確か結婚して子供産んだはずなんだけど旦那が見当たらないんだよね。

もと

どこ行ったんだろ。

「赤ちゃん! こんな小さいの?! ヤバい!」

「うん、思ったより小さいよね」


「あ、ごめん大声出して」

「大丈夫だよ、なんか周りの子よりドッシリしてる感じだから。もうヨロシクオネガイシマスって言ってる気がする」


「マコト君だよね、よろしくお願いします。ママのお友達のサエコです。北海道出身静岡在住24歳A型独身です」

「乳児にガチ自己紹介ウケる」


「将来ナニがあるか分かんないじゃん、『アナタはアノ時の?!』みたいな」

「ないない」


「いやもう目とか輝きヤバい、宝石じゃん、純真無垢。ホッペは餅、鼻はパンジー、クチビルは富士山、全体的に尊い……なんて小さき命……!」

「パンジーってなに? ていうか大袈裟」


「いやだってもうカワイイ、カワイイしか出て来ない、非の打ち所が無い、闇の欠片かけらも無い……お? なんかミキも変わったね? 全体的に荒ぶる邪神みたい」

「難しいな、褒めてる?」


「うん」

「あんがと」


 コミケの為に上京するサエコとは2年ぶりに会う。なんと私が妊娠、結婚、出産したよってトコまでは申し送り済み。それでも気軽に来てよって言ったのに、やっぱり遠慮されて会わない期間が続いた。そりゃそうか。

 最初はホテル予約するなんて言ってたのを、本当に大丈夫だからウチに来て欲しいと全力の長文メール送り付けてゴリ押しちゃった。

 巨大なスーツケースとテカテカの黒いロングブーツで埋まった玄関からリビングまでゼロ秒、ワンルームの端っこで立ち話もナンですから、とか言ってみる。


「ずいぶんシンプルな部屋にしたね」

「ワンオペに広さは要らないんだよ。ここは下がコンビニだから子供が泣いても気にしないよって言ってくれたし、隣は空いてるし、ちょうど良かったんだ」


「へえー」

「掃除も楽だしさ、そのうちハイハイとかで動き出すから目が届く方が良いと思うし」


「へえー、うわー、本物のママだ、超ママじゃん。おっと、なんかやれる事ある?」

「じゃあ食料をテーブルまで運んで。もう用意は出来てんのよ」


「超主婦」

「楽しみにしてたんだもん」


「私も楽しみだった」

「なのに連絡は年に何回とかウケる」


「あんまベタベタしない方がさ、お互い土産話が出来るじゃん。あ、都合良く使ってる訳じゃないよ?」

「分かってるよ。都合良く使われててもイイぐらいサエコと一緒にいるのは楽しい」


「……ママ友できた?」

「できる訳ないじゃん。毎日挨拶ぐらいは喋るよ? でもママ友なんて、今も役所と病院以外で人間と会話するの久しぶり」


 冷蔵庫に作りおきしてた春雨サラダと、ちょっと良いハムと、かなり良いチーズと、甘そうな缶のお酒を次々に渡していく。

 チューハイはしばらく触ってない間に可愛くて美味しそうなのが沢山売ってた。これはサエコの分、私も便乗してずっと麦茶生活だった所をコーラなんか用意してみた。

 母乳とミルクで混合だけど今夜は不良になるって決めてたんだ。コーラで不良なんだよ、マジウケる。

 テーブルまで三歩で運べるから用意は一瞬だった。


「だいじょぶ?」

「大丈夫じゃない。でもこれから学校とかあるし、嫌でも人付き合いで色々あるから今はまだボッチがいい」


「なんか母だねー。先のコト考えるとかスゴいな。子供が出来るってそんな変わるんだ」

「変わる変わる、もう見てる世界が変わるよ。ホント死なせないように全力で生かす事に特化してくわ」


「そうそれだよ、何があったん?」

「まあ待て、乾杯しよう」

「……クッウ」


「え?! マコト君喋った?!」

「うん、なんかちょっと声出して笑ったりムウムウも言う。クウクウは機嫌がイイんだよ。サエコを気に入ったんじゃない?」

「……ムッ」


「わ、めんこい!」

「あ、ごめん、今のはウンコ予告」

「……ムフンッ」


「ウケる」

「ごめんね、食べ物並んでる所で。そっか、もう一部屋あった方が良かったかな」


「気にならんよ。ウチは妹と年離れてるから私もオムツ替えてたし。それに今はミキが良かれと思う事が正解だよ」

「あんがと」


 大好きサエコ、と作っておいたウチワを振ったらビックリしながら笑ってる。

 普通に『大好きサエコ』って書いただけのウチワなんだよ。なんとなく100均で思い付いてホイホイとシールを貼ったのに、もう顔の横に構えて自撮りしてる。そんな喜んでくれると思わなかった。


