閑話 厄介な生徒


 私はこのダンジョン学園東京本部に赴任して2年になる。

 

 2年前まではエクスプローラであった。

 お世辞にも才能があったとは言えないが、仲間に助けられたおかげもあって、Bランクにまでなることが出来た。

 

 そんな私も30歳を越えるか、越えないか辺りで限界が来てしまった。

 体力は落ちたし、何より疲れてしまったのだ。


 私は第一世代のエクスプローラだ。

 

 第一世代は協会が設立した頃の初期のエクスプローラである。

 当時は今みたいなダンジョン学園もないし、当然、カリキュラムなどなかった。

 皆、手探りでジョブやスキルを習得し、ダンジョンを探索していったのだ。


 その苦労は大変なものだった。

 モンスターに殺され、罠で死に、時にはエクスプローラ同士の争いで殺されたこともある。

 

 死んでも生き返ることができるのは大変にありがたい。

 しかし、確実に精神を病んでいく。


 私の知り合いにも、精神を病んでしまい、エクスプローラを引退したものも多い。

 

 俗に言うダンジョン病である。


 それでもエクスプローラを続けるのは単純な話、実入りがいいからだ。

 私達が普通に会社で働く1ヶ月分の給料を一回の探索で手に入ることができる。

 もし、レアアイテムを入手すれば、年収まで達する。

 一度、これを経験すると、もう戻れない。

 

 それに楽しかった。


 仲間と笑い、時にはケンカをする。

 普通の大人では経験できない少年少女の冒険のようだった。


 しかし、歳には勝てない。

 

 自分の力が明らかに落ちているのがわかる。

 そして、精神的ストレスが日に日に大きくなっていった。


 私は仲間の勧めで、病院に行った。

 

 診察の結果、ダンジョン病と診断された。


 要は私は死にすぎたのだ。

 それで精神を病んでしまった。

 これまで引退していったエクスプローラと同じように。


 人間の心とは弱いもので、一度、病気を自覚してしまうと、一気に加速してしまう。

 

 私はダンジョンに入れなくなってしまった。


 私はどうしようかと悩んでいたのだが、私は運が良かったようだ。

 当時、付き合っていた同じパーティーのリーダーの男にプロポーズされたのだ。

 

 私は二つ返事でOKした。


 馬鹿にされるかもしれないが、私の子供の頃の夢が叶ったのだ。

 それに、何となく30歳までには結婚したいとも思っていた。


 これを言ったら旦那に怒られるかもしれないが、まさしく渡りに舟だったのだ。

 まあ、旦那は旦那で弱っていた私の弱みにつけこんだのかもしれんが。


 私は旦那と結婚すると、協会にダンジョン学園の教師をやってほしいと頼まれた。

 高卒の私が教師をするなんてと思ったが、旦那におんぶに抱っこでは迷惑がかかってしまうと思い、この話を受けることにした。


 その後、私は教師として、将来エクスプローラになるであろう生徒達を指導していった。

 

 最初は苦労したが、慣れてくると楽しかった。

 生意気なヤツやムカつくヤツもいたが、生徒達が成長すると、嬉しかったし、何より、教え子はかわいかった。


 そうして教師を続けて2年が経った。


 ある日、私は学園長に呼び出された。

 呼ばれた学長室に着くと、そこには学園長と東京本部の本部長、そして、若い茶髪の受付嬢がいた。


 私はこの受付嬢を知っていた。

 ちょっとした有名人だからだ

 

 だから、ものすごく嫌な予感がした。


 そして、その予感は的中してしまった。


 この春から、あのクソガキで有名な≪陥陣営≫が入学してくるらしい。

 私はその担任だそうだ。


 ふざけんな!


 私は≪陥陣営≫と面識はない。

 しかし、噂は知っているし、面識のある旦那から話は聞いていた。


 どこまで本当かわからないが、とにかくヤバいことで有名なヤツだ。

 

 元々、私達、第一世代は第二世代のエクスプローラが嫌いである。

 あいつらは私達が苦労したノウハウから学び、一気に私達を抜いていった世代だ。

 そのくせ、自分勝手で問題ばかり起こすし、何より、私達のことを生贄世代と呼ぶ。


 もちろん、私達の中にも≪教授≫を始め、変なのはいる。

 しかし、第二世代の方が圧倒的にひどい。


 その中でも≪陥陣営≫は≪白百合の王子様≫と並ぶクズで有名なのだ。


 そんな男の担任?

 あいつは≪レッド≫だろ?

 ダンジョン学園に入学なんてさせないで、さっさとエクスプローラの資格を取り上げろよ!


 私はものすごく憂鬱な気持ちになった。


 さらに本部長から説明を受けて、もっと憂鬱になってしまった。


 ≪陥陣営≫はあのPK事件に関わったエクスプローラの一人らしい。


 いや、もう未成年とか関係ないから牢屋にぶちこめよ。

 それが皆の為だろ。


 私は≪陥陣営≫の入学に反対した。

 しかし、当然、ダメだった。


 私は教師を辞めようかなと思った。


 そして、春休み、学園にとんでもない知らせが届いた。

 ≪陥陣営≫が女になったらしい。


 意味がわからないが、ジョブを変えたら女になったらしい。


 どうして第二世代はこうも変なヤツばかりなんだろう?


