【九】天魔の正体


 どいつもこいつも役立たずばかりだ。


「せっかく王にしてやろうと思ったのに、自ら死を選ぶとはとんだ馬鹿者だ。誰かのために死ぬだと。そんなこと、そんなこと、そんなこと我は認めぬ。信じるのはおのれのみ」


 天魔は動かなくなった翼を睨み、すぐそばでうずくまっているヒカリも睨みつけた。


「なぜだ。なぜ誰かのために死ねるのだ。胸糞悪むなくそわるい。そんなにもおまえは偉いのか」


 くそっ。考えただけで腹が立つ。

 女のために死ぬ。馬鹿馬鹿しい。


 待てよ。これはある意味好機だろうか。望んでいたこととは違うが、よくやったと翼を褒めるべきか。


 よし決めた。

 ここはこの天魔自らヒカリにとどめを刺してやろう。

 ヒカリの纏っていた光が弱まっている今であったら容易たやすいことだ。


 ヒカリのもとへ一瞬で移動すると翼の腹に突き刺さった隕鉄剣を引き抜き、ニヤリと笑みを浮かべた。剣にべとりとついた赤黒い血を舌で嘗め、ヒカリの頭上に剣を振り上げる。


 これで終わりだ。

 振り下ろそうとした瞬間、何かに押されて金属音が鼓膜を震わせた。

 気づくと剣は回転して飛んでいき、地面に突き刺さる。


「誰だ」

「ふん、わらわのこと忘れたわけではないだろう天魔。いや、ヒコと呼ぶべきか」

「日向か。おまえは、おまえは、またしても我の邪魔をするのか」


 天魔は木の仮面を投げ捨て日向の襟首を掴み締め付けた。


「ふん、やはりそうか。ヒコ、おまえもすでに死しているのだな。そうでなければわらわを掴むことなどできぬはず」

「うるさい、うるさい、うるさい。すべておまえのせいだ。おまえがいなければ我は王になって君臨していたのだ。日向おまえは消えて無くなれ」

「そうか。ヒコは苦しかったのだな。わらわはヒコのこと可愛い弟だと思っていたのだがな。おまえは違ったのだな」


 ヒコはギリギリギリと歯を食いしばり日向を投げ飛ばした。


「違うに決まっている。何が可愛い弟だ。ならばなぜ我を見捨てた。双子は忌み嫌わる存在だっていうだけで、我を小舟に乗せて海に流したではないか。見て見ぬふりをしたではないか。なぜおまえじゃなく我だったのだ。どんなに苦しい思いをしたかわかるか。優遇されていた日向にはわからぬだろう」


 そうだ、日向にわかるはずがない。

 ヒコは辛い日々を思い出し、グッと握り拳を作った。


 陽に照らされ暑くても飲む水は塩辛い水しかなく、雨が降ればびしょ濡れでしのぐ場所もない。嵐になれば海に投げ出されぬよう必死に耐え抜き、食べるものもロクになく飢え死にしそうだった。

 それでもなんとかこの国に流れ着くことができたときは安堵した。

 すべて忘れてこの国で生まれ変わろうと努力もした。稲作を教え、鉄を作る技術も教え、民からの信頼を得られるよう努めた。その結果、王になんて話もあったというのに。


「海に流したのは父ではないか。わらわは何も知らなかったのだ。父に真実を伝えられてわらわは悲しみに暮れていたのだぞ。あのことは、父も真意ではなかったのだぞ。だから、追いかけたというのに」

「何が知らなかっただ。何が悲しみに暮れただ。父の真意ではないだと。黙れ。追いかけて来たせいで、またしても我は二番手になってしまったではないか。いや、二番手どころか我のことなど気にする者はひとりもいなくなってしまったではないか。皆、日向様、日向様って。くそっ、くそっ、くそっ。忌々しい日向め」


 いつもいつも日向は邪魔をする。日向がいなければ自分の存在意義を見出みいだせられたというのに。


「それは違うぞ」

「違わない。我は、我は……おまえを慕っている民に殺されたのだぞ。双子は魔を呼ぶとなじられて。どうして我なんだ。日向じゃなく我なんだ。我が何か悪さをしたというのか」


 双子でなければ。日向がいなければ。

 日向が来なければ双子だと知られずに済んだのだ。


 くそっ、くそっ、くそっ。


 なぜ、自分はいつも責められなくてはならない。魔の者だと罵られなくてはいけない。日向は陽で自分は陰だと誰が決めた。陰の者がいると不幸になると誰が決めた。ほざけ。自分は陰の者でもなければ魔の者でもない。ああむしゃくしゃする。

 どいつもこいつも嘘偽りばかり。双子の姉は偉くて弟は取るに足らぬ者なのか。


 あああ、熱い、熱い。心が燃える。

 怒りが沸点を超えて、噴き上がっていく。


 魔の者と呼ぶ声が耳を突き刺す。陰の者だと陰口たたく声がする。

 だから、自分は天魔となった。


 それの何が悪い。望み通りにしてやっただけだ。そうであろう。それなのにまた自分を排除しようとするのか。


 熱い、熱い、熱い。燃える。身体が、心が燃える。

 どす黒い気が体中から噴き上がっていく。心の奥底から憎しみが膨れ上がっていく。力が湧き上がってくる。

 そうだ、この力だ。感じる。感じるぞ。


「おおおおおお」


 雄叫びを上げた瞬間、足元の地面がドドンと沈み込み地割れが四方八方に広がっていった。


「そ、そんな」

「わかったか。だから我はおまえを抹殺するしかないのだ。この地を滅ぼすしかないのだ。すべてを無からはじめるために」


 地面に転がる小石が震え出し、大地が大きく波打ちはじめた。

 天を見上げ、口角を上げる。

 天は味方だ。ほら、見ろ。真っ黒い穴が広がっていく。



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