第21話 私たちが失ったもの

 どれくらいたっただろうか?


「お待たせしました。出発です」

 タカナシさんの声がして台車が動き出した。

 喋り方がいつもの穏やかなものだったので私は安心した。


 そして、数分後。

「もういいですよ、お嬢様」

 その声とともに箱の蓋が開いた。


 眩しい。

 私は手でひさしを作りながら恐る恐る首を伸ばして辺りを伺う。


 まず、山が見えた。

 その中腹に三角屋根の塔が見えた。私がカナリヤ号を飛ばした洋館の東の塔だ。

「脱出成功です」

 私の頭の上でタカナシさんは優しく微笑んでいた。


 そんなに長い時間段ボール箱の中に入っていたわけではないのだろうけど、私はタカナシさんに会うのがとても久しぶりなような気がした。


「行きましょうか」

 タカナシさんが私に手を差し出してくれる。


 その手は温かく、優しかった。

 先程までの冷たい声が嘘のようだ。


「ねえ、タカナシさん、有村さんと何をしていたの?」

 そう質問しようとして私はやめた。

 なんとなく聞いてはいけないことのような気がしたのだ。


 タカナシさんの短い黒髪は、後ろの方がさっきより少しだけ乱れていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る