第44話 簒奪王ルシフの親征

 ダンジョンの外が騒がしい。どうやら大きな変化が起きたらしい。

 否、否。

 私と魔帝陛下によって、がそういう展開になるよう持って行っていた。


 僭王ルシフ。または簒奪王ルシフ。ベリアル王家傍系の男。その首魁となる者。


 彼はベリアル魔王国の先魔王を謀反により暗殺、その家族も処刑台に送る。

 たった一人残されたミーナちゃんを血筋略奪のためだけに牢獄離宮に閉じ込める。


 現在、彼はベリアル魔王国の魔王として君臨してはいるのだが。


 私が扮するミーナちゃんの『正当なる王位継承者』宣言と僭王への逆宣戦布告により、一応は国のトップを冠するルシフは魔王としての立場を揺るがしていた。


 そんな彼は。


 とうとう、信頼する側近たちを連れて、私のダンジョン前にやって来ていた。



「僭王が自ら、カミラのダンジョンの攻略に乗り出すかなー?」

『おそらくは、彼としてはそうせざるを得ないでしょうね』


「ルシフのレベルはいくつだろう?」

『大して高くないわ。見たところ精々が3500から4000くらいね』

「ナッパくらいかにゃ」

『ん……? ナッパとは一体なにかしら……?』

「うふふ、前世のネタなのでわからなくても平気なの。ごめんにゃ」


『一方、カミラはというと』

「アレから百人ほどエナジードレインしたので、100×40で4000。元々の大体1000レベルも加えて約5000レベルにゃー」


『もはや亜神級よね。この世界の亜神は5000レベルくらいからなのよ』

「陛下は元の姿に戻ったら53万レベルなのよね」


『まあ……朕はね、夢魔として他者の夢を食べれば食べるほど強くなれるから』

「最終形態&フルパワーだと一億五千万レベルくらいにゃー?」

『……もう少し行くかも?』

「すっごいにゃー!」

『うふふ』



 私たちはダンジョンコアを通してルシフ一行の監視をしつつ、雑談に興じる。


 実際、彼が動くのは遅きに逸した。

 こっちとしては、もう既にダンジョンを完成させているのだった。


 最終階層の推奨レベルは4800。もはやルシフ一行の力量では困難なレベル。


 迷宮都市もきちんと完成たらしめている。

 王都民居住区、生産区、貴族階級居住区、軍事施設、緊急避難区、最下階に王城。


 そうそう、娯楽施設なども作っておいた。

 遊園地とか、競馬場とか、巨大温泉とか、コロシアム的なサムシングとか。


 あとは様々なレクリエーション用に……。

 狩猟用森林地帯とか、キャンプ向け丘陵地帯とか、海水浴可能な疑似海岸とか。


 ……さてさて。


 彼が本気で私たちを叩きのめすつもりがあったならと仮定しよう。


 それならばなおのこと――

 初手でルシフ自らが前面に出なければならなかった。

 即時、速攻でダンジョンを攻めるべきだった。


 そうすれば。


 ダンジョン整備が整わないままの、しかもエナジードレインも不十分で弱っちい私たちを相手して余裕で勝てたのに。もっとも、その前にゲートで逃亡するけれど。

 

 全力を傾けねばならない場面で慢心すると、悲惨な未来に陥る良い例となろう。

 高い勉強代となったね。お代は一生分の後悔で支払ってもらおうかな?


