12

 依頼した情報を受け取るまでの間は、桂十郎の護衛の仕事をすることにしていた。元々暇は好まない。かと言って大総統府内に居る時は特に何をするでも無いのだが。

 手洗いに少し席を外してから戻ると、何やら来客があったとのことで桂十郎が執務室を離れていた。客の対応なら応接室だろうかとセレンもそちらへ向かう。

 廊下の向こう、応接室の前辺りで桂十郎の背中を見付けた。その向こうに誰かが居る。女性のようだ。

 その女性に向き合っている桂十郎は、少し身を屈めて、顔を近付け──


「っ……け」

「ん?」

「け、桂十郎さんの浮気者ーっ!!!」


 思わず声をあげ、出した手には数本の苦無。

 女性の扱いに慣れてる風なのは知っていたけど! 彼女は居なくてもの女性は居たんだろうなとも思っていたけど! 何もこんな白昼堂々浮気しなくても!

 声に驚いた様子で振り返った桂十郎は、セレンの手に握られた武器に更に慌てた様子になった。


「ちょ、待、セレン!? 一旦落ち着け!? その手に持ってるモノ仕舞おうか!?」


 別に本気で攻撃しようというわけではない。桂十郎個人の力では避けることすらままならない筈だ。そういうことではない。

 ただ、悲しい。


「誤解だ! よく見ろ!」


 見ろと言われたので、彼の向こうに居る女性を見る。


「……美人だね?」

「違う!!!」


 言いたいことは伝わらなかったらしい。でも他に感想は無い。美女だ。恐らく桂十郎より歳上の。


「何が違うって?」

「あ、いや誤解デス」


 一緒に居た女性が笑顔で怒りのオーラを纏わせたのに気付いたらしい桂十郎が身を縮めた。桂十郎にこんな態度を取らせるとは、彼女は何者なのか。

 じっと女性を見る。見れば見るほど美人だ。大人の魅力、というものだろうか。美しい。

 困ったように眉尻を下げた桂十郎が、はぁ、とひとつため息をついた。


「姉貴だよ。ほら、多少似てるだろ?」

「え、お、お姉さん?」

「そう。さっきもコンタクトがズレたって言うから見てただけだ」


 正直、似てはいないと思う。身なりを整えていれば美人なのは確かに桂十郎も同じだが、何となく「美人」の系統が違うような。

 だがまあ、女性も否定する様子は無いので事実なのだろう。にっこりと笑ってセレンを見ている。


「はじめまして、可愛らしいお嬢さん。けいの彼女?」

「そう。来年結婚するから」

「アンタに聞いてないわよ。っていうか初耳なんだけど? 母さんは知ってるの?」

「そういや言ってねぇな」


 親しげなやり取りは、確かに家族のそれらしい。

 そのまま会話を始めてしまった二人を見て、応接室に入らなくても良いのだろうか、とぼんやり思う。ここはまだ廊下だ。人目が多いわけではないが、いつ誰が通るとも分からない。

 握っていた苦無を仕舞って、恐る恐る二人の近く──桂十郎の斜め後ろまで歩み寄った。

 またぱっとセレンに視線を向けた女性が、先と同じようにキレイに笑う。


「私は齋藤清夏さやか。結婚して姓が変わってはいるけど、けいの姉よ。よろしくね」

「あ、えと、セレン、です。さっきはごめんなさい、早とちりしちゃって」

「いーのいーの。おかげさまで面白いモノが見れたから」


 一変、美人なのに、大口を開けてカラカラと笑う。気持ちの良い人だ、と思った。

 聞けば、「昔から好みが変わらない」と。ゲームだか何だかのキャラクターでも、「強くて可愛い子」が好きだったらしい。


「強……うーん、そこは最近ちょっと自信無いなぁ」

「そうか? 十分強いだろ」

「だって、青ちゃんに弦ちゃんに、香乙さんもゴローも、言っちゃえば『羊』も、勿論聖もだし。同レベルとかあたしより強い人いっぱい居るだもん」

「あー……まあ、大総統府周辺は選りすぐりだからなぁ」


 この一年で特に、周りに強い人が増えた。これまでは出会うことの無かったレベルの人達。聖はともかく、確かに他の面子は大総統府関連だ。特にアーカイブ幹部『天空の語り手』たるひわや、あれだけの強さを誇る香乙が厳選した者達なら尚更だろう。


