第104話 どうしたものかねぇ?

 ドーンフレア国王への謁見内容はあっさりとして……いるわけもなく。


 王国の権威を示さんと王の謁見は無駄に高い天井の、広く華美装飾過ぎる広間で行なわれた。ゲームでは細部までわからなかったが、かなり威圧的な様相だった。


 何より一同ずらりと並んだ家臣団が異様な熱気と敵意を持って私を睨んでいた。


 まあね、一国の王子を下僕にしちゃったしね。でもそう望んだのは彼自身なのよ。


 私は幼女のまま王の謁見に向かっていた。


 魔女と聖女の視覚的対比を意識してアリサと手を繋ぎ、自分たちの周りには三人のイケメン(男の娘含む)眷属を配置、がっちりとガードさせる。


 左右にアーカードちゃんとリキ、後方はフォーリタインと陣形を組んだわけで。


 これには理由があった。


 ゴチャゴチャとイチャモンつけられたとき、イラッとしてついうっかり全力魔力解放して大惨事を起こさないためだった。大人モードの私は4015万レベルである。下手したら死人が出るわ。少なくとも魔力酔いで口から泡を吹いて卒倒する。三歳幼女でも4000レベルなので魔力開放なんてしたらみんなおしっこ漏らすと思うけど。


 ところが。


 トリュファイナ=幼女と見てか、それとも元々の侮りでもあるのか。言われてみればトリュファイナの出自はメイズ伯爵と娼婦との火遊びの子だった……。


 王宮側はやたらと高圧的に出てきた。


 でも、それは悪手だと思う。強者の前でそんなに生き急がなくてもいいのに。


 こちらには『太祖の吸血鬼』たる私だけでなく――『聖女』アリサ、『次期公爵跡取り』フォーリタイン、『ラピス王国第三王子』アルカードもといアーカードちゃん、『当国ドーンフレア第二王子』リキ、と居並んでいるというのに。


 やれ王の御前なので跪けなど。やれ王への言葉遣いがなっていない。やはり卑しい女の娘はしょせんはこんなものだと。なるほど、これは宣戦布告かな?


 ここで大事な点を。

 大確約、というものがある。


 魔女はあらゆる国の束縛を受けない。魔女には王権は無効。そういう決まり事。

 なぜなら人類に必ず味方する存在では最大の攻撃力を保有するためだ。

 魔女を軍事利用すればどんな災厄が相手に降りそそぐか。なので禁じ手となった。


 もう一つ、大前提もある。


 すべての吸血鬼の頂点たる星の太祖は、人の王より格が上である。

 なぜなら太祖は単体で世界を滅ぼせるから。人の王は独力で一体何ができる?


 私は大人モード(本来のトリュファイナ)に姿を戻した。ついでに全力魔力開放してしまう。どうなっても知らんぞぉ! 打ち震えよ、愚かなりし人間どもよ!


 轟、と熱気に似た魔力が噴出する。局地的大地震が起こる。ただし、アリサまで影響が来ないよう彼女だけは結界を作って守っておくのを忘れない。


 お漏らしアリサも悪くないのだけどね。羞恥心に満ちた表情とか。うふふ……。



「ふぅうううううぅぅーっ!!」



 トリュファイナ自慢のロングの黒髪が逆立つ。まるでハ〇ター×〇ンターのゴ○さんのように。チリチリと帯電する、実体化した漆黒の魔力が全身を這う。


 次いで、私は息を絞るようにして魔力を練る。と同時に煩い貴族ども全員に殺意を高めていく。怒髪、天を突いた黒髪はふわりと元あったように戻るが……。



さえずるな、力なきヒューマンども!」



 一喝。謁見の間に静寂が訪れた。


 舌鋒の主となっていたナントカ大臣を含む数人は口とは言わず鼻からも洗濯洗剤を入れ過ぎた洗濯機みたいに泡を吹いて卒倒していた。床には盛大な尿染みが。


 死んではいない。でも死ねばいいのになぁとは思う。



「あえて貴族どもに勝手をさせて様子を見ていたドーンフレアの王よ。わたしは確かにお前の国に住んでいる。が、わたしはエニグマ家としてここに来たわけではない」


「う、うむ……」


「ここにいるのは誰なのか? わたしとアリサ・スチュワート嬢の立場を問う」


「……トリュファイナ嬢は魔女である。しかし、アリサ嬢についてはよく知らぬ」


「彼女は、エニグマ侯爵家の調べによって聖女だと判明した」


「なんと」


「ここにいるのは人類最後の砦にして人類最高の対抗手段、魔女と聖女よ。……聖女はわたしの可愛い子でもあるわ。寝食を共にし、彼女を大切に育てているの」


「トリュファイナお姉さま……♡」


「うふふ、いい子いい子」



 私はアリサを後ろから抱きしめてピンク髪の頭をナデナデした。



「聖女は国の保護を受けることもある。が、お前たちは知らないかもしれないが元々は聖女も魔女と同じくあらゆる国の束縛を受けない。繰り返すが、われらは人類最後の切り札。いずれかの権力者に囲われることで軍事バランスを崩すために存在するのではない。もう一度、言う。われらは人類最後の砦。この意味を忘れるな」