 もちろん、まだ私としても勝利宣言などするつもりはない。


 彼は今、私のダンジョン入り口で何やら演説をいる。

 面倒くさいので彼の演説は、一切割愛する。

 要は王自ら出る理由と、戦意鼓舞、あとは自らの大義の正当性を語るわけで。


 勝てば演説のすべてが国民に受け入れられるだろう。勝てば、の話だけど。

 でも負けたらゴミ。負けられない戦い。敗北は破滅と同意義なのよね。


 もちろんそういう風になるよう、コントロールしたのは私たちなのだけれども。


 人間でもそう。計画的必然であれ偶然であれ望みの立場を得たら、しばらくその座椅子の座り心地に動かなくなるのは『あるある話』の一つとなろうもの。


 たとえそこに危機的な状況が発生したとしても、本来なら自らが即動かねばならないのに、まずは部下だけ動かして対処に当たらせようとするのもテンプレート。


 そうして、限られた時間が過ぎてしまい、手遅れとなるわけで……。



『おや。長ったらしい喋りが終わって、ようやく侵入ですか』

「勢いよく走ってダンジョンに突入して欲しいー」

『指向性の爆発罠が作動しちゃうわね』

「ああー、慎重に斥候を先頭にして行ってるぅ」

『いやまあ、それが普通だと思うわよ?』



 野次を飛ばしながら見るテレビの野球観戦みたいになっている私たち。


 ダンジョンで作った種皮の硬い爆裂種のトウモロコシから加工した、山盛りバターポップコーンとブドウジュースをテーブルにセッティングしているのは御愛嬌。


 やっぱり本気でダンジョン攻略を観戦するなら、ポップコーンは必須だよね。

 新種の御菓子、ということで魔帝陛下もこれの作り方に大変ご興味があるようで。


 そういえばこの世界の御菓子類って、前世世界に比べると貧弱なのよね。

 そもそもパンが基本的に無酵母パンだったりする。となればお察しというもの。


 蜂蜜、果実、砂糖以外の甘味の作り方を教えたら陛下の食いつきが凄かった。

 具体的には麦芽水飴の作り方だね。ミネラルが入っている分、砂糖より健康的。


 異世界転生系ラノベでよくある食のチート話は、アレは有効な手段となり得ると理解できた。ただし権力者とうまく結びつかないと、知識だけ奪われる危険性もある。


 当たり前のことで、美味しいものを食べるのは幸せの一つだものね。

 私としては、料理や製菓のレシピを知っているだけ教えても自分の腹は痛まない。


 むしろ知識を与えて研究させ、他人に料理やお菓子を作らせたい。


 考案者は私ことカミラ・ノスフェラトゥ公爵令嬢。

 それを深く研究し、確立し、作り上げたのは料理人や菓子職人。


 このスタイルで良い。で、完成品をぱくぱく食べる私。


 今度は蒸しプリンでも作ってみようかな。


 ……話が脱線し、無辺世界へ飛んじゃって申し訳ない。


 さて、話題の――話題からズレながらもそれでなお渦中の人、裏切者にして僭王ルシフは信頼のおける側近たちとダンジョン攻略に乗り出していた。


 低層階ではレベルによるゴリ押しで、早くも地下五階層に達している。

 時間にして約半日くらいだろう。そうして半月近くかけて、やっとたどり着いた『心の折れたダンジョン討伐隊』のもとまでやってきていた。


 その辺りのイベント(?)をダンジョンコアでライブ中継してみよう。



『……だいぶ、苦戦しているようだな』

『――ッ!? へ、陛下!?』

『良い。楽にしていろ。この任務、そなたらには少し荷が勝っていたらしい。実情は余がこの目で見た。そなたらは本当によくやった。気に病む必要はない』

『し、しかし……』


『面目は十分に立っている。この悪質なダンジョンに、そなたらは自分の限界を超えてなお、まだやり遂げようとしていた。勇敢なる者たち。余は誇らしいぞ。各隊長から詳しい内情を聞かねばならぬのでもう少しここに留まってもらわねばならぬが、その後は帰還魔道具にて帰還するが良い。そして、ゆっくりと身体を労わるのだ』


『あ、ありがとうございますっ。陛下……っ』


『うむ。あの性悪な、主筋最後のイタズラ娘には強めのお仕置きをしてやらねばならぬ。将来は我が妃になってもらわねばならぬしな。このようなお転婆では先が思いやられるというもの。捕らえて、尻を打ち叩き、泣いて余に許しを請わせねば』


『陛下であれば、すぐにでもすべてが上手く収まるでしょう』

『うむ。そうであるな。では、各隊長。余に報告を』



 ……以上、ライブ中継でした。


 なかなか理知的で寛大な王を演じているように見える。

 が、主筋の真の魔王にして女王のミーナちゃんが、なぜ裏切者に許しを請わねばならないのか。これが理解できない。もしかしてまだ勝てるとでも思っているのか。


 ならば、その誤った考えを、身体に叩き込んで後悔させてやらねばと思う。


 俄然やる気の出てきた私は、地下六階から先の警備モンスターの数を倍増させた。



「にゃっふふ。来い、裏切者の自称魔王ルシフよーっ!」

『ふふふっ、これはテンションが上がって来たわね……っ』



 ポップコーンを頬張りつつ、私と陛下は映し出された映像に鼻息荒く頷いていた。




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 可能でしたら是非、星を置いて行ってくださればと。

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