第105話 えいゆう(笑)の凱旋
ロクロ迷宮の25階層でスタンピードの原因であるモンスターのクイーンスパイダーを討伐した俺は、さらに、40階層でホワイトドラゴンを倒し、限定的ではあるが、男に戻れるアイテム≪トランスリング≫を手に入れた。
そして、俺は帰還の魔法陣に乗り、協会へと戻ってきた。
俺は協会の魔法陣がある部屋を出ると、そこには誰もいなかった。
「前も誰もいなかったな。英雄の帰りを待つ気にはならないのかね?」
本当に薄情なヤツらだ!
「いや、待つならロビーだろ」
「なるほど」
確かに、こんな狭い通路よりは広いロビーか……
「でも、先にシズル達が称賛を浴びているんだろうなー」
こういうのは後から行くと、微妙な気がする。
「まあ、行ってみろよ」
「そうするか」
俺は空間魔法の早着替えで私服に着替え、ロビーを目指し、通路を歩く。
すると、先にあるロビーへの扉の中から歓声に似た声が聞こえ始めた。
「ほら、もうやってる」
「まあ、スタンピードを学生が止めたんだからな」
なんか、宴もたけなわな所に遅れていくみたいだな。
俺はロビーへの扉の前に来ると、気まずいかもーと思いながらも扉を開け、中に入る。
すると、多くの人だかりができていた。
「……英雄の帰還だぞー(ボソッ)」
俺は小声で呟くが、誰もこちらに気付かない。
きっと、あの人だかりの中心にはシズル達がいるんだろう。
「帰ろっか?」
「いや、報告くらいしろよ。仲間も待ってるだろ」
俺はむなしくなって、帰ろうかと思ったが、シロに止められた。
俺は仕方ないなーと思い、人だかりの方へと進む。
俺は人だかりの近くまで来ると、近くにいた20代くらいの若い男のエクスプローラに声をかけることにした。
「あのー…………本部長は?」
「え? ってうわ!! ≪陥陣営≫だ!!」
俺が声をかけると、その男はオーバーに驚く。
「え?」
「あ、マジだ!」
「いつの間に…………」
「あ、えーっと…………」
さっきまで騒いでいたのに、急に場が静寂に包まれる。
完全にタイミングを間違えたようだ。
「神条! 帰還したか!!」
俺と近くのエクスプローラ達の間に微妙な空気が流れていると、人だかりの中から本部長の声が聞こえてくる。
そして、人だかりはモーゼのなんちゃらのように割れ、視線の先にはシズル達や先生達にマイちん、そして、本部長がいた。
「あ、ども」
「神条! よくやってくれたな!!」
本部長は俺に近づいてくると、両肩をバシバシと叩き、称賛してくれた。
「あ、はい」
「ん? どうした?」
「相棒はせっかく大仕事をして帰ったのに、皆の反応が悪いのを気にしている」
言うなや!
恥ずかしいじゃねーか!!
シロが言うと、周りのエクスプローラや協会の職員達は慌てて拍手をしだした。
「えーっと……≪陥陣営≫! ありがとう!!」
「さ、さすがは≪陥陣営≫だ!!」
「あー…………あなたのおかげで多くの命が救われました!!」
皆が急に称賛を開始する。
その声は次第に大きくなるが、すげー恥ずかしい。
「止めて。俺が要求したみたいじゃん」
しかし、称賛と歓声は止まらない。
皆も感謝の気持ちはあるのだ。
「神条、ところで、帰還が遅かったな。お前は帰還の魔法陣で帰ると聞いていたが、遅すぎだ」
だから、こんな変な空気になったんだろうな。
「フ、フン! ちょっと遠征してただけだ。ほれ!」
俺は魔法袋の中からホワイトドラゴンの魔石を取り出すと、本部長に投げ渡す。
「なんだ、この白い石?」
本部長は魔石を受けとると、しげしげと見る。
「ホワイトドラゴンの魔石だ。高く買い取れよ」
「は?」
本部長はすっとんきょうな声を上げ、歓声の声が小さくなる。
「いや、だから、ホワイトドラゴンの魔石」
「はい? えーっと、30階層まで行ったのか?」
「いや、40階層だったな」
「は?」
歓声が完全に止まり、静かになった。
「いやー、中々、強かったが、俺の敵ではなかったな!」
「………………」
「ねぇ、ルミナ君」
本部長が固まっていると、マイちんがやって来た。
「あ、マイちん! ただいまー! 魔石がいっぱいあるから査定をお願いです」
「ちょっと待ちなさい。貴方はクイーンスパイダーを倒しに行ったのではないの?」
「倒したぞ。シズル達から聞いているだろ。あ、瀬能、これはお前にやる」
俺はそう言って、魔法袋の中からクイーンスパイダーの魔石を取り出し、瀬能に投げ渡した。
「お、おう」
瀬能は慌てて魔石をキャッチする。
「今回の功労者はお前だからなー」
「ああ。ありがとう。で? 君は真っ直ぐ帰らず、何をしてるんだ?」
「いやー、40階層のボスが俺を呼んでたから――」
「嘘つけ。ドジって、ワープの罠に引っ掛かったんだろ」
だから、言うなや!
