第079話 ゾンビゾンビゾンビ


 俺達はついに、19階層に到着した。

 そして、俺はすぐに帰りたくなった。


 ゾンビ、ゾンビ、ゾンビ…………ゾンビ!


 通路に大量のゾンビがいるのだ。


「多くないか?」

「ああ、さすがに多いな」


 クーフーリンと≪Mr.ジャスティス≫は平静を保って会話をしている。


 こいつら、やっぱり壊れてるんじゃ……


「ハヤト君、援護は任せろ」


 俺はそう言って、ハヤト君の後ろに回った。


「神条は前衛がやりたいんだろ。譲るよ」


 今度はハヤト君が俺の後ろに回る。


「いやいや、将来を担うお前に……」

「いやいや、天才な君に……」


 俺とハヤト君は少しでも後ろに下がろうと、譲り合いをする。


「お前ら、情けないなー」


 俺とハヤト君が譲り合いをしていると、イカレ女が呆れながら見てくる。


「俺はお前らと違って繊細なんだよ。ゾンビなんか相手に出来るか!」

「俺もゾンビはちょっと苦手でして……」


 ゾンビが得意なヤツなんていねーよ!

 もし、いたとしたら、そいつは正真正銘、ヤバいヤツだわ。


「仕方ない……私の後ろにいろ。ゾンビは通さないから」

「ユリコ…………」

「安達さん…………」 


 俺とハヤト君は乙女が王子様を見るようにユリコを見る。

 ちなみに、安達とはユリコの苗字だ。

 どうでもいいか。


 俺とハヤト君は素敵な王子様の後ろに隠れながら進んでいく。


 ユリコは強いし、安心だな……とはいかない。

 なぜなら、進めば、進むほど、ゾンビが増えていくからだ。

 今も、プロの4人は必死に戦っている。


 ゾンビは弱いので、命の危険があるというわけではないが、この光景は耐え難い。


「おい≪レッド≫! お前もプロなら手伝え!!」


 クーフーリンの馬鹿がアホなことを言っている。


「嫌だわ!! さっさと片付けろよ…………って、ハヤト君?」


 俺がクーフーリンを怒鳴り返していると、後ろにいたハヤト君が急に走り出し、前に出てきた。


 ん?


「相棒、後ろ」


 俺はシロの言葉を聞いて、非常に嫌な予感がした。

 っていうか、後ろからうー、あー、と変なうめき声が聞こえる。


 俺はそーっと後ろを見た。


「うー、アァー……」

「ぎゃーー!!」


 いつの間にか、後ろもゾンビが群れていた。


「相棒、ちゃんと索敵しろよ」


 そんな余裕ねーよ!!


「ユリコ!! 助けてー!!」


 王子様ー!


「ん? こっちは手がいっぱいだ。お前がやれ。どうしてもって言うんだったら条件があるぞー」

「死ね!!」


 地獄に落ちろ、ゲスの極み王子!!


 もうこうなったら、俺がやるしかない。

 気づけば、ゾンビとの距離は5mもない。


「ラブラブファイヤー!!」


 俺はいつもの萌え萌えスタイルから火魔法を放ち、手前にいるゾンビを火葬にしてやった。


「まだいるぞー」


 お気楽なシロが教えてくれるが、見ればわかる。

 本当にわらわらと数が増えていっている。


 面倒くせえ!!


「吹き飛ばしてやる!! パーンプキン、ボーム!!」


 俺はカボチャ爆弾を取り出し、ゾンビの群れに目掛けて投げた。


 すると、カボチャ爆弾はゾンビの群れの中に落ち、爆発した。


 当然、ゾンビは爆発で一掃される。


 びちゃ、びちゃっ!!


「………………」

「うえ、汚い」


 左肩からシロの声が聞こえるが、聞こえない。

 俺の心は完全に死んだ。


 爆風でゾンビの肉片がこっちに飛んできたのだ。


「ひぇー……」


 後ろからハヤト君の小さな悲鳴が聞こえるが、聞こえない。


 ダメだ、泣きそう…………


「お前、何してんだ?」

「アホだ」


 ユリコとクーフーリンが俺の悪口を言っているが、聞こえ……た!!


