03

 現在フレスティアの屋敷を管理しているという人物には、事前に連絡をしているらしい。そういう仕事が早いのは助かる部分だ。

 屋敷の前に辿り着くと、一組の男女が門前に立っていた。あの二人が管理者だろう。


「〔こんにちは〕」


 挨拶すると、同じように挨拶が返ってくる。互いに握手と笑顔を交わした。


「〔兄から多少の事情は窺っております〕」

「〔お兄さん?〕」

「〔ああ、俺だよ。そいつ、俺の弟なんだ〕」


 男性の言葉にセレンが首を傾げると、セディアがそう言った。え、と驚いて振り返る。兄弟と言うには、似ていない。セディアは筋骨隆々だが、男性の方はむしろか細い。

 それに、まさか彼の弟が今の管理者だったなんて。世界は思っていたほど広くは無いのかも知れない。

 何も言ってなかったのか、と呆れたように兄を見た男性は、それからまたセレンと桂十郎に微笑みかけた。


「〔セティエス・レイヴェルといいます。どうぞ、セティとお呼びください。こちらは妻のアイシアです〕」

「〔よろしくお願い致します〕」


 二人の挨拶に、セレンと桂十郎も名乗る。するとセティエスから、「フレスティアである証明が欲しい」と言われた。疑うわけではないが、確認を取らず中に入れるわけにはいかないのだと。

 言うことは理解出来る。名乗るだけなら誰でも出来るのだ。それこそセレンが十年もの間『エミル』を名乗っていたように。

 とは言え証明というのはどうすれば良いのだろうか。何か決まりのようなものがあるのか、それとも能力ちからを少々見せる程度で良いのか。

 少し考えた後、手袋を取り出して履いた。


「〔私に出来ることは少ないし、持ってる物も物しか無いけど〕」


 言って手を差し出す。その手の平から、ズルリとナイフが出て来た。上に放り投げ、次に苦無、手榴弾、液体の入った小瓶と次々に出してはまた放り上げていく。弧を描いて落ちてきたそれらは反対の手の平へと吸い込まれて消えて行った。


「〔どう?〕」

「〔……っ、あ、充分です〕」


 一瞬呆けていたセティエスが、我に返ったように礼を言う。それからアイシアと二人、深々と頭を下げた。


「「〔お帰りなさいませ。フレスティア令嬢、セレン様〕」」


 ただいま、と返し、門をくぐる。

 これからどのくらい、この屋敷で暮らすことになるだろうか。長居する気は無いが、まだ先が見えてはいない。

 十一年間、管理して保ってきた屋敷を案内しようと言うセティエスに、先に行きたい所があるからと断る。それに、屋敷の中のことは、行ったことのある場所なら覚えている。

 正面の本館より先に、敷地内の離れにあるやや小振りの屋敷の方へ向かう。セティエスが持っていた鍵で中に入り、まっすぐ最上階へと進んだ。

 階段を登りきると、扉はひとつ。


「ここか?」

「……うん」


 屋敷に戻って、まず一番に来たかった場所。まだ、一人では入れない場所。

 扉に手をかけ、開いては中に入る。中は部屋というより長い廊下のようになっていて、右手に一人ずつの肖像画、左手に家族の肖像画がずらりと並んでいた。


「右側が歴代当主で、左側はその代の伴侶と直系一族の肖像画。途中から写真になってるの」

「へぇー。やっぱ当主は女なんだな」

「女系一族だからね」


 産まれてくる子供のほとんどは女児だ。数代に一人くらいの割合で男児が産まれることもあるが、生まれ持った能力ちからが一番大きい者が当主になるという決まりから、男性が当主になるのはごくごく稀なことである。

 家族の肖像画と写真に関しても決まりがあった。それは、一番下の子供が五歳を迎えた後に用意するということ。故に、描かれた家族の中では伴侶が高齢であったり、一番上の子供が既に成人していたりするものもある。

 どんどん進んで行き、飾られた写真が途切れている、最後のそれの前で止まる。

 右手に飾られているのは、セレンの母。部屋はまだ奥へと続くが、当然、これが最後だ。この後、十一年前の事件の生き残りが居ること自体、ずっと伏せられていた。

 大きな額縁をずらし、その後ろに貼り付けられていた封筒を取る。


「それは?」

「知らない。でもマモンママに言われてたの。もしもの時はコレを見なさいって」

「そうか」


 ペーパーナイフを出して封筒を切り、中身を取り出す。四つ折りにされていた便箋を開いてみると、言語として成り立たない単語の羅列があった。


「暗号……」


 読み解く鍵は何処かにある筈だが、生憎と記憶からは見付からない。屋敷内の何処かから探す必要があるだろう。

 一度それを封筒に戻し、懐に仕舞い込んでからセレンは後ろを振り返った。

 そこにはまだ何も無いが、一つ手前には家族写真がある。母より前──祖母の代の家族写真だ。


「……えっ?」


 その写真の異変に、セレンは駆け寄っては手を添えた。


「ルー叔父様の顔が……!」

「ルーオジサマ? この人か?」


 その写真の中で一つだけ、少年の顔が黒く塗り潰されている。家族写真に映った少年ということは、直系の子供。男でありながらフレスティアの能力ちからを持つ者だ。

 付近の写真を見ても、塗り潰されているのはその少年の顔だけだ。他には見当たらない。

 行こう、とセレンが桂十郎の腕を引く。写真があるのは何もここだけでは無い。ここに飾られることの無い日常の写真が、敷地内の別館にある。通称「アルバム館」と呼ばれていた場所が。

 アルバム館の場所は、セレンは正確には覚えていない。建物を出て、そこで待機していたセティエスに聞く。桂十郎以外にはそこで待ってもらっていた。

 すると彼は眉を寄せ、言いにくそうに視線を落とした。


「〔どうしたの?〕」

「〔……これは、見ていただいた方が早いと思います〕」

「〔アシャ!〕」

「〔仕方ないわ。主人セレン様が求める以上、避けられないことよ〕」


 こちらです、とアイシアが先を歩き出す。やり取りから考えて、何か問題があるということだろう。

 何の問題なのか。を見ればすぐに分かった。

 簡易の屋根だけ造られたその下に、黒い残骸が無数にある。ここの処理は第三者だけでは決めかねたということだろう。

 建物の焼け落ちた跡、それしか残ってはいなかった。


「燃やしたのか、ここだけ」


 他の建物に被害が無いところを見れば、正に桂十郎が言った考えが妥当だと言えるだろう。


「〔十一年前、事件発覚のきっかけがここの火事でした。火の手に気付いた人の通報によってです〕」

「〔つまり、あの日の犯人が放火したってことね〕」

「〔そう考えられます〕」


 その犯人は、まだ見付かっていません、とアイシアは続ける。見付かっていないどころか、検討すらついてはいないだろう。

 唯一の生き残りであるセレンが犯人を知っているという事実を、もしかすると「可能性」として考えてはいるかも知れない。問い詰めては来ないあたり、彼女は優しいのか、甘いのか。少なくとも黙り込んでしまっているセティエスは「甘い」方だろう。


「ヒメサン、犯人、知ってル?」


 誰もが黙していた問いを向けてきたのは、セディアだった。チラリと彼を見て、ふっとセレンは口元を緩める。


「あたし、セディのそういうとこ、嫌いじゃないよ」


 言ってセレンは、今度は本邸の方に向かって歩き出した。皆がその後を追っていった。

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