第2話




「奥様、暗号文の謎が解けました!」


「さすが、名探偵ヒカコさんだわ。暗号文にはなんて書いてございましたの?」


 名探偵ヒカコは背筋を伸ばし、眼鏡を指でくいっとあげながら、声高々に答えた。


「これは、た抜き言葉。アボカドの種を盗んだ! ですわ!」


 そして、自慢げに立ち上がり、いかにも名探偵ぽくソファの周りを歩きながら嬉しそうに言った。


「アボカドの種を盗んだって、そりゃ気付きませんよねぇ。本来ならば捨てる部分ですもの。本当、しょぼい怪盗さんだこと。ねぇ、奥様」


 そう言った後で、金有夫人の顔をみて、「奥様? どうかされたんですか?」と声をかけた。金有夫人の顔色は青ざめていて、そのか細い体は小刻みに震えている。


「あ、アボカ……ドの……た、……」


 そう呟きながら、隣に立っている執事のタカハシを手招きで呼び寄せ、その耳元で消え入りそうな声でささやいた。


「いますぐ、確認を……」


「はい、奥様」とタカハシは小さく答え、名探偵ヒカコを手招きで呼び寄せた。


「ヒカコ様。お手数をおかけいたしますが、わたくしめについてきてくださいませ」


「え?」


 おどろく名探偵ヒカコに何度も無言でうなずきながら、執事のタカハシは廊下へと続く扉を開けた。もちろん左手は胸の前である。


 廊下を執事のタカハシに続き歩く名探偵ヒカコ。と、くるっと振り向き、執事のタカハシは、ヒカコにそっと耳打ちをした。


「大変失礼を承知で申し上げますが、ヒカコ様。室内では、帽子はおとりになった方がよろしいかと」


 一瞬で顔を真っ赤にして、ヒカコは、「失礼しました」と小さく呟き、黒いキャスケット帽子をとった。スルスルっと帽子の中から落ちるおさげの三つ編みが背中に流れた。その流れた毛先がヒカコの背中に嫌な感触を残す。


――恥ずかしいっ!いっつもお母さんに注意されてるのにぃ!


「では、参りましょうか。どうぞ、こちらです」


 タカハシの声が耳のそばまできて離れていく気がしたが、気を取り直し、ヒカコは、名探偵ヒカコになるべく、朱色しゅいろをした袴の布をきゅっと握りしめ、前をむき歩き始めた。歩くたびに、背中の三つ編みが二本、馬の尻尾のように揺れている。その勢いは、ヒカコの心情を表しているようだった。


――またもや、挽回ばんかいしなくちゃいけないことが増えちゃったけど、絶対謎を解いて、名探偵までの道を歩まねば!


 執事のタカハシに連れられて、何度もお屋敷の角を曲がり階段をアップダウンして、ついた場所は、どうやら地下室のようだった。


「ここは?」


「こちらは、わが財閥の秘宝が保管されている部屋でございます」


 そう言ってタカハシは、その部屋の鍵を指紋認証で開いた。そして、そんな感じの生体認証をいくつかしながらたどり着いたのは、大きな金庫の中だった。


「本来ならば、こちらにアボカドの種がございます」


「え? ちょっと待ってください。たかだかアボカドの種を、こんな部屋で管理ですか?!」


「ヒカコ様。実はアボカドの種とは、アボカドによく似たエメラルドの原石なのでございます。時価総額25億円はくだらないかと」


「にっ! にじゅう、ごおくえん!?」


「はい。アボカドの種、別名、不死鳥フェニックスふん


「アボカドの種の方が、きっといい呼び方な気がします……」


「さようで。ですが、やはり、今見たところ、アボカドの種はどこにも見当たりません」


 タカハシが手をさっと動かして場所を示した先には、本来アボカドの種があったと思わしきガラスケースが割られていた。


――なんてこと! 本当に怪盗猫男爵は盗みを働いてるじゃないっ! これはなにがなんでも、アボカドの種を取り返さなくっちゃ!


「タカハシさん、ここ、もっと調べてみていいですか?」


 名探偵になりたいヒカコは鼻息を荒くして言った。執事のタカハシは、「もちろんそのためにきましたので」といい、二人は真っ赤な絨毯じゅうたんの上や割られたガラスケースの中をシラミつぶしに調べた。


――ん? これは……?


「タカハシさん、ちょっと、これみてください! これって、あのカードに描かれていた肉球に似ていませんか?」


 名探偵になりたいヒカコが割られたガラスケースの中から、透明なシートを発見した。それも、二枚も。どうやら透明なガラスの破片に混じっていたようだ。


「本当でございますね。ヒカコ様」


「タカハシさん、さっきのカードって」


「もちろん、こちらに」


 執事のタカハシは、先ほどと同じように胸にスッと手を入れて、怪盗猫男爵から届いたカードを取り出した。真っ赤な絨毯に、そのカードを置いて、透明のシートを二枚並んでおくヒカコ。その前に座り込み、考え始めた。


――ううむ。どうも、気になる。これは、きっと猫男爵からの挑戦状な気がする。って、ことは、きっと何かヒントがあるはず。……ん?


 真っ赤な絨毯に、猫の肉球のマークがほんのり見える透明シートを乗せると、さっきよりも肉球が目立って見えている。


――えっと、例えば、重ねてみるとか?


 ヒカコの脳内にまたもや、突然雷に打たれたようにひらめきの閃光せんこうが走った。


「わかったわ! これ、肉球のてのひらの部分を重ねてみると! ほら! そして、これを、カードに乗せて、って、ああ、ただのカードだった! はっ!タカハシさん、お水、もってらっしゃいますか?」


 名探偵らしくなってきたヒカコにそう言われ、タカハシは胸ポケットから薄っぺらい水筒を取り出して、ヒカコ手渡した。


「どうぞこちらを。お水でございます」


「さすがです!」


 そう言って急いでヒカコは、カードにそっと水を垂らしてみた。


「ほらっ! 思ってた通りですよ! みてくださいこれ!」


 そこには、水に濡れたカードに変な線がいくつもいくつも無造作むぞうさに模様として入っていた。


「それに、このさっきの透明シートを二枚重ねたものを置くと……」


「「でたっ!!!」」


 怪盗猫男爵から送られてきたカードに重ねた透明なシート、そのシートに描かれている猫の手のひらの場所には、変な模様が浮かび上がっていた。猫の肉球の大きいところの周りにぐるっと半分切れたような模様が写っている。


「私、これわかるかもです! 」


――これは昔、お父様が教えてくれた暗号文! 絶対そうだわ! だって、この丸みこれは3だわ、2はこっち、で、この三角、絶対ここは、4よね、そうやって考えると、これは、そう、数字じゃなくて、……英語だわ!Eと、Nよ!


 名探偵ヒカコになったヒカコは暗号文を解読し、紙に写しとった。


「できた! 241733NE1235143 、って書いてあります!」


「それで、これは一体どういう意味でございますか?ヒカコ様?」


「え?」


――しまったぁ! そこまでまだ考えていなかった!




 

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