第161話 撫で斬り『カミラ視点と人間側視点』
「シドニーさん。これから2時間ほど休憩を取りましょうか。お茶でもタバコでも」
「はい……?」
「その間に、私、ちょっとあれらを殲滅してきますねぇー」
「は……? 今、なんと……?」
「スタンピードの魔物を、殲滅してきます」
「……」
「では、休憩がてら観戦していてくだ――」
「無茶です! たった一人でなんて!」
「ガーッとヤっちゃえばいいのですよぉー」
では。と、私は飛び出した。
はっきり言って私には何のメリットもない。
ダンジョンスタンピードを防げないなら街は滅ぶ。防ぎ切れば街は残る。
ただそれだけの話。人間たちが強ければ、それで済む話。ね、簡単でしょう?
むしろ大っぴらに私が討伐してしまっては後々の行動に制限が出かねないし。
メリットは皆無。デメリットはちょっとびっくりするほどたくさん。
わからない? 彼ら街の住民を助ければ感謝されるって?
うん、それはとっても良いことね。でも、それだけならいいのだけどね?
懸賞金がたくさん手に入る? 私、金銭に興味ないのよね。
そもそも高位貴族は財布なんて持たない。欲しいものがあれば丸ごと家に届けさせる。私なら強欲の権能を使う手もある。本当に欲しいものは手に入らないけど。
最大の問題は、この国の貴族が必ず私を取り込もうとすることにある。
持ちうる『特権の力』で好き勝手するのが貴族と考えるとわかりやすいかも。
動き辛いぞぉー。フィクス
でも、まあ。それはそれでバレずにやり切れば問題ないわけで。
私は、父親が我が子を――娘を思う気持ちにグッと胸を打たれたわけでして。
行動理由は、私にとってはそれだけで十分だった。パパ大好きっ子だからね。
なので、私は丘を音速超えの全力で駆け下りた。想像魔法で半分冗談で作った
街だ。その周りには狂えるダンジョンスタンピードの魔物がひしめいている。
「ファーストインパクトォ!!」
私は鞭のようにしなう蛇腹剣の一撃を、二刀とも集団内に縦一文字に叩き込む。
音速超えの猛突進に更なる音速攻撃が加わる。それはもはや極音速となる。
きゅばっ、と音に音が締め付けられるように重なる。
鞭状の刀身から発される衝撃波が思った以上に広範囲に魔物どもを駆逐する。
ミキサーで撹拌されたみたいに爆裂したのだ。ぐちゃぐちゃに飛び散る魔物たち。
音と音の合間。一瞬の沈黙が、無理やり空間に訪れる。
この狩場の支配者は誰? 私だ! 私はその沈黙すらねじ伏せんと次攻撃に移る!
「セカンドインパクトォ!!」
次は横一文字。ズガンッと大地を踏みしめ、一閃する。
二刀、重ねての超音速斬撃。めっちゃ腰の力が入ってるからね!
ドンッと凄まじい衝撃が周囲に掛かる。大地がめくれ、扇状に抉れてゆく!
広範囲にズタボロに散っていくスタンピードの魔物たち。
四肢断裂、首もすっ飛ぶ。胴は消し飛ぶ、臓物は汚い花火となって消える。
そういえば昔見た動画で、カウボーイが鞭で衝撃波を出すシーンがあった。
あれをもっともっと強烈にして放たれる一撃が、今の私の攻撃法となっている。
猛り狂っているはずの魔物どもはさすがに私に対して怯えの表情を見せた。数体は私に膝を付いて崇めだした。本能的にダンマスの存在に気づいたらしい。
でもね、お前たちは私のクリエイトキャラじゃないの。単なる弱いモブよ。
私は笑みを浮かべる。牙をむき出しに!
いつぞやの漫画で語られた、笑みとは本来攻撃的な側面を持つアレであった。ワクワクする。獲物を蹂躙するのは! 命を刈り取るのはアンデッドの至福であった!
『カミラ……?』
「パパ、狩りって楽しいね!」
『う、うむ』
「ホントは幼女の姿に戻って暴食を使ったほうがいいのだけど、大人モードで獲物を一方的に蹂躙しちゃう悦びを知っちゃった。パパ、私、悪い子かしら?」
『だ、大丈夫だぞぉ。カミラは良い子であるぞ。パパとしてはもう少しお
「はい、パパ♪ 私もパパのこと大好き!」
私は満面の笑みを浮かべたまま、魔物の大集団に飛び込む。そして、斬る。斬る。
さながら阿修羅のように。
時に鞭の如く、時に剣となる両手二刀の蛇腹剣。しなって唸る斬撃と衝撃。
積み上げられる死。圧倒的な死。なんて素晴らしい!
吹き荒れる暴風の如く、私は蹂躙する。まだまだ魔物はたくさんいる。
右も左も狩り放題。とめどない興奮。ああ、心が、勃起する!
