第006話 さて、そろそろ動くか……


 吸血鬼には、魔族や竜族と同じく階級がある。

 そして、それとは別に明確な区分けが存在する。


 真祖かそうでないかだ。


 一般的な吸血鬼は、元は人間である。

 吸血鬼に血を吸われ、吸血鬼の眷属となった吸血鬼なのだ。


 だが、そうでない吸血鬼もいる。


 それが真祖の吸血鬼である。


 真祖の吸血鬼は生まれながらに吸血鬼であり、どこからともなく現れる。

 誰かが生むのではない。

 自然現象のように発生するのである。


 そう……我だ!

 我こそが真祖の吸血鬼なのだ。


 後頭部を強打して、気付いたらあっちの世界で佇んでいたのだ。

 記憶も定かではなかった。

 そこがどこかもわからなかった。


 だが、自分が真祖の吸血鬼であることだけは明確に理解できた。

 別に頭がおかしくなったわけではない。

 そういうものなのだ。


 そんな我は200年も生きた。


 基本的に吸血鬼を始め、魔族、竜族、エルフなどは長寿だ。

 長寿がゆえに強い。

 

 そして、長寿がゆえに怠惰なのだ。


「そういう言い訳はいいから、起きろよ……おぬし、えっらそうに高々と宣言しておったくせに、1週間も引きこもっておるではないか…………」


 怠惰なのだ…………


「おぬしが怠惰なのは知っておるが、いい加減、動かんと、貯金が尽きるぞ。おぬし、社会人のくせに、貯金残高が20万もないではないか…………」


 この1週間で白猫もといウィズは色々と勉強したようだ。


 私の貯金残高まで勉強しなくてもいいのに……


「まだ、20万もあるじゃない」

「いや、探索者の資格を取るのに5万かかるし、装備などの準備ですぐに尽きるぞ……」


 まじでー?

 足りないのかー。


「はぁ……動くか……我が動いた時、世界が動く……」


 私はノロノロと布団から起き上がる。


「キレもないのう……」


 うっさい。


「で? 資格ってどうすればいいの?」


 あれからなーんも調べてない。

 てへ☆


「ギルドに行けば、いつでも試験を受けられるらしいぞ」

「ギルド? そこも一緒なのか……」


 アトレイアにも冒険者ギルドはあった。

 私も向こうに行った当初は所属していたことがある。

 1週間でクビになったが……


「俗称じゃな。正式名称があるが、どうでもいいじゃろ」


 うん、どうでもいい。


「必要なものは?」

「金と身分証明書じゃな。あとは向こうに行けばどうにかなる」

「えらい簡単ねー」

「探索者を増やしたいみたいだ。資源は欲しいが、モンスターと戦うのは危険じゃからな」


 なるほどー。

 まあ、簡単なら、いっか。


「ギルドってどこよ?」

「ダンジョンに併設されておる。近い所だと、北千住かの? 大きいのは渋谷とかじゃが……」


 地理も学んだのか……


「じゃあ、近い所でいいでしょ」

「なら、早く着替えろ」

「はいはい…………動きやすい格好がいいかな?」


 ドレスは着ないけど……


「装備のレンタルがあるらしいし、ジャージでいいじゃろ」

「じゃあ、もう着てるわ」

「その恰好で外に出るのか?」


 着替えよ……

 向こうでまたジャージに着替えればいいや。


 私は着替え等の準備を始める。

 朝食を食べ、顔を洗い、着替え、髪を整え、化粧をする。


「トロいのう……」


 うっさい。

 500年も生きてるくせに、生き急ぐな!