「お前ら、どけ!!」


 俺は後ろを振り向き、カボチャ爆弾を取り出した。


「おい、バカ!」

「やめろ!!」

「なんじゃ、あれは?」

「さっき、後ろで爆発した爆弾です。逃げましょう」


 俺は前でゾンビ相手に奮闘している4人を無視し、カボチャ爆弾を前方に投げた。


 放物線を描いたカボチャ爆弾は4人の頭上を越えて、ゾンビの群れの中に消えていった。


 ドッカーン!!


 俺のカボチャ爆弾がゾンビの群れを一掃する。

 そして、当然、肉片がこっちに飛んできた。


「うげっ!」

「勘弁だわー」

「臭うな」

「帰りたくなってきたなー……」

「………………」


 飛んできた大量の肉片を頭から被った皆が不満を漏らす。

 そして、ハヤト君は何も喋らなくなった。


「いつまでゾンビ相手に遊んでんだよ!! さっさとシャーマンを探して、ぶっ殺すぞ! どけ!」


 俺は皆を押し退け、前に出た。

 もう自棄である。


「さっきまで、ぴーぴー、泣いてたくせに」

「うっせーわ! って、もう来やがった!」


 俺が前に出ると、再び、ゾンビ共が現れた。


「ぶっ殺してやる!! って、ハヤト君?」


 俺がハルバードを構え、ゾンビに突っ込もうとしたら、ハヤト君が前に出てきた。


「おい、ハヤト、下がってろよ」

「………………」


 クーフーリンが声をかけるが、反応がない。


「ハヤト君?」

「……ウオォーッ!!」


 ハヤト君は奇声をあげながら、ゾンビに突っ込んでいった。


「ハヤトのヤツ、壊れたのかな?」

「だろうな」


 ハヤト君の仲間2人は可哀想な目でハヤト君を見る。

 っていうか、ハヤト君一人では危ないだろ!


 俺はハヤト君の後を追い、ゾンビに突っ込んでいった。



 

 その後、俺とハヤト君は完全に自棄になり、ゾンビを蹴散らしていく。


「うー」

「黙れ!」

「あ、あー」

「くたばれっ!」


 いくらでも湧いて出てくるゾンビを蹴散らしながら進んでいくが、一向にシャーマンは現れない。


「おい! いねーじゃーか!!」

「俺っちに怒鳴るなよ。いるかもしれないとしか言ってねーよ」

「クソが!!」


 ハヤト君を見ろ。

 あいつ、さっきから何も喋らず、無表情でゾンビを斬っているぞ。

 ちょっと怖い。


「≪教授≫、いませんね」

「ふーむ、このままでは埒が明かないし、ウチのリーダーが再起不能になりそうだな」


 俺とハヤト君がゾンビ天国を満喫している後ろで、≪Mr.ジャスティス≫と≪教授≫が呑気に会話をしている。

 

 そう思うなら代われよ!!

 てめーら、さっきから何もしてねーだろ!


「うー……」

「うるせー!」


 俺はハルバードをゾンビに叩きつける。

 もう、感覚がマヒしてきた。


「どうします?」

「最初にゾンビの増加が確認されたのは、この大部屋だったかな?」

「ええ、確か、この部屋ですね」


 何の話をしているのか気になったので、チラッと後ろを見ると、4人は地図を見ていた。


 おい!!

 4人一緒に見なくてもいいだろ!


「てめーら、手伝えよ!!」

「アァー」

「うるせー!! 寄んな!!」


 俺がハルバードを振り回すと、ゾンビの首が飛んでいった。


 オエー……

 まともに見ちゃった……


「ルミナ君、この先に丁字路を右に行ってくれ! その先の大部屋が最初にゾンビが大量に見つかった場所だ」


 ≪Mr.ジャスティス≫に言われて、奥を見ると、確かに、分かれ道が見えた。


「ハヤト君、下がれ! 面倒だから一掃する!」

「…………」

「ハヤト君? おーい!」


 ハヤト君はまったく反応せず、目の前のゾンビを斬り続ける。

 無視……じゃなさそうだ。

 ハヤト君の顔が完全に死んでいる。


「クーフーリン、ハヤト君を下がらせろ」

「ああ。あいつ、ヤバいわ」


 クーフーリンは前に出ると、ハヤト君の首根っこを掴み、後ろに下げていった。


「パンプキン、ボム!!」


 俺はハヤト君が下がったのを確認し、カボチャ爆弾を取り出し、投げた。

 そして、急いで後ろに下がり、≪Mr.ジャスティス≫の後ろに隠れる。


「おい、ルミナ君、ズルいぞ!」


 うっせー!