私は、剣術も鞭術も、習ってはいない。
でもね、レベル差の力技と、そして――
狩りを始めて気づいたことに、眷族にしたミーナちゃん&アーカードちゃん、5人の美少年たちの血を通した『スキルの習得』で剣と鞭が扱えるようになっていた。
そっか。眷族化の吸血をすると対象が持つスキルも使えるようになると。
これなんてチート? スキルの簒奪でもなく、コピーでもなく……同化している?
どうしよう、興奮が天元突破しそう。剣技だけでなく、魔法攻撃もぶっぱしそう。
でもそれやっちゃったらたぶん大陸が沈むね。レベル2億だし。自重、自重よ!
心頭滅却ぅ! この興奮を何か別なベクトルに!? うむむむっ!!
……マリーと二人で
「あははっ、うふふっ」
楽しいときに、楽しい妄想も加える悦び。
蛇腹剣キック!
蛇腹剣チョップ!
蛇腹剣ジャイアントスイング!
蛇腹剣魔物魚雷!
蛇腹剣鉄山靠!
蛇腹剣スルーからのドロップキック!
(以下、トンファーキック派生技)
たーのしー♪
◆◇◇◆◇◇◆
今日は朝から胸騒ぎがしてならなかった。
俺の勘は、良くないことに限っては異様に的中させる嫌な特性を持っていた。
ここは、グレートレイクサイド港街。
主な産業は漁業とダンジョン。
シュトーレン侯爵領きっての稼ぎどころであり、税収の主要を担う都市であった。
妻から弁当を受け取り(新婚2ヶ月目なのだ)、行ってくると声をかけて外に出る。
俺の仕事は街の外壁を守る兵士である。正面門を守る兵士隊の隊長をしている。
「隊長、おはようございます。まだ引き継ぎにはいくらか早いようですが」
「胸騒ぎがしてな。いつもより少し早めに出てきた。……異変はなさそうだな」
「うわっ。隊長の勘って、めちゃくちゃ当たることで有名じゃないですかぁ」
「俺も勘が当たらないことを心から願うよ」
やがて時間となって引き継ぎで情報共有を交わし、俺は任務についた。
朝目覚めたときからジクジクと胸の奥から湧き上がる嫌な予感は、相変わらず俺を悩ませている。おかげで書き物を何度も何度も間違えてしまった。
妻が作ってくれた弁当を食して、午後からは俺自身も立哨する。
街の外壁は野生動物やならず者からの防備だけではない。大きな街の近くにはほぼ確実にダンジョンが存在するのだった。いや違う。ダンジョンがあるからこそ、その近辺に街を作るのだ。なぜならダンジョンは高潤なる龍脈エネルギーで稼働する=土地が豊かだからだ。加えてダンジョンから得られる経済的利得も見逃せない。
ふう、と目を閉じて深呼吸する。
落ち着け。俺の悪い予感は必ずしも当たるわけではない。
と、思った矢先。時刻は14時前だった。
連絡兵が血相を変えて俺の元に駆けつけてきた。一礼して要件を口にする。
「ダンジョン監視塔より緊急入電! 突如としてダンジョン内部の帯魔力数が通常の百倍以上に達したとのこと! 検知具のメーターが振り切れたそうです!」
「まさか……っ!?」
「ダ、ダンジョンスタンピードの予兆です! いえ、もう予兆を超えています!」
「くそっ。……シュトーレン侯爵閣下に緊急連絡! 街の市長にも連絡! 騎士団出動要請! 総員、防衛戦用意! 非番者も駆り出せ! 非常事態発生!」
「はいっ。了解であります!」
急に慌ただしくなってきた。ダンジョン内に潜る冒険者たちは気の毒だが全滅だろう。彼らはそれを承知で日々潜っている。リスクに見合う稼ぎのために。
それよりも街の防衛だった。
シュトーレン侯爵閣下はこの街から100キロ向こうの領都に住まわれている。今から増援を寄越しても間に合うまい。本来なら異常検知から数日は余裕が取れるものだが、今回はそうも行かないのだった。なんとしても自分たちで街を守らねば。
いざとなれば逃げ出せばいい? 何を言っている?
最近は国内がきな臭く街を捨てるなどそれこそ自殺行為。野党の餌食になるか、自分たちが野党になるか、貪欲な王家に狙われてこの俺たちの街を奪われるか。
ダンジョンスタンピードによる緊急出動要請を受けて侯爵家の私兵騎士団が騎士詰め所より飛び出してくる。誰もが鋭い面持ち。当然だ。スタンピードである。
街がダンジョンとともに生きるとは、スタンピードとともに生きることと同義。
俺がグレートレイクサイドの街を守る兵としてこの仕事について15年。これまでに小規模と中規模のスタンピードを経験してきた。それらはなんとか切り抜けた。
だが、俺の悪い予感は悲鳴のように騒ぐ。
これまでとは一線を駕すると。
事実、その通りだった。襲い来るダンジョンスタンピードの魔物の平均レベルが。
なんと、100。
これまで俺が経験してきたスタンピードの魔物は大体20から30レベル程度だった。高く頑丈な壁に守られて、数百から数千の数の魔物どもと対峙する。
だが今回は違う。異常が過ぎる!