「あー……しかし、そろそろ血が欲しいわー」


 別に血を吸わないと死ぬわけではないが、吸いたいし、女の子とえっちしたいー。


「妾の血でも吸うか?」


 鏡台の椅子に座り、軽く化粧をしていると、ウィズが膝の上に乗ってきた。


 お気遣いありがとう。

 でも、ババアはお帰りください。


「猫はちょっと……」

「妾は魔族ぞ。生前はボンキュッボンのナイスバディーじゃったし」

「好みじゃないねー」


 もうちょっと小っちゃくなってよ。


「異常性癖者め…………」

「誰が異常よ! まあいいわ。帰りに適当に見繕うから」

「捕まるぞ?」

「味は落ちるけど、催眠魔法でどうにかするわ」


 やっぱりエリちゃんをリリースしたのは失敗だったかなー。

 せめて、眷属の子達がいてくれたらなー。


 メル、元気かな?

 エリーゼは泣いてないかな?

 サマンサは…………他の子を殺してないかな?

 やめてね。


 心配になってきた……

 私は心配になってきたが、どうしようもないので、眷属の子達を信じることにした。


 そして、準備を整えたので、出発する。

 栄光の第1歩だ。


『妾は影にいればいいか?』

『今日は試験だし、そうしてちょうだい』


 会社は辞めたし、猫を連れていても、多少、目立つだろうが、問題はない。

 だが、さすがに今日は試験だから止めておこう。


 私は家を出ると、駅に向かい、電車に乗った。

 そして、ギルドがある北千住へと向かう。


『今さらだけど、探索者になるのに制限とかない? 女はダメとか、身長が低いとダメとか』


 確か、警察は身長制限があったと思う。

 私は身長が145センチしかない。

 下手をすると、小学生だ。

 実際、夜遅くに街を歩いていると、未成年と間違われて、警察に話しかけられたこともある。


『特にないのう……実際、女の探索者もおるみたいだし』


 へー。

 女性もいるのはいいね。

 下手に目立たなくて済む。


『残念ながらおぬしは目立つじゃろ』

『何でよ?』

『アトレイアでは人気者だったではないか』


 すごい嫌味だ……


 確かに、私は人気だった。

 別にヒーローだったわけでも、皆の憧れだったわけでもない。


 たいして強くないくせに、階級だけは高いから、粋がった雑魚どもが私の首を取りに来たのである。

 私を殺せば、真祖の王級吸血鬼を倒したものとして、名が上がる。

 なにより、無限に等しい魔力を持つ私は絶好の経験値なのだ。


 だから、多くの強者や命知らずに狙われた。

 

 だが、私を倒したものはいない。

 絶対的な不死能力と無限魔力、そして、我が智謀の前には何人も私の首を取るものはいなかったのだ。


 まあ、怖いからすぐに逃げてたしね……

 引きこもってたし……


『まあ、稼いで目立つのは仕方がないわ。やっかみや嫌がらせはあるだろうけど、襲われることはないでしょ』


 日本は平和だし。


『というか、人間ごときに後れは取るまい。そういうヤツは殺せ、殺せ』


 物騒だなー。

 思い出したように魔王にならないでほしい。


 私とウィズがお話や確認をしながら電車に揺られていると、すぐに目的地の駅に到着した。

 駅を出ると、近くにあるギルドとやらに向かう。

 5分くらい歩いていると、目的地のギルドが見えてきた。


 私はギルドと聞いて、アトレイアのギルドをイメージしていた。

 そのため、酒場かと思っていたが、普通の建物のようだ。


 まあ、当たり前か……


 私は自動ドアを抜け、ギルドに入った。

 ギルドの中は銀行のようなロビーである。


 私は入口近くにあった機械を見る。

 機械には張り紙がされており、『御用の方は順番にお呼びしますので、ボタンを押して番号札をお取りください』と書いてあった。


 私がボタンを押すと、機械の口から327番と書かれた紙が出てきた。


 待つか……


 私は近くのソファーに座り、番号が読まれるのを待つことにした。

 その間に周囲を観察する。


 私と同様に順番を待つ者、受付で受付嬢と話す者、何人かで集まって相談している者。

 皆、探索者だろう。


 すでに鎧を装備している者が多いし、強そうな者が多い。

 とはいえ、女性もいるし、そこまで屈強じゃないものもいる。


『フッ……この程度か……雑魚じゃな』


 いやー、天下の魔王様が人間にマウントを取ってるよ……

 情けない。


 まあ、ここにいる人達がそんなに強くないのは私にもわかる。

 魔力が低いのだ。

 基本的に魔力が高いものが強い。

 一部、例外を除く。


 私でーす☆


『これなら私の脅威にはなりそうにないわね。こいつら程度が行けるダンジョンなら出てくるモンスターも雑魚そうだわ』


 これは楽にお金儲けが出来そう……


『猫缶天国の野望に一歩近づいたな』


 何、その臭そうな天国!?

