勇者は孤高なものだ


 ちょっとおっぱいを触っただけで狩人の本能に目覚めたユリコだったが、なんとか逃れることができた。


「神条、大丈夫か?」


 何故かこの場にいるハヤト君はテーブルの前に座っている。


「お前、なんでここにいんの?」


 アヤとマヤが遊びに来るのは知ってたけど、ハヤト君は聞いていない。


「暇そうにしてたから誘った」

「ハヤト、春休み期間中、誰とも遊んでないらしいから可哀想だったんだ」


 マジ?


「お前…………」

「いやいや、俺も地元に帰ってるから遊ぶ相手がいなかっただけだよ!」


 ハヤト君が必死に弁明をしている。


「地元にも友達いるよねー?」

「ねー」


 双子は顔を見合わせる。


「お前らはなー…………神条はいないよな?」


 こいつ、必死だな。


「俺にはアカネちゃんという素晴らしい幼なじみがいるんだよ。いっつも一緒」


 まあ、アカネちゃんがいつも一緒にいるのはホノカなんだけどね。


「俺にだって、アヤとマヤがいる…………」

「会ってんの?」


 俺はアヤとマヤに聞く。


「ううん」

「春休みに入って初めて会った」


 ふーん…………


「ていうか、土井は?」


 あいつこそハヤト君の唯一の友達だろ。


「あいつは父方の実家がある北海道に行ってる」

「…………カニ食べてる」

「…………ウニ食べてる」


 マジか……

 お土産を催促するメッセを送らねば!


 俺はベッドから降りると、テーブルの上にある携帯を手に取った。


『唐突だけど、俺、カニが好きなんだー。シズルはウニが好きらしい。あと、ウチの蛇はイクラが好きだってさー』


 俺は送信ボタンを押し、土井にメッセを送った。


「そういう情報は早く言えよ」


 俺は操作していた携帯を覗き込んでいた双子に文句を言う。


「う、うん」

「お姉様の図々しさがヤバいね」


 双子が俺から離れ、顔を見合わせた。


「あー、もう12時前か…………」


 俺は携帯の時計を見て、時間を確認する。


「神条が倒れて1時間くらい経つからなー。病院は? ホントに大丈夫か?」

「行くわけねーだろ。めんどくさい。俺は明日から補習なんだぞ」


 貴重な休みを潰されてたまるか。


「お姉様、ご飯食べようよ」

「お腹空いた」


 そうだなー。


「何か食いに行くかー」

「…………お姉様が作ってよ」

「…………手料理食べたい」


 普通、さっきまで気絶してた人間に頼むか?


「じゃあ、冷蔵庫にある余りものでも食ってろよ」

「…………さっき例のアノ人が不穏なことを言ってた」

「…………浮気だ」


 さらっと脅してやがる……!

 ちょっとおっぱいを触ったくらいだし、浮気じゃない。

 でも、怖いから黙ってもらおう!


「何が食べたい?」

「えーっと…………」

「ちょっと待ってね」


 アヤとマヤは耳打ちをしあい、ゴニョニョと相談している。


「「オムライス!」」


 そうまでして揃えたいのか?


「それを4人分作れと?」


 めんどくせー……


「5人分なー」


 テーブルの上でユリコのお土産のチョコを食べているシロが訂正してきた。

 俺はため息をつきながらキッチンに行き、冷蔵庫を開ける。


 シロの好物である鶏肉はあるけど、卵が足りねーな。


 俺は財布から1000円札を取り出し、部屋に戻った。


「アヤ、これで卵を買ってこい。おつりでデザート買ってもいいから」


 俺はアヤに1000円を渡す。


「わかったー」

「行ってくるー」


 俺はアヤに言ったんだが、マヤも一緒に家を出て行ってしまった。

 まあ、どっちでもいいんだけど。


「あいつらは元気だねー」


 俺はロリ姉妹を見送ると、テーブルの前に腰かける。


「春休みだからなー」


 ハヤト君も楽しそうだ。

 羨ましいねー。


「俺達は補習だというのに…………」

「さすがにテストを受けないのはマズいだろう」

「それはわかってるんだけどねー」


 めっちゃめんどい。


「お前らが朝まで起きて、昼まで寝てるんだろうなーと思うと、マジでムカつくわー」

「いや、普通にいつも通りの時間に寝起きしてるよ」

「マジ? バカじゃね? 長期休みはだらけるもんだろ」

「アヤとマヤにも言われたなー」


 でしょうねー。


「ハァ……嫌だわー」

「なあ、神条、クーフーリンさんに何かしたか? すごく怒ってたけど…………」

「クーフーリン? 何もしてねーよ。どうせ、いつもの八つ当たりだろ。いい年して、いつまでチンピラやってんだか」


 あんな大人にはなりたくないねー。


「相棒……クーフーリンが怒ってたのはお前がパンプキンボムを投げたからだろ。それを忘れるなよ…………」


 ん-?

