04

 屋敷の全ての鍵は今、セティエスが持っている。玄関を開け、中へ入り、セレンが進むままに皆も追う。

 上階のある部屋の前に行くと、そこは鍵が閉められてはいなかった。開けてみると中には何も無く、空っぽ。床と壁、天井しか無い空間だった。家具はおろか、窓にカーテンすら無い。そしてその部屋だけ、何かが爆発でもしたかのように全体が焦げて煤だらけになっている。

 セティエスが言うには、鍵は壊れていてかけられないのだということだった。

 またセレンが歩き出す。今度は階下へ。

 そして一番奥まで進んだところで扉に気付いて、セティエスが「あっ」と声をあげた。


「〔鍵が無かった『開かずの間』……〕」

「〔三人はここで待ってて〕」


 言って、扉の横にあった台座に手を翳す。少し後、その台座が淡く光り、扉からは「カチッ」と音がした。


「おお……せいン家みたいだな」

「桂十郎さん、入って」

「ん? 良いのか?」

「うん」


 せい──青水のことだ。彼の家もこんな仕掛けがあるのだろうか。以前一度行った時は、門をくぐったときに何かを感じた気はしたが、結局のところよく分からなかった。

 扉を開けて中へ入る桂十郎の背を確認して、台座から手を離したセレンはそれを追って扉の向こうに入る。扉を閉めると、すぐにまた「カチッ」と鍵の掛かった音がした。

 台座に能力ちからを流し込み、それに反応して鍵が開く仕組みだ。故には、フレスティアの直系の者か、許された者しか入ることは出来ない。

 中はそれなりに広く、中規模の図書館のようになっていた。


「書室か。ここには何を確認しに?」

「初代からマモンママの代まで、一族や能力ちからについての記録があるの。物によっては日記みたいな部分もあるけど。あと、あっちは魔導書とか禁書とか、そういう類い」


 一族についての記載。それがある筈の場所に目を向けると、一冊だけ床に落ちているものを見付けた。

 歩み寄って拾い上げ、パンパンと表紙の埃を落として本棚の然るべき場所に並べる。並んでいる本の背表紙の年代を確認して、一冊を手に取った。

 パラパラと捲り、あるページで手を止める。


「……」

「ここも塗り潰されてんな。さっきの写真と同じ人か?」

「うん」


 横から覗き込んだ桂十郎が言って、セレンは一つ頷く。

 タイミング的に、件の人物が産まれた時のことが書かれている筈の所。名前、だけでなく、その人物に関する記述の全てが黒く塗り潰されていた。

 どれだけページを捲っても同じ。ただ一人に関してのみ全ての記述が真っ黒に塗り潰されている。次の年号の本も、その次も。他の人物に関しての記述を元に遡って、遥か過去にあった「予言」の部分ですら消されていた。

 こんなもの、流石に一朝一夕で思い付くことではない。屋敷の中の何処にも「ある一人」の痕跡が全て消されている。


「あの事件は、計画的なものだった……?」

「……」


 誰に向けたわけでもない呟きに、決して桂十郎は応えない。ただ黙って、セレンの手元を見ていた。

 もし、十一年前の事件に計画性があったとするのなら。前日に会ったはいつも通りだったのに。少し悲しげで、だけど優しい、いつも通りの様子だったのに。

 ずっと、騙されていたのだろうか。

 最後の一冊を手に取る。先程床に落ちていたもの。その中も、当然のようにその人物の記述は塗り潰されていた。

 途中から白紙になっているその最後の一冊、文字の書かれた最後のページで、またセレンは手を止めた。

 書かれていたのはほんの数行。それすらほとんど塗り潰され、読み取れる部分は最後の少しだけだった。


『█████奪われ、一族を裏切った。』


 全て消せなかったのか。時間が無かったとは考えにくいが、この一冊だけ落としていたくらいだ。急いでいたのか、それとも何か別の理由があったのか。

 ここだけを見ると、「隠したい者」と「伝えたい者」が居て、それらが争っていたかのようにも捉えられる。

 これは、何を意味するのだろう。考える。


「このページだけインクが擦れてるな」


 確かに。これまでのページはキレイに塗り潰されていたのに、最後のページだけは文字のインクも塗り潰しのインクも擦れている。床に目を落とせば、そこにもインクのような跡があった。