 男なら前に出て、女の子を庇え!!


 俺が暴れる≪Mr.ジャスティス≫を抑え、盾にしていると、カボチャ爆弾が爆発した。


 そして、例によって、ゾンビの肉片がびちゃびちゃと飛んでくる。


「ルミナ君、ひどいよ」


 ゾンビの肉片を浴びて、黒くなった≪Mr.ジャスティス≫が文句を言ってきた。

 

「男だったら庇え。俺のキューティクルが傷んだらどうすんだ」

「相棒、お前の自慢の金髪はもう黒髪にしか見えねーぞ」


 俺はシロにそう言われたので、自分の髪を触ってみる。

 すると、俺のサラサラだった髪はヌメっていた。

 

 ひぇー……

 もう死にたい。


「早く、行こうぜ。ノロノロしてると、またゾンビが群れてくるぞ」


 俺達はクーフーリンの言うことに同意し、さっさと先に進むことにした。

 そして、ゾンビがいなくなった通路を進み、丁字路を右に曲がった。

 

 そのまま、しばらく歩いていくと、全員が同じタイミングで立ち止まった。


「すげー……」


 誰かがボソッとつぶやく。


 気持ちはわかる。

 前方には部屋が見えるのだが、部屋の中は歩くスペースがないくらいにゾンビがいるからだ。

 そして、その部屋からゾンビが溢れ出てきており、通路を埋め尽くしている。


「これを倒すのか?」

「このゾンビの数は異常だ。おそらく、中にシャーマンがいるんだろう」


 俺の問いに≪教授≫が答えた。


 俺達が呆然と立ち止まっていると、ゾンビ共はこちらに気づいたらしく、こちらにゆっくりと近づいてくる。


「うー」

「あー」

「アァ……」


 うーとあーの大合唱である。

 非常にうるさいし、気持ち悪い。


「皆、下がって! 食らえ! ジャスティス・ブレイバー!!」


 ≪Mr.ジャスティス≫は前に出ると、居合抜きのような構えから剣を抜く。

 すると、衝撃波が現れ、ゾンビを襲った。

 

 で、出たー!

 ≪Mr.ジャスティス≫のダサい必殺技だー!!


 しかし、≪Mr.ジャスティス≫の必殺技はゾンビを何体かは倒したが、それだけであった。


「ダメじゃん!」

「うーん、数が多すぎるよ」


 暴行事件の立花の時もそうだったけど、お前の必殺技が活躍している所を見たことがねーわ!


「どいてろ。こういうのは爆弾のほうがいいだろ」


 俺はそう言って、カボチャ爆弾を取り出し、部屋に向かって、投げる。

 カボチャ爆弾がゾンビの群れに消えていくと、すぐに爆発し、かなりの数のゾンビを倒すことが出来た。


「ほら見ろ。俺のほうがすごい!」

「よっしゃ、≪レッド≫、爆弾を投げまくれ! あと、何発かぶちこんだら、終わるだろ」

「任せろ!」

「ん? 待ってくれ!!」


 俺がクーフーリンにのせられ、意気揚々とパンプキンボムをぶちこもうとすると、≪Mr.ジャスティス≫が止めてきた。


「何だよ?」

「いや、あれ」


 ≪Mr.ジャスティス≫が指差す方を見ると、さっき、俺のパンプキンボムで倒した所がゾンビで埋めつくされていた。


「は? え? さっき、倒したよな?」

「ああ、どうなってんの?」


 俺とクーフーリンは話していたので、見てなかったのだ。


「先ほど、≪陥陣営≫が倒したあと、すぐにゾンビが現れたのだ」


 ≪教授≫が見ていなかった俺達に教えてくれる。


「どういうこと?」

「知らん」

「シャーマンが呼んだんだよ。間違いない、シャーマンがいるぞ」


 俺と≪教授≫が顔を見合わせていると、シロが言った。


「見えねーけど?」

「そりゃあ、ゾンビがあんなにいればな。でも、あの出現の仕方は召喚魔法で間違いない。ゾンビを召喚するのはシャーマンだけだ」


 へー、召喚魔法なんてあるんだ。


「じゃあ、シャーマンを倒せばいいんだな?」


 そうしたら、このゾンビ天国から解放される!