 あー……デュラハンごと吹き飛ばしてやったんだった。


「あれね。あのままだとデュラハンの精神力が回復してしまうからさっさと倒そうと思っただけだろうが……多少の犠牲はつきものだよ」


 結論、俺は悪くない。


「あのカボチャを投げたのか? そりゃあ怒るだろ」


 ハヤト君は仲間であるクーフーリンびいきだからそう思うんだよ。


「あきちゃんは全然、怒ってなかったのになー。クーフーリンは本当に小さいわ」

「あー、あきちゃんって、モンコン? 『あのガキ、俺を盾にしやがった』って怒ってたな」


 なるほどね。

 あきちゃんはクーフーリンを盾にしていたようだ。

 それであきちゃんは怒ってなかったわけか。

 あきちゃんらしいわ。


「お前らも来れば良かったのになー。めっちゃレベルが上がったぞ」

「さすがに50階層は無理だよ。でも、学校やネットでは散々言われたな。勇者じゃねーの?って」

「まだ雌伏の時なんだよ。今後、現れる魔王を倒すのがお前の仕事」


 勇者と言えば、魔王だろう。


「それはそれで嫌だな。神条がやれよ」

「俺は魔王に与する幹部になるから。すぐに人類を裏切る予定だから」

「似合うなー」


 だって魔女だもん。

 厄災の象徴のカオスだもん。


「ハヤト君達は4月から本格的なダンジョン探索を始めるんだっけ?」

「その予定。まあ、≪教授≫が帰ってきてからだな」


 ≪教授≫も忙しいんだろうなー。

 過労死しないかなー。


「ただいま!」

「卵を買ってきたよ!」


 俺とハヤト君が話していると、ロリ姉妹が買い物から帰ってきた。

 こいつら、なんでチャイムを鳴らさないんだろう?

 もし、俺が着替えてたらどうすんだ?


「おつかれさん。じゃあ、作るわ」


 俺はロリから買い物袋を受け取ると、キッチンに行き、料理を開始する。

 5人分もあると面倒だが、オムライス自体はそこまで難しいものではない。

 俺は適当に作っていき、最後にケチャップでロリA、ロリB、勇者様(笑)、ヘビと書き、テーブルに持っていき、それぞれの前に置いた。


「ロリA…………」

「え? 私がB?」

「ケチャップ多くない?」

「ホワイトドラゴンって書けよー」


 うるさい連中だなー。


「…………自分のはまじょって書いてある」

「…………シッ! 漢字が書けなかったんだよ」


 ド忘れしただけだし!

 普段は書けるし!


「いいから食べるぞー」

「はーい」

「いただきー」

「悪いなー」


 皆が手を合わせ、昼ご飯を食べ始める。


「ちなみにRainさんだったら何て書くの?」


 ロリAのアヤが聞いてくる。


「怒られないやつと怒られるやつがあるなー」


 怒られるというか、無視されるやつ。


「怒られないやつは?」

「普通にRainって書くわ」


 忍者でもいいな。


「怒られるやつは?」

「巨乳って書く」


 もしくはおっぱい。


「お姉さまって素でひどいよね」

「自分もじゃん」


 俺は魔女って書くから……

 もしくは金髪って書く。


「タケトだったら何て書くんだ?」


 ハヤト君も便乗して聞いてくる。


「邪魔者」

「いや、あいつが何をしたんだよ…………」


 いっつも俺の隣に来るんだよ!

 新学期は後ろの席でシズルと隣になりますように……


 神様じゃない人ー!

 お願いを聞いてー。


『トランスバングルを返すならいいよ』


 死ね!


『ひどい…………』


「午後から何すんだ?」


 神様じゃない人を無視し、アヤとマヤに聞く。


「決めてない」

「買い物行く? カラオケ行く?」


 ホント、こいつらはその2択なんだよな…………


「ハヤト君、どっちがいい?」

「うーん、どっちでも…………」


 自分がないヤツだなー。

 まあ、俺もどっちでもいいけど。


「買い物はハヤト君が辛くね? 女3人だぜ?」


 ハーレムだけど、買い物に付き合わせるのもなー。


「君も男だよね?」

「何? ダブルデートにすんの? ハヤト君はどっちのロリがいい?」

「そういう意味ではないんだけどな…………」

「ちなみに、俺はどっちでもいい。変わんねーし」


 一緒だもん。

 バレッタで見分けてるので、入れ替わられたら絶対に気付かない。


「…………すごいディス」

「…………個性を大事に」


 お前らがその個性を消してるんだよ。

 いつも同じしゃべり方で同じ格好だもん。


「ハヤト君はこいつらの見分けつくの? 俺もシズルも無理」

「…………Rainさんもなのか」

「…………もうすぐ1年になるのに」


 多分だけど、バレッタが悪かったんだと思う。

 わかりやすい記号があるから俺もシズルもそれ以外を見なくなったのだ。


「まあ、わかるよ。どこかって言われると、困るけど、なんとなくわかる」


 へー。

 幼なじみだからかねー。

 俺もアカネちゃんが演技で怒っている時とマジ切れしてる時の違いはわかるぞ!


