第42話「君が綺麗だ②」


ひゅ~~……。




 バァァァァアアンン!!!!!!



 ――と、夕日が沈んだ淡い藍色の空に、極彩色の火花が飛び散った。夜空に響き渡る轟音が耳を劈き、人々の歓声がざわざわとし出した。


「うぉ……」

「わぁ……」


 そんな激しさに驚くばかりに声が出ると、隣からもそんな声が聞こえた。

 光り輝く夜空。

 そして、煌いて消えて、それでまた輝いて——そんな照らし照らされ消えゆく燈火が隣に座る涼音の顔を彩る。


 嬉しそうで、どこか儚げな横顔を見て俺はふと思った。


 綺麗だな、と。

 

 普段から可愛いし綺麗だし、朝だって浴衣姿に一瞬虜になったがそれとはまた違う美しさがあった。


 何か、どこか昔に置いてきたはずの青春が蘇ってくるというか。今更来たっていうか。まぁ、昔から俺に青春なんてなかったかもしれないけど、漫画で読んだことがある状況に身を置いていると思うととても不思議にも思えてくる。


 まるで、恋愛漫画だ。

 なんせ花火大会なんて彼女とすら言ったことなかったからな。いざ自分が体験するとなるとこう、胸がソワソワする。


 って、現在進行形で体験しているんだけどな。


「っ」

「——何ですか?」


 そんなことを考えていると光に照らされて煌く横顔が俺の方に向く。


「あ、いや……なんでもないよ」

「何でもないんですか?」

「そうだっ」

「へぇ……あんなに綺麗な花火が上がっているのに私見てて何もないんですか?」

「……っ」


 こんな状況でもいたずらな笑みを浮かべる彼女に今回ばかりは天晴だ。


「お見通しってことかよ」

「はいっ。これでも先輩の事よく見てますからね~~先輩の事なら何でもですよ?」

「そうかい……困ったな、ストーカー様が見張っているのか」

「その言い方は少し酷くないですか……別に、ストーカーのつもりはないのに」

「ははっ。でも、少し独占欲強いとこあるだろ?」

「……当たり前じゃないですか。先輩のようないい人を他の人に渡すなんて言語道断ですっ。だいたい、私以外に見合う女なんていませんし?」

「自身が凄いな」

「自信じゃないです。先輩が私を助けたあの日、それはきまったことなんです」

「助けた日に……か」

「はい。あの日、あの時、私のすべてが変わったんです」

「それは……何か、責任取らないとだな」

「はい、取ってください」


 すると、涼音は置いていた俺の右手の上にぴとりと左手をくっ付けた。


「っ」

「嫌ですか?」

「いや、別に……」

「えへへ……じゃあ、このままでお願いします」

「あぁ……」


 そう言う雰囲気なのかと感じながら、俺もそっと手を翻す。

 少しだけ息を吐いて、ひっくり返して彼女手のひらに俺の手のひらを向けるような形で握り締めた。


 責任を取れと言われて、また思い出す。


 つい先日まで俺だってそう思っていた。軽く扱ってはいけない。助けたからと言って手を出してはいけない。そこに漬け込んではいけない。先輩として、あの時助けた男としてちゃんと彼女を見守っていこうと決めていた。


 でも、彼女は好きだと言ってくれた。

 もちろん、最初は気持ちが分からないと言って何も返していなかったがムラや木下先輩に色々聞いていくうちに自分がただのヘタレであったこと知った。


『あんな感じですけど、結構ピュアで、私なんかより人の事考えていると思います。こう、本音が出ないと言うか、裏返しと言うか……とにかく人一倍敏感でその度色々考えちゃうんだと思うんです』


