第57話 あとかたづけ

「圧倒的ではないか、我が軍は」

『なんだろう、敗北フラグを今頃立てるのやめてもらってもいいですか?』


「実際、圧倒してしまったわ。保険と周囲への安心取りの、実家の援軍が無駄に」

『あはは。まあ、色々と後片付けが大変』


「そうね。まず3万5000人近い遺体を埋葬しないと疫病の発生源になりかねない」

『地面に沈めちゃう魔法を使っちゃう?』

「どうにもならないときは、ね」



 私は座していた妃専用の椅子から立ち上がる。西、北、南と次々とやってくる伝令の報告。いずれも、圧倒的殲滅による勝利の報告。興奮気味に伝えられる。



「妃殿下……っ」

「スノーホワイト姫」



 城内の異様な興奮にいても立ってもいられなくなったのだろう。

 父であるブリュセル王の看護、いや、介護かも? まだ眠りから覚めたという報告は受けていないのでどちらが正しい表現なのかはわからないが、とにかく付き添いを中断して、我らが推し姫が私の元へとやってきた。



「戦いは……どうなったのでしょうか? 聞くところ、あっという間に終結したと」

「ええ、その通りよ。戦い自体は一時間もしないまま終わったわ」

「どうやって、ですか……?」


「趣味で集めていた魔導具を使い切る勢いで古代の叡智に縋ったのよ。……まさかあれほど強力とは。討つ敵がいなくて逆に味方が戸惑うほどだったわ」

「ふわぁ……す、凄いです」


「凄いのは魔導具よ。わらわは使っただけ。しかもほぼ使い切ったので二度はできないの(ということにしている。何度も期待されては面倒だから)。」

「それでも、凄いです」


「ありがとうね。推しの姫君に賛辞されると気持ちも浮き立つわ」

「推し……?」


「ふふ。そなたがわらわのお気に入りのお姫様ってことよ。さあ、まだ残務処理があるのでこの辺りで。わらわは指揮者でいなきゃいけない。総大将は大変よ」

「あ、はい。お勤め、お疲れ様です」


「うむ。戦いの余波で沸き立つ気配が残留しているので、姫も気は抜かないように」

「はいっ」



 私はスノーホワイトちゃんに微笑みを残して、後片付けの指揮に出向いた。



 その夜。自室にて。


 後片付けにて、大量の射殺遺体をなるべく確認し、一般兵、魔術師、将兵と分けて埋葬していった。重要なのは総大将の存在。おそらくは王か王子がいるはず。


 しかし――



「総大将の遺体が確認されない? そうなのか、護衛騎士団長?」


「はっ。オーレンベルグでの名だたる将兵の遺体は確認されましたが、彼の国の王または王太子の遺体は確認されず、目下のところ捜索中となっています」


「ふむ、これは逃げたな。あいわかった。捜索は3日間に限定する。仮に生存していたとしてあの戦闘で逃げおおせたのだ。そうやすやすと捕まるまい」


「はっ」


「遺体の火葬処理の進行具合はどうか?」


「はっ、お力添えいただいたゴーレム騎士で大穴を掘り、遺体を投げ込み、油とともに火炎術師に火葬させています。ただ数が数ですので完了まで数日はかかるかと」


「風を得意とする術師に、煙が王都に来ないよう命じよ。火葬した灰と煙を王都民に振りまいてやりたくない。まあ一応、王都上空に薄い結界は張ってはいるが」


「はっ」


「うむ、聞くべき報告は以上か。よし、護衛騎士団長。そなたもご苦労であった」

「はっ。それでは失礼します、救国の英雄たるお妃殿下っ。貴女様のおかげで我らがブリュセル王都、ひいては我らがブリュセル王国は護られました!」


「褒めそやすでない。あれは2度もできぬ」

「それでも、であります!」


「ふふ。まあ、気が済むまで好きにせよ」

「はっ」



 勝てば官軍、負ければ賊軍。


 陰キャの妃でも戦争で勝ちさえもぎ取れば皆から認められる。多少の人格的欠点も無視される。むしろ褒める材料になる。これはどこの世界でも同じ。


 私はずっと尊敬の目でこちらを見てくる護衛騎士団長の、部屋からの退出を確認しため息をつく。いやあ、あんなに真っ直ぐに見られるとなんだかしんどいわ。


 総大将は私だったが、人員の都合で彼を現場の総監督(総指揮ではない。ゴーレム騎士は私の命令のもとで動いていたから)に当てていたのだった。


 その、本日の最終報告が今、終わった。


 私は魔導具保管部屋へ移動する。この部屋は私以外入室を禁じているのだった。



「これで隠しシナリオも大部分は終了したと判断する。そうよね、


「カインお兄ちゃん。やっぱりカインお兄ちゃん。よかった。本当によかった」

