実はリンゴより梨の方が好き


 今日も無事に補習を終えた俺は久しぶりに協会に来ている。

 ただ、ダンジョンに行く予定はないし、1人だ。


 理由は簡単。

 俺のことが大好きな本部長に呼び出されたからである。


「何か用? 前にも言ったけど、俺はデリヘルじゃねーぞ」


 俺は本部長室の高そうなソファーに足を組みながら座っている。


「用な……出来たらこの忙しい時にお前に会いたくはなかったよ…………ハァ」


 俺の対面に座っている本部長が大きなため息をついた。


「じゃあ、呼ぶなや。こちとら補習で疲れてんだよ」

「だったら問題を起こすな……」


 問題?


「ん? 何かしたっけ?」


 そもそも協会に来たのは例のやつ以来だから問題も何もないと思うんだけど。


「いや、昨日、安達と何かしただろ。この忙しい時に呼び出したのはお前だろ」


 あー、そういえば、こいつがユリコを連行したんだったな。


「呼び出したのはシロだよ。俺はそれどころじゃなかったし。というか、俺は気絶してたからその辺のことを知らない」

「何があった?」

「ユリコに聞いてないの?」

「あいつは言語が通じん。思考回路が壊れてる」


 ひっで。


「何て言ってたん?」

「セックスしてたって言ってた」


 してねーよ!

 あれはレイプって言うんだよ!


「思考回路が壊れてるわー」

「で? 何があった? お前は気絶してたし、双子はお姉さまがーとしか言わんし、江崎はパニックだしでよくわからんかった」


 うるさそうな現場だな。


「ユリコに襲われただけだよ。抵抗して格闘中に俺の髪を使って首を絞められただけ」


 まさか自分の髪で落ちるとは思わんかった。

 長い髪も考えようだな。


「だけ……か? 暴行や殺人未遂に聞こえるのだが」

「ユリコなんかそんなもんだろ。がっつり股間を触られたわ」

「安達はお前に10分以上も胸を触られたと言っている」


 10分も経ってたかな?


「だからなんだよ。同意の元だからセクハラでも痴漢でもないぞ。あいつが触っていいって言うから触っただけ」

「…………もういい。帰れ。お前らのアホ騒ぎに付き合ってられるか……俺は1週間も家に帰ってないんだぞ」


 そんなに忙しいのかねー。


「その間に奥さんは浮気してんな。若い男に寝取られてんな」


 きっとそう!


「帰れ!!」


 俺は本部長がマジキレしたので慌てて、本部長室から逃げ出した。


「おー、怖っ! 気が立ってんなー。まあいいや。帰ろ」


 俺はロビーに戻ると、マイちんに挨拶しに行こうと受付に向かったが、マイちんが見当たらない。


「あのー、マイちんは?」


 俺は近くにいた女の職員に聞いてみる。


「本日、桂木さんはお休みです。何か御用ですか?」


 休みかー。

 残念……


「いや、挨拶をしようと思っただけですのでいいです」

「そうですか……あ、神条さん、そういえば、上野さんが探してましたよ」


 俺が帰ろうと思い、踵を返していると、職員さんが声をかけてきた。


「上野? 誰だっけ?」

「ミレイさんですよ」


 あー……?

 あの人、上野だっけ?


「あの人、苗字あったんだ……」


 皆、ミレイさんって呼ぶから知らなかった。


「そりゃありますよ。ミレイさんが神条さんを探してましたよ。渡したいものがあるそうです」


 渡したいもの?


「お金かな?」

「そういう関係ですか?」

「んなけねーじゃん」


 俺はポンコツリンゴ女のヒモではない。


「ですよね」

「あのリンゴ女はどこにいます?」

「向かいのレストランに行かれましたよ…………キララさんと一緒に」


 マジ!?

 めっちゃおもろそうな組み合わせじゃん!

 見逃してはいけない!


「よーし、行ってみる!」

「いってらっしゃい」


 俺は速足で協会を出ると、向かいのレストランに入った。


「いらっしゃいませー。おひとりですか?」


 俺がレストランに入ると、ウェイトレスが出迎えてくる。


「いえ、待ち合わせです。女が2人来てると思うんですけど。1人はアイドルのミレイさんで、もう1人は売れなかったアイドルのメルルというかキララ」

「あー……こちらです」


 よし! 通じた!


