第3話 一推しキャラを愛でました
さて、入学式。
入学式では、前からクラス順に座る。クラスは成績順になっている。
ゲームの主人公は勉強などしないのだから、当然Eクラスであったが、前世を思い出してから勉強を五年間頑張ってきた今の私はなんとAクラスだ。
だが、目立つことは駄目だ。
二列目の左端から三番目という『あそこって、誰か座っていたっけ?』という魔空間に席をゲットした。
一列目の右端には、キラッキラした王子様がご着席だ。
王子様は王子としてはどノーマルな金髪深緑眼。日本においては『王子といえばこの色』というどノーマルであるが、この国でその色セットは王族だけだ。どんな色を持つ王妃を娶ってもその色になるというのだから、王族の血とはすごいものだ。
王子は、鼻筋が通り、目は大きく、優しく微笑むと誰もが虜になるというほどの美男子だ。私はまだスチルしか知らないけど。
席が遠くてよく見えないからね。
当然、式典の前に見に行くこともしなかった。
私が恐れているゲームの世界なら、王子の隣の紺髪が宰相公爵子息。王子の後ろの赤髪が王国騎士団団長の侯爵子息で、その隣の白髪は、教皇の子息だろう。そうでないことを望むが……、団体様でいるのだから間違いないと思う。
私が一人で悶々と考え事をしている間に入学式はどんどん進行していった。
「新入生の宣誓。新入生代表、ダンティル・バスチザード君」
「はい」
最前列右端にいた王子殿下が返事をして立ち上がる。舞台への階段を登りこちらを向いて演台の前に立った。
『ああ、眩しいほどの美形ですわぁ』
私は思わず小さく呟いた。お隣までは一メートルほど離れているから聞こえておらず、不敬などとは言われまい。褒めてるし。
王子殿下が堂々たる態度で宣誓している。
そして、私はある方を見てドキリとした。
Aクラス席の最前列の満真ん中の席でしっかりと背筋を伸ばし、王子殿下を見つめている女子生徒。
真っ直ぐな銀髪はキラキラと輝き、少しだけ吊り上がった大きな目は緑掛かった青色で、白磁のような肌はシミどころか、ホクロの一つもなく、折れそうなほど華奢な肩に、丁度いい感じの谷間、膝下スカートから見える黒ストッキングのおみ足はスラリと細く、キレイに揃えて斜めにしている。
と、思う。遠くだし後ろの席なのでそこまでは見えない。でも、私は知っているのだ。
上品なシャム猫が、余裕を持ってジッと様子を見ているような、そんな雰囲気の彼女は、王子殿下の婚約者であるベティーネ・メルケルス公爵令嬢様である。
本当に本当に美しい。気高さを表す姿勢も、ほんのりと上げた唇も、優しげに殿下を見つめる瞳―本当は私を見つめていただきたいが―も、すべてが完璧で、私は殿下の話など耳に入らず彼女を見つめていた。
『彼女が見えることを早く知っていれば!』
余計な想像で王子たちを観察していた自分に腹が立つ。
彼女こそが、私のイチ推しキャラである。
彼女はいわゆる悪役令嬢ポジションだ。もし、この世界がゲームの世界だとすると、よくて修道院、悪くて死罪。
そんなことは絶対にさせない。
ゲームの世界だと仮定すると、私が王子以外の攻略者を選んでも、イジメに協力したとして修道院へ送られるのだ。
というわけで、私には『誰も攻略しない』の一手となる。
どう考えても、あいつらはお呼びでないっ!
なら、なぜAクラスにしたのか。
それは、放置していれば回避という手段が取れるかどうかはわからないので、敢えて彼らとクラスを同じにし、観察していくことにしたのだ。
万が一、私の代わりになるようなキャラクターが登場しても、必ずや推しキャラである彼女を守るのだ!
〰️ 〰️
私の代わりになるようなキャラクター……。私は少しだけそれに期待をしていたようだ。
だが、大変残念ではあり、悲しい事実なのだが、どうやら間違いなく……私は主人公でした。
〰️
入学式の翌日。
『王子は入学式の報告をするため、王城に戻っていた。朝の登校時、馬車の前に飛び出した主人公と出会う』という設定になっている。
『はいっ!馬車の前には飛び込みませんよぉ!普通に怖いし。てか、急ぐ時間に登校しないし』
ゲームの私は活発なので寮から走って登校するのだが、淑女教育を受けたらそんなことはありえない。
朝もしっかりと準備をして、余裕を持って登校する。
『みんなの波に合わせていれば、まさか私だけ馬車に轢かれることなどあるまい』
そう信じて寮を出た。
が!
なんと、馬車ではなく、馬が私に向かってきたのだ。私は恐怖で尻もちをついた。馬は私のギリギリで止まり、大きく前足を上げ嘶いた。そして、数歩進み、横腹を私に見せる。
その馬に跨っていたのは、ダンティル・バスチザード王子殿下であった。
「き、君、大丈夫か? すまないっ! 急に制御ができなくなって!」
白馬に跨がった本物の王子様が心配気に私を見下ろしている。
『リアル白馬の王子様って! スチルで見てたら惚れてたかもなあ。こんなに近くで深いの緑色の瞳を見ることになるなんてねぇ』
私はダンティル王子の美しさに少しだけ呆けた。光の自然エフェクトって本当にあるんだねぇ。後光が差してキラキラだったよ。
サッと馬から降り、座り込んだままの私に跪き、私の背を支え、右手を取り、私を立たせた。そういうところも紳士! 王子! 完璧!
ダンティル王子に同行していた従者が私から馬を離してくれる。馬を見て、私は小刻みに震え出した。あの足で蹴られていたかもしれないのだ。
いくら辺境で野猿のような生活をして、運動神経もそれなりに良くても、キラキラな王子スチルを直見しても、馬に蹴られれば死ぬのだ。大怖い。
だが、王子殿下に何かを言えるわけはない。
「怪我はないか?」
私の顔を覗き込んで、優しく呟く。これは惚れる! 私じゃなかったらイチコロでしょう!
「だ、大丈夫です」
私が答えるとダンティル王子の顔がポッと赤くなった。
「そ、そなたは……」
いやいや待て待て! 確か主人公は元気に『大丈夫ですっ!』と天使の笑顔を見せた。それを健気とか、天真爛漫とか取ったのかもしれない。
だが、今の私は恐怖のための引きつり笑いだ。本当に怖かったのだ。本物の笑顔など、見せられる訳がない。だが、王子に問われて、「大丈夫です」以外の言葉を言える者がいるのか?
私は違う意味で青くなった。
「具合が悪そうだ。保健室へ参ろう」
ダンティル王子は助け起こした私の手を取ったままだったので、その手を引いてエスコートしようとした。
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