第2話 チチのチチを吸う

 中の人わたしは混乱に次ぐ混乱ではあれど、表面上はつつがなく一ヶ月が過ぎていた。


 赤子の私は未だ寝っぱなしだった。が、前世の晩年も似た感じだったので特に苦痛にはならない。……あれっ、なぜか目から汗が。やっぱり健康が一番だよ。


 それはともかく、美人だけど少々顔色の悪いメイドたちに世話をされて悠々自適であった。なるほど、彼女らは全員吸血鬼であるらしい。時折、鋭い犬歯が覗くし。


 とはいえ彼女らから向けられる感情は本当に好意しかなく、甲斐甲斐しく世話をしてくれて、しかもこっそり赤子の私に鼻を寄せて、すうぅぅぅぅぅぅぅっと息を吸い込んで、すごく良いにおーいとかされている。それも、メイドたち全員に。


 ……食料的な意味合いでの良い匂いではないと思いたい。だって、ほら、先ほども言ったように彼女らメイドたちって全員吸血鬼だし。血を吸われたらコトだし。



「カミラお嬢様、お乳のお時間ですよ~」



 食事の時間らしい。今回はどちらだろうか。



「おお、可愛いワシのカミラ。父の乳を存分に吸うが良いぞ」



 えーと、ここで時間をストップ。タイム、タイムであります。

 バレーボールの監督的に言えば腕でTの文字を作る感じ。ターイム。


 言いたいことはわかります。なので、ひとまずはツッコミを堪えてどうぞ。


 ちなみにパパ氏やメイドたちに呼ばれた通り、現在の私の名はカミラ・ノスフェラトゥとなります。ミドルネームはまだなく、成長過程で後付けされるのだそう。


 ここは魔国。名を、スレイミーザ帝国。私の感覚で言えば、異世界の国。

 至高なる魔帝、スレイミーザ3世陛下の御世にて安堵されし大帝国。

 魔族の、魔族による、魔族のための帝国。人類もたまにいるけど大多数は魔族。

 他国との小さな軋轢はあれど、基本的に穏無事のをなすな国。

 大陸向こうには魔王国などもあるが、そちらは常日頃戦場戦乱大混乱らしい。


 ノスフェラトゥ家は帝国三大公爵家筆頭であり、公爵家当主のパパ氏はヴラド・ツェペシュ・ノスフェラトゥ。見た目は40代に入ったくらいのナイスミドル。


 銀灰色のオールバックヘア。深紅の瞳。目鼻立ちの整った美形中年吸血鬼。そして見え隠れする鋭い犬歯。衣服は上下黒を基調に、ベストは赤黒い静脈色、無駄に装飾の効いた白のカッターシャツ。ここまでアレ的に紋切型だと逆に新鮮味を受ける。


 そのパパ氏が、シャツを脱ぎ胸をはだけた。タイムはまだ継続中でございまする。


 赤子の私、パパ氏に抱かれて、彼の乳首を口に含む。


 うん、うん。言いたいことはわかる。

 わかりますので……今しばらく、どうか堪えてくださいなんでもしまかぜ。


 吸血鬼同士の男女生殖は――アンデッドなのに生殖というのもちゃんちゃらおかしなものだけれども、それだけに珍しく、しかも出産確率がとても低いらしかった。


 では通常はどうやって繁殖するかというと、信仰する闇の神の祭壇前で夫婦と定めた者たちの血と血を闇なる神器に注ぎ、互いの魔力をこれまた注いで神に祈りを捧げ、それからおもむろに自分たちで子を血と魔力にて『造り上げる』のだった。


 他の繁殖はというと、血を吸った相手を眷属化する方法で増やすこともできる。むしろこれが一般的な吸血鬼の増え方だと認知されていると思う。しかしこれはいわゆる下僕の作り方なので、血はある意味で繋がってはいれど、家族ではない。



「カミラよ。ワシの可愛い娘。たっぷり飲むんだよ。たっぷり、ワシの魔力を吸うのだ。ふっふっふっ、授乳とはこれほどまで喜びがあるか。堪らんな。ワシ感動」



 さて、長々とツッコミをお待ちいただいたわけですが。

 まずは結論から。あ、はい。腕でTの字を作るタイムは終了ですね。



 吸血鬼には、乳を与える乳母は必要なし。

 確かに、一連の行為を総じて授乳と称してはいる。

 称してはいるが――

 厳密には授乳のていを装っているだけ。


 私がパパ氏から与えられているのは、魔力。

 吸血鬼の赤子は血食も大事ではあれど、それに増して父母の魔力を必要とする。

 乳首はちょうど魔力炉でもある心臓に近いため、便宜上使用しているだけ。


 ※蛇足。子に乳首を吸われるのは父母とも大変気持ちの良いものらしい。


 乳飲み子とは、血飲み子でもあるとはよく言ったもの。

 乳腺を通して血を乳に変換しているだけだしね。


 繰り返すが、吸血鬼の場合は血も大事だけど父母からの魔力も大事なわけで。


 この『授乳』は半年間、一日に三度行なわれ、現在一ヶ月を消化しつつあった。


 性別に授乳は関係ない。必要なのは親が与える魔の力。

 この授乳こそ、吸血鬼夫婦の必須共同作業であり、子育ての根幹となる。


 くどいがきちんと父母から魔力を与えられてこそ、強い子に成長するのだった。

 人間の赤ちゃんもそう。たくさん食べて寝て大きくなる。


 世の中上手くできているなあと思う。


 はい、そこ。いい年をした大人が、美形ナイスミドル男の乳首を吸っているおぞましき様相を想起してはいけません。それ以上は禁忌の森。踏み込んではいけない。


 変な想像をすると乳が――魔力が逆流しそうになる。前世の性別を覚えていなくても、いい大人がイイ男の乳首を吸うシュールさはヤバいとわかろうもの。


 なので、邪心を捨ててありのままを見てほしい。

 今の私は赤ちゃんで、しかも女の子。

 てらいもなく、ストレートに見るなら十分耐えられるはず。


 むしろ微笑ましくない?


 どうせまだたっぷり五ヶ月は羞恥プレイ続行なのだ。

 わざわざお金を出してプレイを楽しむ紳士淑女も無きにしも非ず。


 思えばこの一ヶ月でさえ長かった……。


 ママ氏のおっぱいは小振りで大変自分的趣味にストライクで良かった。が、パパ氏の胸板にちっぽりついている乳首を吸うのは……ふふ……下品ですが……変な世界の扉を開けそうで。こういう世界もあるものだなと異世界情緒を感じるに留めたい。


 だって女の子だもん(←イミフ)。



「うむ、もういいのかな? 満腹であるかな?」

「だー(おなか一杯なの)」

「そうかそうか。善きかな善きかな」

「うー(眠いの)」

「うむうむ。よく食べてよく寝る。わが愛しい娘、カミラ。健やかなれよ」



 さてこれからどうなるかというと。

 まあ、赤子の仕事として、これから就寝に入るってコトですが。


 まだこの世界について何にもわからないし、そもそも、乳幼児状態でほぼ身動きできないこの現状、アレコレ焦ったところでどうにもならない。


 とりあえず睡眠を取る。ふああ……眠い。




【お願い】

 作者のモチベは星の数で決まります。

 可能でしたら是非、星を置いて行ってくださればと。

 どうぞよろしくお願いします。

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