「さて、改めまして」

「ようこそ我が家へ」


 缶チューハイとコーラで乾杯、マコトは私達の間にゴロンとさせてやるとゲンコツをしゃぶり始めた。

 久しぶりのサエコは黒髪に緑色のメッシュになってた。推しが変わったらしい。頬杖をついてウチワでマコトにイナイイナイしながら、バアしながら、器用に質問責めしてくる。

 どこで、どうなって、イナイイナイ、どうして、何してたの、バア、とかやってくれてる。

 よし、気合い入れて答えるか。聞いて欲しかったんだ。


「タコ焼き屋でバイトしてた時に買いに来てた人だったんだ」

「へえ」


「月1回から2回になって、週1回から毎日になって、必ず11時55分に並ぶの」

「毎日」


「んで10個入りを注文するの」

「10個」


 コンチワってニコニコしながら来て、ドウモって嬉しそうに私が焼いたタコ焼きを持って帰る姿が可愛く見えちゃったんだよね。

 今ならあの時の私を引っぱたいてやりたい。その男は非常に面倒だから止めておけと。


「それがさ、二日連続で買いに来ない日があって」

「お、風邪か?」


「うん、風邪」

「当たったわ」


「寂しかったですよー、とか言ってみたら付き合う事になった」

「分かりやすい」

「ウックン」


「したら年下だわ、無職だわ、住所不定だわ、貯金ゼロだわで、色んな意味でコワイ人でさ」

「どうやって生きてた人?」

「クウ」


「親からの仕送りと友達の家を曜日で泊まり歩いてたみたい。憧れの東京で何かスゴい事をして超ビッグになる予定で生きてた」

「ウケる」

「ウック」


「でもね、なんか超自然に当たり前に生きてた人だったの。みぞにハマった車イスを助けたり、噴水に落ちたフリスビーをズブ濡れになって取ってあげたり、エサも持ってないのに野良猫に囲まれて動けなくなったり、そういう人だった」

「なるほど。顔は?」

「ムクー」


「特撮俳優系」

「だろうね、イケメンだろうね、じゃないと付き合わんね、子供まで作らんね。写真ないの?」


「捨てちゃった。マコトが出来たのは事故でさ」

「んもう、なんで捨て……え? 事故? 可哀想な話?」


 ちょっと心配そうにさせちゃった。事故というか事件だ。酔って帰ってきて、AVみたいに寝てる間にれちゃえってヤツをやってみたくなったんだって。

 私もバイトと本業で死んでたからギリ起きれたぐらいだったんだけど、ゴムは着けてるって言葉を信じて確認までしなかったんだ。で、やっぱり着けて無かったんだけどな。

 その場で引っぱたいたけど、その結果お陰様でこんなに可愛いマコトが生まれたのは全然アリだったと思う。終わってみれば付き合って良かった唯一のデキゴトだった。


「うわあ、想像より」

「ヒドイでしょ。好きに言ってイイよ」


「そのゴミの名前は?」

「サクライタクミ」


「ちょっとサクライ? 私の推しの名字ではないか、何故なにゆえ別れた、今どこにいる、籍だけでもいいから貸してくれないか?」

「東京湾かも知れない」


「ほう?」

「樹海かも」

「ムクク」


「興味深い」

「ダムとか」

「ウックー」


「では順を追ってどうぞ」

「了解した」

「クウー」


 出会いからAV真似っこ事件までは私の教育の甲斐もあってバイトを始めさせる事に成功してた。『あのタクミが仕事を?!』って千葉からご両親がわざわざスッ飛んで来てお礼を言われたんだ。手土産に持ってきてくれた落花生、美味しかったな。

 それが初対面だったのにキチンとしたご挨拶みたいになっちゃって、それからもう何となく嫁の扱いをしてくれた。五歳で両親亡くしてる私に実家と呼んでいい場所をくれたんだ。


