名探偵ヒカコあらわる! オムライスの謎

和響

第1話

「それで? このオムライスを食べた人たちはみんな消えてしまった……。ということなんですね?」


「ええ。皆様忽然こつぜんと、あ、忽然との意味はわかりますか?」



 私の名前は謎道なぞみちヒカコ。かの有名な謎道一族の末裔まつえいだ。私の先祖、謎道一族は江戸時代よりもずっと前から、探偵業をしている。


 私はその謎道一族の二十七代目当主を多分これから任されることになっているはず。難事件を解決すれば、次の当主はお前だと、お父様には言われている。


「それにしても、まさか、あの有名な謎道一族の次期当主がこんなにお若い女性だとは思いませんでした。失礼ですが、ご年齢は?」


「十四歳です」


「中学生!?……それでは、今回の事件はきっと未解……」


「解決いたしますとも! 謎道一族の名にかけて!」


 どうやら今回の事件の依頼人、レストラン『tan.teilタンテイル』のオーナーシェフ、味比良球児あじひらきゅうじさんは私のことを子供だと思っているようね。見ててごらんなさい、お父様もびっくりするほどに華麗に解決して見せるわ!


「では、早速状況をもう一度最初からお聞かせいただけますか?」


「もう一度、ですか?」


 味比良シェフはいかにも「こいつ大丈夫か?」という顔で私をみているけれど、ふっ、甘いわね。事件が発生した時は、まず一番に疑うのは第一発見者、つまりはあなたなのよ。


「もう一度、最初からお聞きすることで、どこかに矛盾むじゅんがないかを調べるのです。それが、我々謎道一族のやり方です!」


「そうですか……。では、こちらへお越しください」


 納得できないような顔をした味比良シェフは、少しハゲた頭をこちらに向けてキッチンへと向かっていく。私はそれについて、キッチンまでの道を歩きながら、周りの様子をもう一度確認しているけれど、みたところ、普通のレストラン。


 窓からはきれいに手入れをされた美しい緑の森が見えるし、その向こうにはひらけた芝生広場も見える。このレストラン『tan.teilタンテイル』は、山並公園のなかに建っているレストランなのだ。


――公園の広場には、家族連れがちらほらいるくらいよね。


 日曜日の昼下がり。このレストランの名物オムライスを食べにきた男女八人がオムライスを食べたかと思ったら、急に姿を消してしまったこの事件。まさか、みんなであの公園に行ってしまったという、集団食い逃げ事件……。


「こちらがキッチンです。先ほどもお見せしたんですがね」


 銀色の重たそうなドアを手で押し開けて、コック服を着た味比良シェフは私をキッチンの中に通した。


――ん?これは?


「ちょっと待ってくださいシェフ。これは、なんですか?」


「ああ、これはドアストッパーです。ここは公園の中にあるレストランなので、たまに団体客が来るんですよ。そういう時はこのドアストッパーで扉を開けっぱなしにして、一気に運ぶものですから」


「なるほど」


――それにしてもこのドアストッパー、おかしくないか? なぜ、有名な野球選手の銅像なのだ? しかも、ゴールド。


「失礼ですが、味比良シェフは野球がご趣味で?」


「いいえ。僕は野球はやったこともないですし、運動が苦手です」


「そうですか」


――では、なぜ、こんな日本国民なら誰でも知っていそうな野球選手の銅像をドアストッパーに?


「ではこれは、奥様のご趣味で?」


「いいえ。前のオーナーだと思います。ここ、居抜きなんですよね」


「居抜き?」


「はい、居抜き。お店の備品をそのまま残して前のオーナーが店を辞めたものですから、そのまま使っているんです。居抜きだと、ほら、初期投資も少なくて済むでしょ?」


「初期投資」


「初期投資、ってわかりますか?」


「わかりますとも! お店を開店する為に必要な経費、つまりはお金のことですよね」


「おわかりであるならば」


 やはり、十四歳の小娘だと思われているようだ。でもそこは仕方ない。だって私は黒くて丸いメガネこそかけているものの、お父様のような探偵っぽいマントも着けていなければ、謎道一族に伝わるつえも持っていない。せめてもと被ってきたこの黒いキャスケット帽子のおかげで、なんとかそれっぽく見えているけれど、お母様が初事件なんだからと私に着せてくれた服のセンス……。これって、小学校の卒業式で着た袴姿はかますがただよね?どうみても?


「もう、この銅像のドアストッパーのことはよろしいですか?」


――しまった。つい、黄金の銅像に映った自分の姿を見てしまっていたわ。


「もちろんです。先に進んでください」


「本当に、お嬢さんで大丈夫なのですか? 」


「もちろん大丈夫です! 父も私のことを信頼して任せてくださったんですから! 謎道一族の名にかけて! この難事件、必ず解決いたします!」


 私が声高らかにそういうと、味比良シェフはコック服の上からまあるいお腹をさすり、めんどくさそうな顔をした。お腹が空いているのだろうか?


「で、オムライスは全部で八個、こちらのキッチンで作られたわけですね?」


「はい。まぁ、キッチンはここだけですし」


――ん? なんだ、この違和感? そうか!


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