【十二】新嘗祭
「ほら、おいらのあとに続いて歌え」
ナゴに促されてヒカリもつっかえつっかえ歌い出す。
後ろからも歌声が響き渡ってくる。
チラッと背後に目を向けると長い列がどこまでも続いていた。いつの間にこんな列ができていたんだろう。
人もいるけど猫も混ざっている。狐も狸もちらほら見える。
猫も狐も狸もみんな立って歩いている姿は滑稽だ。この世界では普通の光景なのかもしれないけど、自分には違和感たっぷりだ。
あれ、手を振っている狸がいる。
「ねぇねぇ、ナゴ。あの子は」
「んっ、ああ、あいつか。ヨウだ。おまえとは向こうの世界で会っているだろう」
会っている。もしかして、話しかけてきた狸。きっとそうだ。
あのときの狸なんだ。そうか、そうか。やっぱり、ただの狸じゃなかったんだ。
ヒカリは気づくと微笑みながら手を振り返していた。
ヨウは飛び跳ねて両手をあげて「ヒカリ様」と叫んでいる。あれ、隣の狐に何か言われて黙ってしまった。怒られたのかもしれない。なんだか可愛い。
「ヒカリ、前を向いてしっかり歌え。これは大事な儀式だからな」
「はい」
これが
新嘗祭って自分たちの世界にもあったっけ。あるような、ないような。こんな感じの儀式なんだろうか。よく知らないんだから、考えても無意味か。
この歌も自分たちの世界にあるのだろうか。聴いたことがない。知らないだけかもしれないけど。
『私って無知ね』
そんなことはない。知らない人のほうが多いはず。たぶん。
この世界ってやっぱり過去の世界なのだろうか。
ヒカリはすぐに頭を振り、そんなわけがないと否定した。あとできちんとナゴに聞かなきゃ。
ナゴは稲穂を振り上げて歌い続けている。笑顔が可愛い。
「ナゴ、なんでそんなに楽しそうなの」
「なんでって、今年は豊作だ。それにあとで
「あっ、はい」
なんだ、お酒が飲めるからなのか。猫の姿をしていなければ、どこかその辺にいるオヤジと同じなのかもしれない。
ナゴをじっとみつめて、苦笑いを浮かべる。
猫が酔っぱらったらどんな感じになるのだろう。マタタビをあげたときと同じなのだろうか。想像すると笑える。
ナゴに背中をドンと押されて「歌だ、歌」と促される。
歌いますよ。でも、覚えられない。この歌難し過ぎ。
「民やすかれと
えっと、なんだっけ。あれ、キサラギって。えっと、二月だったっけ。
ちょっと待って、今って二月なの。
いやいや、違う。
必死に歴史の教科書を思い出す。わからない。ダメだ。
なんとなくだけど、新嘗祭って……二月じゃない気がする。どうでもいいか。
「ほら、歌えったら歌え」
「はい」
『はい』とは言ったもののやっぱり気になる。
「ナゴ、なんでキサラギって歌詞にあるの。今って、二月じゃないよね」
「まったく歌えと言っているのに。そんなこと知らなくていい」
「えっ、もしかして知らないの。神獣でしょ」
突然、子狐が足元にやって来てペコリとお辞儀をする。
「二月に行う
「セットで。なるほど、まとめてお祭りをしてるってことか」
「ああ、そうか。そうだったな」
ナゴが感心しながら頷いていた。やっぱり知らなかったのか。本当にナゴって可愛い。
あれ、ちょっと待って。この時代にはカレンダーはないはず。
んっ、カレンダーじゃなくて
いやいや、ここは自分が知っている昔の時代じゃなかった。きっと暦の概念があるのだろう。きっと、そうだ。
「そうそう、ナゴ様。日向様の墓前にヒカリ様をお連れしなくてよろしいのですか」
「んっ、それはだな。うむむ。アシ、細かいことは気にするな。今日は祭を楽しめ」
「それでいいんですかね」
「だから、気にするなって」
「日向様がお怒りになって怨霊になって出てきても知りませんよ」
ナゴは斜め上に目を向けて身体をブルッと震わせると、こっちに顔を向けた。
なに、なに。その顔はなに。
「ちょっと、ナゴ。その顔はやめて。怖いんですけど」
「怖い。そうか。そりゃすまん。じゃなくて、ヒカリ、ちょうど向こうに日向の墓がある。向こうに向かって挨拶をしろ」
挨拶って言われても。
ナゴの指差す先を眺めると確かにこんもりと盛り上がった丘のようなものがある。結構大きい。あれ、古墳かも。
「日向、今度の女王のヒカリだ。前女王として見守ってくれ。頼むぞ」
ナゴがそう叫びこっちに振り返り背中を押してくる。
とにかく何か言わないと。
「ヒカリです。あの、ヒムカ様。
「ふむ、これでよし」
いいの、こんな簡単で。
足元にいる子狐のアシに視線を送る。
「いいのかな、これで」
「どうでしょうね。思うにきちんと墓前で挨拶をしなくちゃいけないような気がしますが」
アシは頭を掻いていた。
「ほら、豊作を祝え。歌え。そして、美酒を飲むのだ」
まったくナゴときたら呑気なんだから。
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