【四】ヒカリの捜索
『ヒカリ、どこだ。どこにいる』
ヒカリは絶対にどこかにいる。早くみつけなきゃ。
翼は強くそう思いながら、山を一歩一歩踏みしめ進んでいく。
大丈夫だ。大丈夫に違いない。きっと、大丈夫。
小さく息を吐き、チラッと空を見上げた。
一週間も経っている。ヒカリは、もう……。
一瞬、嫌な映像が頭に浮かび掻き消した。
ヒカリとは家族ぐるみの付き合いをしていた。ちょうど一年前に引っ越してしまってあまり会えなくなってしまったが、それでもスカイプを利用してときどき話したりはしていた。
正直ヒカリのことは妹のような存在だと思っていた。今は違うようにも思える。会えなくなって自分の気持ちにはじめて気がついた。胸が苦しい。心の中が整理できていない汚部屋のようにぐちゃぐちゃだ。
翼は足元をみつめ、溜め息を漏らす。
『ヒカリ、どこにいるだよ』
ヒカリの笑顔、怒った顔、寂しそうな顔。いろんな表情が頭に浮かび消えていく。
行方不明になるなんて。
二度と会えないのだろうか。翼は再び溜め息を漏らして地面に埋もれた石をみつめた。
もうヒカリはこの世に存在しないのだろうか。そんな思いに囚われてしまう。捜索隊も懸命に探してくれている。生存確率はかなり低いだろうとも話していたが、『生きている可能性はある』と励ましてくれる隊員もいた。
『頼むから生きていてくれ』
翼はそう願い御弥山を歩き、ヒカリの名前を呼び続けた。
手がかりは吊り橋だ。懸命に探しているというのにいっこうにみつからない。
山道を逸れた先に吊り橋があるはず。ヒカリはその吊り橋から落ちて。
ダメだ。また最悪のシナリオを思い浮かべてしまった。
どこにある。吊り橋はどこだ。
そんな場所は地元の人も知らないらしい。本当にそんな場所が存在するのか。
マキは混乱して見ていないものを見たと思い込んでいるのだろうと医師は話す。心的外傷性ストレス障害だとの診断も下されていた。
病気が作り出した妄想話だったのだろうか。
マキの証言を信じてあげたい。その気持ちはある。あるにはあるが、一週間探し回ってもみつからないとなると幻を見ていたのではないかと疑ってしまう。
手がかりはマキの証言だけだ。間違った記憶だったとしても、探すしかない。
道なき道の先にある吊り橋か。
山道から逸れたところにあるというその場所はいったいどこだ。目印があるわけじゃない。どこも似たような景色だ。
みつけられる確率は……。そんなこと考えたくない。
翼は肩を落として、重くなった足を進める。
ダメだ、ダメだ。こんなんじゃダメだ。
『ガンバレ、ツバサ』
自分自身に活を入れて前を向く。
とにかく突き進め。この先に吊り橋があるかもしれない。
「翼。きっとみつかる。大丈夫だ」
「ひとじい、そうだよな。生きているよな」
ひとじいも捜索隊とともに懸命にヒカリを探してくれている。ひとじいはヒカリのことを孫娘のように思っている。大丈夫そうな顔をしているが、内心では心配でたまらないはずだ。
「久遠さん。やっぱり神域に入り込んでしまったのではないでしょうか」
ひとじいに捜索隊の一人がそう口にした。
神域か。
「そうかもしれないな」
他の隊員からは口々に『神隠し』との言葉が囁かれた。
今時、神隠しだなんて。この御弥山では昔から神隠しの話があった。正直、本当なのかわからない。ありえない話だ。いや、あるのかも。
ああ、もう。なんだかイラついてきた。
「久遠さん、どうします」
「そうだな。あとは神域内しかないか」
「わかりました。今回はきちんと宮司に祝詞をあげてもらっています。きっと悪いことは起こらないでしょう。久遠さん、行きましょう」
神事の時以外立ち入ってはいけない場所。いったいどんなところだろう。
今回は人の命がかかっているということで特別に立ち入りを許可された。考えてみれば立ち入り禁止をしたのは人だ。ここの神様が立ち入り禁止したわけではないだろう。違うのだろうか。
神獣が住まう山なんて話もあるが、実際に見た人はいない。
ヒカリは見てしまったのだろうか。
『しゃべる狸』なんて本当にいるのだろうか。その狸が神獣なのだろうか。そういえば『光る花』なんてこともマキが話していなかっただろうか。そんな花が存在するのかわからない。陽の光に照らされてそう見えただけかもしれない。もちろんマキの話が真実なのか定かではない。マキの話はありえないことばかりだ。
だが、もしも……。
翼は頭を振った。仮の話をしたところで意味がない。
「翼、大丈夫か」
「えっ、ああ、大丈夫だよ」
「そうか。翼の大切なヒカリちゃんを絶対にみつけてやるからな」
大切なヒカリだなんて言われると照れる。事実だけど。
「ひとじいにとってもヒカリは大切だろう」
ひとじいは肩を組んできて「まあそうだな」と頬を緩ませると「ヒカリは絶対に生きている。絶対にみつかる。頑張って探そう」と言葉を続けた。
翼は強く頷き、ひとじいと目を合せた。
「んっ」
ひとじいは、自分の顔を通り越して右手にある茂みの中に視線を送っていた。眉間に皺を寄せて怖い顔をしている。
「ひとじい、どうかした?」
「あっ、ああ。今、何かが光った気がしてな」
光ったってどこ。翼も目を凝らして見たが真っ暗で何も見えなかった。
「あっ」
ひとじいが突然森の中へと入り込み、草木を掻き分け突き進んで行く。いったい何が見えたのだろう。
「ひとじい。どうしたんだよ。ちょっと待って」
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