 この日から連日、徹夜で先生達と協議を行った。

 当然、女になった≪陥陣営≫についてだ。

 いくら悪名轟く≪陥陣営≫とはいえ、生徒の一人である。

 差別はできない。

 しかし、ヤツを女として扱うか、男として扱うかは激論に激論を重ねた。


 そして、ついに≪陥陣営≫が入学してきた。


 私達は問題児の入学に構えていたのだが、正直な話、拍子抜けであった。


 ≪陥陣営≫こと神条は、確かに、口や態度は悪かったが、特に問題を起こさなかったのだ。

 むしろ、同級生や後輩に指導するなど、優等生な一面も見せていた。


 私はこいつは本当にあの≪陥陣営≫なのか疑った。

 何せ、女だし。

 しかも、金髪で見た目は美人だ。


 神条の予想外な生活態度に驚いた私達は協議の結果、とりあえず、見守ることにした。


 私は担任として、神条を見ていると、あることに気付いた。

 神条は同じパーティーである雨宮と仲が良く、いつも一緒にいた。

 そして、神条が何かをしようとすると、雨宮が止めるのだ。


 実を言うと、私は最初、この二人の関係を疑っていた。

 雨宮は元歌手で容姿に優れていたからだ。

 絶対に神条が雨宮に無理やり付き合わせているのだと思った。

 

 しかし、そうではなかった。

 むしろ、雨宮のほうが神条に好意を抱いているようだった。


 そうであるのなら、私が止めるつもりはない。

 正直、雨宮に対して、男の趣味が悪いなと思ったが、本人が幸せならいいかと思った。

 それに神条も雨宮にいい格好をしようと考えているらしく、問題を起こさなかったのだ。


 実に良いことである。


 しかし、さすがは変人世代筆頭のエクスプローラだ。

 まあ、話題に事を欠かさない。


 ある時は暴行事件を解決した。

 またある時はコスプレをして注目を集めた。


 こいつはジッとしていられないのだろうか?

 

 そして、女になったことへの葛藤はないのだろうか?

 

 何で教員用の女子トイレで髪型をチェックしているんだ?

 何で化粧をしているんだ?

 何でそんな格好ができるんだ?


 うん、可愛い、じゃねーよ!


 私は、いや、私達は神条について、考えるのを止めた。


 私達はずっと神条を観察して気付いたのだ。

 

 こいつはただのお調子者のバカだと。


 それがわかると、私達の気はすごく楽になった。


 そして、ダンジョン祭の時には、神条の実力を知った。

 ダンジョン祭の最中に強力なモンスターであるレッドオーガが現れたのだ。

 私はレッドオーガを見て、勝てないと思った。

 おそらく、旦那やかつての仲間達のパーティーで挑んでも勝てないだろう。


 そんなレッドオーガに神条は一人で戦った。

 しかも、ヤツの武器であるハルバードなしでである。


 神条が強いことは知っている。

 担任として実技を見ていたし、噂も耳に入ってきている。


 私は神条の戦いを見て、これが才能の差かと思った。

 私ではどんなに努力しようが、効率的にスキルを得ようが、あそこまでは戦えないし、あそこまでの闘争心を持つことは出来ない。


 私よりランクの低いCランク。

 しかし、二つ名持ち。


 例え、PKをしていようが、素行が悪かろうが、免許を取り上げられなかった理由がわかった。


 それほどまでに強かったのだ。

 おそらく、あれに勝てるエクスプローラはいない。

 ≪Mr.ジャスティス≫や≪竜殺し≫よりも上だろう。


 その後、レッドオーガを倒した神条に私の愛剣を返され、壊してしまったことを謝られた。


 しかし、私はまったく気にしなかった。

 

 私の心の中にあったエクスプローラの未練が愛剣と共に消えてなくなったのだ。

 私はこれでようやく前を向けると思った。

 教師として、頑張ろうと思えた。

 

 まさか、あの≪陥陣営≫に感謝をする時が来るとは思わなかった。


 確かに、神条はひどい男だが、私の教え子である。

 こいつが改心する日はおそらく、いや、絶対に来ないだろうが、せめて、少しはまともになるように指導してやろう。


 来月には三者面談がある。

 神条をどう評価するか難しいが、なるべく良く言ってやろうと思う。


 しかし、神条は日に日に雨宮に対し、執着心が強くなっているのが気になる。

 姉や妹との関係は本当に大丈夫なんだろうか?

 あいつはどうしてプロのエクスプローラなのに、専門の点数が悪いんだろうか?


 うーん、ダメだ…………あいつは誉めるところが少なすぎる。





攻略のヒント

 -伊藤-

 ウチのクラスの神条が職員用の女子トイレの鏡の前で化粧をし、ちょー可愛いって自画自賛してました。

 私は何て声をかければ、良かったのでしょうか?


 -森本-

 もう、あの子のことは放っておきましょう。


『森本保険医への相談日誌』より

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