俺のカッコいいイメージが崩れるだろ!
「えーっと、つまり、ルミナ君はワープの罠で40階層に行き、ボスを倒して帰ってきたってこと?」
マイちんがまとめてくれた。
「まあ、そうかな。あ、でも、ワープの罠に引っ掛かったのは疲れてたからだよ? いつもなら、引っ掛かからないから!」
俺は必死に言い訳を言う。
「そう…………本部長、だそうです」
マイちんは固まっている本部長に告げる。
「なあ、神条、お前はどうして人の予想外の行動ばかりするんだ? クイーンスパイダーを倒し、スタンピードを止めるだけでいいだろ」
「いや、別に悪いことはしてねーだろ」
エクスプローラがダンジョンを攻略して何が悪い!
「まあ、そうだな…………ああぁー!! 上にどう報告すればいいんだ!」
本部長は頭を抱えてしまった。
「普通に報告しろよ。何、言ってんだ?」
そんなことよりも称賛の声は?
さすがは≪陥陣営≫は?
みんな、何で黙ってるの?
「ルミナ君、とにかく、貴方達のおかげで東京本部は救われたわ。ありがとう」
マイちんは本部長を放っておき、俺に感謝する。
「フフフ! だから言ったじゃんか。楽勝だって」
「そうね。貴方は本当に良くやってくれたわ」
いやー、照れるなー!
「まあ、エクスプローラとして、当然のことをしたまでだよ」
「うん、うん。本当に偉いわ! じゃあ、今日は帰ってくれる?」
あれ?
「何で? 祝勝会は?」
「貴方が仕事を増やしてくれたから、また今度ね」
「え? でも……」
「Bランクにしてあげるからさっさと帰って!」
「は、はーい! さよならー!」
俺は鬼婆から逃げるように協会を出た。
「何なん? 功労者に対する扱いが悪すぎるだろ!」
俺は協会の外で憤慨する。
「まあ、スタンピードが発生し、それを学生に止めさせたことですら問題なのに、ついでに未到達の40階層のボスを倒しました、はマズかったかもな」
「そんなん知るかよ!」
俺が世の中の理不尽に怒っていると、扉が開き、協会から俺の愛すべき仲間達が出てきた。
「よう! お前らは称賛されてたのか?」
フンッだ!
「拗ねるなよ。皆、まだ頭の中で処理できていないだけだよ」
瀬能が笑いながら言う。
「あっそう! それよか、他のダンジョンはどうなってんだよ」
本当は本部長かマイちんに聞きたかったのだが、本部長は固まり、マイちんには追い出されてしまった。
「他のダンジョンも大丈夫らしいぞ。それで盛り上がっていたら君が来たんだよ」
帰還のタイミングが悪すぎたようだ。
「ふーん、まあ、他のダンジョンも無事ならいいか」
「それよりもあんた、本当に40階層に行ってきたの?」
ちーちゃんが聞いてくる。
「マジだぞ。お前らが帰った後にキルスパイダーの魔石を拾ってたら、罠に引っ掛かったんだよ」
「それで40階層ね………」
「ああ、お前らはすでに帰っているし、死ぬ心配もなかったから挑んでみようってなったんだよ」
ひとまず、トランスリングの事は黙っていよう。
「それにしても、40階層はないよ。ロクロ迷宮の最深到達階層は28階層だよ?」
ロクロ迷宮は他のダンジョンと比べ、攻略が進んでいない。
東京本部はエクスプローラの数は多いが、大半がDランクであることと、ダンジョン攻略に熱心なエクスプローラが少ないからである。
「俺に言うな。罠に言え。そんなことよりも、祝勝会に行こうぜ!」
「そうだね。ルミナ君もBランクにしてもらえるんでしょ?」
シズルも嬉しそうだ。
ええ女やな!
「ようやくな! よっしゃ! どこ行く? 俺は焼肉がいいなー!」
「焼肉は嫌」
「あたしも」
「センパイ、焼肉はないです」
こういう時に女子がいると、うるせーわ。
川崎支部の時のパーティーだったら、焼肉以外の選択肢はないというのに。
そして、女子陣の意見により、ファミレスでご飯を食べ、二次会でカラオケに行くという学生らしい祝勝会となった。
俺は協会での出来事や焼肉じゃないことに、若干、不満だったが、楽しかったし、まあいいかと思った。
攻略のヒント
号外! 日本のダンジョンでスタンピードが発生!?
日本の複数のダンジョンでスタンピードの兆候があったことがエクスプローラ協会から発表された。
協会はパニックになることを危惧し、発表を差し控えていたようである。
なお、スタンピードはすでにエクスプローラ達により、静められており、モンスターが外に溢れる心配はないそうだ。
しかも、東京本部のロクロ迷宮のスタンピードは≪陥陣営≫率いる学生パーティーが静めた模様!
『エブリデイ新聞 号外』より
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