第062話 合宿遠征という名の修学旅行


「本当に久しぶりだよね」


 シズルが苦笑しながら言った。


 俺はダンジョン祭で、ハヤト君のパーティーに助っ人で参加していたため、一時的に≪魔女の森≫を抜けていた。

 本来ならば、ダンジョン祭を終えて、すぐに合流する予定だったのだ。


 しかし、問題が複数、生じてしまった。


 最初の問題は特異種であるレッドオーガの出現により、協会がダンジョンを調査することになったことだ。

 そのせいで、ロクロ迷宮は一時的に閉鎖になってしまった。

 その後、協会の調査が終わり、問題ないと判断され、ロクロ迷宮が解放された。


 そして、また問題が生じた。

 春に起きた暴行事件の詳細が世間に発表されたのだ。

 立花が行った、人間を殺せば経験値が入るという事実は公表されなかったが、協会の職員が関与していたことは公表された。

 そのせいで連日、協会には問い合わせの電話が鳴り響き、エクスプローラは協会に殺到した。

 協会の職員はその対応に追われたせいで、またもや、ロクロ迷宮は閉鎖になってしまったのだ。

 とはいえ、この閉鎖も一時的なものであり、すぐにロクロ迷宮は解放された。


 そして、最後の問題が生じた。

 それは俺がレッドオーガを倒したことである。

 レッドオーガを倒したことは何も問題がないし、むしろ褒められることである。


 問題はレベルだ。

 俺はレッドオーガを倒したことでレベルが24から27に上がった。

 レッドオーガはものすごい経験値量だったのだ。

 レッドオーガはそれほどの強敵であったし、当然と言えば当然であるが、問題はハヤト君達であった。

 レッドオーガは俺が一人で倒したため、同じパーティーであったハヤト君達もレベルが上がったものの、スキルポイントがあまり入らなかった。

 しかも、ハヤト君達のレベルは6程度だったのに、一気に12程度まで上がったのだ。


 ハヤト君に期待していた協会は頭を抱えた。

 早めにレベルが上がったことは嬉しいが、貴重なスキルポイントを失ってしまったからだ。

 俺はそんな協会やハヤト君達に悪いなーと思って、引き続き、ローグをやりつつ、ハヤト君達を指導することにした。


 これらの問題があったため、俺達の合流は予定よりも遅くなってしまったのだ。


「もう、江崎さん達は良いんですか?」


 カナタが確認のために、聞いてきた。


「ああ、あいつらのパーティーの6人目が決まったんだ。それで俺はお役御免になった」

「あ、ハヤト君達のパーティー、決まったんだ。誰?」


 ハヤト君達と仲の良いシズルも気になるらしい。


「あー、お前らも名前くらいは知っているだろうな。坂本ケンジって、Cランクのエクスプローラだ」

「坂本!? それって、あの≪教授≫!?」

「そう。その人」


 シズルが驚いている。

 他の連中も驚いている。

 ってか、俺も聞いた時には驚いた。


 それもそのはず、≪教授≫は日本で、いや、世界で一番有名なエクスプローラだからだ。

 ≪教授≫は世界で初めてスキルを習得した人物である。

 そして、それを世界に動画で配信した。

 そう、世界にダンジョンを知らしめた、あの大学教授である。


 ≪教授≫の行動は賛否両論であり、批判をよく受けている。

 そして、好奇心旺盛であり、問題行動をよく起こす人物でもある。

 

 その知識や実力は高く、大学教授であったことから≪教授≫の二つ名がついた。

 とはいえ、協会への貢献度は低いし、問題行動が多いため、Cランク止まりである。


「あの≪教授≫が仲間になるなんて、すごいね」

「ああ、≪教授≫は勇者のジョブが気になるらしい」

「なるほどー。ルミナ君は≪教授≫と会ったことあるの?」

「いや、ない。ってか、会いたくない。俺も興味の対象になりそうだし」


 ジョブを魔女に変えたら、男から女になりました。


 …………絶対に興味を持たれる。

 ってか、もう持ってるだろうな。

 おそらく、俺が東京本部にいることも承諾した理由の1つだろう。


「また、荒れそうだね。マイさん、大丈夫かな?」


 マイちんは先月の騒動で相当疲れていた。

 3キロ痩せたーって笑っていたが、目が死んでいた。


「あとで何か差し入れを買っていこうぜ」

「そうしよっか」


 マイちん、元気になってね。


「お前らのほうはどうなんだ? ってか、聞きそびれたけど、ダンジョン祭のタイムアタックのあの速さは何だよ」


 こいつらは俺抜きでタイムアタックを優勝したのだ。

 しかも、参加したパーティーの中で唯一、1時間を切る好タイムだった。


「ああ、あれか。雨宮さんのスキルのおかげだよ。この後、ダンジョンに行って、皆のスキルを再確認しようか。あれから時間も空いたし、皆、レベルも上がって新しいスキルを習得しているからね」


 俺の問いに瀬能が答えた。


 こいつらは俺がハヤト君達の指導をしている間も5人でダンジョンに行っていたのだ。

 俺もレッドオーガを倒したことでレベルが上がって新スキルを得ているし、確認したほうが良いだろう。


「そうするか」

「しかし、本当に久しぶりですね。僕、神条さんを待ってましたよー」


 カナタは嬉しそうにしている。


 何て、かわいいヤツなんだ!

