第5話 もう1つのスキル

走った。

町を逃げ出した俺はどこに行く当てもなくただひたすらに走った。

とにかく少しでも遠くへ。

俺の存在を知らないところへ。

その思いだけで走り続けた。


だが、気持ちだけでない体力が補えるはずもなく早々に力尽きた。

これ以上は走れない。

ディグルは近くにあった樹に体を預ける。

すでに限界を超えていた足はその体を支えることなく地面に放り出される。

深いため息とともに空を見上げる。

空はどこまでも青く澄んでいた。


呼吸を整えてからディグルは数時間前の出来事を思い返す。

不運にも犯罪スキルを手に入れてしまったこと。

動揺のあまりにその場からも、街からも逃げ出してしまったこと。

混乱と動揺ですっかり忘れていたことであったが、ディグルはあったことを思い出した。

おもむろにステータスプレートを取り出す。


確かにそこには詐術とは別の祝福が記載されていた。





ディグルは改めてこのスキルを確認する。

だが詳しいことは分からない。

ただ、他の人にはこのスキルは見えないこと、名前からして運勢をいじることができるだろう、くらいのことは分かる。

仮にこのスキルが見えたのならばもっと違ったざわつきがあったはずだ。

今までスキルを1つ以上授かったものはほとんどいない。

だがあのざわつきはそういった類のものではなかった。

あれは犯罪者に対するざわめきだった。


「運勢操作ね。はっ、こんなんがあったなら俺の人生はもっとましだったつーの。今更なんだよ。こんなスキル。」


運勢操作、名前だけ聞けばすごそうなスキルだがディグルはこのスキルに対して懐疑的だ。

何しろ今までの人生がある。

スキルとは今までの人生、つまりは生活や経験などを加味して与えられるものと考えられている。

その常識に照らし合わせればこんなスキルなどディグルにとっては皮肉でしかない。

それに仮に運勢を操作できるとしてもまったくの代償なしというわけにはいかないだろう。

故に試しに使うにしてはリスクが高く、予測不能。

説明は一切なし。

ならば答えなどただ一つ。


「ぜってぇ使わねぇ。」


ディグルはそれだけを心に決めるとどこへ行くとも決めずに再び立ち上がり歩き出した。

今度は走らずに一歩一歩確かめるように進んでいく。

教会を出た時に決めたんだ。

これからは自分の足で、一人で立って歩いていくと。

こんな状況でなんの準備もなく、町を飛び出してきてしまったことは想定外だがやることは変わらない。


一人で生きていく。


ただそれだけだ。









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