 盆と正月に呼ばれて、クリスマスプレゼントを貰って、お年玉もくれた。

 私も初めて母の日、父の日を楽しんだ。二人の誕生日も私のも、一応タクミの誕生日もみんなで集まってご飯食べたりした。

 お父さん、お母さん、って呼べたんだ。


「なんだ。一人だけステーキが用意されないとか、家族旅行に置いてけぼりとか、男産めとか同居しろとか残飯処理しろとか無いの?」

「ごめん、全く無かった。それドコ知識よ、面白いね」


「修羅場動画で仕入れた」

「今度見るわ。んで、そんなんだから妊娠したって言った時は泣いて喜んでくれて、マタニティー服一式とかレトルト食品山盛り買ってくれたよ」


「義理の神様じゃん」

「うん。甘えまくった。籍も入れたんだから結婚式するかって言われて、でもそれはさすがに申し訳ないし自分達でいつかお金貯めてやろうと思って、でもせっかくのアレだから写真だけ撮って貰ったりとか」


「じゃあクソはタクミ君だけ?」

「うん、一人だけちょっとウンコだった」


「ウンコは嫁と子供とどうやって生活するつもりだったの?」

「正社員で働けるトコを自分で見付けて来たんだよ」


「あれ? ウンコが人間に戻った?」

「ではここで再現してみましょう」


「どうぞ」

「『聞いて聞いて! 未経験でも正社員でまかない付きで制服貸与で週5勤務で日払いOKで月給45万の会社が雇ってくれるって! あ、残業はあるって!』」


めておきなさい、それはハチャメチャに嫌な予感しかない、ダメ」

「『もう決めてきちゃった! 明日から行ってくる! これなら三人で余裕で暮らせるっしょ!』」


「マジか」

「『お金貯めて車と家と別荘買おう! シェパードも飼おう!』」


「マジか?」

「『専業主婦させてあげるからね! そのうち俺の会社持たせるって言われてるから社長夫人になれるよ! やったね!』」


「マジか?!」

「マジで言ってた。コンビニとかスーパーに置いてある求人誌、あれで見付けたんだって」


「そんな身近にそんな魔の手が潜んでるとか怖い」

「私もビックリした。でも確かにその条件で書いてあって、てか普通は誰も引っ掛からない、候補にもしない求人でしょ? アッチがそういう常識みたいの知らなかったなんてコッチは知らないじゃん。でももう頭抱える前に行ってきまーすって出勤しちゃってさ」


 その初出勤から三日目の朝にやっと帰ってきたタクミは、もう見事に改造されてた。

 メールは来てたから生死の確認は出来てたんだけど、なんか髪とかテカテカのオールバックだしサングラスもイレズミも金のネックレスも金の時計も高そうなスーツまで装着済み、タクミは別人になって帰ってきた。

 本人は似合うやろって謎の関西人テンションだし、私はもうタクミのご両親になんて説明しようかと、とりあえず電話して息子さんヤバいからヘルプとしか言えなかったよ。


 で、お母さんが飛んで来てくれたんだけど、タクミはビッグになる為の第一歩を手に入れたってスキップして夜中に出て行った。


 呼ばれたら24時間いつでも出社、先輩社員はみんなそうしてる。

 まかないは社長がお腹空いた時に焼き肉とかお寿司行くから全部付き合う、先輩社員はそうしてる。

 ミスしたら土下座しても蹴られるけど、シゴトをすれば現金をポンポン貰える、先輩社員が目の前で札束貰ってたんだぜ。シゴトは近々教えてもらうから雰囲気に慣れろって言われたんだ、行ってきまーす。


 もうね、お母さんとガックリ来ちゃってね。


「その行ってきまーす、が最期の言葉?」

「いや、また三日で帰ってきた。オールバックが茶髪のパンチパーマになってた」


「ダッサ?!」

「肩に牡丹だけだったイレズミも背中全部に龍とか鯉とかお地蔵さんみたいな線画が増えてた」


「地蔵? 菩薩様とかじゃないの?」

「あ、うん、それだったかも」


「ウケる」

「色は後から入れて貰うんだって、これ社長が無料タダでやらせてくれたんだぜって、初シゴトが上手くいったら鬼も追加してくれるんだって」


「バカだ」

「うん」


「生活費は?」

「帰ってくる度に5万くれた。それが給料なのか何の5万なのか分からないまんまだわ」


「それ何ヵ月の時?」

「妊娠5ヵ月でそれ、8ヵ月まで続いて貯金は出来た」


「ふむ」

「お父さんとお母さんも辞めさせようとしてくれてたんだけど、出勤する度に脳ミソも改造されちゃって無理だったんだ。社長が全てになっちゃった」


「んで?」

「諦めた」

「クフッ」


「今マコト君、笑ったよね?」

「タイミング」

「ンクー」


 タクミが持ってくるお金を節約しながら生活して、出産費用と出産後の生活費を確保した。お父さんがいつでも帰って来いって言ってくれた時はちょっと泣いた。

 でもそんなのと一緒に暮らし続けた。てか家にほとんど居ないから夫婦なんて言えない、同棲カップルよりも遠いヘンな関係だったと思う。とりあえずお金は貯められるだけ貯めて、更にきっちり慰謝料を取れる様に色んなブツを手に入れろってお母さんに言われたんだ。何かしらのDV案件になるらしいからって。