 さすが、俺の弟子。


「本当に久しぶりですよね。センパイがリーダーなことを忘れちゃいそうでしたよ~」


 アカネちゃんも嬉しそうにしているが、一言多い。


 こいつは余計なことばかり言うな。

 かわいくない。


「ルミナちゃん、この後、ダンジョンに行くのはいいけど、その前に来月の夏休みにある合宿遠征の話がしたいんだけど」

「ああ、そういえば、俺もそれを話したかったんだ」


 俺はちーちゃんの言葉で話し合いたかったことを思い出した。


 ダンジョン学園では、夏休みに他のダンジョンへの遠征がある。

 これは他のダンジョンも経験しておこうという趣旨の企画だが、実質、修学旅行である。

 5日間の日程で行くのだが、授業や研修もほとんどないし、ダンジョンに行くか、行かないかも、個人の裁量に委ねられている。

 早い話が学校の金で行く夏休み旅行である。


「学園全員参加だから、皆、行くんだろうけど、ダンジョンはどうするのさ?」


 合宿遠征は中等部、高等部まとめて行くことになっている。

 すげー大所帯である。


「俺はどっちでもいいぞ。シズルは行きたいって言ってたな」


 シズルはクラスメイトなので、そういう話を良くするのだ。


「うん。私は経験も浅いし、他のダンジョンがどんな感じなのか知りたいから」

「瀬能も行きたいだろ?」

「一応、そうだね」


 瀬能は志が高いからな。

 多くのダンジョンを経験しておきたいだろう。

 とはいえ、一応らしい。


「カナタは?」

「僕も行きたいですね。川崎支部のダイダラ迷宮もそうでしたが、ダンジョンごとに色があって面白いですし」


 カナタはやる気があるし、ダンジョン探索が好きみたいだからそうだろうな。


「言い出しっぺのちーちゃんは?」

「あたしはどっちでもいい」


 お前はちょっとは弟を見習え!

 やる気をだせ!

 まあ、どうせ、この人は行く先のダンジョンを念入りに調べるんだろうな。


「ってか、どこに行くんだろうな?」


 確認を終えた俺はシズルに話を振る。


「明日、発表でしょ?」

「俺は涼しい所がいいなー」

「センパイ、私には聞かないんですか!?」


 アカネちゃんが俺を非難してくる。


「いや、お前は参加したいって、前に聞いたし」


 この前、たまたま学校ですれ違った時に聞いたのだ。


「この流れで省かないでくださいよ! 寂しいじゃないですか!」


 アカネちゃんはプリプリと可愛く怒っている。

 めんどくせーヤツだ。


「はい、はい。アカネちゃんはどうする?」


 俺はアカネちゃんのリクエストに応えた。


「私も参加したいです!」

「あっそ。じゃあ、どこのダンジョンだか知らねーけど、参加するか」

「はい!」


 俺はアカネちゃんを軽く流したが、アカネちゃんは満足そうだ。


「5日間もあるんだよね? 楽しみだなー」


 シズルは嬉しそうだ。

 こいつは中学の時は歌手の仕事で、修学旅行には行けなかったらしい。


「実際、遊びに行くようなもんだしな」

「ところで、ルミナ君の部屋割りはどうするのかな?」


 5日間の旅行であるため、当然、泊まりになる。

 女子(男)の俺の部屋をどうするかは先生達にとっては悩みの種なのだ。


「お前の部屋に入れてもらおうと思ったんだが、伊藤先生に却下された」

「ホントに言ったんだ……無理に決まってるでしょ」


 前に、シズルとそういう話をしたことがある。


「先生にも、同じことを言われたわ」


 すげー冷たい目で見られた。


「でしょうね。でも、男子部屋は嫌なんでしょ?」

「嫌。お前、俺の処女が散っても良いのか?」

「処女って……男子も嫌でしょ」

「まあ、嫌だろうな」


 俺も逆の立場なら絶対に嫌だし。


「どうするの? 一人部屋?」

「一人部屋か先生と同室って言われた。断固、拒否した」


 一人部屋は寂しいし、先生と同室なんか絶対に嫌だ。


「わがままだなー。じゃあ、どうするの?」

「考えてみるって言ってた」


 伊藤先生には苦労をかけちゃってるなー。

 めんどくさいヤツでごめんね。


「あー。それなんだけどさ……どうしよう、言っても良いかな?」

「明日、発表ですし、言っても良いんじゃないですか?」


 俺達の話に割り込んできたちーちゃんがアカネちゃんとコソコソしている。


「どうしたん?」


 俺はコソコソしている2人が気になって聞いてみた。


「あー、あんたはあたしと同室になると思うよ」


 はい?

 なんで、ちーちゃんと?

