第154話 あなたが思うより健康です


 駅で遭遇した怪しいエッチな外人はユリコにあげた。

 俺はその後、電車に乗り込み、定期検診がある病院へと向かった。


 病院に着くと、受付に行き、Dカードと診察券を渡す。


「はい。神条ルミナ様ですね。えーっと…………ん? え? 男性? あー…………はい、まずは着替えてもらいますので、更衣室に行って…………えーっと、少々、お待ちください」


 受付の女は慌てたように奥に下がっていった。


 学校や協会は前もって対応していたが、外部はこんなもんだろうなー。


「す、すみません。更衣室をご案内します」


 しばらくして、戻ってきた受付の女はそう言って、俺を更衣室に案内してくれる。

 今さら、≪空間魔法≫の早着替えがあるので、服さえもらえれば、更衣室はいらないですとは言いづらい。


 俺は空気を読んで、大人しくついていく。

 女は2階に上がると、近くの部屋の前に立った。


「すみませんが、ここでお願いします」


 女はそう言って、俺に着替える服を渡してくる。


 俺はそれを受け取り、部屋の扉を開け、室内を見る。

 そして、振り返り、案内してくれた女を見た。


「す、すみません。ここしか空いてなくて……」


 女は申し訳なさそうに頭を下げている。


 それもそのはず、ここはどう見ても倉庫だ。

 そりゃあ、空いているだろう。

 しかし、普通、客(?)に倉庫で着替えろって言うか?


「はいはい。この寒い中、ここで着替えればいいのね。まあいいや。着替えたらどうすんの?」


 病院に行って、風邪引くってどうなんだ?

 まあ、俺はちょー健康だから風邪なんて引かないけどな。

 ……………………馬鹿だからじゃないぞ。


「申し訳ございません。えーっと、着替え終えたら1階のトイレで検尿を………………すみません、少々、お待ちください」


 女はまた、どこぞに行ってしまった。


「めんどくさいヤツでごめんねー」


 俺はその場で空間魔法を使い、着替えた。

 服は普通の病衣だ。

 まあ、若干、寒いが、病院内は暖房がついてるので、問題ない。

 倉庫は寒いだろうがね。


「俺っちはどうしよう?」


 シロが服の中から出てきた。


 そういえば、こいつをどうしよう?

 ついてきたいって言うから連れてきたけど、検査には邪魔だし、病院に蛇みたいなモンスターはマズい気がする。


「お前、この袋に入ってろ」


 俺はアイテムボックスから袋を取り出した。


「えー……それレジ袋じゃん」

「これしか持ってないんだよ。いいから入れ」


 俺はシロを掴み、アイテムボックスから出したレジ袋に入れた。

 そして、受付の女を待つ。

 しばらくすると、女が紙カップを持ってやってきた。


「すみません。これを持って、そこのトイレでお願いします」


 女がすぐそこにある女子トイレを指差す。


 女子トイレを選択したか……

 学校もだが、何故に女子トイレを選択するんだろう。

 別に男子トイレでいいだろうに。

 気を使いすぎなんだよ。


「はーい」

「外で待ってますのでー」


 俺が女子トイレに入ると、外から女が言った。


 俺は女子トイレの洋式便所で検尿カップに小便を入れる。


 モノがないと入れにくいな……

 まあいいや。


 俺は入れ終えた検尿カップを女に渡した。


「次はー?」

「1階に降りてもらって、各検査を受けてください。下に係の者がおりますので」


 俺は言われた通り、1階に降り、係の者とやらの指示に従い、各検査を受けていく。

 身長、体重に始まり、視力や聴力、血液検査、謎の機械たちによる全身検査と、よくわからない検査が続いていき、最後は医師による問診のみとなった。


 俺は最後の問診を待っている間に自分の検査結果が書かれた紙を見る。


 視力や聴力は変わってないだろうが、身長と体重がヤバいな……

 改めて、数字を見ると、変わったんだなーと思う。


 身長は175センチくらいだったのに、158センチだ。

 体重は60キロ以上あったのに、今は…………減っている。


 うーん、女だなー。

 しかし、スリーサイズは調べないのか……


 俺は自分の数値を見ながら女になったことを改めて実感していると、呼び出しを受けた。

 そして、呼び出された部屋に入り、医者の前に座る。

 医者は30歳を超えた女医であり、去年と同じ人だった。


「こんにちはー。先生はお変わりなく」

「はい、こんにちは。あなたは変わりすぎね」


 ですねー。


「えーっと、じゃあ、ちょっと聞いていくわね」

「はいさ」

「ダンジョン探索はどう? 変わったことはない?」

「川崎から東京に移ったんで、環境は変わりましたけど、特にないですね」

「そう。モンスターを見て、怖くなったり、ダンジョンに恐怖を感じることはなかった?」


 これらの質問はダンジョン病になってないかの確認である。


「虫系モンスターが嫌です。巨大ゴキブリの話を聞きます?」

「結構です。その手の話はもうお腹いっぱいなの」


 まあ、他のエクスプローラも嫌だし、言うわな。


「じゃあ、他は特にないです」

「寝つきはいい?」

「10秒で寝れるし、夢も良い夢です。あ、この間の夢を聞きます?」


 えっちな夢。


「寝つきも良いっと、問題はなさそうね」


 無視……


「ダンジョン病とは無縁ですよー」

「そのようね。まあ、あなたはそうでしょう。他に、この1年で変わったことはない?」


 いや、変わりすぎてますけど……


「見りゃわかんでしょ」

「他には?」

「東京に戻った、高校生になった、仲間が出来た、うーん、あとは…………あ、彼女が出来た!」

「おめでとう。問題だらけだけど、問題はなさそうね」


 言い得て妙とはこのこと。


「彼女のことを聞きたい?」

「女性に変わって、気になることはない?」


 この人、すげー無視するな。


「気になることって?」

「例えば、男性と女性の差で戸惑うとか」

「お前らの過剰な気遣いがうぜーくらいだわ」

「それは仕方がないわ。こんなことは例にないんだから。うーん、彼女が出来たって言ってたわね。その子のことは本当に好き?」


 ん?