 なんかもう全員がタクミを諦めてた。

 酔っ払って寝るためにウチに帰るぐらいになってたから携帯のデータは取り放題。帰ってくる度にボロボロと領収書やらレシートやら名刺なんかの紙類も落として行くから簡単だった。


「浮気?」

「なんか出会い系みたいなヤツで画像送らせて通話しながらオナッたり、お店に行ったりぐらいかな」


「なかなかだね」

「まあ私が妊婦だからって手を出さなかったみたいだから文句は言えない。特定の相手じゃないし目の前でやってるしお店だしで、浮気系は無いに等しい」


「それは浮気ではないと?」

「うん」

「ウン」


「え?」

「え?」

「クフーッ」


「んで8ヵ月からは?」

「たまに帰ってくるタクミと世間話しながら、お腹も重いし静かに暮らしてたんだけど初めて熊本に行ったよ」


「旅行?」

「人質みたいな、脱走みたいな、逃避行みたいな」


何事なにごと

「なんか遠くに行ってみたいって言われて、電車乗った時点で共犯だねって言われて、会社のお金を持ち逃げしてきたって言われて、どうにでもなあれって思った」


「うわあ……」

「うん」


 なんかもう色々と諦めて新幹線に乗った。その辺りからタクミは出会った頃みたいな雰囲気に戻ってた。だから普通に付き合ってあげたんだ。パンチパーマだけど前みたいに穏やかなバカだったよ。

 私の体を気遣いながら、ナニかに怯えながら、熊本城を見て、美味しいラーメン食べながらニコニコして、超豪華なラブホテルに泊まった。

 お風呂広かったな、プールみたいだった。


 次の日の朝、ホテルから出た所を会社の先輩に声をかけられた。スゴかったよ、本当にプロだった。


「それよ、想像はつくけどウンコは何の仕事してたん?」

「主にヤミ金だったみたい。タクミは新人だから取り立て役。他のシゴトは誰にも言っちゃいけなくて、聞いて知っちゃった人もダメになるとかで教えてくれなかった。だから私も突っ込んで聞かなかった」


「賢明な判断だと思うよ」

「被害者がいる様なシゴトだろうね」


「うん。タクミ君が他のシゴト内容を言わなかったのは何かあった時にミキを巻き込まない様にか。一応は守ろうとしてたんだね」

「共犯ってのは未だに引っ掛かってる」


「気にすんな」

「何かあったらゴメン」


「大丈夫だよ。だってそれ結構時間経ってるよね? でも今も何も無いんでしょ?」

「うん」


「だいじょぶだよ」

「うん」


 東京に戻って、その足で初めて会社に連れて行かれて社長に会った。

 なんかオシャレな紺色のスーツで、蹴ったら痛そうな尖った靴でメガネで優しそうな中肉中背のお兄さんだった。あれ? ってなったけどその部屋がスゴくてさ、なんか巨大な壺に花飾っててビビったの覚えてる。

 んで、まず妊婦を連れ回した事でタクミを叱って別室に行かせてから、私に体調を尋ねてきた。

 それからシゴトでタクミを毎日は家に帰せない事と、お酒の飲み方が悪い事について急に謝られちゃったからテンパった。社長のせいじゃないし、社長にいいカッコを見せたくて勝手にやってるだろうからお構いなくって言ったら笑ってた。

 多分私がヘンだったんだよね、どんなシゴトでも社長さんに対する言葉遣いじゃなかった、恥ずかしいわ。


 そしたら温かい麦茶と冷たい麦茶を出された。金箔の乗ったチョコレートと素朴なクッキーとオセンベイも出てきた。自分の妻は三人目を妊娠中で、何が欲しいか日によって変わるから色々ある方が良いでしょう、どうぞって。

