【三】戦い勃発
「ミサクチ、本当にヒカリは覚醒するのか。もう一年も眠りについているのだぞ」
「日向、おまえには見えないのか。ヒカリの内に秘めた輝きが」
日向はヒカリをじっとみつめた。内に秘めた輝き。そんなものがこの小娘にあるというのか。
日向はハッとして眉間に皺を寄せた。胸元で組んだ手の下で確かにそれはあった。
なぜ気づかなかったのだろう。淡い光が確かに灯っている。目を凝らさなければわからないような光だ。
日向はそっとヒカリの胸に手を触れてみた。その瞬間、眩い光の渦が日向の中へ
こ、これはなんだ。
一定のリズムを刻む心地よい心音とともに歌声のようなものがしてくる。どういうことだ。ヒカリの中に何者かがいるというのか。それともヒカリが歌っているのか。
日向はヒカリの口元を見遣る。口は閉じたままだ。ヒカリが歌っているのなら気づかないはずがない。
日向はヒカリの胸に耳を押し当ててみた。
聴こえる。だが何を歌っているのかはっきりしない。
んっ、歌ではないのか。なんとなく呪文のようにも感じる。不思議だ、耳を傾けていると心が落ち着いてくる。自然と笑顔になってしまう。
懐かしい。そんな気持ちにさえしてくれる。知っている。この感じは知っている。知っているはずなのに、それがどこで感じたことなのかわからない。
優しく包み込むようなぬくもりが広がっていく。その中に力強さと厳しさも感じ取れる。
なんだ、この圧倒的な強さは。
守られているような心地よさはなんだ。
これが本来のヒカリの姿なのか。ヒカリこそ神に近い存在なのか。違う、神とは違う気を纏っている。
そうか、これは仏の力か。
薬師如来の力か。それだけではない。屈託ない子供のような笑顔の輪が揺れている。
おおっ、なんだあの睨みつけるような顔は。なんだ、なんだ。あのとろけてしまいそうな微笑みは。キリッとした賢そうな顔も窺える。
不思議だ。いろんな顔が見えては消え、見えては消えを繰り返している。
日向はこのままヒカリの胸に抱かれて寝てしまいたいとの衝動にかられた。
ふと母の面影を垣間見た。
そうか、このぬくもりは母のぬくもりだ。母の胎内で守られている感じと似ているのかもしれない。もちろん、記憶にあるわけではない。だが身体がそうだと反応している。
ああ、心地いい。なんだか力が湧いてくるようだ。
ヒカリを侮っていた。ここまで秘めた力を持っていようとは思わなかった。この力があるのであれば女王であるのは当然だ。
日向はフッと微笑みフッと息を吐く。
「私は女王。この国を治める者。だが今は……小娘、おまえが女王だ」
認めてやる。
「日向」
誰だ、呼んだのは誰だ。
「日向、起きるのです。一大事です」
日向は背中を叩かれて我に返った。ミサクチの顔がそこにはあった。
「気持ちよかったのに起こすなミサクチ」
「そんな悠長なことを言っている場合ではない。一大事だ。薬師堂が火の海と化していると報せがきた」
薬師堂が火の海ってどういうことだ。
まさか……。
「天魔の仕業か」
「どうであろう。話によるとクシミが天狗や烏天狗を率いて火を放ったらしいぞ」
「な、なに」
「雷の神カグも金属の神カヤもいたらしい」
なんてことだ。これはまずい。
「大変です。大変です」
「どうした、霧の神ノサ」
「十二神獣たちが古の神々に向けて攻撃を開始したようです。千手観音も参戦しているようです」
はじまってしまったか。仏と古の神々の戦いが。
「ミサクチ様、ミサクチ様。アラハバキ様の森が燃えています。このままでは皆お仕舞いです。こうなっては敵も味方もありません。この地が滅んでしまいます」
木の神クノが血相を変えてやってきた。よく見ると右肩あたりが黒く焦がされていた。なんてことを。
続けて風の神シナが勢いよく間に割り込んで来ると「ツバサが天魔に囚われています。ツバサの心が天魔に乗っ取られてしまいました。ツバサであって、ツバサではなくて。ああ、もう。どうしましょう」と告げた。
ヒカリの身体が小刻みに動いた。
もしかしたら、翼という名に反応したのかもしれない。
とんでもない事態になってしまった。この状況を打破することができるのか。打破することができるとしたら。日向は眠り続けるヒカリに目を向けた。
早く覚醒して目覚めろヒカリ。
日向はそう強く願った。
「日向、我はアラハバキのところに向かう。あの者まで怒り狂って参戦してしまったら最悪だ。なんとしても最悪の事態だけは避けたい。ヒカリのことは頼んだぞ」
ミサクチはそう言い残して姿を消した。
ああ、もうじっとなんてしていられない。ダメだ。眠り続けているヒカリを一人置いていくわけにもいかない。どうしたらいい。
天魔、許せぬ。許せぬが。
「おまえは、わらわをそこまでして苦しめたいのか。どうしてだ」
気づくと日向はそう叫んでいた。
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