「…………ハヤトに言われてもなー」

「…………あんま嬉しくないよね」

「…………やっぱりロリなんだって思っちゃうよね」

「神条、それやめろ!」


 ウケる。

 勇者様(笑)じゃなくてロリコンって書けばよかったな。


「うーん、買い物じゃないならカラオケかー」

「久しぶりにお姉さまの音痴を聞くかー」


 こらこらー!


「お前らもたいして変わんねーじゃん」

「お姉さまよりかはマシ」

「そうそう」


 お前らは2人で歌うからそれっぽくなるだけだろ!


「神条、下手なのか?」


 ハヤト君が大変に失礼なことを聞いてくる。


「普通だわ。ただ、シズルを入れた4人で行くことが多いから目立つだけ」


 シズルは歌が上手い。

 プロだから当たり前だけど……


「Rainさんはあんまり乗り気じゃないけどね」

「まあ、Rainさんが歌うと黙っちゃうから」


 他の3人が歌うとわいわいと盛り上がるのだが、シズルが歌い始めると、皆、席に座り、静かに聞く。

 だって、上手いんだもん。

 まあ、シズルはそれを非常に嫌がるけどね。


「へー。雨宮さんの曲は聞いたことがあるけど、生で聞くなんて贅沢だなー」

「自分の曲は歌ってくれないけどね」

「お姉さまがカエルの歌を歌わせてたけどね」

「あれは笑った」


 めっちゃ笑った。

 あいつ、クソ真面目に真顔で歌うんだもん。

 マジで息が出来なくて苦しかった。


 その後、すげー無視されて、目も合わせてくれなかったけど…………


「あの時ほど、お姉さまの性格が悪いなと思ったことはないね」

「逆にあの状況で真面目に歌い切ったRainさんがすごいと思ったね」


 お前らも下を向いて笑ってただろ!

 知ってんだぞ!


「楽しそうだなー」

「カラオケ行く?」

「別にいいよ」


 日曜だし、空いてるかな?


「ハヤト君、上手いの?」


 下手であれ!

 爽やかななくせに下手であれ!


「さあ?」

「さあ?って…………」


 大体わかるだろ。


「そういえば、タケトはあるけど、ハヤトとカラオケに行った記憶がない」

「そもそもハヤトが歌を歌っているところを見たことがない」


 えー……

 お前ら、仲が良いのか、悪いのか、どっちだよ。


「お前、カラオケに行ったことある?」

「小さいころに家族と言った以来かな…………」


 えー……

 マジ?

 そんな陽キャみたいな風貌なのに?


「お前、中学の時に何をしてたの? カラオケとか行かなかったのか?」

「部活と勉強ばっかだったな」


 真面目か!

 さすがはオーダーだぜ!


「サッカー部だよな?」


 うえーいだよな?


「いや、野球部」


 坊主だったんかい……


「ハヤトはレギュラーだったらしい」

「なお、レギュラーが何かは知らない」


 こいつらは絶対に運動部じゃないな。


「へー。そらすごい。俺は部活をやったことがないからなー」

「そうなのか? 神条は運動神経がヤバいって評判だけど…………」

「壁を走ったって聞いた」

「空を飛んだって聞いた」


 空は飛んだな……

 運動神経はまったく関係ないけど。


「いや、俺はずっとエクスプローラだったから。それにプロは試合に出れねーし」


 スキルで能力を上げちゃうと、どうしても差がついてしまうからなー。


「そういえばそうだな。俺の中学の野球部はそこそこ強かったから練習ばっかだったよ」


 そんなのは嫌だなー。

 俺、監督を殴って、退部になりそう……


「へー。それに加えて、勉強か……そら遊ぶ時間はないわなー」


 彼女もいそうにないな。

 フッ! 勝った!


「…………よし! ハヤトのカラオケデビューに付き合ってあげよう!」

「…………うん! それが幼なじみとしての務め!」

「…………だね! ハヤトの歌を聞こう! そして、笑おう!」

「いや、行ったことがあるって。あと、神条はどうしてアヤとマヤのマネをするんだよ……」


 気分、気分。


 俺達はオムライスを食べ終えると、カラオケに向かった。


 そして、ハヤト君の歌を3人でワクワクしながら聞いたのだが、普通だった。

 下手というわけでもなく、上手いというわけでもない。

 ただただ、普通だった。

 アヤとマヤのガッカリとした顔が印象的だった。


「お前、意外と普通だよな」

「意外と影薄いってよく言われる」


 めっちゃわかる。

 勇者のくせに影薄いわ。


 なお、俺はいつかの事を謝ろうと、シズルにカエルの歌はゴメンね、とメッセを送ったのだが、既読スルーされました。

 蒸し返すんじゃなかった…………





攻略のヒント


アヤ「…………マヤ、笑っちゃダメだよ……!」

マヤ「…………アヤもだよ……!」

ルミナ「ひひひ! ヤバい! マジでウケるし! アハハー!」

アヤ「…………ヤバいのはあんただよ……」

マヤ「…………Rainさんの目が怖い……」


『とあるカラオケ』より

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