繰り返すが魔物の平均レベルは100。更に最悪なことに規模がかつてないほどの巨大さで、魔術師の魔力飽和鑑定では10万は下らないという。超、大規模である。
絶望の一日。
グレートレイクサイドの街はあっという間にスタンピードの魔物に取り囲まれてしまった。絶望的な防衛戦。レベル100などあり得ない。あってはならない。
しかも推定魔物数が10万? 一体、どうなっているんだ!?
ちなみに俺のレベルは60である。これでも年齢に対して優秀な方で、家柄が騎士家の末端にでも引っかかっていれば確実に騎士になれたはずだった。
「やんぬるかな……っ」
俺は呻く。まだ1時間もスタンピード防衛戦は経っていない。なのにもう、自軍兵力は壊滅的だった。このまま、俺たちは、魔物どもに呑み込まれるのか。
と、諦めかけたときだった。
正面門から見て右手には、なだらかに隆起する丘がある。街道は丘の左側のふもとに流れて我々の街に繋がっていた。とまれ、名も無き丘であった。
物凄い――としか表現が思いつかないほどの『何か』が、土埃を巻き上げつつ街に、いや、スタンピードの魔物どもに突っ込んでいったのだ!
俺は物語の一登場人物にでもなったのか。
もちろん、話の端にいるモブ役として。
やってきた『何か』はうら若い女性のように見えた。青髪の旅装の女性。
両手に……あれは魔道具だろうか? 鞭のような、剣のような武器を携えている。
驚愕すべきは、すべての攻撃が範囲攻撃であることか。もしかしたら個への攻撃があまりにも強烈過ぎて範囲攻撃になっているだけかもしれないが……。
まるで竜巻のようにダンジョンスタンピードの魔物どもは彼女に駆逐されていく。
俺は見た。見てしまったと表現すべきか。視力も、動体視力にも自信がある。
彼女が、満面の笑みを浮かべていることに。
戦う悦びを全身で、それが表情に浮かび上がっていると!
戦乙女。絵空物語に出てくる伝説上のヴァルキリー。
大群を圧倒する個の力などついぞ見たことがない。個はいくら強くなっても、圧倒的な大群の前では無力。そんな法則を無視する彼女。勇者と呼ばれる異世界存在も、魔王と決戦する際には個と個の戦いに持ち込む。なのに、ああ……これは!
形勢逆転。わっと活気づく防衛軍。
戦術目標が変わる。
防衛戦であることには変わりない。
ただ、『自分たちだけでスタンピードを凌ぎ切る』ではなく、『双剣の彼女がスタンピードの魔物どもを絶滅させるまで耐え切れば勝利』となる!
にしても、どれだけ強いのだろうか。
彼女はきっと、シュトーレン侯爵閣下のお気に入りになるだろう。客分として迎えられ、あるいはもしかしたら騎士団入りも可能かも知れない。
羨ましくもあるが当然の待遇ともいえる。
だが、そうはならなかった。
何がというと、青髪の彼女はスタンピードの魔物を全駆逐すると、そのまま振り返りもせず登場時の如く凄まじい速さで去っていってしまったからだった。
奥ゆかしいというか、なんというか……。
凡人の考えですまないが、俺だったら胸を張って街に入場し、街全体からの称賛と栄誉を受けることを期待するだろう。だが彼女は振り返りもせず去った。
「きっと、神が我々の運命を憐れんで送ってくださった使徒さまだったのでしょう」
「そう、かもな」
防衛戦を凌ぎ切り、どっと押し寄せる疲労感をなんとか堪えながら俺は頷く。
後日、ダンジョンスタンピードを凌ぐ立役者となった女性に、道中で盗賊団から助けられたという商人がいることが判明し、事情聴取をさせてもらった。
その女性は本当にうら若い女性で、二十歳を超えていないようだったという。名は名乗らずのまま。なので商人は、彼女を剣士さまと呼んでいた。
聞けば彼女は剣の修行中で
賞金首を半ば強引に譲ってくれて、首に掛けられた賞金(マッド・ディンゴ盗賊団の賞金はなんと金貨1000枚!)は商人団の慰問金にすればよいとのこと。
なるほど、聖人か何かか。あるいは使徒さまであっても不思議ではないと思う。
世の中、わからないものだな。と若輩者のくせにふと悟ったような気持ちになる。
グレートレイクサイドの港町に新たな伝説が生まれた。青髪の女性剣士の伝説。
そして、俺は、今日も街を守る兵士の任につくのだった……。
【お願い】
作者のモチベは星の数で決まります。
可能でしたら是非、星を置いて行ってくださればと。
どうぞよろしくお願いします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます