第9話 小屋
「あ、3分だ。お嬢様、ちょっと、待っていてください」
そう言い残して『タカナシ』と名乗った女の人は走り出す。
彼女の向かった先には小屋があった。
粗末なプレハブ小屋。
白かったであろう壁は煤けて汚れている。
『お城』と形容される洋館と同じ敷地内に存在することが信じられないほどちっぽけだ。
しばらくしてタカナシさんはニコニコしながら小屋から出てきた。
片手にどんぶり、もう片方の手にはお椀とお箸を持っていた。
『おやつです。お嬢様も一緒に召し上がりますか?』
そう言われて私はお腹が空いていることに気が付く。
そうだ。今日はおやつを食べていなかった。
そんな折に香ばしい香り。
私はこくんとうなづいていた。
タカナシさんは切り株にどんぶりを置くとお椀に中身をよそって私に分け与えてくれた。
『はい、どうぞ、お嬢様。熱いので気をつけてくださいね』
タカナシさんが渡してくれたどんぶりを私は慎重に受け取る。
タカナシさんの左手の袖口から彼女の手首がチラリと見えた。
その手首には真新しい包帯が巻かれていた。
先ほどまではなかったものだ。
「怪我してる」
私は思わず呟いてしまった。
「ああ、ネギを切るときに思わず手を滑らしてしまって。ドジですね〜、私」
タカナシさんは恥ずかしそうに笑った。
どんぶりからは、もくもくと白い湯気が立ち上り黄金色のスープに卵と麺と少々の刻みネギが浮かんでいる。
『チキンラーメン』というらしい。
名だけは聞いたことがある。しかし、口にしたことのない代物だ。私は恐る恐る箸を運ぶ。
「ん……。』
私は毎日に決まった時間におやつを食べていた。おかかえの料理人が腕によりをかけて作ったケーキだったり、南国から取り寄せた果物だったり、数々の良質なものを口にしていたと思う。私の舌は相当に肥えていたはずだ。
そんな私が5食入って500円もしないインスタントラーメンを食べてどう反応したかというと、
『美味しい!!』
『あはは、それはよかったです。』
タカナシさんは満足気に笑った。
私は夢中になって麺をすすった。当時ラーメンなんて食べたことがなかったからすすり方はタカナシさんの見様見真似だ。そんな素人が慌てて食べるものだから、
『ゴホっ』
むせた。
とっさに目を瞑って体を萎縮させる。食事中のマナー違反に対して母は恐ろしい顔をする。その時の恐怖を体が覚えていて勝手に反応してしまうのだ。
だけど、その場に母はいなかった。
『大丈夫ですか? 慌てなくてもラーメンは逃げませんから』
そう言って優しく背中をさすってくれるタカナシさんしかいなかった。
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