 私はロリの良い匂いに囲まれるんだい!


 私とウィズは自分達の野望実現が近づいたことを喜んでいた。

 すると、受付の上にある電光掲示板に327の番号が表示される。


『行くわよ』

『にゃー』


 カワイ子ぶんな!

 ババアのくせに!


 私はソファーから立ちあがると、受付に向かう。


「初めてのご利用の方ですね? ご用件はなんでしょう? 依頼でしょうか?」


 私が受付に向かうと、黒髪の受付嬢が対応してくれる。


 女は長い黒髪をストレートに伸ばしており、さらに目元はきりっとしていて、有能そうな雰囲気を漂わせている。


 なお、どう見ても20歳を超えている。

 さよならー。


「依頼?」


 私は受付嬢の聞きたいことがわからなかった。


「えーと、依頼の受け付けではないのでしょうか?」


 受付嬢は困ったような目をする。


『依頼って何?』


 私は念話で色々と調べていたウィズに聞く。


『素材採取やポーションなんかを取ってこいと探索者に依頼できるのじゃ。おぬし、子供と間違えられておるぞ』


 なーるほど。


「依頼じゃなくて、探索者になりに来たのよ。こう見えても20歳を超えているわ」

「そ、そうなんですか…………えーと、失礼ですが、身分証明書をお持ちですか?」


 受付嬢は動揺しているようで、私の頭からつま先までを見渡している。


「はい、これ」


 私は財布から運転免許証を取り出し、提出する。


『おぬし、車の免許を持っておるのか?』


 私が車の免許を持っていることが意外だったようで、ウィズが念話で聞いてきた。


『一応ね。取ってから乗ったことはないけど』

『乗る時は、妾は留守番しておく』

『どういう意味よ!』

『おぬし、どんくさいし……』


 失礼な!

 ちょっとゆっくりなだけで、どんくさくはないわよ!


「えーっと、確かに確認しました。しかし、本当によろしいのですか? ダンジョンは危険がいっぱいですよ?」


 受付嬢は心配そうな表情で確認してくる。


「問題ないわ」

「そ、そうですか……ちなみに、お仲間とかは?」


 仲間?

