第005話 両親との話し合い


「ただいまー」


 俺は家に入り、挨拶すると、奥からパタパタとスリッパの音が聞こえてきた。


「おかえりなさい。早かったわね。ルミナ君のことだから昼ぐらいかと思ってた」


 そう言って出迎えてくれたのは、俺の母親である。

 身長は155センチくらいの中肉中背で髪をボブカットにしている。

 母は料理教室の先生で、趣味は若作りである。

 最近、料理教室のお弟子さんから『20代に見えますね』と言われたことを自慢していた。

 

 はい、はい(笑)

 ちなみにアラフォーである。


「いや、朝に帰るって言っただろ。早起きして来たんだよ。で? 父さんは?」

「お父さんなら奥にいるわ。まあ、上がりなさい。朝ご飯は食べたの?」

「食べたよ。あ、これ千葉土産」


 俺は母親に土産を渡すと、靴を脱ぎ、奥の居間へと歩いていく。


「あら? ありがと。ルミナ君も気が利くようになったのね」

「本当に大したものじゃないから」


 本当にな。

 やっぱり、ピーナッツケーキのほうが良かったか?

  

 俺達が奥の居間に向かうと、そこにはテーブルに座り、コーヒーを飲む父親がいた。

 

「父さん、ただいま」


 俺はコーヒーを飲んでいた父親に声をかける。

 

 父さんの身長は180センチ近くあり、175センチの俺と比べても、背が高い。

 父さんは普通のサラリーマンであり、趣味は釣りである。

 良く釣りに行っているが、魚を持って帰ってきたことがあまりない気がする。

 へたくそ?


「おかえり。朝ご飯は食べたかい?」

「さっき、母さんにも聞かれたわ。食べたよ」


 似た者夫婦め。

 

 俺は父さんの向かいに座ると、母さんが俺の分のコーヒーを持ってきた。

 

「砂糖とミルクはいる?」

「いらない。お姉ちゃんとホノカは?」

「お姉ちゃんは上で勉強してるわ。ホノカはまだ寝てる」


 やはり寝てたか、妹よ。

 まあ、まだ8時だし、俺も普段なら寝てる。

 起きてるお姉ちゃんが変なんだろう。

 

 母さんが父さんの横に座ったのを見て、俺は今日の本題を話す。

 

「そっか。まあ、いいや。それで今日帰ってきた件だけど、約束通り、ダンジョン学園に通う金は自分で用意したぞ」


 俺はそう言って、ポケットから通帳を取り出し、テーブルの上に置く。


「本当に用意したの!? かなりの高額なのよ」

「…………」


 母さんはビックリした表情を浮かべたが、父さんは無表情である。

 父さんは無表情のままゆっくりと通帳を取り、中身を確認する。


「……本当に用意したんだね。ビックリだよ」


 そうは見えませんが?

 似た者夫婦、解散!

 

「俺くらいになれば、これくらい楽勝なんだよ。約束通り、エクスプローラは続けていいな?」


 嘘です!

 本当はめっちゃ苦労しました。

 

 俺は内心で、この1ヶ月の苦労を思い浮かべていたが、それを隠すように得意気に言った。


「……ダメだ。そもそも君が勝手にお金を用意するって言っただけで、こちらは全く同意していない」

「そうよ。お金の事を言ってるんじゃないわ。私たちは、あなたが無茶や問題ばかり起こすから反対してるのよ」

「はあ!? 金を用意したんだから俺の好きにさせろよ! それじゃあ、何か? 俺が苦労して集めた金は無駄ってことか?」


 マジかよ!

 この1ヶ月の苦労は何だったんだよ。


「ほら? やっぱりこのお金も無茶して集めたんじゃない」

「今のは言葉の綾で……いや、そんなことはどうでもいい。何で俺だけエクスプローラを続けるのがダメなんだよ? お姉ちゃんやホノカはダンジョン学園でエクスプローラを続けるんだろう?」


 俺は姉妹との待遇の差に憤慨する。

 

 そうなのだ。

 お姉ちゃんとホノカは同じダンジョン学園東京本部の学生であり、俺と同じエクスプローラである。

 ちなみに、来月からお姉ちゃんは高等部の2年生、ホノカは中等部の3年生になる。


「お姉ちゃんもホノカも、あなたみたいに問題を起こさないし、無茶もしないわよ。大体、問題を起こしたうえに、問題をもみ消すために賄賂を送るって何!? 中学生のすることじゃないわよ! 支部長さんもさすがに呆れてたわ!」

「それについては、俺も失敗したと思ってるよ! 支部長があんなカタブツだとは思わなかったわ」


 ったく、あのカタブツハゲめ。

 素直に受けとれば、みんながハッピーだったというのに。


「あなた、全然反省してないじゃない! しかも、桂木さんを巻き込んで、勝手に部屋も借りて」

「いや、部屋については、この前、説明しただろ。エクスプローラは荷物が多いからって」

「荷物なら倉庫を借りればいいじゃないの。別に東京本部なら一人暮らししなくても、ウチから通えるわよ。お姉ちゃんもホノカもそうしてるし」


 うーん……旗色が悪い。

 助けて、父さん!

