閑話 ≪魔女の森≫の女子会


 私の目の前には、頭を抱えた1つ上の先輩とその先輩の背中をさすっている2つ上の先輩が座っている。


 シズル先輩とチサト先輩である。


 私はドリンクバーで入れてきたリンゴジュースを飲みながら2人の会話を聞いていた。


「大丈夫だって。いくらルミナちゃんでも、そこまでしないと思うよ」


 チサト先輩がシズル先輩を慰めている。


「あの人、異様なまでに器用というか、無駄に何でもできるんです。多分、お菓子も作れます」


 確かに、センパイは子供の頃から器用な人間だった。

 でも、すぐにそのことを鼻にかけ、トラブルを起こす人間でもあった。


「いや、まあそうだけど、さすがにバレンタインにチョコは作らないでしょ」


 多分、作らない。

 センパイはあまりお菓子作りが好きじゃない。

 理由は簡単で、妹のホノカちゃんの方が上手だからである。


 ホノカちゃんもまた、すぐに鼻にかける人間であるため、センパイが拗ねたのだ。

 昔から、あの兄妹はマウント合戦ばっかりしている。


「うーん」


 シズル先輩が悩んでいるのは、来週の土曜、すなわち2月14日のバレンタインデーに彼氏であるセンパイに手作りチョコを贈りたいのだが、贈る相手が自分より上手なものを作りそうなことだ。


 普通なら悩むのすらアホらしい。

 どこの世界に、バレンタインにチョコを作る男子がいるだろうか……

 そりゃあ、趣味とか色々あるだろうから、いるとは思うが、普通は作らない。


 しかし、センパイは普通じゃない。


 頭がおかしい。

 女になったことを悩まず、むしろ、楽しんでるバカだ。


 正直、シズル先輩が何であんなのと付き合っているか、わからない。

 シズル先輩も若干、変な人とは思うが、それでも、優しくて、常識のある人だ。

 その人がなぜ、あんな人を好きになるのだろう?


 私だって、センパイのことは嫌いじゃないし、どちらかといえば、好きだ。

 でも、それは恋愛感情ではない。

 昔から、知っているし、尊敬できるところもあるが、絶対に付き合いたいとは思わない。


 だって、中身は、自分が絶対な俺様男なのだから。

 しかも、バカ。


 救いようがない。


 あの人は近くで見て、楽しむものであり、決して、触れてはいけないものなのだ。


「アカネちゃん、どう思う?」


 ついにシズル先輩は私にも話を振ってきた。

 正直、帰りたい。


「作るかもしれませんが、大丈夫だと思いますよー。あの人、何も考えてないと思いますし、単純に喜ぶと思います」

「そうかなー」


 この人は何でこんなに悩むんだろう……

 やっぱり重い人だな。

 多分、結婚とかまで考えてそう…………


「シロに聞いてみたら?」


 頭の良いチサトさんが画期的なアイデアを言った。


「いいんじゃないですかね? センパイの携帯って、シロが使ってますし」


 年末にホノカちゃん家に泊まりにいった時に見た光景だが、シロはずっとセンパイの携帯を見ていた。

 そして、着信や連絡があると、シロが読み上げたり、教えたりしており、センパイは一切、携帯を見ていなかったのだ。


「聞いてみます!」


 本当に何故、この人は焦っているのだろう?

 誰もセンパイなんか取らないし、あなたならセンパイに捨てられませんよ。

 むしろ、センパイはあなたに捨てられることを許さない人です。

 多分、というか、絶対にもう逃がしてもらえません。


 重い人間同士で仲良くしてください。


「そういえば、あたしらはどうする?」


 必死なシズル先輩を尻目にチサト先輩が聞いてくる。


「適当にお菓子を買っていけばいいんじゃないですかね?」

「そうするか……コア〇のマーチでいいかな?」


 チョイスが可愛いな。

 もっと他になかったんですかね?


「何故にそれ? ポッ〇ーでいいじゃないですか」

「いや、カナタが好きだったなーと思って」


 ブラコン?