 やってる事はアレでも、なんかスゴい社長だった。


 それでタクミとどこに行ったのか、どれぐらいお金を持ってたか、いくら使ってたか、私を罪に問うつもりは無いよ、熊本の天気はどうだったの、くまモンには会えたかな、そんな話をしてた。

 んで私ったらさ、社長のペースに巻き込まれて何ならリラックスしてた、安心しちゃってたんだよね。今思えば熊本から車で帰って来た時の、下っ端したっぱらしい二人組ですら私の為に何回も休憩して優しく扱ってくれてたんだよ。あれも社長の指示だったんだろうな。

 なんかもう私、お行儀悪いなって、言葉遣いすらダメで色々と気を遣わせて、穴があったら入りたいってああいう時に使うんだろうね、うん。あの時に社長に忠誠を誓ったタクミの気持ちの端っこが分かった気がしたんだ。

 シゴトとは別になんかスゴい人達、別世界の人達だったよ。


「うん、別世界、未知の世界だわ……え? 車で熊本から帰ったの?!」

「うん、なんかデッカいヤツに乗せて貰ってカラオケとか映画とか冷蔵庫とか色々あって楽しかったよ。タクミも手錠で繋がれてたけどCHEMISTRYケミストリー歌ってた。多分もう逃げない様に車移動だったんじゃない?」


「楽しむなよ、てか手錠とか、てかウンコは歌うなよ、反省しろよ、ウケる」

「盛りだくさんだよね」


「帰ってからは?」

「ボコボコにされて三日後に戻ってきたよ」


「三日周期の会社なのね」

「そうみたい」


 使い込んだお金は会社への借金になってタクミの給料から引いてくれる話になった。それからお母さんに連絡したら、やっぱり飛んできて私を叱って心配して泣いてくれた。

 新幹線に乗る前に私がタクミを止めるべきだったんだよね。お母さんが私と孫が無事で良かったよって泣いてるのを見て、本当の本当に目が覚めた。


「ミキ、やっと覚醒」

「マコトが生まれるまで貯金と証拠集めだけして生きてた。弁護士はお父さんが紹介してくれたから、超静かに息してた」


「はい出産ポーン」

「超痛かった」


「お疲れ、マジでお疲れ」

「どうも」


「はいタクミ君は?」

「1ヵ月ぐらい起きてる顔見てなかったんだけど、当日に社長と一緒に見に来てくれたんだけど、ちゃんとお疲れとかアリガトウとか言ってくれたんだけど」


「だけど?」

「超太ってた」


「太ってた」

「多分毎日社長とイイモノ食べてたから」


「特撮俳優系のお顔は?」

「跡形もなく埋まってた」


「うわあ」

「アレは遅かれ早かれ太ってたんじゃないかな」


 お父さんとお母さんもフンワリしてるから、ずっと一緒にいたら体質的にタクミもフンワリしてたと思う。

 でももう別世界に染まりまくって、ソレっぽいオネエサンとちゃんとした浮気も始めて私の事も適当になってた。マコトの名前を決めたかった日に『次のイレズミは何にしよう』って言われた時点で決めてた、もう離婚一択だったからイイんだよ。

 あの日、求人誌を手にした時に決まってたんだ。私はフンワリと幸せ太りをしたタクミを見る運命じゃなかったんだ。

 もうその出産前後の頃には、わざわざ社長が間に入ってくれてユルく慰謝料とかの話を進めてた。


「え、マコト君が生まれる前後で離婚話?」

「うん。私はいつでも良かったから任せた。でも、なんか仕組まれてた様な気もしてて」


「なになに?」

「私とマコトの退院と同時に離婚届と出生届を出すつもりだったんだけど」


「ほうほう?」

「退院した日にタクミはキャバ嬢さんと行方不明になった」


「は?」

「当日の朝、離婚届けと出生届をお父さんに出してもらって家に帰ろうって時に『タクミがまた会社のお金持って逃げた、駆け落ちみたいだ』って社長が来た。でも人探しは得意だから任せてって」


「はあ?」

「慰謝料はタクミが見付かるまで社長が肩代わりしてくれる、それまで住んでた部屋にそのまま住むなら家賃も払っておく、引っ越すなら引越し費用と家賃を出す、とりあえず私が仕事復帰するまでの生活費等々ナドナド、お金は全部タクミの給料の前借りとして出すから」


