第15話 食卓
森の木々がすっかり葉を落とし、海に向かって冷たい風が吹くようになったある日の晩のことだ。
その日、夕食の席には氷川の人間が揃っていた。
いつも誰かと会食をしている父が珍しく食卓についたのだ。
食卓を囲んでいると、
『美冬さん』
と、母に改まって呼ばれて私は緊張する。咄嗟に何か悪いことをしたのかと心の中をさらった。けれど、続く母の言葉は予想外だった。
『最近、お稽古に大変熱心に取り組んでいるようですね』
母が優しげに微笑んだ。
お華やピアノ、漢籍の先生方が私の熱心な練習姿勢に感心している、礼儀作法も恥ずかしくないくらいに整ってきた、ともったいないくらいのお褒めの言葉をいただいた。
『これからも氷川の人間としての誇りを胸に励みなさい』
『はい、お母様』
私は良いお返事と共に座礼する。
そうして伏せた顔は何とも気まずい顔をしていた。
確かに、私は各種お稽古に心血を注ぎ、礼儀作法にも今までないくらいに気を遣った。
それはひとえにタカナシさんのおかげである。
タカナシさんの元でガス抜きができるからこそ、頑張れるのであり、タカナシさんの元に行っていることを疑われないように立派な氷川の人間を演じる必要があったのだ。
それがこんな形で褒められては居心地が悪いことこの上ない。
もっとも、母としても父がいなければ面と向かって私を褒めることもなかっただろう。城代として父の留守をしっかり預かっていることを示したかっただけかもしれない。
父は厳かに『そうか』とだけ言った。
元々仕事が絡まなければ寡黙な人なのである。
私は父に『美冬』と名前を読んでもらった記憶がない。
ふと、私は名案を閃いた。もしかしたらチャンスかもしれない。
『あの、』
私は控えめに切り出した。
『実は聞いていただきたいお願いがあるのですが』
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