『カミラもカミラでよかった。実際にロールプレイしちゃてるし』


「精神は宿る肉体によって、話し方や能力を左右されがちなのよ。お兄ちゃんは無機物にあてがわれたせいか、最初は本当に鏡の役をしていたよね」

『そう思い込んでいたからね……』


「でも良かった。初めからわらわはお兄ちゃんに護られていた。嬉しい」

『ぼくもカミラといられて嬉しいよ』



 最初の違和感は、一人称の変化だった。

 鏡の当初の人称は『ワタクシ』で、それが時間が経つと『ぼく』に変化した。


 更には私との会話も堅苦しさを排除したフランクなものに変化する。


 もちろんこれだけで判断に至ったわけではない。複合的に、これまでの転移では、必ず側にバディとなる存在がいた。なので今回の単独行動には疑問があった。


 一度目は専属お世話メイドのセラーナ。

 二度目は魔帝スレイミーザ三世陛下。


 なら三度目は? 近くにいたのはカインお兄ちゃんだった。なのに私の側にいないのはなぜ? 考えられるのは、スノーホワイトというタイトル。そう白雪姫。


 初めはスノーホワイト姫が実はお兄ちゃんではないかと思った。が、姫は普通に攫ってチュッチュペロペロしたいくらい可愛い女の子だった。


 次いで考えたのが、白雪姫に対する隣国の王子。しかしこの考えはすぐに否定。なぜならブリュセル王国と隣国オーレンベルグ王国は戦争状態だったから。


 いくらなんでも、敵側にバディとなるお兄ちゃんを配置しないだろう。


 となれば、そう、残るは魔法の鏡。


 確信は持てなかったが、これまでの推測から私は鏡に向けてこう呼びかけた。


 カインお兄ちゃん、と。


 その頃、お兄ちゃんは薄く自我を取り戻しつつあったそうな。

 そんな折に、私からの呼びかけである。


 カインお兄ちゃんは自分が鏡になっていることと、ここがTRPG世界であることを自覚し、強制ロールプレイから脱却できた。


 私と違って魔導具とはいえ無機物に憑依しているので、自覚後は完全に自分の喋りを取り戻し、現在に至る。所詮はAIなど思考実験の中国人の箱に過ぎなかった。



「それで、お兄ちゃん。この物語の〆についてなんだけど」

『うん』


「わらわの知る白雪姫のエンドは、毒リンゴを食べて仮死状態となった白雪姫を、隣国の王子がキスをして目覚めさせ、そうしてゆくゆくは彼の妃となって終わるの」


『継母の妃はどうなるの?』

「びっくりするほど酷い処刑エンド」

『えぇ……』


「でもこのTRPGスノーホワイトでは隠しシナリオが出現し、わらわは隣国の侵攻を撃退、敵の総大将は逃したが事実上の二国間戦争の勝利者となった」

『うん』


「わらわが死ぬルートは、もはや目を覚ましたブリュセル王が救国の英雄として担がれるわらわに嫉妬、その果てに凶刃を突き立てるくらいしかなさそうに思える」

『ふむふむ』


「つまり物語の着地場所が見えないのよ」


『うーん、ぼくもちょっとわからないや。そもそも白雪姫の内容を知らないから。カミラはどこでこの話を知ったの? うちの蔵書にそんな物語ってあったっけ』


「えっと、なんというか。前世的な?」

『ええーっ。カミラって前世の記憶とかあるの? 転生? 前世は誰だったの?』


「それがサブカル的な変な知識ばかりで、前世が誰だったとかはわからなくて」


『もしかして魔帝陛下もご存知なの?』

「一発で見抜いてきたわよ」

『さすがは魔帝陛下』


「でも、ホントに前世の記憶なのか、神様的な存在に誰かの記憶の一部を植え付けられただけかもしれないので、おおっぴらには言わないでほしいの」

『うん、わかったよ』


 私たち兄妹はすぐ側にいた。なんてこと。感動だよ。

 なので、ひとまずはこれで良しとしよう。私はお兄ちゃん大好きっ子なのだ。


 私は魔導具保管室から出た。



「……疲れた」



 防衛戦総大将としての気疲れか、それとも英雄視されるありがた迷惑かはわからないが、少し気を抜くとズッシリと疲労感が覆ってくるのを感じた。


 明日か明後日か明明後日になるかまったく不明だが、援軍に駆けつけてくれるクリエムヒルトの実家のお父上に歓待と礼を述べて……と。


 ぼんやり考えつつ、私は侍女たちに湯浴みの用意をさせて目を閉じた。




【お願い】

 作者のモチベは星の数で決まります。

 可能でしたら是非、星を置いて行ってくださればと。

 どうぞよろしくお願いします。

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