もう一回

「光君が、探偵やってて、なっこさんをずっと探してもらっていたんです。」


「私を、何故?」


「あの日、兄が何故ここに来たか知りたいんじゃないかと思いまして…。」


「関西弁じゃないんですね?」


「ああ、僕はずっとこっちです。引っ越しの日に、兄は父に連れていかれ、僕は、ここに残りました。」


「そうですか」


同じ声をしているのに、別の人間である川北さんを見ていると涙が止まらなかった。


「なっこって名前しかわからんかったから、探すん苦労しました。」


冬木さんは、頭を掻いていた。


彼が、ひかるの従兄弟なのは見ているだけでわかる。


纏う雰囲気が、全く同じなのだ。


それは、あの日の光を見ているようで…。


「手紙を兄が、書いていたんです。なっこへと書かれた手紙がボストンバッグから5通出てきたんです。」


川北さんは、斜めがけにしたバックからその手紙を取り出した。


「これが、最後の手紙です。これだけ、日付が書かれていました。失礼ながら、中身を読ませていただきました。」


そう言って、血のついた封筒の束を渡される。


「読めません」


「なっこ」


そう言った私の手を静樹が、握りしめた。


「静樹さんのお知り合いだったんですね」


川北くんは、静樹に向かって微笑んだ。


「そうなのよ。春樹君」


静樹の顔が、少し強ばった。


「お二人が、読んだなら…。それでいいじゃないですか」


バサバサと、封筒が落ちた。


「なっこさん」『なっこ』


ハッ、封筒を拾った冬木さんの姿が一瞬、光に重なった。


胸が、ズキンと痛む。


「冬木さんが、読んでくれませんか?」


涙がボロボロと流れてきた。


「かまいませんよ」


「それなら、これがいるね」


斜めがけのバックから、川北君はレジャーシートを取り出してひいた。


「私は、少しはずすわ」


静樹の声に、「僕もそうします」

と川北さんもいなくなった。


「ほんなら、読みますよ」


「はい」


そう言って、真っ赤に染まった封筒から手紙を取り出した。


【なっこへ】


その関西訛りの独特なイントネーションが、彼の存在をハッキリと感じさせる。


「もう一回名前を呼んで」


「ええですよ。」


【なっこへ】


「もう一回」


「はい」


【なっこへ】


「もう一回」


【なっこへ】


もう一回と出そうになった口を押さえる。


「何回でも呼びましょか?まだ、先にだって名前はあるんやで。わざわざ、口を押さえんでも。20年分、代わりに呼んだるよ」


その笑顔が、彼に重なっていく。


「ぁぁあああ。死んだんですね。もう、NEWSが言ったんですか?それとも、彼の死体とご対面してきたのですか?ぁーぁぁぁああ」


私の言葉に、冬木さんは背中を擦ってくれる。


「まだ、なんもわかってへんから。心配せんで、大丈夫やから」


そう言って、背中を撫で続ける。


数10分後、私は、ようやく落ち着いた


そんな私に冬木さんは笑いかける。


「落ち着きましたか?」


「はい、ごめんなさい」


「かまへん、かまへん」


「あの、読んでくれますか?」


「ほんなら、読みますね。」


そう言って、冬木さんは、手紙をゆっくり開いた。




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