 俺はやる気が出てきた。


「しかし、どうすんだ? 倒しても、倒しても召喚され続けたら、一生たどり着けねーぞ」


 クーフーリンが賢いことを言っている。


 そういえば、そうだ。


「限度はあるのか?」

「さあ? 知らない」


 お前ってヤツは、肝心なところを知らねーのな。


「地道にやるか?」


 俺はリーダーである≪Mr.ジャスティス≫に意見を求める。

 

「それは無理だろ。先に、僕らの体力と精神力が尽きそうだ」


 俺は≪Mr.ジャスティス≫に言われて前を見る。

 確かに、無理そうだ。

 数えるのも無理なくらいのゾンビだ。


「帰るか!」

「ダメだよ」


 ですよね……


「相棒、ヘルパンプキンを使え。あれならあの部屋くらいなら一掃できる」


 ヘルパンプキンは俺がさっき覚えたメルヘンマジックだ。


「え? あの部屋、むっちゃ広くない?」


 さっき、地図を見たが、100メートル四方はあったと思う。


「余裕、余裕」

「なあ? ヘルパンプキンって、そんなにヤバいの?」

「すげー強いぞ!」


 微妙にシロと会話が噛み合わない。


「ここまで爆発の余波が来ないか?」

「まあ、多少は……」

「ダメじゃん!!」

「別に死にはしねーよ。多少、ゾンビの肉片を被るだけだ」


 嫌じゃー!!


「別の案でいこうぜ」

「いや、その案でいこう」


 俺の意見を≪教授≫が否定してきた。


「おい! 何でだよ!!」

「他にないし、私達も早く帰りたい」


 他のヤツらも頷いている。

 ハヤト君だけは無反応だが……

 大丈夫か?


 俺はハヤト君を見て、少し心配になってきた。

 

「うん、ハヤト君がヤバそうだし、この案でいこう」


 俺はそう言って、前に出る。


「なあ、どんなカボチャが出てくんの?」

「大きさや形はパンプキンボムと変わらねーよ。色が赤いだけ」


 なら問題ないか。

 もし、でっかいカボチャが出てきて、投げられませんでした、ではシャレにならない。


「よーし、いくぞ! ヘルパンプキン!!」


 俺はそう言って、手を前に出すと、いつものようにカボチャが出てきた。

 確かに、色が赤いだけのパンプキンボムだ。


「そーれ!」


 俺は赤いカボチャ爆弾をゾンビの群れにおもいっきり投げると、すぐに≪Mr.ジャスティス≫の後ろに隠れようとした。


 しかし、≪Mr.ジャスティス≫を始めとした全員がすでに遠くに逃げていた。


「おい!!」


 俺が逃げた5人に向かって叫ぶと、直後、ヘルパンプキンが爆発した。

 ものすごい衝撃音と共に爆風が俺を襲う。

 そして、俺の顔や体にびちゃびちゃとゾンビの肉片が飛んできた。


 ああ、死にたい……


 それからどれくらい経ったかわからないが、爆風がおさまると、部屋の中には魔石が散らばっているだけで、ゾンビもシャーマンもいなかった。


「おー! すごい威力だなー!!」

「うむ、見事だ」

「さすがルミナ君だね」

「やったな……って、泣くなよ」


 皆が俺を絶賛して近づいてきた。

 

 俺は唯々、泣いていた。


 ゾンビの肉片が口に入ったのだ。

 そして……


「オェー!」


 俺は吐いた。

 涙が止まらない。


 死にたい…………ああ、死にたい。

 誰か殺してくれ……

 シクシク……





攻略のヒント

 8月4日。

 この日は≪Mr.ジャスティス≫、≪教授≫、≪白百合の王子様≫、クーフーリン、そして、同級生だった≪陥陣営≫こと神条と共に名古屋支部のニュウドウ迷宮の調査に向かった。

 皆、二つ名持ちのエクスプローラだったため、俺は見るだけしか出来なかった。

 俺もあの人達みたいに活躍したいなと思った。


 しかし、皆、俺も活躍したと言っている。

 何を言っているのだろう?

 俺は後ろでゾンビを怖がっていただけで、何もしていないのに……


 きっと気を使ってくれたんだろうな。


 あと、帰り道で神条がずっと泣いていて、≪白百合の王子様≫が慰めていた。


 何があったんだ?


『江崎ハヤトの手記』より

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