「それ、いつです?」

「だいぶ前。小学生に上がる前くらい」

「そりゃあ好きでしょうよ。嫌いな人はいないと思います」

「だよね。じゃあ、それでいこう、ってか、何でもいいじゃん」

「まあ、いいですけど」


 絶対にセンパイにツッコまれる。


「ふぅ……」


 私とチサト先輩が話していると、シズル先輩が顔を上げ、息をついた。


「どうでした?」

「ガトーショコラを作るって」


 うっ…………ガトーショコラ。

 嫌な思い出が…………

 昔、ホノカちゃんとお兄さんの3人で一緒に作って、散々、バカにされた思い出がよみがえる…………

 あれから料理を作るのを完全にやめたのだ。


「マジで? あいつ、何を考えてるの? どんだけ女子アピールすれば気が済むのさ」

 

 多分、本人はアピールなんてしてない。

 本人は自分が世界で一番男らしいとすら思っているだろう。

 鼻で笑いたい。


「いや、それがシロが要求したらしいです。食べたいから作れって」

「あいつか…………」

「まあ、納得ですねー。これなら大丈夫ですよ。シロが残すわけないし」


 どれだけ作るかは知らないが、全部食べると思う。

 というか、シロは明らかに身体以上の量を食べる。


「よし!」


 シズル先輩は気合を入れてる。


 適当に作ればいいのに……


「あんたがアレにどうして、そこまでこだわるのかがわからないよ。あんたならもっといい相手が選り取り見取りなのに」


 激しく同感。


「えー……まあ、いいじゃないですか」


 シズル先輩はチサト先輩の嫌味に頬を染めている。


 ダメだ……

 この人はもう手遅れ……

 いくとこまでいっちゃってる。


「まあ、好きにしな。人それぞれって、良い言葉だよ。うん、ホント」


 チサト先輩も諦めたらしい。


「まあ、2人の目の意味することはわかりますけどね。よく言われますし。なんならルミナ君のお姉さんやホノカちゃんにも言われましたし」


 でしょうね。

 絶対にやめたほうがいい男です。

 でも、なぜか、たまにこういう人がいる。

 周囲が止めようと、地雷に突っ込んでいく人。

 この人しかり、ヒトミちゃんしかり。


「あんたがどうしようとあんたの自由だけど、間違いだけはやめてね」

「間違い?」


 シズル先輩は首を傾げているが、私にはチサト先輩が言いたいことがわかる。

 私も思っていることだから。


「頼むから避妊とかしてね。あのアホは怪しいし、あんたはあんたでちょっと怖い」


 センパイはうえーいで避妊せず、シズル先輩はそれもいっかーとか思いそう。

 この人はセンパイに対して、小言を言ったりするが、最終的には許容する。


「大丈夫ですって。まだ子供を作る気はありませんから」


 うわー……

 このセリフは怖い。

 まだってことは将来的には作る気だ。

 この人、まだ高1なのに……


「そ、そう? だったらいいんだよ…………うん」


 チサトさんが動揺している。

 気持ちはすごくわかる。


「あ、あのー、ちなみに聞くんですけど、もう、しちゃったりしてます?」


 センパイとシズル先輩は一緒にクリスマスを過ごしている。

 しかも、泊まり。

 センパイの様子からしなかったんだろうなーと思っていたが、シズル先輩の雰囲気からして、実はしてる気がしてきた。


「ううん。してないよ。ルミナ君、トランスリングを依頼で使っちゃったみたい。ちょっと前からする気満々っぽかったから落ち込んでた」


 がっついてる人だもんね…………

 頭の中がそれしかない。


「ふーん。どんな感じだったん?」

「まず、家に着いたらピカピカに掃除してありましたね。特にベッド周りが……」


 バカだ…………

 いや、いい心がけですけどね。


「他には?」

「視線がある一点に集中してましたね。いつもより」


 胸か……

 センパイ、いっつも見てるもんなー。


「うーん。ルミナちゃん、わかりやすいなー」

「もっと致命的なのが1つありましたけどね。さすがにその場では言いませんでしたけど」


 嫌な予感がする。


「一応、聞くけど、何?」

「枕元にアレが置いてありました。初めて見ましたけど、すぐにわかりました」


 あー……

 頑張って、色々と考えたんだろうなー。

 それがダメになって、ショックで片づけるのを忘れたんだろう。

 

