あやかし和菓子処かのこ庵 噓つきは猫の始まりです

高橋由太/角川文庫 キャラクター文芸

鹿の子餅

 あんざきかの

 これが、自分の名前だ。この「かの子」という名前は、祖父のげんが付けてくれた。餅・求肥などをあんで包み、みつにした小豆粒をまぶした和菓子──『鹿の子餅』から取ったものだ。

 祖父は、和菓子職人だった。店を持っていなかったので一般には知られていないけれど、職人の間では一目置かれていた。知る人ぞ知る名人だった。

 まだ子どもだったかの子の目には、魔法使いみたいに映っていた。祖父の作る和菓子を食べると、誰もが笑顔になった。

 どんなに泣いていても、どんなに怒っていても、まるで魔法をかけられたみたいに笑う。愛想笑いではない、心の底からの笑顔になるのだった。

「どうして、こんなにすごい和菓子を作れるの?」

 そう聞いたことがある。かの子も魔法使いになりたかった。世の中に悲しんでいる人はたくさんいる。そのみんなが笑顔になる魔法を使いたかった。

「どうしてもこうしてもないさ。誰だって作れる」

 返事になっていなかった。何の説明にもなっていない。でも、その言葉にかれた。かの子は重ねて尋ねた。

「私にも作れる?」

「もちろんだ」

 祖父はうなずき、かの子はその言葉を信じた。

「じゃあ、私もおじいちゃんみたいな和菓子職人になるね」

 祖父みたいな職人になって、みんなが笑顔になる和菓子を作ること。これが、かの子の夢になった。


    ○


 月日は流れ、かの子は和菓子職人になった。

 みんなが笑顔になる和菓子を作ろうと、必死にがんばった。夢をかなえようと、がんばった。

 だけど、辿たどり着いた場所は袋小路こうじだった。

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