「……うむ」


「併せて、わたしは星の太祖。これはすべての吸血鬼の頂点たる者である」


「……つまり、わが息子は吸血鬼の王の眷属となったと?」


「否。王ではない。王級吸血鬼は公爵級吸血鬼の上の階位であり帝王級吸血鬼の下」


「では、そなたは?」


「帝王吸血鬼の上。星の太祖とは、越えられない壁の向こう側という意味よ」


「……神、であるか?」


「強さだけで言えば上位魔神にも勝る。が、重要なのはそこではない。星の太祖とは星そのもの。わたしは大地そのもの。元来、吸血鬼は地の霊なのだから」


「むう……」


「さて、ドーンフレアの王よ。私に用向きがあるのでしょう。王の権威を背にキャンキャン鳴く晒し者の処分は後で考えるとして、言いたいことがあれば言いなさい」


息子リキの、妻にならぬか……?」


「わたしに結婚の意思は、ない」


「……で、あるか」


「わたしに決闘を申し込んだことも、負けて眷属化を望んだことも、すべてリキが自分の意思で選んだ。わたしは彼の意思を尊重する。国がどうこう、王族がどうこうではない。彼がそう望んだの。ならば私の意思も尊重されるべきではないかしら?」


「……」


「もちろん彼はまだ未成年。でも、だから何? まさかまだ未成年だからって決定した事柄を覆すなど、天に唾を吐く愚は犯さないわよね?」



 注釈。決闘とは元来、神聖なものとして扱われた。意思と意思がぶつかり合い、ときに生死をもって決する(このさじ加減は勝利者が決める)。そしてその決定は絶対的なものと扱われる。ゆえに決闘とは、神前誓約と同じ効力を持つのだった。



「うむ……」


「この話はこれで終わり。神々の怒りも買わないためにも蒸し返すことのなきよう」


「……わかった」


「では次の話へ。エニグマ侯爵家について少し言っておきたいことがあるの」


「うむ」


「わたしはかの家を制圧した。今、あの家にいるのはわたしの眷属のみ」


「う、うむ」


「つまり、侯爵は私の下僕になった。なのでエニグマ侯爵家の実質上のトップはわたし。でも家としてのトップは侯爵のままで扱いなさい。わたしは人類の敵となったユグドラシルを征伐しなきゃならない。それが使命。家の些事には関わらない」


「そなたがそう申すなら、それで良かろう」


「話は以上よ。キャンキャン喚いたおバカさんにはテキトーに死刑でも宮刑でも流刑でも、あるいは爵位はく奪でも降格でも、不敬罪の罰を下しておいて」


「……どれも、大概な刑罰だが」


「当然よ。すべての吸血鬼たちが王国の敵に回ってもいいの?」


「それは困る……」


「リキは、責任をもって一人前の公爵級吸血鬼に育てる。そこから先は、彼次第ね」


「わんわん♪」


「わ……わんわん……とな?」


「あー。どうやら眷属化を果たした際、その人の奥に秘められた願望や性癖が表に出るみたいよ。元々からご開帳している子には関係ないけれど」


「ママ。ボクにもいい子いい子してぇ……」


「アーカードちゃんは甘えん坊ねぇ。よしよし、可愛いわたしの一人娘」


「マ、ママとな。ラピス王国の王子……いや何も言うまい」


「こういう痴態を見て楽しむ悦びよ。今夜も色々と捗りそうです。ふふふ……」


「イーレン小公爵まで……っ!?」


「では、私たちは帰るわ。彼らを鍛えないといけないし。魔女も大変よ」


「うむ、なんというか。お大事にと言わせてもらおう……」


「気持ちを察してくれるだけでも嬉しいわ」



 私たちは王の謁見を終了し、王城からの立ち去った。


 帰りの蒸気自動車の中、もう我慢できないとばかり四人全員から幼女吸いされた。


 あー、もう。


 ホント、どうしたものかしらねぇ。




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