 俺はウェイトレスに案内されると、無言で睨み合うミレイさんとキララを見つけた。


 俺はウェイトレスさんと一緒に席に向かうと、ミレイさんとキララの2人と目が合った。


「あれ? ルミナ君じゃん」

「お前、1人か?」


 2人が声をかけてくるが、無視し、同じテーブル席に座わろうとする。


「キララ、詰めろ。座れんだろ」


 俺はキララを奥に押しやる。


「いや、何故にここに座る!?」

「いいからいいから」


 俺はキララを押しやると、席に着き、メニューを見る。


 うーん、ここはミレイさんのおごりになるだろうな……


「マリアージュなんちゃら――」

『ケーキセットな』


 ……ちゃっかりしてんな。


「――のケーキセット」


 俺はついてきたウェイトレスに注文をする。


「いやー、奇遇だね」


 俺は2人に挨拶をする。


「いや、何でいんの? 何で同じ席に座るの?」


 キララが文句を言ってくる。


「混んでるから相席がいいと思って」

「混んでなくね? 空いてね?」


 うるさい子だなー。


「ミレイさん、こんにちは。何か用があるって聞いたけど」


 俺はキララを無視することにした。


「……おーい」

「こ、こんにちは。いきなりだね」

「さっき、協会の職員に聞いたんだよ。ミレイさんって、上野って言うんだね。誰かと思ったわ」

「…………すげー無視するし」


 小声で言うな。

 お前が言うと、哀れさが増すんだよ。


「私、名乗ったよ? 結構、名乗ってるよ?」

「あんま上野感がないんだよねー。下野でいいじゃん」

「全国の下野さんに悪いけど、絶対にバカにしてるよね?」


 だって、お前、ポンコツじゃん。下の下じゃん。


「それで、用って何? なんか渡したいものがあるって聞いたけど……」


「あ、そうそう。実はこの前、実家に帰ってね。お土産を渡そうと思ってたの」


 絶対にリンゴだな。


「はいこれ」


 ミレイさんはアイテムボックスから段ボールを取り出した。


「でかくね?」

「まあ、家のやつだし、袋詰めは面倒だから。何個でも持って行っていいよ。いっぱいあるしね。あと、他の皆にも渡しておいて」


 俺は段ボールの中を覗く。

 予想通り、中身はリンゴだった。


 …………これ、廃棄するやつだろ。

 捨てるのがもったいないからお土産と称して配ってるやつだろ。


「青森って他にないの?」

「リンゴ以外いらないでしょ」


 暴論とはこのこと……


「じゃあ、貰うわ。リンゴ好きだし……ありがとねー」

「うんうん」


 俺は段ボールの中からリンゴをいくつか取り、アイテムボックスに収納する。


「お前はちゃんともらったか? リンゴ嫌いとか言ってないだろうな。普通にリンゴ好きなくせに」


 俺は隣にいるミレイさん嫌いの農家娘を見る。


「もらったよ……」


 キララはふいっと目を逸らす。


「リンゴ嫌いって言ってたけどねー」


 ミレイさんがニコニコと笑う。


「お前はホントに……」


 どうしてミレイさんに突っかかるかねー。

 まあ、理由は知ってるけど。


「別に好きって程、好きじゃねーし」


 ツンデレかな?


「君、この前、アップルパイを食べてたよね?」

「……食べてねーし」


 俺は携帯を取り出し、操作する。


 えーっと、写真とか撮ってたような…………


「いちいち、追い込むんじゃねーよ。わかったから! ミレイさん、ありがとうございます!」

「どういたしまして」


 …………このやり取りからしてお礼すら言わんかったようだ。


「お前、責任ある大人はどうちゃらこうちゃら言ってなかったか?」

「うるせーな……私、こいつ、嫌いなんだよ」

「それなのに一緒にお茶してんじゃん」

「…………誘われたから」


 こいつ、嫌いな相手でも誘われたらついていくのか……

 そんなに寂しいのか?

