第9話 ふたりきりの夜

空港内で、美玲さんを強く抱き締めた後。

美玲さんは、俺に言った。


『河上くん?……苦しいよ。』


まるで、俺の気持ちを知っていても知らない振りをする美玲さんは……


俺の腕を、優しく振りほどいた。



美玲さんの態度は変わらない。


『さぁ、家に帰ろう?!』


『………………。』


迎えに来ている、黒塗りのベンツに乗り込むと、


今後の予定を、美玲さんの

マネージャーは……淡々と話し始めた。



俺のモデルデビューは、

ファッションショーだった。


しかも、ブライダルモデルだ。

俺はぼーぜんとして聞き流していた。



横につく女性モデルさんに

失礼の無いように。



と警告を受けた。

そうだよな?何もかもが……

初めての俺じゃあ……



美玲さんに相応しくないだろうな。


美玲さんが隣で、鼻歌交じりに

ご機嫌だった。

美玲さんが……ご機嫌なのは


新しく始まる生活に希望を

持っていたからだ。



マネージャーと美玲さんは……

仲良く話していた。



車で、走ること1時間ほどだろうか?外観がレトロな

お洒落なアパートに着いた。



美玲さんの手に、マネージャーが

手を添えて、大切に扱う。


『じゃあ、美玲。また明日な。』


『はい!ありがとうございます』


『河上くん?美玲の事を

頼んだよ!?大丈夫?顔色が

悪い様だけど?』


『…………あっ。はい。』



俺は、今になって……気づく。



今日から、


ここで美玲さんと…………



少し前の俺ならば。

両手を挙げて……喜んでいただろう。



美玲さんの、手となり

足となり……で、ブライダルモデルもやらなくちゃ成らない。




俺と美玲さんは……部屋に

ふたりきりになった。




美玲さんを見てると、

はしゃいでいる。


こんなに近くに、居るんだ。




美玲さんが……話しかけてくる。



『何か……お腹空いちゃったね

河上くんは?』



『…………俺は、、、』

俺は気を取り直して、美玲さんに

何が食べたいかを、聞いた。



『ピザ!!食べたいな!』

美玲さんがウキウキしながら

これからの生活を


楽しんでいた様子だったけど、

正直言うと、俺は



美玲さんに、無理矢理

襲わないか?



気持ちが……抑えられるか?

そっちの方のが心配だった。



このアパートで






急に胸が締め付けられて……


ドクン。ドクン。

と、胸に熱いものが込み上げて

きたのだった。





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