「可愛いは否定しないのね」

「可愛いからな」

「美醜の感覚は人それぞれだと思うから」

「ちょっと! 彼女の方が考え方しっかりしてんじゃない! ウケる!」

「ウケるな」


 バシバシと桂十郎の背中を叩きながら笑う清夏に、彼は呆れた視線を向ける。なかなかに豪快な人だ。こういう所は確かに姉弟だと思う。

 世界大総統の身内と立ち話というのも字面的に良くない。目の前にある応接室に促すと、二人は素直に入った。


「ところで彼女は若そうだけど、歳はいくつなの?」

「十五歳」


 ソファに座りながら清夏が問う。それに率直に返すと、え、と眉を寄せて彼女が桂十郎を見た。


「ちょっとけい、ウチからロリコン出したくないんだけど」

「ロリコンじゃねぇ。セレンだから良いんだ」

「その彼女の歳がアンタの半分な時点で十分ロリコンなのよ。はー、お肌ピチピチ。羨ましいわね」


 反応が良いようには見えない。これまでセレンの周りでは歳を気にするような人は居なかったが、彼女はもしかすると違うのだろうか。

 確かに、一般的に見て歳の差が大きいのは分かるが、せめて桂十郎の家族には受け入れてもらいたいところだ。


「あの……あたしはまだ子供だけど、働いてもいるし、自立出来るだけのものもちゃんと持ってるつもりだし、それに……」

「ああ、ごめんごめん。アナタが問題だって言ってるわけじゃないのよ。今までまともに彼女の一人も連れて来たことの無いけいが選んだ子なんだし、権力とか地位とかお金とか、そういうのに釣られただけのオンナとは違うってくらいは分かるわ」


 またカラカラと笑って清夏は言う。

 権力、地位、金。確かに桂十郎は誰よりも持っている。そういえば、そういった点を気にしたことは無かった。

 元々フレスティアも特別貴族として王家とも等しい地位と権力を持っているし、貴族だけあって金もある。今は保管場所、出し方と運用の仕方が分かっていないだけだ。


「考えたこと無かったって顔だな」

「うん。言われてみれば、桂十郎さんって世界のトップなんだよね」

「言われなくてもそうなんだよなぁー」


 言われなければ思い出さないくらいにはそれが自然なことになってしまっている。

 半永続的な特別貴族という地位を持つフレスティアとは違って、代替わりをすれば桂十郎は金持ちなだけの一般人に戻ることになる。セレンにとっては、今更地位だの権力だのと気にする意味が無い。

 ふーん、と清夏がどこか楽しげに笑った。


「惜しいわねー。どっちかがあと十年ズレて生まれてたら気にするような歳じゃ無かったでしょうに」

「今のままでも気にしないけどな」

「アンタは気にしなさいよロリコン」

「来年には結婚出来るんだし、しちまえばこっちのモンだろ」

「アンタほんっとそういうとこ」


 はぁ、と今度は深いため息をつく。どうせ何を言っても聞かないんでしょ、と。


「彼女はけいの何処が良いの? よ?」

「? どこ……」


 考える。良いところなんてたくさんある。基本的に優しいくせに誰にでも甘いわけではないとか、身内を絶対に守ってくれる姿勢だとか、仕事を見ていると分かる視野の広さだとか。

 優しくて、正しくて、とてもきれいな人。こんな風になりたいと、こんな風になれたらと、そう思わせる魅力を持つ人。

 だけど優しいとかカッコイイとか、そんなことじゃなくて。


「どこって言うより、桂十郎さんだから良いのかな。条件が同じってだけじゃ好きにはならなかったと思うもん。何よりあたしを救ってくれたのは桂十郎さんなんだし」

「あらー、けしかけるつもりが、すっごいノロケ聞いちゃった。けいはドヤ顔しないでウザイから」


 暑いわー、と清夏が手でパタパタ顔を扇ぐ。


「こんな素直な良い子、ちゃんと大事にしなさいよ。離婚案件なんか出た日には私がアンタを殺すから」

「怖。そんなん姉貴に言われなくても世界一大事にするし」


 ぎゅっと、桂十郎に抱き寄せられる。こうやってすぐ甘やかすところも好きだと、セレンは心の中でだけ付け加えた。

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