現れた人

「なっこ」


静樹と鏡越しに目があった。


私は、驚いた顔をした。


「大丈夫?」


胸を押さえて、その場に崩れ落ちた私を静樹が抱き締めた。


「何か、思い出したのね」


涙が止まらない私を静樹が、抱き締め続ける。


「静樹、ごめんね」


私は、その指を鎖骨に持っていった。


静樹は、全て見ていたようだった。


その手を優しく動かした。


「ハァー」


「キスする?」


私は、首を横にふった。


唇に指をいれようとしてくれる静樹の手を止めた。


「さよならをしに行く」


「ケーキ食べてからにしましょ」


「うん」


私は、もう自分の欲望に嘘をつけなかった。


静樹の体温に、下着だけでくっついた、あの後から身体中がもっと体温を欲しがっていた。


静樹も、きっと同じだと思った。


ケーキを食べる。


「クリームつけてるわよ」


静樹は、私の唇の端のクリームを指でとった。


「ありがとう」


「いいえ」


躊躇いもせずに、舐めた。


「静樹、どうして?」


「もう、男とか女とか関係なくなっちゃった。なっこは、特別。初めて、こんな感情。これは、なんなのかしらね?」


「私も同じだよ」


「だったら、もう遠慮しなくていいわよね?」


静樹は、そう笑った。


41歳、独身。


誰に何を遠慮していたのだろうか?


「ちゃんと、さよならして」


「わかった」


静樹は、私を見つめて笑った。


静樹は、私をゆっくり後ろから抱き締めた。


片方の手の、親指で唇にれる。


「なっこが、欲しい。私は、なっこなら一緒になりたい。そう思ったの。さっき…。わかるでしょ?なっこも感じたはずよ」


私は、その言葉に強く頷いていた。



静樹は、私から離れるとスマホでタクシーを呼んでいた。


「なっこ、もう終わらせましょう。私もなっこも、随分と苦しんだのよ」


静樹は、そう言うと、ケーキと珈琲のお皿を下げに行った。


戻ってきた静樹は、右手を渡しに差し出した。


「なに?」


「帰ったら、はずしてくれる?」


「わかった」


「タクシー、来るからおりましょう」


そう言われて、花束を持って静樹と下に降りる。


時刻は、23時半を回った所だった。


0時をまたぐ前に、この場所に来たかった。


keepoutと書かれたテープが、桜の木から巻かれている?


献花された無数の花や、お菓子などが、桜の木の下に敷き詰められていた。


「なっこ」


「うん」


去年は、私しか供えていなかったのに…。


NEWSというものの力は凄い事を改めて感じた。


「なっこー」


花を供えて、手を合わせた瞬間。


聞こえたその声に振り返った。


ひかる?」


「どうしたの?」


「ううん」


隣に静樹がいるだけで、あたりは夜の闇が広がってるだけだった。


「行こうか、静樹」


「まだ、いいのよ。なっこ」


その声に誰かが走ってきた。


「なっこさんですか?」


「誰?」


「はぁ、はぁ、やっぱ、ここに来たら貴女に会えると思ってん。春樹、早く早く」


何の話しかわからずに、静樹と立ちどまる。


現れた、春樹さんを見て静樹が固まっていた。


「静樹、大丈夫?顔色が悪いよ」


「大丈夫、大丈夫」


静樹は、無理して笑っている。


「なっこさんやって」


その子は、栗色の目をしていた。


「あー。やっと会えた。20年探したんですよ」


「えっ?」


「初めまして、春峰光はるみねひかるの弟の川北春樹かわきたはるきです。」


あの日、TVで顔が映っていなかったけれど彼が弟なのは、その目とその声を聞いたらわかった。


「俺は、冬木光ふゆきひかるです。ひかるの従兄弟です。」


冬木さんは、私に笑いかける。


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