 椎名さんの言葉を思い出す。


 そうなのだ。こいつは俺のために考えていたのだ。だからこそ、他の男に目を向けず、ただ本気で好きだったから照れ隠しのように毎日振舞いながら接してくれていた。


 それを見て見ぬふりをしてないがしろにしていたのは俺だったのだ。


 まったく、今考えれば先輩として情けない。

 先輩なら、そんな空回りしてしまう涼音をリードすべきなのだろう。


 だからこそ、今日はここに連れてきた。

 人気のない。俺だけ知っている秘密の場所。

 誰でも入れるのに、誰も来ない、誰も知らない。

 まぁ、木下先輩は知っているが彼女は今日、家族と見るために下に行っているらしいが俺に譲ってくれたのだろう。


 とにかく、そんなまるで暗号のような場所に来た理由は涼音に分かってほしいからだ。


 たまには俺だってリードしたい。

 いや、たまには俺だって攻めたい。


 いや、そうでもないか。

 ただ彼女を貪ってみたい。

 そんな強欲と言うか色欲と言うか、欲望に駆られている。


「なぁ」

「なんですか?」


 振り向いた顔は何度見てもやっぱり綺麗だった。


 ヒュゥ~~~~~~、バァアアンンンンッ!!!!


 背中で再び、何度も、極彩色の花火が爆発していく。

 うるさい音の中で、俺は——


「我慢、できないわっ————」

「えっ————ひゃ」


 小さな悲鳴が耳元に聞こえる。


「あ、あのぉ……っ」

「涼音」


 俺は涼音を地面に押し倒して、思いきり抱き締めた。

 大きな胸が俺の胸にくっついて柔らかさと温かみを感じて心の底から落ち着いてくる。


 興奮と言うよりは心地よさだろうか。

 とても気持ちがよかった。


 俺が名前を呼ぶと涼音は慌てたように身体を震わせた。


「っはは、いつも余裕なのに今は余裕じゃないのか?」

「だ、だって……せ、せん、せんぱいっ……がぁ」

「なんか面白いな。別に抱き着くの初めてじゃないだろうに」

「——そ、それと……これとじゃ、ちが、違いますっ……」


 震える体に震える声。

 いつもは思わない弱弱しさを感じる。あんな姿は、こんな姿は今までで見たことがないくらい。


「我慢できなくてな。花火見てる涼音がとても綺麗で」

「うぅ……そ、そう、ですかっ」

「あぁ。俺にはもったないくらいにな」

「っ……」

「ふぅ……涼音、お返しだ。お前の事が好きだ。良ければ付き合ってくれないか?」

「えっ——⁉」


 あまりにも唐突。

 全身全霊のお返しを花火と花火の合間に耳元で語り掛ける。

 言い終わるとすぐに轟音が響いて、涼音の顔が逆光で一度だけ隠れて——次見えた時には真っ赤に変わっていた。


「可愛いな、やっぱり」

「ず、ずるいです……せん、ぱいっ」

「いっつも俺に興奮するようなことやってくるのはどっちだよ?」

「そ、それとこれとは……それに、いっつも余裕そうだったのは先輩の方じゃ。何やっても振り向いてくれなかったし……」

「それは謝る。でも余裕じゃなかったぞ? おかげで今物凄く涼音を貪ってみたいって思ってるからな」

「うっ……」


 数秒ほど黙りこけて、視線を逸らしながら――


「……す、少しくらいならいいですよ」

「顔赤いぞ?」

「し、仕方ないじゃないですかぁ……そんな風に言われると恥ずかしくて」

「嬉しくないのか?」

「う、嬉しいに、決まってます……っ」

「ははっ。まぁ、でも今じゃないか。帰ったらにするよ……」

「……はい」


 そうして、俺は返事を聞いて涼音の隣に背中を付ける。

 空を見上げるような形ですっかりと暗くなったそらと花火の欠片が落ちていく様子を見つめる。


「——」

「——」


 轟音と静寂を繰り返す不思議な夜に俺たちは身を預けた。


「帰ったら……楽しみますからね?」

「あぁ、楽しみにしてな、涼音」

「はい……一馬、先輩っ」

 



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