 お前も女子だし、2年だろ。


「何で?」

「あんたがわがまま言うから、伊藤先生があんたをミサキかホノカと一緒にしてしまおうと考えたんだよ。だから、あんたはあたしとミサキと同室」


 姉と妹と同室にしてしまおうというわけか。


「それで、何でちーちゃん? お姉ちゃんとホノカの3人で良いじゃん」

「ホノカちゃんは3人だと家族旅行みたいになるから嫌だそうですー」


 俺の問いにホノカと親友のアカネちゃんが答えた。


 なんだろう?

 ホノカの気持ちはすごくわかるが、悲しい。


「それで、アカネとホノカの部屋か、あたしとミサキの部屋かになったんだけど、アカネが嫌だって」


 お前も嫌なのかよ!


「おい! 何、嫌がってんだよ!」


 俺はアカネちゃんに詰め寄る。


「嫌ですよー。間違いはないと思いますけど、嫌ですー」


 アカネちゃんは首を振り、すげー嫌がっている。


「間違いは起きようがないがな」

「まあまあ。アカネの場合は、男のあんたとの付き合いが長いんだ。そこを加味してあげなよ」


 ちーちゃんがアカネちゃんを責める俺を窘める。


「ちーちゃんは良いの? 俺、男だよ?」

「そんな恰好で言われてもね……あたしは男のあんたを知らないし、なんなら、本当に男なのか疑っているくらいだよ」


 この人、俺をそんな風に見てたんだ。


「俺、男だったよな?」


 俺はちょっと不安になってシズルに確認する。


「大丈夫だよ。ちゃんと男だったって」

「だよな。最近、お姉様呼びのせいで混乱する時がある」

「…………そうだね」

「…………うん」


 シズルとちーちゃんが急に目を逸らし、よそよそしくなった。


 こんなこと、前にもあったな。

 確か、俺が後輩にお姉様と呼ばれていることを隠してた時だ。


「おい! 何かあるのか!?」

「うん……後輩の子達がね……ルミナ君のファンクラブ的なものを……ね」


 ファンクラブ?

 別にいいじゃん。

 俺も人気者になった証拠だろ。


「何か問題があるのか?」

「まあ、名前が魔女っ娘クラブってことかな」

「ダセェ……」


 名前つけたの誰だよ……

 センスねーし、バカにされてる気がする。


「お前ら、知ってた?」


 俺は後輩2人に聞く。


「知ってましたよ。誘われましたし」


 アカネちゃんがあっさり答える。


「入ったのか?」

「嫌ですよ」

「だろうな。カナタは?」


 俺はカナタにも確認する。


「僕は誘われてませんけど、知ってはいますね。中等部では有名ですし」


 カナタも知ってたらしい。

 ってか、有名なのかよ……


「お前は入らないのか?」

「女子だけのクラブですよ。そもそも、僕は神条さんに教えてもらっている立場ですし、同じパーティーじゃないですか。わざわざ入ろうとは思いませんよ」


 それもそうか。

 まあ、こいつが入ってたら、さすがに引くな。


「瀬能は知ってた?」


 俺は一応、上級生である瀬能にも聞いてみることにした。


「知ってるよ。君が後輩指導に熱心なのは有名だし、上手くやったなって、掲示板で話題になってた」


 パーティーメンバーを集めるために、やってたことなんだが、傍から見れば、そう見えるらしい。


「誤解だぞ?」

「わかってるよ。そのおかげで、赤から黄に戻れたんだから、気にするなって」


 後輩指導を評価した学園長に戻してもらったのだから、結果オーライか。


「ま、いっか。害があるわけでもなさそうだし。じゃあ、俺はお姉ちゃんとちーちゃんと同室か……うーん、先輩と一緒は気を使うなー」

「これまでに気を使われた記憶はないけどね」


 失礼な!

 先輩であるちーちゃんにいつも気を使って…………ねーわ。


「気のせいだ。しかし、これで安心して合宿に行けるな」


 一人部屋や先生と同室だったら、超つまんねーもん。


「それはいいけど、その前に期末テストを乗り切ってね」

「ウッ!」

「ギクッ!」


 シズルの言葉に劣等生である俺とアカネちゃんが反応する。


「瀬能、過去問!」

「お願いしますー!」


 俺とアカネちゃんは優等生の瀬能に泣きつく。


「わかってるって。でも、過去問だけじゃなくて、普通に勉強もしろよ。教えてやるから」

「瀬能先輩……」

「輝いて見えますー」


 俺とアカネちゃんは瀬能を崇めた。


「大丈夫か、こいつら?」


 ちーちゃんは呆れてしまった。




攻略のヒント

アナ「今のエクスプローラ業界に足りないものは何ですか?」

Mr.ジャスティス「やはりまだ人数が少ないですね」

竜殺し「秩序だな」ジロ

白百合の王子様「女」

陥陣営「おい≪竜殺し≫、何、見てんだよ! ケンカ売ってんのか!?」


『テレビ番組 日本のトップエクスプローラを丸裸』より

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