「なんかごめん。あたしは全然関係ないけど、後輩がなんかごめん」


 私も何故か、謝りたくなる。

 センパイがすみません。


「いえ、別にいいんですけどね。ただ、あまりにも勢いがすごかったから」

「あの人、そんな人ですから…………エネルギーがあふれ出てるほどにアグレッシブなんです」


 幼なじみらしく、庇っておこう。


「本当にねー。良いところではあるんだけど……」

「ま、まあ、基本的には良いヤツだよ、うん」


 チサト先輩はフォローが下手だなー。

 絶対に思ってないでしょ。


「それで、その指輪をもらったんですか?」


 シズル先輩は今年の初めに会った時からずっと、右手の薬指に指輪をはめている。


 贈る方も贈る方だが、ずっとはめているシズル先輩も大概だ。

 なにせ、この人は学校にも指輪をはめたまま登校している。


 アピールがすごい。


「うん」


 シズル先輩は嬉しそうに指輪を外した。


「皆に聞かれませんでした?」


 芸能人であるRainさんは中等部でも有名だ。

 だから、シズル先輩が右手の薬指に指輪をしていることはすぐに中等部まで噂が流れてきた。

 シズル先輩と同じパーティーメンバーである私はよく事情を聞かれる。


「うーん、あんまり触れてこないね」

「まあ、皆、わかってるでしょ。ルミナちゃん、以前から、まったく隠さないし」


 センパイは裏表がない人だからなー。

 嘘をつくのはうまいけど、すぐに粗が出るのはそのせいだ。


「ですかねー」

「まあ、あとツッコみづらいんだと思う。だって、ルミナちゃん、どう見ても女子だし」


 あー……なるほど。

 それがあったか。

 私は付き合いが長いからセンパイに対して、女子のイメージはない。

 男子というか、女装している変態のイメージだ。


「まあ、ほとんどの学校の人達はルミナ君の男の姿を知りませんもんね」


 知っているのは、私、シズル先輩、お姉さん、ホノカちゃん、カナタ君、ヒトミちゃんくらいだろう。

 あとは先生達の中に知っている人がいるかもしれないぐらいで、チサト先輩や瀬能先輩ですら知らない。


「あいつって、どんなのだったの?」

「あのまんまです。姿が普通の男子なんで憎たらしさが増します」


 女子の姿ならまだ可愛げがある方だ。

 それでもダメだけど。


「うーん、自信の塊でしたね」


 シズル先輩は良いように言うなー。

 いや、あまり良く言ってないけど、これでも精一杯に褒めている。


「あれ以上に嫌なヤツになんの?」


 まあ、チサト先輩は雑魚だの、空気読めだの、散々に言われているからなー。


「いや、ルミナ君はチサトさんのことを信頼してるんですよ。ね?」


 シズル先輩が私に振ってきた。

 まあ、フォローしておきますか……


「ですねー。前にチサト先輩が抜けるんじゃないかと落ち込んでましたし」


 実際、信頼はしているだろう。


「そうかなー」


 チサト先輩はちょっと嬉しそうだ。


 この人、ホント、チョロいな。


「本当ですよ。抜けるのは絶対に許さんって言ってました」

「ホント、自分勝手なヤツ…………」

「ま、まあ、それだけチサトさんを重視してるんですよ」


 シズル先輩はそう言って、外していた指輪をはめ直した。


 だが、私は見逃さなかった。

 この人が右手の薬指に指輪をはめる前に、一瞬、左手の薬指に指輪をはめようとしていたことを。


 この人、多分、家では…………


「シ、シズルさあ、あんたって、他所のパーティーやクランから勧誘とか来てないの?」


 私と同様にシズル先輩の手の動きを見ていたチサト先輩は目を泳がせながら必死に言葉を紡ぎだした。


「あまり来ないですねー。最初はルミナ君と二人でしたし」


 あー、他のエクスプローラや学生はセンパイが怖いんだ……

 センパイ、明らかにこいつは俺の女オーラを出してるから。


「ふーん。意外」

「あー、でも、ダンジョン祭の時は勧誘が多かったですね。ほら、私達って、いい線いったじゃないですか」


 私達はセンパイ抜きでタイムアタックを優勝した。

 確かに、あの時は私以外のメンバーは勧誘が来たはずだ。

 ちなみに、私には来ない。

 だって、あの時の私は≪正義の剣≫を抜けたばかりだったから。


「あー……あったねー。結局、勧誘が来たことはルミナちゃんには内緒にしたんだったね」

「ですねー。普段から裏切者には報復だ!って言ってる人ですもん」

「あたしらが抜けたら報復かねー?」

「いえ、泣いて縋ってきますよ」

「そっちか…………」


 私もそう思う。

 あの人、すぐ泣くし、泣けばうまくいくと思っている。


「あんたが別れるって言ったらどういうリアクションなんだろ? 冗談で言ってみなよ」

「怖いのでやりません」


 こればかりは私も想像がつかない。

 というか、本当に怖い。


 そして、それ以上にその逆が怖い。

 シズル先輩はセンパイにフラれたらどういうリアクションを取るのだろう?


 いや、やめよう…………

 想像もしたくない……


 私はお似合いのカップルだなと思い、二人の幸せを願った。





攻略のヒント


 今日はホノカちゃんとホノカちゃんのお兄さんの3人でチョコレートのケーキをつくりました。


 二度とつくりません。


 あと、あの2人はもう少し、人のきもちをりかいしたほうがいいと思います。


『ひいらぎアカネの日記』より

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