 吸血鬼は孤高なのだよ。


「必要ない」

「そうですかー……これは最初に伝えている事なのですが、ダンジョン内では毎年一定数の死傷者が出ます。また、そうなってもギルドは一切の責任は取れません」

「でしょうね。自分の行いには自分で責任を取るから大丈夫よ」

「わかりました。では、手続きの案内をしますので、こちらに…………」


 受付嬢は残念そうな表情を浮かべると、立ち上がり、こちらにやってきた。

 そして、近くにある部屋に向かっていく。


 私は受付嬢についていき、部屋に入った。

 そこは会議室のような広い部屋であり、学校の教室のように机が並び、前にはホワイトボードが置いてある。


「どうぞ、お座りください」


 私は勧められるままに一番前の机に座る。


 会社の研修を思い出すなー。

 200年前だからめっちゃ懐かしい。


「それでは、まず注意事項の説明です」


 受付嬢は私が席に座ったことを確認すると、持っていた冊子を開いた。


「まず、先ほども言いましたが、探索者は自己責任になります。また、探索者は一般の方々よりも強いので、もし、犯罪行為を行いますと、罪が重くなります」


 プロボクサーが一般人を殴ると、罪が重くなるらしいし、そんなもんかもねー。


「それと、女性探索者は危険ですので、ダンジョン内ではなるべく一人で行動しないでください。また、不用意に他の探索者とは接触しないでください」


 どこの世界も男というのは…………


 向こうの世界では、女の一人歩きは自殺行為だ。

 野蛮人に捕まると、モザイクだらけとなり、最終的には木に吊るされる。

 男は滅んだ方がいいな。


「気をつけまーす」

「本当に気を付けてください。次に…………」


 受付嬢は説明を続けるが、私は半分以上、聞き流している。

 どうせ、覚えきれないしー。


「えーっと、それではこの用紙に必要事項をお書きください。ここで虚偽があると、免許証を発行できませんのでご注意ください」


 私は用紙を受け取り、必要事項を書き込んでいく。

 中身は氏名、住所に始まり、健康状態のチェックやダンジョンに入る同意などが書かれている。

 私は何も考えずに書き込んでいくが、とある項目に疑問を持ったので、ペンが止まった。


「あのー、探索者ネームって何ですかー?」

「え!? いや、探索者ネームは探索者ネームですけど…………もしかして、テレビをあまり見ないんですか?」


 昔は見てたけど、こっちに戻ってからはあまり見てない。

 ウィズは見てたけど、私は寝てたのだ。


「仕事が忙しかったもんでー」


『ぷっ』


 ウィズが噴き出した。


 イラッ……


「なるほど。探索者ネームというのは探索者を行ううえでのハンドルネームみたいなものです。探索者の各階級の上位ランカーは公表しますので、その時の名前ですね。本名の方もおられますけど、おすすめはしません」


 なにそれ!?


『探索者は一種の娯楽要素になっておるんじゃ。階級はEランクに始まり、Aランクまである。各ランク内で順位をつけていて、上位10名は公表されて注目の的じゃ』


 めっちゃ調べてるし……


『けっこう楽しかったぞ。上位ランカーになれば、二つ名もつき、テレビや雑誌で取り上げられ、一種のヒーローになれる。妾はAランク3位の≪ダークマター≫こと、ジュンが好きじゃのー』


 ウィズは何をしているんだろう?


「わかりましたー…………どうしようかなー……」


 探索者ネームか……

 普通にいけば、“はるるん”だろう。

 だが、それでいいのか?

 もっとセンスティブで麗しい名前の方がいいんじゃないだろうか?


『ハルカ・エターナル・ゼロでいいじゃろ。あと、センシティブな』


 うっさい!

 うーん、ハルカ・エターナル・ゼロは本名だしなー。

 ハンドルネームって言ってんじゃん。


「うーむ」


 しかし、よく考えると、こっちの世界で“はるるん”を名乗る必要はないんじゃないだろうか?

 元々、“はるるん”に改名したのはハルカ・エターナル・ゼロが有名になりすぎて、他者に狙われたことが原因だ。

 こっちの世界では、ハルカ・エターナル・ゼロ=真祖の吸血鬼とはならない。

 今は沢口ハルカだし、ウィズが言うようにハルカ・エターナル・ゼロでもいいような気がしてきた。


「ふむ」


 私は探索者ネームの欄に≪少女喰らい≫ハルカ・エターナル・ゼロと書き込んだ。


「あのー……≪少女喰らい≫って何ですか?」


 私が書いているのを覗き込んでいる受付嬢が聞いてくる。


「私の二つ名」

「二つ名って、自称するものじゃないんですけど…………」

「いいからいいから」

「はぁ……じゃあ、まあ、これで登録します。二つ名持ちのルーキーは初めてですね」


 そりゃそうだ。


 私は引き続き、残りの項目も書いていく。

 他には気になる項目は特にない。


「書けたー」


 私は書き終えたので、受付嬢に提出する。


「はい。ちょっと待ってくださいね。確認しますので」


 受付嬢はそう言って、各項目をチェックしていく。


「はい、確かに。では、引き続き、試験に入ります。と言っても、そう難しくはありませんので」


 あー、そういえば、試験があったね。

 めんどくさ……

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