「ん?」

「安心してねって」


「なんで社長がそんなにカネ出すの? 会社は持ち逃げされてんのにタクミ君の尻を必要以上にぬぐい過ぎじゃね? つーか、そもそも本当に駆け落ち?」

「やっぱりそんな風に聞こえるよね? お父さんとお母さんとも話したんだけど、半年経ったら捜索願い出すつもり」


「え、ガチ事件?」

「分かんないけど、分かんないよね。一緒に行ったらしいキャバ嬢さんは浮気オネエサンとは別の人だし、でもタクミの性格からして何股もかけるのも無くは無い」


「んー?」

「キャバ嬢さんも持ち逃げしてるらしい。当日のお店の売上の一部、10万円を」


 キャバクラで働く女の子が10万円の為に犯罪者になるかってお母さんとも話した。それだけで何もかも捨てるかなって。

 タクミが何千万も持ってるなら別だけど、タクミも20万ぐらいの持ち逃げらしい。

 それぐらい二人が盛り上がってて『何も要らない俺と私と逃げましょう!』的な雰囲気でもないと思う。だって私とは離婚が決まってたんだから好きにすればいい。

 そしてすぐに捜索願いを出すのは社長が反対した。会社の恥だから会社で片付けますからって事らしい。


「なんかさ、ヤミ金じゃない他のシゴトでミスったとか? そういう世界ってオトシマエつけるんだよね?」

「うん、なんかミセシメっていうシステムもあるみたい」


「キャバ嬢さんは巻き込まれ、もしくはキャバ嬢さんが壮大にヤラかしててタクミ君が巻き添え?」

「無くは無い。キャバ嬢さんも持ち逃げの前科アリ」


「持ち逃げ、駆け落ちしそうな二人でナニかをナニかしたとかも?」

「大事なモノを二人が持って逃げた設定なら取引先にゴメンナサイしやすいね」


「内臓売れとかも聞くよね」

「二人より大切な人の身代わりに『こちら誰々だれだれの内臓でございますお納め下さい』とかね」


「めっちゃ色々あるじゃん!」

「大喜利できそう」


「え、超ノンビリじゃね?」

「そうだったら可哀想だと思うけど、普通の駆け落ちかも知れない」


「ああ……ああ?」

「それならそれでいい、でも違うかも知れない。ヒョッコリ出てくるかも知れない、出て来ないかも知れない。私もお父さんもお母さんも何も知らない。だから半年って区切ったんだ」


「半年待って出て来なかったらヤバいなって?」

「うん。社長は本当に家賃と生活費と慰謝料を振り込んでくれてるから、私が本業に戻れるまではそれを受け取れる様に半年に決めた」


「なるほど。捜索願いは出さないでくれって言ったじゃないかー、みたいなクレーム来ても大丈夫なようにだね?」

「うん。約束破ったなー、お金関係は全部打ち切りじゃー、とか言われても生活できるように」


「はあー……なんかアレだね」

「人間が消える瞬間を見ちゃったよ」


「お疲れ」

「うん」


「寝たね?」

「うん、なんかマコトって図太いんだよね。どこでも良く寝るし、良く飲んで遊ぶ感じ」


「そこは間違いなくタクミ君の血じゃん」

「そうかも」


「可愛いね」

「うん」


 『サエコ大好き』のウチワをパタパタしながら、サエコの視線がチラッと携帯を見た。

 そういえば私の話は終わった。まだ色々あるけど一応終わった。


「サエコは?」

「はい」


「どうぞ」

「彼女ができました」


「……そうだったの?!」

「そうみたい」


「マジか」

「たまたま好きになったのが女の子だったの。向こうもたまたまらしいから運命じゃね」


「最初からどうぞ、聞かせて下さいどうぞ」

「キモいとか言わないんだね」


「え? なんで? どこがキモい?」

「『アタシの事もそういう目で見てたの? キモいんだけど』って友達無くして来たよ。『ヲタクはすぐ現実とマンガを一緒にして』『イイ年してコミケかよ』って2年の間に色んな人から色んなコト言われた」


「へえ」

「時が来るまでボッチでイイって、さっきミキが言ったの嬉しかった。我が道を往くって感じ、背中ドーンされる感じ。仕事もバイトと本業続けてるんでしょ、ちゃんと夢も掴んだままなのも嬉しい。スゴい事が沢山あったのにミキなんだよね、全部嬉しい」


「うん。ん?」

「分かんなくて良いよ、私も分かんない」


「んん?」

「まあイイじゃん」


「そう? じゃあ改めまして2年分どうぞ」

「うん、聞いて?」



  おわり。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

確か結婚して子供産んだはずなんだけど旦那が見当たらないんだよね。 もと @motoguru_maya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

同じコレクションの次の小説