 

 俺は正論で押してくる母親から目を逸らし、父さんの方を見る。

 

「ルミナ君、ボクは君がエクスプローラを続ける事については、反対はしていない」

「あなた!!」

 

 まさか、父さんが認めるとは思っていなかったであろう母さんは、父さんをキッと睨む。

 

 と、父さん……

 ステキー、救世主やでー。

 やはり、頼りになるのは同性の親よ。


「まあまあ、母さん、落ち着いて……ルミナ君、ボクはエクスプローラの事を良く知らないが、君はかなりの実力者なのだろう? それについては、支部長さんも桂木さんも認めていたよ」


 父さんは母さんを嗜めながら俺を絶賛する。

 

 フッ……やはり世の中、実力こそ全てだな。

 昔のアニメで、包帯男も弱肉強食って言ってたし。


「でもね、いや、だからこそ、実力者はモラルや秩序を守らないといけないんだよ。君は成果を出し、結果を残せばいいと、考えているようだけど、それでは、本当の意味で強くはなれない。今のままでは、君が憧れていた東城さんみたいにはなれないよ」


 …………え? そうなの?

 強さって力だろ?

 包帯男は間違ってたの?

 

 俺はちょっとカルチャーショックを受ける。

 

 俺が本当のエクスプローラになろうと思ったのは、東城さんというエクスプローラに出会ったからである。

 東城さんは大柄で一見、熊にしか見えない大男だが、性格は明るく、人望のある人であった。

 

 戦闘時は、その強靭な肉体を前面に出すパワーファイターであり、俺も戦ったことがあるが、ボコボコにされた。

 

 俺は東城さんの様に強くなりたいと思い、本格的にエクスプローラを始めたのだ。

 

 当時、東城さんが川崎支部でパーティーの集合体であるクランを結成して活動していることを知った俺は、東城さんのクランに加入するために、わざわざ、ダンジョン学園川崎支部の中等部に入学したのだ。

 そこで同級生とパーティーを組み、東城さんのクランに加入したのである。

 

 クランに加入してからも、東城さんの様になりたくて、ダンジョン攻略に精を出していたのだが。

 

「君の力は暴力でしかない。ボクは、強さは守る力だと思うよ」

「守るって……俺だって、パーティーのリーダーをやっていたし、常に前衛で仲間を守りながら戦っていたよ」


 あんなアホ共でも仲間だったしな。

 東城さんみたいにやれなくても、そこそこ立派にリーダーをやってたと思ってたんだが。


「それについては、立派だと思うよ。それに、君は≪レッド≫だから、あまり、人に良い顔はされないだろう。それでも、後輩の面倒見が良くて、後輩から慕われているとも聞いている。それについても立派だと思うし、支部長さんも誉めていたよ。だから、君をエクスプローラから除籍にせずに、東京本部への編入で済ましたんだよ」


 えっ!?

 除籍されるところだったの?

 そんなにひどい事してないような……いや、してるか。


「だからこそ、君がエクスプローラを続けることに反対はしない。でも、君が今のままで続けるならば、その時は君のエクスプローラの資格を強制的に取り上げるよ。それが親の努めだからね。そうだろ? 母さん」

「あなた…………ルミナ君、どうするの? 私は今でも、あなたがエクスプローラを続けるのは反対よ。でも、お父さんが言うようにあなたを評価している人もたくさんいるの。あなたがその期待に答えて、真面目にエクスプローラを続けるというならば許可します。ただし、少しでも問題を起こしたら、お父さんの言うようにエクスプローラの資格を取り上げるわ」


 2人は少しの間、見つめあうと、俺に目を向けてくる。

 

 これはマジだな。

 どうしようか?

 

 俺は未成年だから、親が資格を取り上げると言えば、取り上げられてしまう。

 しかも、≪レッド≫だから、一度取り上げられると、二度とエクスプローラの資格を取ることはできない。

 

 うーん、成人になるまで待つという手もあるが…………いや……

 

「わかった。もし、俺が問題を起こしたり、エクスプローラに相応しくないと思ったら、資格を取り上げてもいい」


 俺は覚悟を決め、今まで逸らしていた目を両親に向ける。

 そうだ、これからは真面目に……は無理かもだけど、大人しく、無理せずにやろう。


「わかった。東京本部の本部長さんと学園長には、正式に編入すると伝えておく」


 ん? 正式?

 俺って、仮編入だったの?

 最悪、親を無視するつもりだったが、危なかったな。

 

 俺は心の中でちょっと安堵する。


「あなたの編入に関しては、支部長さんが推薦してくださったのよ。後でお礼を言っておきなさい」


 マジで?

 そう言えば、編入なのに試験とかなかったな。

 あのハゲ、実は良いヤツだったのか。

 川崎支部を出る時にハゲの車をパンクさせたんだが、悪いことしちゃったなー。


「それと、学園の費用はボクが出すから」

「いいの? 俺が自分で出すって言ったし、高いよ?」

「それくらい払えるよ。お姉ちゃんやホノカちゃんの分も出してるしね。ウチは子供の教育代を子供に払わせるほどお金に余裕がないわけじゃないよ。君が貯めたお金は君が使いなさい。エクスプローラは儲かる仕事かも知れないが、出費も多いのだろう?」

「わかった。ありがとう」


 俺は親の愛を感じ、目頭が熱くなった気がした。

 親はいいもんだね。



 


攻略のヒント

 他国では、エクスプローラ免許証発行に年齢制限のない国が多い。

 一方、日本のダンジョン法では、エクスプローラ免許を取得できる年齢は18歳以上である。

 ただし、この法律以前に免許証を取得していたエクスプローラは除かれる。

 

 神条ルミナは10歳でエクスプローラ免許証を取得している。

 これは、2年前、ドイツのケイン少年が8歳で獲得するまでは、世界最年少記録であり、ギネスブックにも載っていた。

 なお、最年少で≪レッド≫にもなっており、この記録は未だに破られていない。

 

『エクスプローラ管理対策会議 要注意エクスプローラについて 協議録』より

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