割って入ってきた。


「前から聞いてみたかったんだけど……」


 と、日奈が言葉を続ける。


「優斗君は陽キャグループにいるのに『彼女』とか作らないの? さえっちとかマコとか優斗君に気がありそうで割といい感じじゃない? 舞依さんだって『彼氏』が欲しいのに、優斗君は『彼女』が欲しくないのかなーって、前から不思議に思ってた」

「うーん」


 日奈の好奇の瞳に、俺はなんと言おうかと思案する。


「桜木君、『彼女』作らないんだ?」


 ふふっと、舞依が昔を思い起こさせる様な柔らかい女の子の微笑を浮かべる。それがふと……昔の『あいつ』の面影を思い起こさせた。『まどか』と舞依は全然似ていないのに、なぜか思い起こされて、口の中に苦い味が広がる。


「俺は……」

「俺は?」


 舞依が先を促すように俺を見つめてくる。


「俺は、今、舞依や日奈やユリカとトモダチだが、それ以上の友達になりたいとは思えない」

「?」


 舞依も日奈も分からないという顔をした。


「そしてもう『彼女』が欲しいとも思わない。『彼女』は欲しくない」


 俺のセリフに、舞依が俺から目線を放して、「そうなんだ……」という顔をしてうつむく。少し寂しいという面持ちをしている。


 俺は続ける。


「昔、ちょっとだけ失敗したことがあって……な」

「少し……聞きたいかも」


 舞依が躊躇しながらも尋ねてきた。俺を気にかけながら、よければ……という面持ちをして俺に目を向けている。


 俺は逡巡する。『まどか』の事は、胸の奥に沈めて蓋をしておきたいという気持ちが強い。でも、俺の事を知りたいという興味と好意で、優しい顔を見せてくれている舞依を無下にできないという思いもある。舞依とは、成り行きだがここまで付き合ってきた仲だ。『友達同盟』での昔からのやり取りもある。無視はしたくなくて、俺は短く続けた。


「昔、中学生の時、彼女がいて失敗した。彼女を傷つけて、俺も傷ついた。だから、もういい」


 俺が言うと、舞依は押し黙った。のち――


「ごめん……なさい。私、無神経だった、ね」


 うつむいて少しだけ哀し気な顔をした。


「いや……昔の事だから……」


 俺は続けたが、日奈やユリカも何も言わない。すこしだけ重苦しい、じいっとした時間が流れた。


 舞依に嘘は言いたくなかったのだが、重くなるのも本位じゃない。ここは『仮面リア充』の見せどころ。


「――なんてことを言ったけど、別に気にしなくていいから。俺は、舞依と日奈とユリカが今の『トモダチ』だと思ってるから」


 俺のフォローで、場の空気が和らいだ。


「ありがと。桜木君は……クソリア充だけあって人の気持ちはよくわかるのね」


 舞依の返答で、場がさらに緩やかになる。それから流行りの音楽だとかゲームや漫画だとかの話に移り、わいわいとにぎやかな四人で国道沿いを進む初めての一緒の下校路なのであった。

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