閑話 とある支部長の憂鬱


 日本では、ダンジョンが35箇所ほど確認されており、それぞれのダンジョンを管理するため、協会が設置されている。

 

 そして、各地の協会には、各地の協会ならではの特徴が存在する。

 

 私がこのダイダラ迷宮を管理する川崎の協会、通称、川崎支部に赴任が決まった時、私は嫌な気持ちになった。

 何故なら川崎支部の特徴は、近くにダンジョン学園があるにもかかわらず、治安が悪いからである。

 

 ダイダラ迷宮は、魔法を使ってくるモンスターがほとんどいないため、メイジ系のエクスプローラよりファイター系のエクスプローラに人気がある。

 

 私はファイター系のエクスプローラを批判するつもりはないが、メイジ系などと比べると、ファイター系は喧嘩っ早いヤツが多い。

 そんな連中が集まった結果、川崎支部は日本で最も治安が悪い協会になってしまった。

 しかも、クラン≪ファイターズ≫が川崎で活動しだしてからは、さらに治安が悪くなった。

 

 ≪ファイターズ≫のクランリーダーである東城は人望があり、協会からも評価の高い男なのだが、その他の幹部共はひどかった。

 幹部共は各地の協会で問題を起こし、行場をなくしていたところを東城に拾われた連中である。

 そのため、東城の言うことは聞くのだが、周辺住民や学生とのトラブルを起こしまくっていた。

 

 協会としても、こいつらを取り締まりたい。

 しかし、こいつらは素行は悪いが、エクスプローラとしては優秀であったため、取り締まろうにもスポンサーの企業や財界のお偉いさん方からストップがかかるのだ。

 

 そんな川崎支部に支部長として赴任するのだから憂鬱な気持ちにもなる。

 

 だが、私は、何としてでも、あいつらを取り締まるつもりである。

 そうしなければ、エクスプローラ業界全体に迷惑がかかってしまう。

 

 私は川崎支部に赴任した日、東城と会談し、取り締まりを強化することと、幹部共の資格取り上げを検討していることを伝えた。

 東城も幹部共の悪行に頭を悩ませていたようで、こちらに協力すると言ってきた。

 私は東城の協力を得られたことで、早速、取り締まりを始めることにした。

 

 取り締まりを始めると、とんでもないことがわかった。

 

 川崎支部には、幹部共よりひどいヤツがいたのである。

 しかも、そいつはダンジョン学園に通う中等部の学生であった。

 

 そいつは神条ルミナといい、暴力、恐喝、さらには女性エクスプローラにちょっかいをかけるなど、とても中学生とは思えない男であった。

 

 神条は危険度判定≪レッド≫であった。

 

 ある日、とあるエクスプローラが面と向かって神条に≪レッド≫を中傷したことがあった。

 周りにいた幹部共は怒り、ケンカになろうとした瞬間、神条はそのエクスプローラを殴り飛ばしたのだ。

 殴り飛ばされた男はそのまま壁にぶつかり、白目を剥いて気絶した。

 

 あとから分かったことだが、神条は当時、Dランクであったが、≪グラディエーター≫という特別職であり、スキル≪怪力≫により、重さ800キロのハルバードを振り回す、≪陥陣営≫の二つ名を持つ強者であった。

 

 殴り飛ばされたエクスプローラは自らを≪クーフーリン≫と名乗る変なヤツであったが、Bランクのエクスプローラであり、実力は本物であった。

 

 この事件は、中学生に絡んだクーフーリンとやらも悪かったため、厳重注意で済ましたが、私は幹部共よりも先に、この神条をどうにかしないといけないと思った。

 

 しかし、そんな神条にも実力以外で評価出来るところがあった。

 神条は後輩への指導が上手かったのだ。

 神条はまだ中学生であったが、10歳の頃からエクスプローラをしていたため、経験が豊富だった。

 

 実際、神条に指導された学生は皆、実力が伸びたのである。

 私は神条の指導が気になって、一度見学したことがあるが、神条は人の適性を見分けるのが上手く、指導内容も適切であった。

 問題行動さえ起こさなければ、本当に優れたエクスプローラなのだと思うと、余計に何とかしないといけないと思った。

 

 その後も問題を起こし続けてきた神条であったが、ついに庇いきれない事件が起きた。

 

 ある日、神条のパーティーは、別のパーティーにモンスターのドロップ品を横取りされたことがあった。

 当然、神条のパーティーは抗議したが、向こうのパーティーは取り合わなかった。

 怒った神条は、そのパーティーを半壊させてしまったのだ。

 

 これだけならよくあることなのだが、私は度重なる問題行動をする神条に、厳重注意と自宅謹慎を命じた。

 すると、次の日、神条から手紙と菓子折りが届いた。

 

 手紙は反省文になっており、私は自宅謹慎は言いすぎたかなと思っていたが、菓子折りの中身を見て、衝撃を受けた。

 

 菓子折りの箱の中にはびっしりと札束が入っていたのである。

 

 その時、神条はCランクになっており、稼ぎは凄まじいものになっていたのだが、まさかこんな金の使い方をするとは思わなかった。

 

 私は札束を見て、乾いた笑いしか出てこず、さすがに私の手には負えないと、匙を投げるしかなかった。

 

 ただ、神条の実力と後輩への指導力を考えると、除籍処分にするには惜しい才能ではあった。

 

 私は神条のご両親に相談し、神条を東京本部に送ることに決めた。

 神条のご両親は立派な方々で、神条を自分達の元から離したことを後悔されていたが、神条と話し、神条がエクスプローラに相応しくないと判断すれば、免許を取り上げると言われた。


 神条が去ったあと、少し平和になった川崎支部であったが、何故か寂しく感じた。

 神条はトラブルメーカーではあったが、良い意味でも悪い意味でも場の中心にいた人物であったのだ。

 

 それから1ヶ月後、神条から電話があった。

 

 内容はこれまでの謝罪と推薦のお礼であった。

 ご両親の説得が効いたのか、神条の声は少し涙声だったと思う。

 

 私は神条にこれからは期待していると伝えた。

 本当はもっと伝えることもあったが、それは、これから神条が東京本部で学んでいけばいいことだ。

 私はこの川崎支部で、これからの神条の活躍を見ていることにしよう。


 

 ただ、私のレクサスのタイヤをパンクさせたことだけは、絶対に許さないがな!




 

攻略のヒント

 有名なエクスプローラは二つ名で呼ばれることがある。

 二つ名持ちは、自称から生まれるケースもあるが、基本的には、その者の実力が評価されて、呼ばれるようになる。

 二つ名持ちの場合、スポンサーもつきやすく、二つ名を持つことはエクスプローラの目標のひとつである。

 有名所で言えば、

 ≪Mr.ジャスティス≫

 ≪竜殺し≫

 ≪陥陣営≫

 ≪白百合の王子様≫

 などである。

 

『週刊エクスプローラ 二つ名特集』より

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