「でも、二人以上で争ったにしては、周りに被害が無い。一人ずつが順番に動いたみたいだ」

「……え?」


 言われて、セレンもようやく気付いた。落ちていたのは本一冊。周りに争ったような痕跡は無い。この最後のページを、消したい者と守りたい者、二人以上が争ったと考えるには、確かに不自然だ。

 ぱっと、桂十郎に目を向ける。もしかして。

 彼と追って行けば、の真相に辿り着けるかも知れない。何が起こっていたのか、が何故なったのか。

 ぎゅっと、桂十郎の袖を掴む。


「桂十郎さん! あと! 一ヶ所! 付き合って!」


 言えば、彼は当然とばかり頷いた。本を本棚に戻して、足早に書室を出る。

 外で待っていた三人と一緒にまた上階に上がり、一室の鍵を開けてもらって桂十郎と二人で入った。

 当主の執務室。まるで小さめのパーティールームのような広さの中、その両脇にずらりと並んだ本棚には本と無数のファイル。中央には一対のソファとテーブル。一番奥には一際立派な机と椅子が置かれていた。

 迷わず奥の机に向かったセレンはまず、そこに置かれていた写真立ての一つを手に取った。その写真でも、男の顔が塗り潰されている。

 想定通りだ。だがセレンは、あと一つだけ知っていた。母が隠していたもの。引き出しの二番目を開け、中に入っていた本型の箱を取り出す。


──『これ? 秘密。メーお母さんの宝物よ』


 箱を閉じている小さな南京錠の鍵穴に指先を当て、先程の書室の入口のように能力ちからを流し込んだ。

 カチリと鍵が開く。以前も一度だけ、母の留守中にこうして開けてしまったことがある。好奇心で中身を見て、満足してそっと元の場所へと戻した。

 きっと母は気付いていた。だけど咎められることは無かった。


「……塗り潰されて、ない」

「うん」


 どうやらだけは見付けられなかったようだ。そこに入っていたのは、産まれたばかりのセレンを含めた、当時屋敷内に住んでいた直系一族全員の集合写真だった。

 男の姿は二人。当主の夫でセレンの父、それから、それまで見た全てが黒く塗り潰されていた人物──どこか儚げに微笑む、叔父。

 この写真の中でフレスティアの直系ではないのは、入婿である父ただ一人だ。

 写真を見つめたまま、セレンはゆっくり口を開く。


「ねぇ、桂十郎さん」

「何だ?」

「誰も立ち入れない所の情報さえ取ってこれるような、最上位の情報屋って誰かな」

「最上位って言うなら、弦さんだろうな」

「『孤高の月』……」


 以前聖が言っていた。『孤高の月』には絶対に情報収集を依頼出来ないと。情報料が、常人で出せるような金額では無いと。

 考える。どうすれば


「まさか弦さんに依頼する気か?」

「正気じゃないよね。が出せる額なわけないと思うでしょ? でも『必要としている情報』を考えると、それしかないの」


 口元には嘲笑が浮かぶ。


人間を追うんだから」


 きっと塗り潰されたのは、燃やされたのは、この屋敷の中だけでは無いだろう。何処にも残されてなどいない筈だ。

 その顔を、名前を知っている者は居ない。




 ただ一人、セレンを除いては。




 残っていたのは、写真一枚のみ。それも引き伸ばされたものではなく、集合写真だけあってその姿も小さい。名前は今、セレンの記憶の中にしか無い。

 いつもの武器と同じように、写真がセレンの手の中に吸い込まれて消える。


「三日後だったよね。桂十郎さんと一緒に、あたしも一旦皇に帰る」


『孤高の月』に、情報収集を依頼する為に。

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