 こいつ、将来、ペットを買いそう。


「ミレイさんはなんでこんなヤツを誘ったの?」

「こんなヤツにこんなヤツって言われたくない」


 黙れー。


「リンゴの御裾分けついでにねー。キララさんとちゃんと喋ったことなかったし。ルミナ君は仲が良さそうだね」

「こいつ、友達がいない憐れなヤツなんだよー。だからあきちゃんを紹介したんだ」

「…………友達くらいいるし…………シズルがいるし」


 そこで個人名を出す時点でお察しだわ。


「あきちゃん? あー、あきちゃんが子分をゲットしてたって聞いたけど、キララさんだったのか」


 子分……


「子分……」


 キララが微妙な顔をしている。


「そういえば、あきちゃんは? 一緒じゃないの?」


 こいつがここにいるってことはあきちゃんとダンジョンだろう。


「すぐに帰った。ソシャゲのイベントがあるんだとさ」


 あいつ、まだソシャゲしてんの?

 昔はよくサエコやショウコも交えて遊んでたけど、いまだにやってんのか……


「ふーん」

「あ、じゃあ、あきちゃんにもリンゴを渡してくれないかな?」


 ミレイさんは再び、段ボールを取り出す。


「え? あー……うん」


 キララは大人しく段ボールからリンゴを取った。


「お願いねー」

「…………はい」


 どうしたこいつ?


「…………どしたん?」


 俺は小声でキララに耳打ちする。


「…………あきちゃん、リンゴが嫌い」


 キララが耳打ちを返してきた


「…………え? マジ?」


 付き合いが長いけど、知らんな。


「…………マジのマジ」


 マジかよ……

 そら、気まずいわ。


「あはは! リンゴが嫌いな人なんているわけないじゃん」


 ミレイさんが笑いだした。

 どうやら聞こえたらしい。


「いや、でも、そういう人もいるかもしれないじゃん」


 あんま見たことないけど。


「いるわけないね!」


 圧が……


「加工品は食べれるって言ってたからジャムにでもするよ」


 さすがのキララもフォローする。


「そのまま食えよ!」


 ミレイさんの圧が強い……

 目が座ってるし……


「そんなことを言われても……あきちゃんだって、悪気があるわけじゃないし」


 キララは親分を庇おうとしているが、劣勢だ。

 キララは口が悪いが、基本的に陰の者なのだ。


「…………それもそうね。ルミナ君さ、あきちゃんの家って知ってる?」

「知ってるけど……遊びに行ったことあるし」


 物が多い部屋だったな。


「教えて」

「何すんの?」

「せっかくだし、宅配便で送るわ」


 どんだけ送りつける気だ…………


「いいけど……」


 俺は携帯を操作し、あきちゃんの住所をミレイさんに送る。


「ありがと」

「あきちゃん、かわいそう」


 キララが同情しているが、多分、その処理を手伝わされるのはお前だ。


「私、帰るね。ちょっと家に取りに帰らないといけないから」


 ミレイさんは俺の分も伝票も取り、レジに向かうと、そのまま帰ってしまった。


「人が変わったみたいだった…………」


 キララは窓の外を颯爽と歩くミレイさんを見つめながらつぶやく。


「お前は知らんだろうが、あの人は某雑誌でもレモンと一緒にリンゴを持ってた人らしいからな」


 この前、調べたら画像も出てきた。

 違和感がすごかった。


「ウチも農家だけど、そんなにこだわりないぞ」

「お前の家は何作ってんの?」

「米」


 米か……

 普通だ。


「実家に帰るのはいつ?」


 米ならいくらあってもいいな。


「…………いや、米はお土産にしにくいだろ」

「俺は気にしないぞー」

「えー…………重いのに」


 数ヶ月後、キララは律儀に米をくれました。


 …………忘れてたとは言えませんでした。





攻略のヒント

 

 みんなー……、元気ー……?

 あきちゃんはあんま元気じゃない……


 最近、食生活が偏ってるせいかもしれないなー……


 よくわからないけど、3食をリンゴで過ごしてるんだよね……

 別にダイエットしてるわけじゃないけど、3食リンゴなんだよね……

 私、3キロも痩せたよ……

 キララも5キロ痩せたってさ……


 何でこんなことになったんだろうね……?


 あきちゃん、リンゴが好きじゃないんだよねー。

 というか、生のリンゴは嫌いなんだよねー。


 でも、最近は嫌いじゃなくなったよ。

 もう味がしなくなったんだー……


 だから許して……


 あー、焼肉食いてーな……


 誰かあきちゃん家に来ない?

 手伝ってよー……


 あと、強欲な小娘!

 着拒すんな!

 電話出ろ!

 お前、人の住所をしゃべっただろ!!

 二度と年賀状を送ってやらないからな!


『≪モンコン≫ことBランクエクスプローラ春田秋子のブログ』より

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