「好きだけど……」

「彼女ってことは、相手は女性でしょう? 男性を好きになることは?」

「精神が男なんだよ。男を好きになることはない」

「あの人いいなーとか、カッコいいなーとか、ドキッとすることはない?」

「ないねー。アクション映画とかを見て、俳優さんをカッコいいなーと思うことはあるけど、男女のそれじゃなくて、男子の憧れとかだな」


 カッコいいし、ああなりたいと思う。


「なるほど。性欲はどう? 彼女さんとエッチしたいと思う?」

「したいとは思うけど、男になってからだね。今の姿は嫌」


 女同士の百合系は趣味じゃないのだ。

 多分、ユリコのせい。


「ふむふむ。自分、女だなーって思う時はない? 男の時と比べて、変わったなーとか」

「うーん……力も速さも落ちたし、生活サイクルは変わったけど、精神的には特に変わってはない。逆に聞くけど、女らしさって何?」

「女らしさねー、直接的な争いを好まないとかかな」

「そこは変わってない。エクスプローラだし」

「なるほどね……わかったわ。まあ、大丈夫でしょう。詳細な結果は後日、郵送するけど、問題ないと思うわ。まあ、色々と大変だろうとは思うけど、頑張りなさい」

「あーい」


 俺は問診を終え、すべての診断を終了したので、家に帰ることにした。


 時刻はすでに昼を回っている。

 貴重な日曜日の午前をどうでもいいことに使ってしまったと思ったが、よく考えたら、普段も昼まで寝てるわと思った。




 ◆◇◆




 検診を終え、家に戻った俺はゴロゴロとしている。

 やることがないのだ。


「暇だなー」


 俺はパソコンで掲示板に悪口を書きながらつぶやく。


「お前、趣味とかないん?」


 シロが机の上で俺の携帯を構いながら聞いてくる。

 俺がパソコンを使っているのはシロが携帯を独占しているからだ。

 最近はほぼ家で携帯を使うこともなくなっている。


「好きなことは多いけど、趣味と言えるもんはねーな」

「何か作れ」


 こいつは食うことばっかだなー。


「何を食いたいん? そこにユリコからもらったチョコがあるからそれでも食えよ」


 そういえば、あの2人は今頃、何をしているんだろう?

 ユリコは成功したのか、それとも、あの赤毛の外人さんが逃げたのか……


「あ、来週、バレンタインだろ。お前、何か作らないのか?」

「何で俺が作るんだよ。もらう方だっての」


 最低でも、4つはもらえる。

 お姉ちゃん、ホノカ、アカネちゃん、シズル。

 多分、ちーちゃんはくれないだろう。


「お前、こういうの得意そうじゃん」

「お菓子はあんまり作ったことないなー。ホノカが得意なんだ」


 お菓子は普通の料理より、繊細だ。

 でも、あのガサツなホノカは得意。


「お前も作れるだろ」

「道具ねーし」

「なくても作れるだろ」


 しつけー。

 こいつ、本当に食い意地が張ってんな。


「何を食いたいんだ? チョコなんか湯せんで溶かして、型に入れるだけだぞ」


 カカオから作れとか言っても無理。

 当たり前だけど。


「じゃあ、これ」


 シロはそう言って、携帯を頭で指す。


 俺は立ち上がり、シロがいるテーブルに行き、携帯を覗く。


「ガトーショコラねー。まあ、作ったことはあるな」

「あるんかい…………じゃあ、作れ」

「作ったのはだいぶ前だぞ」


 小学校の時だ。

 妹と作った。

 アカネちゃんは…………いたかな?

 まあ、どっちみち、ヤツには無理だ。


「大丈夫だって」

「んー、でも、材料ねーな」


 作り方によるが、グラニュー糖なんかはない。

 普段、使わんし。


「買えよ。スーパーはすぐそこだろ」


 めんどい…………

 一回出たのに、また出るのは嫌だよ……


「今週末で良くね? バレンタインは土曜だし」


 金曜に作ってやるよ。


「えー…………じゃあ、まあ、それでいいや」

「そうだろう、そうだろう。ハァ…………暇だ」

「お前、すげーわがままだな」


 わがままなのは、お前じゃい!






攻略のヒント


宛先  お肉魔人

差出人 紳士代表

件名  どうしよう?


いい加減、東京に留まる理由を考えるのも難しくなってきた。

協会の連中の”いつまでいるんだ”の雰囲気がすごい。


マジでどうする?

対象者への接触がまったくできていない。

しかも、マリリンの生まれ変わりはずっと膝を抱えたままで役に立たん。






宛先  紳士代表

差出人 お肉魔人

件名  Re:どうしよう?


1ヶ月以上もいればな。

本国からも催促が来てる。


こうなったらダンジョン内で接触しよう。

これならば、協会も学校も関与はできまい。

ただし、対象者は何をするか、わからんから慎重にいこう。


マリリンの生まれ変わりは何とかしてくれ。

メイジであるあいつがいないと厳しい。



『とあるメール』より

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