08

 もう一つ、と聖が人差し指を立てた。


「寿命とは関係無く、あの子はそもそも長生きするつもりがないんです」


 実際それを彼女が口にしたわけではないが、幼い頃から見て来た、だから分かるのだと彼は言った。

 元よりエミルは、家族を殺した者への復讐を糧に生きている。それさえ叶えば例え相打ちで死んでも悔いは無いだろう。しかも、それを抜きにしても、自分自身に価値を見出してはいない。


「フレスティアの者は、決して愛されて育つわけではありません。普通の人間からすれば化け物のようで恐ろしい存在だし、ましてセレンは一族の中でも能力ちからが突出していたらしい」


 友人は出来ず、使用人からも、実の父親からすら嫌悪されていたという。母親は彼女を愛しながらも、その能力ちからの大きさ故により厳しくする他なかった。姉も自分を差し置いて妹が次期当主候補ということに薄々気付いていたのだろう、彼女を遠巻きにしていた。唯一可愛がってくれた叔父はいつも一緒に居られるわけでもなかった。


「俺も本当は、あの子を引き取った当初は疎ましく思っていたんです。未婚の男で、それなりに忙しくもしていた。好き好んで子育てしたいとは思わない」


 やがてまっすぐ純粋に笑顔を向けてくれる幼い少女に、ただ絆されていった。それが今となっては、実の娘のように愛している。

 今でこそ彼女を「可愛い妹分」だとしている海斗だって、勿論初めからそうだったわけではない。

 聞いた話には過ぎないが、実の父親が呪いのように彼女にぶつけていた言葉があったのだという。産まれてきてはいけなかった。存在そのものが罪だ。そう言って自分に近付けないようにしていたらしい。

 十年の時は、それを消してはくれなかったのだろう。大事にしてきたつもりだったが、傷は残っていて、それは未だに彼女を縛っているのだろう。


「寿命が早々に尽きようが……恐らく、その間に復讐が完了しなかったとしても、あの子はそれを悔いとはせず逝ってしまう」


 缶コーヒーを握る手に力が入る。スチール缶がいとも容易く変形した。


「今の状況ではあの子は、復讐も寿命も待たずして死ぬ気ではないかと思うんです」

「……どういうことだ?」

「きっと本人も気付いたでしょう。あの子は貴方を。その上で貴方を襲いに行く可能性があります」

「!」


 殺し屋が、ターゲットを殺せない場合はどうなるのか。ましてその周囲には、自分では及ばぬ力を持つ『護り手』も居ると分かっている。

 どう考えても、それはただの自殺行為だ。


「…………うちの連中は優秀だ。助けられる保証は無い」

「……」

「でも俺も、エミルを死なせたくはない」


 タイミングややり方次第では、『影』を止めることも出来ないだろう。だけど……

 惚れた女の一人くらい守れなくてどうする。いずれにせよチャンスは一度きりだ。その一度で、彼女を止めなければ。


「止められたら、嫁に貰おうかな。どうかな、お義父さん?」

「その時は是非一発殴らせてください。手塩にかけた愛娘ですから」

「おー、怖」


 敢えておどけて見せると、意外と聖も乗ってきた。大きく表情が変わったわけではないが、僅かに頬が緩んで見える。

 未来の話だからだろうか。

 大切な「愛娘」が生きていると仮定した、夢のような未来の話だから。

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