【No. 010】10年振りに再会した幼馴染が実は凄腕催眠術師だった件(現代ファンタジー)

10年振りに再会した幼馴染が実は凄腕催眠術師だった件

「今日ね、駅前でユウちゃんに会ったのよ」


 夕食の席での母さんの発言は、いつも通り脈絡がない。


「ユウちゃん?」


 父さんの顔を伺うと、僕と同じように箸を止め、目を瞬いていた。


「ユウちゃんって、雄二くんか?」

「そうそう、東瑠あずるが小学校に上がる前までお隣に住んでた」


 お隣のユウちゃん。


「えっ! ユウちゃん!? こっちに帰って来てたの?」


 10年前までマンションの隣室に住んでいた、僕の一番の親友。


「そうなのよ。お母さんもびっくり」

「10年ぶりだろ? よく気付いたなあ」

「それが全然変わってなくてね」


 家にもよく来ていたし、うちの両親とも一緒に遊んだ。

 僕と同い年なのに頭が良くて、大人と同じくらいゲームも上手かった。

 反面、体が弱かったのか外で遊ぶとすぐに息切れしてた。


 『ユウちゃんが頭いい担当で、僕がパワー担当だね!』


 そんな頭の悪い台詞を吐いた幼稚園児の僕に、ユウちゃんは、


 『2人揃えば最強コンビだな!』


 と拳を合わせて応えてくれた。


「小学校に上がる前に引っ越したんだったか?」

「ええ、確か私立の小学校に通うから、学校の近くに引っ越すとかで」


 幼稚園は別の所で、小学校からは一緒に通うのを楽しみにしてたのに。


「ユウちゃんね。東瑠と同じで、西明高校なんですって!」

「えっ」

「東瑠は西明高校なんだけど、もしかしてユウちゃんも? って聞いたらね、そうだって」

「おっ、じゃあ4月からは同じ学校か。勉強頑張って良かったな、東瑠!」


 父さんがそう言って笑った。

 確かに、小学生の僕がたくさん本を読むようになったのは、頭の良いユウちゃんへの憧れもあったんだ。全国模試でもそれなりの順位を取り、進学校にギリギリ合格できる程度には頑張った。

 パワー担当を名乗るには、ちょっと厳しくなったけど。


 ***


 そして迎えた入学式。


 すぐに見つけた。

 生徒の中で1人だけ、浮き上がってすら見えた。


「ユウちゃん」


 同じクラス。教室に向かう途中の廊下で袖を引いて呼び止めた。


「ええと?」


 ユウちゃんは不思議そうに、少し脅えたように? 僕を見返す。


 そりゃ確かに、僕も10年で成長したし、今は髪も伸ばしてる。見た目も変わったと思うけど。


「僕だよ。東瑠」


 そう名乗ると、ユウちゃんはポカンと口を開き、


「は? アズ?」


 10年前の呼び名で、僕を呼んだ。


「嘘だろ。アズ、女だったのか」


 えぇ、そこから?

 確かに小さい頃は、男の子に間違えられることも多かったよ?


「まぁね。昔は髪も短かったし? 小さい頃は性別とかあんま気にしないしね」

「僕っだしな。名前もキラキラネームで」

「キラキラネームって何? ラメ入りの油性ペン?」

「今は言わないのか……そうだよな、今はそれが普通の名前だもんな……」


 僕も少しだけショックだったけど、ユウちゃんの方も何かにショックを受けた様子。

 よく解らないけど、今回は痛み分けとしておこう。


「ユウちゃんは変わんないね。あの頃から老け顔だったし」

「あ、はは」


 不思議と親しみが溢れる顔立ち。

 昔の通りのユウちゃんに頬が緩む。


「今までごめんな、アズ」


 申し訳なさげに呟くユウちゃんに、僕は笑って首を振る。


「全然。またこうして会えたんだから」

「そうじゃなくて」


 不意に目の前で指を鳴らされて。

 パチン、という音と共に。


 僕は何だか、夢から覚めるような感覚に襲われた。


「実は俺、アズ達一家に……催眠術を掛けてたんだ」


 目の前にいたのは、同い年の少年ではなくて。

 中年のおっさんだった。


 頭の中で目まぐるしく、過去の光景が渦巻く。


 公園で鬼ごっこをする時、家でゲームをする時、一緒にご飯を食べる時。


 隣りにいたのは、いつも中年のおっさんだった。


「ごめんな、アズ」


 おっさん、ユウちゃんは神妙な顔で頭を下げる。


「俺さ。あの時、人生をやり直したかったんだ。子供の頃から」


 同い年の幼馴染が、本当はおっさんだった。

 驚いた。


「幼馴染がおっさんでごめんな。騙してて、ごめん」

「だから何だよ、ユウちゃん」

「ア、ズ?」

「幼馴染が実はおっさんで、凄腕の催眠術師だった。だから?」


 驚くだけだ。


「僕達は幼馴染の親友で、最強コンビだろ」


 大事なのはそれだけ。


「一緒にやり直そうよ」


 僕は親友と離れた10年分。ユウちゃんは青春丸ごと? 


「制服は全然似合ってないけどね」

「なっ、おい! 自覚はあるけどさ!」


 幼馴染との高校生活は、今日始まったばかりだ。


 ***


 時間制限のあるゲームが嫌いだった。


 タイムアップやターン制限に追われるのも、攻略サイトがないと見落とす時限イベントも、義務感でデイリークエストをこなすのも嫌いだ。

 オートセーブで取り返しが付かない物は特に。


 だから、人生もあまり好きではない。


 40歳の誕生日、マンションの隣の一家に催眠術を掛け、俺を4歳の子供と同い年の親友だと思い込ませた。

 法に触れることはしていないと思う。隣人を催眠術に掛けること自体が、罪になるのでなければ。


 それから1年半、ドラマのように素敵な家族と過ごす日々は、本当に人生をやり直しているようで。

 だけど仲良くなった隣の子供、アズが俺と一緒に小学校に通うのを楽しみにしているのを見て、何だか急に申し訳なくなって。

 俺はマンションを引き払って、隣町に引っ越した。


 10年後、偶々寄ったこの町で偶然おばさん(俺より年下だが)に会った時、俺は一家にかけた催眠を解いていないのを思い出した。

 キョドって話を合わせる内に、俺はアズと同じ学校に通うことになっていた。


 催眠術を駆使して新入生として入学したが、まさかアズが女の子だったとは。

 俺はまた何だか申し訳なくなって、アズの分だけ、俺が「同い年の男子高校生」に見える認識改変の催眠を解除した。


「僕達は幼馴染の親友で、最強コンビだろ」


 覚えている。俺が頭いい担当、アズがパワー担当。

 50を超えた俺の体力は更に落ちたし、頭脳面でもこんな進学校に自力で入学できるアズには、もう敵わないのだろう。


 それでも。

 本当の俺の姿を見ても幼馴染の親友と呼んでくれて、嬉しかった。


「アズ、これからも宜しくな」

「うん、宜しくね、ユウちゃん!」


 まあ……俺への好感度が上がる催眠だけは、怖くて解けてないんだけど……。

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